【第十七話】反射魔法! ちぐはぐ魔女・ラッド・ネアと懐かしき顔……?!
各地で起こった魔女の魔力消失事件。
なんとか黒幕・タダノに勝利した近藤とアピトであったが、突如現れた城の騎士・カラリマにタダノが連れ拐われてしまう。
城の目的は、魔女の魔力を消せるタダノの血液。
その事に気づいた近藤たちは、ユギルの地下通路を使い、王都・ブローレに帰還した。
城との戦闘を見据え、一先ず、休息をとることにした近藤たち。
だが、ゆっくりとした時間は長くは続かない。
近藤たちは城の騎士の急襲を受け、アピトは『国家反逆罪及び、デモの首謀者』として、指名手配されてしまった。
▽
クイエラから帰還した近藤たち。
ファシスタの作ったスープを味わう穏やかな時間も束の間、アピトの家に城の騎士が押し掛けてきた。
どうやらアピトは、城への反逆罪の容疑とクイエラのデモの首謀者の容疑がかかっているらしい。
言わずもがな分かるだろうが、もちろん冤罪だ。
しかし、そう訴えたところで、話を聞いてくれる相手ではない。
問答無用と魔法を展開され、近藤たちはただ逃げるしかなかった。
「腹の虫が鳴った」
「お前は飯食っただろ」
「パンは半分しか食べてない」
「俺はスープ一口なんだよ」
「ごめんなさい……」
現在、近藤たちが居る場所は、大人一人立つのがやっとなくらいの狭い路地裏。
足元には不法投棄されたゴミたちが溜まっている。
どこへ逃げても騎士たちがそこかしこから湧いてくるせいで、近藤たちは行き場所を失っていた。
そしてようやく見つけた安寧の場所は、ごみ溜めの中だったのだ。
もう長いことここに居る。
逃げ込んだ時にはまだうっすらと明るい程度だったのに今は朝独特の真っ白い光がこの路地裏にも差し込んでいる。
恐らく、1、2時間は経っているだろう。最初は顔をしかめていた臭いにも慣れてきてしまった。
「で、これからどうすれば良い?」
「私はそろそろここから出たいです……」
「そうなんだよな。逃げてるうちに城に近付いちまったし、ちょっと離れたいっちゃ離れてぇんだけど」
近藤の言葉にアピトもファシスタも期待した目を向けてくる。まだ出るとは言ってないだろ。
「移動するにしてもしねぇにしても、大人しくしとけよ。騎士だけじゃなくって通行人とかにも見られたくねぇんだから」
近藤の言葉に二人は無言で頷く。聞き分けは良い奴らだ。
さて、と近藤は路地裏から少し顔を出して辺りを確認する。
逃げ込んだ場所が最悪で、この裏路地のすぐそこは大通りになっている。
この地が城から近いこともあり、さっきから騎士たちがそこを何度も行き来しているのだ。
お陰ですっかり逃げるタイミングを逃していた一行だったが、ここしばらくは騎士たちの姿も見ていない。
逃げるなら、今かもしれない。
近藤は一足先に裏路地を抜けると、もう一度ゆっくり辺りを見渡した。
騎士はおろか、通行人もいない。これ以上ないベストタイミングだ。
「よし、オッケー」
近藤は、親指をたてて二人を呼ぶ。
その呼び掛けに、二人ともヒョコヒョコと顔を出した。
「空気が美味しい……」
「あぁ、肺に染みるな……!」
「おい、行くぞ」
感動に浸る二人をこっちの世界へ呼び戻す。
ごみ溜めから抜け出したは良いが、ゆっくりしている暇はないのだ。
一応アピトは指名手配中。
こんな大通りに堂々と立っているわけにはいかない。
近藤は城に背を向けて歩き出した。
「ラッキーなことに通行人もいねぇ。ちゃっちゃと歩くぞ」
「はい!」
「あぁ」
この大通りにはたまに買い物に出たとき足を伸ばしたりなんかしていたが、こんな朝早く、しかも誰もいない時間に来ることになろうとは思わなかった。
まだどの店も開く気配はないが、人通りが多くなる前に出来るだけここから離れておきたい。
しばらく黙々と足だけを動かす時間が続いた。
「結局、巻き込んでしまったな」
不意に、アピトの諦めたような声が聞こえた。
