【第十九話】作戦開始! 城の中心で何を見た……?!
各地で起こった魔女の魔力消失事件。
なんとか黒幕・タダノに勝利した近藤とアピトであったが、突如現れた城の騎士・カラリマにタダノが連れ拐われてしまう。
城の目的は、魔女の魔力を消せるタダノの血液。
その事に気づいた近藤たちは、タダノ奪還を決意する。
一方、城も近藤たちのことを警戒し、アピトは『国家反逆罪及び、デモの首謀者』として、指名手配されてしまった。
追われる身となった近藤たちの前に現れたラッド・ネアとユージ。
各々の目的を達成するため、手を組むことになった近藤たちは、ラッド・ネアの屋敷で作戦会議を行っていた。
女王・ジュベルに致命傷を与えるため、ユギルの魔力砲を撃つことが決定し、アピトとファシスタはユギルのもとへ、ラッド・ネアとユージは陽動。そして、近藤はタダノを助けるために地下牢へと向かう。
作戦決行は12時。
失敗は、許されない。
▽
時刻は昼過ぎ。
暑すぎず、寒すぎず適温。
近藤は今、非常に不機嫌である。
なぜかって?
そんなもん、いちいち聞く必要もない。原因はあいつしかいないのだから。
アピト。
魔力砲の発射後、アピトたちは城に奇襲をかける。
そのため、作戦開始時刻は夜の12時。これなら、どんなに時間をかけて戻ってきたとしても、朝までには全て片がつく。
作戦会議が終了した後、作戦開始時刻までは各々休憩しておこう。という話になったのだが、あの馬鹿は少し目を離した隙に消えていた。
そう。
ファシスタを連れてユギルのところへ向かってしまったのだ。
「マジでなに考えてんだよ」
近藤は頭の中で唾を吐く。
別に、作戦が乱れたことに腹を立てているわけではない。
アピトのことだ。ユギルのところへ着いても魔力砲は夜になるまでは絶対に撃たない。
だから、作戦にこれといって支障が出てくることもない。
それなのになぜ怒っているのか。
もちろん、近藤が短気なのもあるが、理由はそれだけではない。
近藤は、夜までの空いた時間、アピトと二人で話す時間に充てたかったのだ。
話したいことは山ほどある。
契約についても、これからのことについても。
近藤は、部屋に戻るアピトを引き留め、少ししたら部屋に行くことを伝えた。
だというのに、あいつの部屋を訪ねてみればもぬけの殻。
ついでにファシスタも居なくなっていて、靴もマントも帽子もない。
ファシスタの部屋の机から見つかったメモには“ユギルのところへ向かいます”。
そりゃキレて当然だろう。
ラッド・ネアは起こってしまったことは起こってしまったことと割りきってやがるし、ユージはユージで早く行く分には問題ナイんじゃなイ? なんて言い出す始末。
このままではせっかくの仲間に手を出しかねないと、近藤も少し早めに作戦に取りかかることにした。
コンドウが今いる場所は、ラッド・ネアの家よりももう少し城に近付いた裏路地。
近藤の第一ミッションは城の騎士たちに捕まり、地下牢へと行くことだ。
城に潜入する一番手っ取り早い方法は、捕虜として捕まること。
そうすれば地下牢までのエスコートがついてくる上に、侵入も疑われない。
脱走がバレても、アピトたちがなにか仕掛けると考えるよりもただ脱走しただけだと思われるだけで済む。
完全犯罪だ。
服の裾には縄を溶かせるくらいの毒。ユージがくれたものだ。
そこまで強い毒ではなく、皮膚についても少し赤くなる程度だと言う。それを人は爛れると言うのだが。
そして、第二ミッション。
