【第十八話】作戦会議! ジュベルを倒す最強の作戦……?!


 各地で起こった魔女の魔力消失事件。

 なんとか黒幕・タダノに勝利した近藤とアピトであったが、突如現れた城の騎士・カラリマにタダノが連れ拐われてしまう。

 城の目的は、魔女の魔力を消せるタダノの血液。

 その事に気づいた近藤たちは、タダノ奪還を決意する。

 一方、城も近藤たちのことを警戒し、アピトは『国家反逆罪及び、デモの首謀者』として、指名手配されてしまった。

 追われる身となった近藤たちの前に現れたのは、反射魔法の使い手・ラッド・ネアとその悪魔・ユージである。

 ラッド・ネアはユージの腕を奪った城の宰相・リドル・シエラルカを狙っており、アピトに手を組むことを持ちかけた。

 それを了承した近藤たちは、今、ラッド・ネアの屋敷に招待された。



 ラッド・ネアの“屋敷”といったものの、ユギルの屋敷みたいに馬鹿デカい訳ではない。

 この世界に向こうの建築が適用されるかは分からないが、大体4LDKくらいといったところか。

 まぁラッド・ネアとユージ二人で暮らすには充分すぎる広さだろう。


 ラッド・ネアのお仕置き部屋と呼ばれる木箱の置かれた倉庫を抜け、風呂場やらトイレやらのドアが並んだ廊下を少し進んだ突き当たりにあるのはリビング。

 そのままテーブルを挟んだ向こう側の扉を抜ければ正面玄関があるらしい。


 リビングの奥には二階に続く階段がある。二階は客人用で二人はほぼ使っていないと言っていた。

 近藤たちはその二階に泊めて貰うことになった。


「まァ、一人一部屋だし、問題はナイかナ?」


 案内を終えたユージが近藤たちに確認をとる。


「あぁ、ありがとう」


「ありがとうございます!」


 作戦会議の前に、紅茶を淹れるから部屋を見てこいと言われ、かなり丁寧な部屋紹介を受けた。

 全ての部屋は白と黒のツートンカラーでシックにまとまっている。どこかのボロレンガ屋敷とは大違いだ。

 と言いつつ、もう戻ることもないと思うと、あのボロさも懐かしく思えてくるのは人間の性だろうか。


「さてと、呼びに来るッて言ッてたし、しばらくユックリしてなヨ」


「そうだね。そうさせて貰おう」


「私、少し横になってきます」


 二人とも相当疲れていたのだろう。少しくらい駄弁るかと思ったが、二、三言のやり取りもなくさっさと自室へ引っ込んでしまった。

 そりゃそうか。

 昨日の夜から一睡もせずに逃げ回っていたのだ。

 近藤の部屋には近藤とユージだけが残される。


「アンタも寝ル? それならオレも一階に戻るケド」


「いや……!」


 確かに近藤もアピトたち同様、一睡もしていない。

 その上戦い続けで体力もほとんど使いきっているときた。

 ユージの親切心は間違いではないだろう。

 しかし、近藤はユージに聞きたいことがあった。


「ちょっと話さねぇか?」


「ン? いいケド、どうしタ?」


 ユージは不思議そうに近藤の方へと目を向けた。


「あー、別にそんな重要なことでもねぇんだが」


「いいヨいいヨ」


 無理にじゃねぇけど、と続ける前にユージは快諾してくれた。


「サンキュ」


「アンタと二人で話すとあの日を思い出すネ」


 ユージはそう言うとベッドに腰を掛ける。

 近藤も部屋の隅にあった椅子を持ってくると、ユージの前に置いた。


「デ? 話ッテ?」


「なんつーか、個人的な話だからさ、無理そうなら無理で」


「気にしすぎだッテ」


 ホント、気の良いやつだ。

 もちろん、今回の作戦会議の話でもなければ、今話しておかなきゃいけないような重大な問題でもない。

 ただの興味。

 いや、どちらかといえば、先人の知恵を借りたいってのが近いかも知れない。


「なぁ、お前なんでラッド・ネアと契約したんだ?」


 さすがに唐突すぎたのか、ユージはポカンとした表情で近藤を見つめる。


「なんデ?」


「あー、いや、なんかさ。お前とラッド・ネアってなんか不思議な関係だろ?」


「そうカ?」


「そうなんだよ」


 ユギルとタカハシたちみたく、“保護する代わりに働いて貰う”、まぁ、いわば文字通りの契約でもなければ、小俣とカラリマみたく、契約とは名ばかりの“支配”でもない。

 ラッド・ネアが力で支配することもあれば、自由にさせているところもある。

 言ってみれば、こいつらの契約は“自由な契約”なのだ。


「セーレ・アピトとなんかあッタ?」


「なっ?!」


 我ながら分かりやすい反応だった。

 思わず椅子から立ち上がってしまったが、これじゃあ、はい。図星です。と言っているようなものじゃないか。

 まぁ、実際図星なのだから仕方ない。

 近藤はユージのにやけた視線をくらいながら、席へ戻った。


 最近の、というか本当にここ数時間前から、アピトは契約についてかなり執着している。


 別にそれに困ってるとかはないのだが、問題はアピトが焦っているということだ。

 さっきも、ラッド・ネアとなにか話していると思ったら、近藤の前で悪魔の体を支配しないようにと釘を刺していた。


 どうもアピトは、近藤が契約を断る理由を履き違えているように感じる。

 近藤はただ、契約、ひいては、人の命を背負うということを冷静に考えて欲しいだけなのだ。

 全てのものをアピトが守らなければならない訳ではない。


 しかし、その思いは全く通じていない。

 その上、この事件にファシスタを巻き込んだことで、余計に『私が守らなきゃ』と追い詰められているように見える。

 とにかく、今のアピトは何がなんでも他人の命を背負い込みたくて仕方ないらしい。


 対等な契約。


 近藤の命を守るためだけでなく、アピトのためになる契約を考える上で、ラッド・ネアとユージのような関係はある意味理想の形だった。


「なんデッて言われてもなァ……オレ、拐われただけだシ」


「拐われた?」


「ウン」


 それは予想もしていない答えだった。

 まぁ独特なこいつらのことだ。それなりのエピソードが来るとは思っていたが、誘拐のさらに誘拐とは、穏やかじゃない。

 面食らう近藤を見て、ユージは満足げに笑った。


「オレさ、ここに来たの4、5歳なんだヨ」


 そういえば、かなり小さい頃からここに居るとかなんとか、前に言ってたような気がする。

 確かそれで、近藤はユージの血を飲まされたのだ。


「森でカクレンボしてて、そしたらソコにトラックがあってネ。ソコに隠れてたらココに着いてたノ」


「かくれんぼ……」


 キーワードからして強すぎる。


「なんか、すげぇな……お前」


 それ以外の言葉が見つからなかった。

 4、5歳だとはいえ、知らねぇトラックに乗り込むか? 普通。

 子供というのは何をしでかすか分からない。

 つーか、俺らみたいに集められた不良たちは何してたんだよ。今から少年院行くトラックに子供いるんだぞ。なんとも思わねぇのかよ。


「それで、城の奴ラに見つかって、城の外に捨てられたんダ。4、5歳じゃ魔力源出せないからネ」


「捨てられた?!」


「大丈夫大丈夫。すぐにラッド・ネアに拾われたンだヨ」


 運が良いというか、生命力が高いというか。


「あいつ、意外と優しいんだな」


「イヤ、オレがラッド・ネアの大事なのを奪っちゃっタっていうカ、なんていうカ……一悶着あってネ……」


「盗みか?」


「盗んだっていうカ……まァ、そうなッちャうネ……」


 ユージほどのオープンな男が口ごもるほどの内容だ。相当なものを盗んだんだろう。

 子供って恐ろしい。


「ソウソウ、それから出るようになッたらスグ契約させられタ」


「すぐ?」


「ウン」


「え、ラッド・ネアって悪魔いらねぇんだろ?」


 近藤が戸惑うのも無理はない。

 ラッド・ネアの反射魔法。

 それは文字通り、相手の魔法をそのままそっくり返す魔法で、この魔法の最大の特徴は悪魔の力を必要としない。


「さァ、ラッド・ネアのコトは分からないヨ」


 ユージは肩をすくめた。

 悪魔のいらない魔女は意外と多いが、そいつらは大概お人好しらしい。


「そっか。ありがとな」


「参考にならないよナ。ゴメン、ゴメン」


 流石に自分が特殊な例だというのは分かっているようだ。

 まぁそっか、こっちに来たときにこの世界のことを教えてくれたのは他でもないこの男、ユージだ。


「いや、むしろ話してくれてありがとな」