日が暮れる頃には、ラッド・ネアたちが陽動を開始する。
その混乱に乗じて、近藤は地下牢にいる男たちを解放し、脱出する。
後は馬鹿が魔力砲を撃つだけだ。
近藤は息を整えると、大通りへと顔を出した。
昼食を食べ終えた騎士たちが続々と大通りへ排出され、列を成している。
まぁ、近藤も夜ご飯兼、朝ご飯兼、昼ご飯を食べたので羨ましさはない。
さて、後は近藤の演技力の問題だ。
近藤は迫真の演技で大通りへ飛び出す……はずだった。
近藤が大通りへ飛び出す前に近藤の体は地面へと押さえ付けられた。
「ぐぇ」
背中に圧迫感を感じるが、鎧の感触はない。
「や、近藤君」
その代わりに、と言うべきか、背後から聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。
「……ドニ、アッ……ト」
押さえ付けられているせいで声が裏返る。なんとか抜け出そうと踠いてみたが、ダメみたいだ。
「騒がないで、質問に答えて。ジェシア……タダノはどこにいるか知ってる?」
フォーランは近藤の首をさらに強く押さえる。
「ぉえ、あ、のさ……話してぇなら、手、緩め、ねぇ?」
近藤の交渉も虚しく、その手は緩まることを知らない。
かなり機械的な締まり方だ。
もしかしたら変身魔法かなにかを使っているのかも知れないが、地面に伏せている近藤に確認する術はなかった。
いや、それを知ったとこで抜け出せないなら意味ないか。
「……答えられないよね」
フォーランの声は落ち着いていた。嵐の前の静けさと言うべきか、妙な胸騒ぎのする落ち着いた声だった。
「だって、殺しちゃったんだもんね」
「は、ぁ?」
何を勘違いしているのか。
近藤の首筋にはパタパタと冷たいものが伝う。
「あの、な」
「言い訳なんてしなくて良い。セーレ・アピトの居場所を教えて」
「はな、しを……」
「うるさい!」
煩いのはどっちだ。
いきなり首を絞めてきて、人の背中の上で泣くなんて良いご身分だな。
近藤は膝を折り曲げるようにして、フォーランの背中へかかとを落とす。
丁度尾てい骨に入ったのか、フォーランは甲高い悲鳴を上げて近藤の背中にのし掛かる。
少し重たいが、お陰で首の圧迫感から逃れることに成功した。
「復讐は勝手だが、話を聞け」
近藤は二、三回喉をならした後、フォーランの下から抜け出した。
「アピトはこの近くにいねぇよ」
近藤は、未だ動けずにいるフォーランの肩を掴み起き上がらせる。
「多田野がどこにいるか聞いてたな? 多田野は今、城の地下牢にいる。五体満足かは知らねぇがな」
「……そんなデタラメ信じると思う?」
元々近藤とフォーランは敵同士だったのだ。
素晴らしい警戒心だと褒めてやるべきだが、今は時間がない。押し問答なんかやってられない。
「じゃあ信じなくて良いから邪魔すんな。俺は今から多田野連れ出しに行くんだよ」
近藤は追い払うように言い捨てると、また大通りへと足を向ける。
が、またしてもフォーランに止められる。
しかし、その制止には、先程のような力強さはなかった。
近藤の腕を掴むその手は、少し力をいれればすぐ離れてしまいそうな程、弱々しい。
「しつこいな。お前も」
「あの子が、私のために逝ったなら……せめて、私も……」
フォーランはまだ泣き続けている。
涙で歪んだ顔を、土で汚れた手で覆い隠すように泣いている。
よく見てみれば、酷い格好をしていた。服は擦り切れ、体の至るところに擦り傷がある。
それは、アピトと戦った時にはなかったものだ。
「……お前、ここまで歩いて来たのか?」
フォーランは答えなかった。
ただ顔をくしゃくしゃに歪めて、嗚咽を漏らすだけだ。
アピトとの戦闘でかなり体力を消耗しただろう。それに加えてここまで歩いてきたとしたら、そりゃ近藤一人にだって敵いっこない。
あの攻撃は、文字通り死力を尽くした一撃だったのだろう。
「あのさ、アピトはお前のこと逃がしてやったろ」
そう言ってみても、フォーランの口は動かない。
近藤はわざとらしくため息を付いて、フォーランの手を振り払った。
「あいつ、結構お人好しだよ」
近藤はポケットをまさぐると、キャンディを一つ取り出した。
「はい。食って」
近藤はキャンディをフォーランの口の中に無理やり押し込むと、その包装紙にペンを走らせた。
「これ、三番通りのベーカリーまでの地図。ここのベーカリーのすぐ裏は人通りも少ねぇし、そこまで汚くもねぇ。多田野の引き渡しに行くからそこで待ってろ」
近藤は包装紙を投げ捨てると、フォーランの返事を待たずに大通りへと出た。
押し問答しているうちに騎士たちの姿はすっかり見えなくなってしまった。
まぁ、仕方ない。
さっさと騎士を探すかと足を速めた時、目の前が真っ暗になった。
▲
心臓がドグドグと鳴っている。
何度も戻ろうかと考えたが、その度に首を振る。
「ねぇ、セーレ。疲れない? 今から戻れば少し休めるよ」
そう後ろから声をかけてきたのは、ファシスタだ。
ファシスタもアピトの罪悪感に気づいているのだろう。ほんの少しだけ、歩を緩めた。
「……いや、早め早めが一番だろう」
「そう、かな……?」
こういう時、ファシスタは押しに弱い。
アピトがこうだと強く言えば、それ以上は何も言えない。
ファシスタは少し困ったように笑うと、また、アピトの背中を追って歩き始めた。
ファシスタは、先程から何度も帰ろうと誘ってくれるのだが、アピトの答えは変わらなかった。
悪いことをしているという自覚はある。作戦を乱してしまったというのも分かる。
だけれど、どうしてもあそこには居たくなかった。
コンドウとユージの話を聞いてしまった。
寝ようとベッドに潜り込んだときだった。隣の部屋から声が聞こえてきた。
耳を澄ませてやっと聞こえるか聞こえないか程度の声だったが、内容を察するのは簡単だった。
近藤とユージは契約の話をしていた。
だから、近藤から話があると言われた時も、話の内容は見当がついた。
本当にはっきり断られてしまうんだと気づいた時、真っ先に聞きたくないと思った。思ってしまった。
だから逃げた。
……私は何をしているのだろう。
何をするために、今、ユギルの元へ向かっているのだろう。
もっと他にするべきことがあるような気がして仕方ない。
「なぁ、レーベル」
「ん?」
ラッド・ネアの家から抜け出して、初めてアピトから声をかけた。ファシスタは少し期待のこもった声をあげた。
「君は、悪魔ってどう思う?」
もちろん。アピトが口にした台詞は、ファシスタの思っていたものではない。
だが、彼女は落胆することなく微笑んだ。
「悪魔かぁ……」
アピトの切実な表情が、アピトがどれだけ追い詰められているかを物語っている。
「私の家には、悪魔がいっぱいいるし、今まではずっと、魔力を貸してくれる存在としか思ってなかったけど」
ファシスタはそっとアピトの手を握った。
「今は、コンドウとかタカハシとかユージとか、なんて言ったら良いのかな。でも、仲間、なのかな。なんて、思ったり」
それは、セーレにとっても同じだよね?