 なんてお礼を言いながら、頭の隅では契約について思考を巡らせていた。

 やっぱり、出会いというのも少なからず関係してくるのかも知れない。

 雑な言い方だが、ユージが4、5歳という幼気な姿をしていなければ、ラッド・ネアだってユージを拾っていなかっただろう。

 そうなると、普通の出会いをした近藤たちでは、定番の契約に行き着いてしまうのが当然なわけで。


「……ホント、契約って色々あんのな」


 何の気なしに呟いたこの言葉。

 ふと、妙なデジャブに襲われる。

 あれ、なんかこれ、前にも似たようなことを言ったような気がする。


『契約も魔法も分からないことが多いからな。その分種類が出てくるのさ』


 思い出したのはいつの日かのアピトとの会話。

 あの時はこの世界についても詳しくなく、『へーそうなんだ』程度にしか思っていなかったが、今になって改めて実感する。

 契約というものがどれ程不明確な存在なのか。

 契約を結ぶ者たちが変われば、契約の存在自体も大きく変わる。


「そうか」


 そうだった。

 突然、胸がすうっと軽くなった。

 元々、契約に正しい形なんてなかったのだ。

 契約に依存した関係も、契約なんて形ばかりの友好的な関係も、結局選ぶのは当事者たちだ。

 契約はただの儀式であって、そのこと事態は目的ではない。


 もうすでに、答えは知っていたのだ。


 もしかしたら、契約に囚われていたのは近藤も同じだったのかも知れない。

 対等な契約、正しい契約。

 そんなものを考えすぎるあまり、アピトとの契約の目的を見失っていた。


 近藤にとっても、アピトにとっても良い関係。


 それを契約と呼べばいい。


「もう一度ゆっくり話さなきゃな」


 その言葉は、自然と口から漏れていた。


「何かあれば手伝うヨ」


「おう。まぁ、そんときゃ頼む」


「イイヨ。興味アルしネ」


 観察しても楽しいものでもねぇだろ。こいつは相変わらずお人好しらしい。

 人懐っこい笑顔が眩しかった。


「さてト」


 もう話も終わりということだろう。

 ユージはベッドから腰を上げた。

 悩みが解決したわけではないが、不安要素はすっかりなくなっていた。

 安堵と安心によって、今まで押さえてきた睡魔がひょっこりと顔を出す。


「お前下降りるか? だったら俺も寝ようかなぁ」


 なんて言いつつ体を伸ばす。

 これが良くなかった。

 無言で寝てしまえばまだ救われる道はあったかもしれない。


「エ? 寝ル?」


 ユージの驚いた声。

 なんか、いやな予感がした。


「ゴメンだけど、準備できたから降りてこいだッテ」



 まさか悪魔の体を通してテレパシーが使えるとは知らなかった。

 結局話し込んで、寝る時間を逃した近藤は、アピトたちを起しに行ったユージと別れ、一足先に一階へと降りた。


 モノクロの階段を下り終えると、そこには絶景が広がっていた。


 チキン、ロブスター、ラタトゥイユにキッシュ、パスタにピザ。フルーツまである。


 あれ、紅茶ってこんな種類あったっけ?


「ラッド・ネア! これ、これは?!」


 あまりに豪華すぎる食卓に言葉を失っていると、後ろからアピトの声が聞こえた。


「茶葉を切らしていたの。その代わりね」


 ラッド・ネアはキッチンから顔を出すとスープを机に並べた。


「た、食べて良いんですか?」


 アピトの後ろからファシスタが顔を出す。


「ええ、ただ作戦会議なんてつまらないわ」


 この世に神がいるとしたら、きっとラッド・ネアだろう。心の底からそう思った。

 ラッド・ネアに勧められるがままに席に着き、料理の匂いを肺いっぱいに溜め込む。


「ラッド・ネア、ありがとな」


 ようやく食事にありつける。物を口に入れられる。

そう思うだけで、口の中のよだれが波うつ。

 ここ数日、まともなものを食べた記憶がない。

 今泣いていないのが自分でも不思議なくらいだ。


「さあ、召し上がれ」


 ラッド・ネアのその言葉が開幕の狼煙となり、戦いの火蓋が切られた。

 もうお上品になんか食べない。近藤はそう強く誓い、目の前にあるチキンからかぶりついていく。


 あぁ、旨い! 肉だ!