その言葉は、心の奥に留めておいた。
ファシスタの言葉に、アピトはただ頷いただけだった。
アピトはずっと悪魔を保護してきた。
それは近藤に会ってからも変わらない。何度も近藤の命を救い、助けてきた。
それなのに、何かが可笑しい。
ちゃんと守れていない。
それだったら、原因は一つしかないだろう。
契約していないからだ。
アピトは近藤を守るために契約をしたかった。
それだけだ。
そう。それだけ。
でも、なんでかな。
契約を断られると、自分自身を拒否されているような気がしてくる。
もちろん、近藤の命を守りたい。それは一番だ。
だけど、それともう一つ、違う欲望が出てきてしまった。
「……なんで、契約ってあるんだろうね」
アピトは独り言のように呟いた。
「もう、何がなんだか分からなくなってしまったよ」
▽
頭が痛い。吐き気がする。
暗い……どこだ? ここ。
えーと、ラッド・ネアの家で作戦会議して……違う。
俺、また倒れたのか。
意識が覚醒すると同時に体を起こす。
と、目の前には知らない部屋が広がっていた。
いや、ここを部屋と言って良いのか。壁や屋根はほぼ朽ち果て、野ざらしになっている。
部屋のすみには瓦礫がたまり、辺りにはほこりの臭いが充満している。
「大丈夫?」
混乱する近藤に、声が降ってくる。
「え、は? ドニアット?」
「そうだよ」
せっかく声をかけて貰ったところ悪いが、余計に混乱する。
いったい何が起こったのか、記憶を遡ってみるが全く思い出せない。
拘束とかされてないし、捕まってるわけではないようだ。
「そんな怪しまないでよ。君が倒れてたからここまで運んだんだよ」
フォーランは疲れたと言わんばかりに自分の肩に手をまわす。
「な、なんで?」
「なんでってそれ聞く?」
フォーランは目尻を下げて笑った。
「タダノの居場所案内して貰おうと思ったの!」
声こそ明るかったが、その顔にはまだ少し不安が残っていた。
「……サンキュ」
近藤がそう言うと、フォーランは横目で近藤の方を見た。そして、うんともいやともつかない曖昧な返答をした。
フォーランのその様子や表情から、まだ腹を括れてないことはよく分かった。
疑い半分、信用半分。
それでも人を助ける選択をしてしまうところは、普通の少女と変わらない。
「おい、お前……さ」
そこまで言いかけて、近藤は口を閉じた。
この部屋、やけに薄暗くないか?
電気もない部屋のなかなのだ。当たり前だと思っていたが、違う。
だって屋根は朽ちてるじゃないか。
「ドニアット! 今何時だ?」
「へ?」
「何時だ?!」
「く、詳しい時間は分からないよ。11時過ぎ、くらいかな?」
11時。
頭の先から爪の先の毛細血管まで、さぁっと冷たくなるのが分かった。
作戦開始まであと一時間もないじゃないか。
近藤はかなり長い間眠ってしまったようだ。
倒れたときはまだ日も高い昼過ぎだった。一体何時間寝てしまったのか、数える気にもなれない。
いつもは倒れたって数分ですんでいたのに、まさか今日に限ってこんなに長く気絶してしまうとは。
とにかく、後悔している暇もない。早く行ってタダノたちを解放しなければ、皆ユギルの魔力砲の餌食になってしまう。
近藤はかけてあった布から這い出るとふらふらと外へ向かった。
「ちょっと! どこ行くの?」
「言ったろ。多田野を助けに行くんだよ……12時、莫大な魔力のかたまりが城に激突する。その前になんとかいかねぇと」
フォーランの顔が青くなるのが分かる。
「12時って、あと1時間しかないよ?」
「だから焦ってんだろ!」
近藤は早足で城に向かう。
ラッド・ネアたちも作戦を開始したようで、街の中を出歩いてるものはいない。
となると、城の騎士たちもラッド・ネアの方へ行ってしまっているだろう。
今さら城の騎士に捕まえて貰うのは無理か。
だとしたら、どう潜入する?
荷物に紛れたり、警備員を陽動したりと策がないわけではないが、どれもラッド・ネアが陽動を始める前までの話。
今さら荷物なんて来ないし、ラッド・ネアが暴れてる今、警備員が簡単に持ち場を離れてくれるはずがない。
まさか、こんなところでスマホが恋しくなるとは。
「ねぇ、近藤君。私が手伝ってあげようか?」
「あぁ?」
あまりのことに思わず聞き返すと、フォーランは『ガラ悪いね』と笑った。
「私が変身魔法で城の騎士に変身して、君を城の中にいれてあげる」
それは、願ってもない申し出だった。
フォーランは変身魔法を得意とする。しかも、助け出す相手はタダノ。
もはや考えるまでもなかった。
「頼む!」
近藤は頭を下げた。
「手を貸してくれ」
近藤のその様子に、フォーランはまた可笑しそうに笑った。
「私から提案したのに君が頭下げるなんて、変なの」
フォーランは笑い終えると、さっさと行っちゃおうと近藤の背中を押した。誰の笑い待ちだったと思ってんだ。
ラッキーなことにこの廃墟は城からそう離れてはいない。
流石にフォーランも傷だらけだ。近藤が倒れた場所から、そう遠くまでは運べなかったらしい。
この距離なら、急げば15分程度で着くだろう。
街は妙な緊張感を持っている。時折聞こえる重低音は、大砲だろうか。
城とラッド・ネアの戦闘がかなり佳境に入ってきていることは確かである。
▽
「縛るよ」
城の門が見えてくるとフォーランは腕を縄に変え、近藤の腰と腕に絡めた。
横を見れば、そこにいるのはフォーランでなく城の騎士。
手がはやい。
これで、近藤は完全に捕まえられたようにしか見えないだろう。
「お前、グリモワールもねぇのに変身出来んのか?」
「あー、うん、まぁね」
「へぇ」
フォーランは罰が悪そうに呟いた。聞かれたくないのであれば特に詮索する必要もない。
近藤はテキトーな相槌をして話を打ち切った。
正門に近付くと、人影が見えた。やはり正門の警備は堅いらしい。
近藤は歩くスピードを緩め、引きずられるようにして歩いた。
フォーランも乱雑に縄を引く。
「おい。セーレ・アピトの悪魔を捕まえた」
フォーランはそう言うと、正門の警備に近藤を突き出した。
こういうことは慣れているのか、騎士の友人がいるからか、フォーランの動きは全くもって自然であった。
「おー! やるじゃん」
「へぇ、こいつがセーレ・アピトの悪魔かぁ」
なんの疑いもなく、警備はフォーランの周りに集まってくる。
「でも契約してないね?」
「ほんとだぁ」
「やっぱりいくら悪魔が居なくても選ぶ権利くらいあるよね~」
なんか失礼にも聞こえなくもないが、気のせいかな?
しかし、こう囲まれてしまうとバレてしまいそうな気がしてくる。
覗き込まれる緊張感と、気付かれるのではないかという不安がふつふつと沸いてきた。
「ん? おい」
警備の中の一人が声をあげた。
バレた。
直感的にそう思ったが、フォーランの方を向くわけもいかず近藤はただ地面を見つめた。
もしもの場合は正面突破しかない。
「こいつ、震えてない?」
「やだかわい~」
「ほんとだ。小鹿みたい」
ホッとするやらイラッとするやら。
縄に縛られてなかったら手が出てただろう。
こんな馬鹿なことに時間を取られている暇はないと、暴れてやろうとした時だった。
「なに騒いでいる?」
冷たい声が辺りに響いた。
はしゃいでいた警備たちの動きが止まる。
顔を上げなくても分かる。
こいつは……
「カラリマ、指揮官……!」
誰かのその声によって、警備たちが一斉に敬礼する。
「なんの騒ぎだ?」
カラリマはフォーランを冷たく睨む。
「は、はい。ただ今、セーレ・アピトの悪魔を、捕獲いたしました」
フォーランも警備たちに混ざって敬礼したようだ。見た感じ周りの警備と変わりないように見えるが、その声からは恐怖やら緊張やらが滲み出ている。
「……ならさっさと地下牢にいれてこい」
そう吐き捨てられた言葉が今は救いの言葉のように感じた。
「はい……!」
フォーランはもう一度敬礼すると近藤を引っ張って城の中へと向かっていく。
すれ違う直前、カラリマの影に隠れていた人影と目があった。
「小俣……!」
小俣は近藤の声に反応を見せたが、顔を向けることはなかった。
フォーランも小俣の存在には気付いただろう。しかし、足を緩めることなく真っ直ぐと進む。