 皮のパリッとした食感、溢れ出る肉汁、香ばしい香り。


 肉だ。


 一度食べてしまうともう抑えが効かない。

 味わうという行為がどれ程優雅な行為か。口に含んだ肉が喉を通るよりも前に、次のターゲットを探す。

 ピザにパスタに、とにかく狙った獲物は逃さなかった。

 空っぽだった胃袋が満たされていくのが分かる。


「……旨い」


 どのくらい無心で食べていたのか。

 すっかり空腹感も失せたところで近藤は口を開いた。


「あら、良かった」


「相当減ッてたンだなァ」


 その様子をただ見ていたラッド・ネアとユージ。

 どうやら一息つくまで待っていてくれたらしい。


「食べるのに夢中になってる貴方たちに声をかけても無駄でしょう」


 そりゃごもっとも。


「それじゃあそろそろ、貴方たちの話でも聞かせて貰おうかしら」


「ふぁふぁしふぁし?」


「飲み込んでから喋れよ」


「ん」


 アピトは頷くと、ラタトゥイユに手をつける。ダメだなこれは。

 もはやなんの迷いもなく諦めの境地に至った近藤。

 水で口の中を整えてからアピトの代わりになる決意をした。


「お前ら、ブローレやクイエラで魔女の魔力消失が話題になってたのって知ってるよな?」


「あァ、ラジオで聞いたヨ。それで城の騎士が各地へ進軍したンだよネ?」


 近藤の問いかけに、ユージがいち早く反応する。


「そう。その魔力消失事件の元凶が、今回俺たちが救いだしたい多田野って野郎だ」


「マジで?」


「マジで」


 流石ユージ。

 予想通り、いや、それ以上のリアクションだ。

 顔の血の気はさぁっと失せ、大きく見開いた目はキョロキョロと忙しく動く。

 まぁ、表情を一切崩さないラッド・ネアもある意味予想通りのリアクションなのだけれど。


「ナ、なんでまたそんなヤツを……?」


「まぁ、そう思うわな」


 多田野は魔力消失事件を引き起こした張本人。魔女とは敵対しているわけで、フツーに考えてわざわざ助けてやる必要もない。

 といきたい所だったが、そうもいかない理由がある。


「魔力消失を引き起こしてたのは魔法でもなんでもねぇ。そいつの血なんだ」


「血ィ?!」


 ユージの裏返った声が響く。相当驚いたのか、口をパクパクさせている。

 まぁ、無理もないか。

 あの表情筋の死んでいるラッド・ネアですら目を見開いたのだから。


「つまり、城が多田野を捕まえたのは、魔力消失の犯人をお縄にかけるなんて平和的な理由じゃねぇ」


 全ての魔女の魔法を封じるために捕まえたのだ。

 ラッド・ネアの話と合わせるなら、そのあと、魔力消失を行った犯人として、アピトを吊し上げるつもりなのだろう。


「嘘だろう?!」


「セーレは混ざらなくて良いから」


 ……この危機感の無い馬鹿はおいておこう。


「それを阻止するために多田野を救出するってことね」


「そんな簡単に言うケド……」


 ユージはモニョモニョと口を動かす。

 ユージの言いたいことは分かる。

 城の奴らが血眼になってやっと捕まえることが出来た男だ。救出がそう簡単に行くとも思えない。


「まぁでも、一つだけ、俺らに有利なことがある」


 それは時間だ。

 魔女の魔力消失なんて馬鹿デカいことするには、それなりの準備が必要だ。

そう。

 魔女の魔力消失を完成させるためには、城はラルダっつー魔法道具を用意しなくちゃならない。


「それを城が調達する前に多田野を城から引き剥がす」


「なるほど」


 他にも細かいことを話せばキリがないが、ラッド・ネアはこの説明で粗方理解したらしい。

 比べるつもりはないが、つい、アピトを横目で見てしまう。ファシスタが一生懸命今の状況について説明している。

 ごめんな。いつもそんな役回りで。

 近藤はフルーツの山からブドウを摘まむと一粒口の中へと放り込んだ。


「で、次はラッド・ネア。てめえの番だ。城に一矢報いる最終兵器って、なんだ?」


 はやる気持ちを抑えながらなるべく冷静を装う。

 この屋敷に入った時も聞いたのだが、それは紅茶を淹れるまで待っていてと言われたのだ。