「貴様たちもはやく持ち場に戻れ」
カラリマの指示によって警備たちはわらわらと散っていく。
その隙間から小俣は近藤たちを見つめていた。
近藤はどうすることも出来ず、足を進めるしかなかった。
城の庭は来た時と変わらない美しさを誇っているというのにひたすらに薄気味悪い。
それは、今が夜だからだけではないだろう。
「……小俣君」
城の中にはいると、フォーランが小さく呟いた。
そう言えば、小俣はこいつらのとこにいたんだっけ。
「あいつ、何となく親近感あるんだよな」
来たばかりの時に会ったからか、何度会っても敵対する立場に居たのに、どこか憎めない奴だった。
だが、見捨てるしかなかった。ここで小俣を助けたら、もう二度と城へ入ることは出来ない。
間違った選択だとは思わない。だが、後悔とも呼べる感情が後ろ髪を引く。
あの目は助けを求めていたのだろうか。
「悩んでる暇はねぇ。小俣見捨てた上に地下牢の男どもも死にましたなんて縁起でもねぇぞ」
「……そうだね」
近藤は言い聞かせるように呟いた。フォーランもそれに同調する。
「で、地下牢ってどこにあんだ?」
「え、知らないの?」
地下牢なら確実に地下にあるだろう。
だが、肝心の地下牢に続く階段がどこにあるかさっぱり見当がつかない。
そうだ。
捕まって案内して貰うつもりだったから調べてねぇや。
「ごめん」
「馬鹿じゃない?!」
「叫ぶなよ」
作戦が狂ったのはフォーランのせいでもあるのだ。そう責められる謂れはない。
「とにかく、しらみ潰しに探すぞ」
「マジで?」
「しゃべってる暇はねぇんだよ」
城の奥へ進む入り口は三つ。
そのうち真ん中の通路はここに来たばかりのときに通った通路だ。そのまま真っ直ぐいけば王座の間に到着する。
「まぁ、右か左か、2分の1だな」
「見つかる気がしない」
核心を突く、最もな感想だ。
近藤自身も見つからないような気がする。
まぁそんなこと言って立ち止まってるわけにも行かないので、足だけは進めよう。
「どっち行くの?」
「右だな」
大体人間は困ったら左に行くらしいので、逆に右から攻めていく。
別に、そこには理論もなにも存在しない。
城の内装はどこへ行っても同じ様なものだった。
右側の入り口の先はさっきまでと変わらない廊下が続いていた。
石造りの床に、彫刻の施されたアーチ状の柱、高い天井。右手には大きなランセット窓がならび、月明かりが廊下を照らす。
そして、その奥には二つの扉。
扉に耳をつけて音を聞いてみるが、人の気配はない。
まぁ、騎士も騎士でアピトを探したり、ラッド・ネアと交戦したりとやることが多いのだろう。
フォーランと目を合わせてから、記念すべき最初の扉に手をかける。
鍵なんかはかかっておらず、扉は案外呆気なく開いた。
どうやら中は食堂のようだ。長い机が五、六個並んでいる。
その上には真っ白なテーブルクロスと、青いバラの入った花瓶。部屋のすみにはワゴンが置かれている。
「外れか」
「幸先悪いね……」
「まぁ、これからだろ」
なんて言ったは良いが、これが不思議なことに全く見つからない。
地下に続く階段なのだから、一階にあるのは間違いない。
間違いないはずなのに、階段のかの字すら見つからない。
食堂の横の扉は、使用人の部屋なのかメイド服や掃除道具などがずらりと並んでいた。
引き返して左側へ行けば、左もこれまた似たような廊下で、その先には二つの扉があった。
しかし、その扉の先も武器庫と騎士の宿直室のような場所で、階段なんか見当たらない。
一縷の望みをかけて行った真ん中の通路も、前に見た通り長い廊下の先に控えの間と王座の間があるだけで、階段は見つからなかった。
「なんでどこにもないの……!」
絶望と言うにふさわしい声。
流石にここまで探して見つからないとなれば、焦りを感じざるを得ない。
多分、一階は全て回っただろう。
他に探せていない場所があるとするなら、
「隠し扉か?」
B級映画の見すぎと思うかもしれないが、もうこれくらいしか可能性がない。
「でもそんなのあった?」
あったと聞かれてあったと言える隠し扉はただの扉だ。
とは言え、隠し扉があるとすれば、一つ思い当たる場所がある。
騎士の宿直室だ。
何かの弾みで脱獄囚が出たとき、食堂や武器庫を占拠されればかなり不味い。
しかし、上がった先が騎士の部屋だったら?
多分、ぶん殴られて解決だ。
「もし違ったら……?」
「振り出しに戻る」
フォーランは諦めたのか、ただ深いため息をついただけだった。
宿直室についたが、特に変わった様子はない。
二段ベッドが三つと、勉強机のような小さな机が六つ。
そこまで広くはないこの部屋に、ギチギチに詰まっている。
壁を叩いたり床を蹴ったりしてみるが、正直隠し扉発見のスペシャリストではない近藤には、なにも分からない。
とにかく手を動かしてみるが、疲労がたまるだけだ。
「なぁ。あのさ、お前多田野の……」
「え? ちょっと待って。今お喋りするの? 正気?」
「は? 結局階段が見つかんなきゃ何にもなんねぇだろ」
「そーだけど……」
フォーランは信じられないと言わんばかりに首を振る。
ずっと壁を叩いてみろよ。暇で死んじゃうぜ?
「悪かったな」
謝罪はするが、別に話をやめるとは言っていない。
気を取り直してもう一度。
「お前さ、多田野のことジェシア? だっけ、そう呼んでなかったか?」
「あー」
フォーランは諦めたのか、会話に対する文句は言わなかった。
ただ、困ったように頬をかくと、口を開いた。
「まぁ、今さら隠す必要はないか。タダノ セイジってのは偽名。本名はジェシア、ジェシア・ドニアット。
……私の双子の弟」
「そっか」
「反応薄いね」
口ではそう言っていたが、表情は正直だ。あからさまにほっとしたような笑みを浮かべている。
聞いといてなんだが、あれこれ突っ込まれるのは嫌いなのかも知れない。
「……この世界に悪魔以外の男は、存在しちゃいけないんだ」
無言の間を繋ぐためか、フォーランがぽつりと呟いた。
「ジェシアのことがバレたら殺されちゃうって、ずっと隠してたんだけどね」
ジェシアの血液が狙われているのなら今さら出生を隠す必要もないのだろう。
続きこそ言わなかったが、その先は想像に容易かった。
「お前さ、あの時トドメ刺さなかったよな」
「あの時?」
近藤の言葉に、フォーランは間の抜けた声をあげた。
「あぁ、あの……」
少し考えて合点がいったのか、フォーランは小さく呟く。しかし、その話がなぜ振られたのかは分からないようだ。
「もしかして、だからジェシアを助けてくれるの?」
「ジェシアも、アピトの致命傷狙わなかったんだよ。お姉ちゃんに似たんだな」
返事はなかった。
その代わり、近藤の後ろで鼻をすする音が聞こえた。近藤はあえて振り向かず作業を進める。
「さっさと迎えに行くぞ」
「うん」
その声は確かに掠れていた。
「君、優しいじゃん」
「……敵対してたから、敵だっただけだろ」
この二人には、リサやアピト、ファシスタの恨みがある。しかし、近藤が責め立てられる部分はもうなかった。
しんみりとした雰囲気に居ずらさを感じ出した頃、近藤がなにかを押した。
「あぁ?」
いや、正確にはなにかを剥がした。
なにかというか、
「壁紙?」
そして、その後ろにあるものは、ドアだ。
「ってことは、ここ?」
「可能性は高ぇな」
ドアには鍵がかかっているし、なにより、壁紙の後ろに隠すだなんて怪しすぎる。
「よし! なら任せて」
フォーランはそう言うと、手を変形させる。
変身魔法というのは便利なものだ。
「あれ、変身しやすい」
「元々鍵人間だったのかもな」
近藤の言葉を無視しながらフォーランは鍵を差し込み、回す。
ガチャリと鍵の外れる音がした。
近藤は、慎重に扉を開く。
「は?」
「ん?」
そのドアの先にあったのは、目を疑いたくなるような光景だった。
そこにあったのは、真っ白な液体の詰まったタンク。
「ねぇ、言って良いのかな?」
「言ってみれば?」
「……なんかここ、イカ臭くない?」
フォーランの言うとおり。これは間違いなく、アレだ。アレしかない。
まぁ、マイルドな言い方をさせて貰うなら、魔力源だろう。
はっきり言うなら__……。
フォーランは静かにドアを閉めた。
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