 随分勿体振った態度を取ってくれたものだ。きっと相当なもんに違いない。


「……ユギルの魔力砲」


 ラッド・ネアはやけにゆっくりと口を開いた。

 ユギルの魔力砲。

 その言葉に聞き馴染みがあるのは、どうやら一人だけのようだ。


「ラッド・ネア」


 アピトはファシスタとの話を中断し、ラッド・ネアを見つめている。

 その声は動揺や驚きではなく、明確な怒りを持っていた。


「正気か?」


「ええ」


 敵にすら情けを見せるアピトが、こんなにも分かりやすく非難の色を見せるとは。

 近藤は少し眉を潜めた。


「何を考えてる?」


「きっと貴方と同じことよ」


「私には分からん」


「私は貴方が怯える理由の方が分からないわ」


「ブローレへの被害は? なにも思わないのか?」


「それを阻止するために貴方に協力を頼んでいるの」


「私と君でも完全に守れるとは言えんだろう!」


 アピトが声を荒げた。

 怒声を受けた本人は驚きもせず澄ました顔をしている。


「おい、アピト」


 ヒートアップしそうな空気を察知し、近藤が口を挟む。


「そうだ! 君だって危なくなるかも知れん!」


 熱くなっているのか、アピトは近藤に共感を求める。

 だが、共感しようにも、近藤はなにも知らない。


 いや、近藤だけではない。

 二人の討論にはファシスタもユージも首をかしげていた。

 まぁ、今はアピトの剣幕に怯えているといった方が正しいだろうが。

 ファシスタなんかはさらに小さくなっているように見える。


「落ち着け、アピト。まず説明してくれ。ユギルの魔力砲ってなんだ?」


「……ええ、そうね。ごめんなさい」


 アピトに言ったつもりだったが、返答したのはラッド・ネアであった。


「良いわね?」


 ラッド・ネアは確認するかのようにアピトと目を合わせた。

 アピトは睨んではいるものの、否定することはなかった。


「ユギルがこの世界の"観察者"と呼ばれているのは知っている?」


 そう言えば、この世界の全ての物を通して、この世界を観察してるんだっけか。あいつだけ規模がちがくねぇか。


「それとは別に、ユギルにはもう一つ、"発明家"という異名もあるの」


 あのちんちくりんのガキが発明家? と首を捻りたくなるが、まぁあんな小さな体で大きな魔法を操っているのだ。

 多少の疑問を気にしていちゃ話が進まない。


「ユギルの魔力砲も、ユギルの発明のひとつよ。発明なんて言えたものではないけど。


……あれは兵器。


この王都ひとつを地図から消せるくらいの威力を持つ、莫大な魔力が詰まった大砲」


「ブローレを地図から消せる……?」


 ブローレは王都ということもあり、かなり広い。ブローレ内だけでフルマラソン十週は余裕で出来るだろう。

 それを地図から消すとなれば、相当な力だ。


「これを使えば、恐らく、ジュベルにも致命傷を与えられるはずよ」


 ジュベルってのは、街一つ消す大砲じゃなきゃ、相手にならないような相手なのか。

 腹の奥がすぅっと冷えた。


「この案はなしだ。他の関係ない者まで巻き込む」


 アピトは分かっただろうと言わんばかりに声をあげた。

 確かに、関係ない奴らを巻き込むのは流石に不味い。

 が、それで『はい。そうですか。それじゃあ振り出しに戻りましょう』とも言ってられない。


「結界を張ってもか?」


「ダメだよ。私の結界だって完全じゃない。圧力がかかれば壊れてしまう」


「私の反射魔法も使うわ」


「それでも犠牲者が出るかもしれないだろう!」


 アピトは勢い良く席から立ち上がった。椅子が乾いた音を立てて床に転がる。

 近くにいたファシスタはぎゅっと身を強ばらせた。


「アピト、落ち着け」


「他の皆を犠牲にしろというのか?」


「そうは言わねぇが、どっち道、俺らが城と戦わなきゃこの世界が危ねぇんだろ」


「私は、守らなければ、この街も、人も、全て……!」


「しっかりしろよ!」


 近藤は椅子を蹴散らしてアピトへ近付くと、その肩を掴んだ。


「それがどれだけやべぇもんかは良く分かった。でもな、所詮人が作ったもんだ。俺たちの手で操れんだよ」


 近藤はアピトの目を見つめたまま続けた。


「このまま何もしなきゃ俺らがやべぇんだ。正直、生半可に城に喧嘩売るわけにはいかねぇ。やるならとことんやんなきゃなんねぇんだ」


 アピトの目は虚ろで、そこに写る自分の顔も薄黒く見える。


「……話し合って、そんでもどうしてもお前がダメって言うなら他の方法を考えてやる。いいな?」


 アピトの目が大きく見開かれる。


「話し合ってからだからな?」


「あぁ……分かってる」


 近藤は椅子を蹴りあげ起こすと、アピトを座らせる。


「一つ、確実とは言えねぇけど案がある」


 近藤はラッド・ネアの方を向いた。


「放物線を作るんだ」


「放物線?」


 やはりこういう時に反応を返してくれるのはユージだ。良い奴だよな。

 放物線とは、あの放物線だ。中3の時に習うU字型のグラフ。

 ボールを投げたときのボールの動きをグラフにしたもの、なんて言ったりもする。


【図1】


 結界の強度とその大きさは反比例の関係にある。

 つまり、範囲が広くなればなるほど、結界は薄く、脆くなる。

 あの巨大な城を包み込むほどの大きさとなれば、それは当然かなりの薄さになるだろう。


 その上、ラッド・ネアの反射魔法によって結界内では、魔力が乱反射する。

 それの何が不味いかというと、反射魔法も結界も、ユギルの魔力砲の衝撃を何回も耐えなければならなくなるのだ。


【図2】


 一方、放物線には焦点と呼ばれる、力が集まる点がある。

 正しくは、めちゃくちゃ遠くから光を当てた時に、反射した光が集まる点を焦点と言うのだが、まぁ今回はそんな知識は必要ない。


 そうだな。パラボラアンテナといった方が分かりやすいか。

 あれの原理だ。

 放物線の形をした反射魔法を城の後方に設置し、ユギルの魔力砲の魔力をある一点に集める。

 そして、その上をアピトの結界で塞ぐ。


【図3】


 そうすれば力は中心、つまり城に集中して当たり、溢れることはなくなる。


「ナ、なんか、難しいナ」


「図3が分かれば充分だ」


 近藤はアピトの肩を叩く。


「問題は、ユギルの家から城までの数百キロ、魔力砲の通り道、まぁつまるところ結界を作んなきゃなんねぇ」


 アピトは近藤の方へゆるりと顔を向ける。


「そんな馬鹿長ぇ距離、結界張れるか?」


「……張れない、ことはないが」


「じゃあ、お前はユギルを説得して、ユギルの家から城まで結界を作り、同時に城の前方にも結界を張る」


 アピトは頷きもせず近藤の目を見つめ続ける。

 この内容を理解しようとしているだけではない。それ以上にもっと、重要なことも考えていた。


「コンドウ、それは本当に安全なのか?」


 その声はいつに増しても真剣だった。

 分からないなら分からないなりに、理解しようとするこいつの真っ直ぐなところは悪くない。


「安全だ。もちろん、念のため、ラッド・ネアとユージには城の奴らを城の外に誘き寄せつつ、城の周りに住んでる奴らが家の中に引っ込むようにパフォーマンスしてもらう」


「陽動ね」


 近藤は頷く。


「どうだ? アピト」


 これが近藤の思い付く最大限の安全だ。これでダメならかなりキツいが、他の案を考えるしかない。


「そんな顔されちゃ、君を信じるしかないだろう」


 しばらく黙られると思ったが、アピトはすんなりと答えた。

 アピトの困った笑顔を見ながら、お前程ではないと心の中で悪態をついた。


「悪かったな。元々そんな顔だよ」


 近藤はブドウを一粒摘まむとアピトの口へ押し当てた。


「ファシスタ。お前はアピトと一緒にユギルのとこへ行け」


「は、はい!」


 突然自分に話を振られ声が上擦るファシスタ。

 ずっと机の端で小さくなっていたのに。


「じゃあ、頼むぜ。アピト、ファシスタ」


「あの、コンドウはどうするんですか?」


 ファシスタの質問に近藤が渋い顔をする。


「俺は多田野と地下牢の奴らを城の外に出す」


「城の中なんて危険じゃないか!」


「大丈夫だよ。さっさと中に入って解放して逃げるから」


「でも、私たちはいつ君が外に出たか知る由がない」


 アピトは嫌にはっきりした口調で言った。

 いつもみたいに口籠ることもなく、はっきりと。

 確かにアピトの言う通りだ。ここにはスマホや携帯と言う便利アイテムはない。が、


「そんなことは時間を決めれば良いでしょう」


 と、ラッド・ネア。

 いや、それ俺が言おうとしてただろ。

 ラッド・ネアはそのまま話の主導権を乗っとる。


「奇襲をかけるのなら夜が良いわ。近藤、貴方は夜の12時までに終えること」


「おー」


 表面上は素直に返事をしているが、心のうちでは舌をだして悪態をついている。人の話乗っ取りやがって。


「ねえ」


「な、なんだよ?」


 ラッド・ネアの冷たい視線を感じ、体の芯からすーっと熱が消える。


「少し聞きたいことがあって、良いかしら?」


 頭のなかでも覗かれたのかと思うほど絶妙なタイミングだった。

 質問するだけでそんな視線寄越してくんなよ。


「おう。構わねぇけど」


「貴方、どうやって地下牢の悪魔を解放するの?」


 その質問は頭を覗かれるより質が悪い質問だった。

 じわりといやな汗が広がるのを感じた。


「……け…………る」


「ええ?」


 ラッド・ネアが顔をしかめた。

 先ほどまでハキハキと仕切っていた男がいきなりボソボソと喋り出したのだそんな顔にもなるだろう。


「だから……るって……」


「まさか、何も考えてない何て言わないわよね?」


 ラッド・ネアは詰め寄るように問いかけた。


「あぁ! 頼むんだよ! 多田野に! なんなら契約でもなんでもすりゃ良いだろ! 土下座でもなんでもして、あいつ魔法使えるから魔法使って貰うんだよ!」


 そう大声で返さなくても良い内容を絶叫する。

 考えないようにしていたのに、こうも吊し上げられると感情がどうにかなりそうだった。


「待て! コンドウ、どういうことだ?」


「そのままだよ! 多田野と契約するつってんだよ!」


「なら私と契約しろ! 契約しても魔力は分けられる!」


「それよりも、敵だったんでしょう? 契約するって、本気なの?」


「あぁ! もう! いっぺんに喋るなよ!」


「修羅場ジャン」


 ユージだけが楽しそうに笑ってる。楽しんでないで助けろよ。


「俺だって多田野に土下座した上に契約なんかしたくねぇよ!」


「皆さん! じゃんけんしましょう!」


 この混沌を静めたのは、これまた別の意味で混沌に繋がりそうな提案だった。


「は?」


「最初はグー! じゃんけん!」


 ポン!


 ファシスタはいったい何を考えているのか。

 いきなりのことで突っ込むことも出来ずにグーを出す。

 アピトもグー、ユージはパーでラッド・ネアは出していない。

 そして、じゃんけんを仕掛けた張本人はチョキ。


「私が勝ちました」


「あいこだな」


「私が勝ったので、皆さん、聞いてください」


 そう言って笑う彼女のチョキは震えていた。


「私は、コンドウを信じます。きっと、大丈夫です」


 その声は、掠れていた。

 それでもなんとかはっきり言おうとしたのだろう。妙に裏返っていて、その緊張が伝わってくる。


「コンドウは、やってくれるって、信じたいんです」


 ファシスタはぎゅっと目を瞑った。

 震えていて、頼りなくって、それでも、力強い。真っ直ぐな声。


 こんな声を聞いたら、仕方ないじゃないか。


「……サンキュ」


 近藤は握っていた拳を開いた。アピトも分かったのか手を開く。

 控えめで、意見を言うのが苦手な少女が、顔を真っ赤にしながら信じてくれたのだ。

 これは、負けるしかないだろう。


「分かった。負けたんだからちゃんと聞こう」


 失敗は出来ない。必ず成功させる。

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