「巻き込んだって、私?」
「そうだ。レーベル、君だよ」
アピトはファシスタのことを持ち上げる。その様子はどこか空元気のようにも見てとれて、止める気にもなれなかった。
「なにすんの! もう、下ろして!」
「まだ軽いなぁ」
アピトはケラケラと笑いながらファシスタを下ろしてやる。
ファシスタは地面につくと、ささっとアピトと距離をとるように近藤へ近付いた。
アピトとしてはファシスタを巻き込みたくはなかったのだ。
とはいえ、非常事態だったのだから、仕方なかっただろう。
アピトもそれは分かっている。
だから、向き合おうと頑張っているのだ。
「巻き込んだからにはとことん付き合ってもらわねぇとな」
今からでもファシスタを家に帰すことは簡単だ。
しかし、ファシスタはアピトの家にいるところを見られている。このまま家に帰せば、囮にされかねない。
それなら、確実に守れる最強のそばにいた方がいい。
近藤の言葉にファシスタはきゅっと唇の端を噛んだ。
「頑張ります」
「頑張んなくていいんだよ」
近藤は軽くファシスタの頭を叩いた。
「大体、ターゲットが裏路地入ったら見失っちまうような奴らだぜ? 本気だすだけ無駄だろ」
近藤は笑いながら曲がり角を曲がった。ここを曲がればかなり細い道へと出れる、はずだったのだが。
この時、話していたせいか確認を怠ってしまったのだ。
油断というのは恐ろしい。
「あ」
「あ」
目の前に見えるのは紛れもない甲冑。
そういや、曲がり角で食パンくわえた女とぶつかるハプニングラブストーリーがあったな。
最も、ここでは食パンはくわえてないし、女といっても城の騎士なのだけれど。
まさか、曲がり角で騎士と出くわすとは。
「走れ!」
「追え!」
ほぼ同時だったと思う。
近藤は手前の騎士に蹴りをいれると、声を張った。
「なんでぇ?」
「とにかく転ぶな!」
ファシスタの肩を掴み、来た道を引き返す。
一瞬体勢の崩れた騎士たちだが、あっという間に持ち直すと近藤たちを追ってくる。
「中々タフだな」
アピトは一番後ろに回り、騎士たちの魔法を防いでいる。
だが如何せん数が多すぎる。
このままじゃ、すぐに囲まれて終わりだ。
アピトの怪我はまだ完治していない。真っ正面から戦うのだけは出来るだけ避けたい。
「ファシスタ、このまま右に行くぞ」
「はい!」
近藤はファシスタの背中を押すと少し走るスピードを落とした。
「アピト、平気か?」
「あぁ、問題ない」
「よし。じゃ、真っ直ぐ行ったとこでみ、ぎに……っ」
呂律が回らなくなるのが自分でも分かった。
「コンドウ!」
ファシスタの声が遠くで聞こえる。頭の中が冷えきって、目の前がぐるぐると渦を巻く。
あれ? なんか、可笑しくねぇか?
そんなこと思ったときには近藤の体は床に寝そべっていた。
あぁ、クソ。
痛さに悶えつつ頭を上げれば、そこには騎士、騎士、騎士。
気絶したのだと気付くのにさほど時間はかからなかった。
丁度真上でバチバチっと嫌な音がする。
魔法を撃つ準備をしているのだと気が付いても、体が動かない。
「コンドウ!」
アピトの声が聞こえた。
返事をしようにも声はでないし、起き上がろうと踠いても体は寝そべったまま。
産み出された炎は近藤に向かう。
不味い。
目の前で走馬灯の準備が始まる。
待て待て待て! そんなん見せられても……! なんて思っていると、その炎は方向を変え、騎士たちへと引火した。
辺りには焦げ臭い臭いと、騎士たちの悲鳴が広がる。
「は……?」
騎士たちは炎を逃れ、散り散りに走り去っていく。
その騎士たちの波の中に、一際目立つ女が立っていた。
「ラッド・ネア!」
アピトは確かにそう言った。
右半分は白髪、左半分は黒髪。
目の色も赤と黄色、それぞれ別の色を持っている。
綺麗に切り揃えられた髪の隙間からは髪の色と反対のピアスが覗く。
奇抜なのは髪や目だけじゃない。
左右で白と黒に分けられたツートンのドレスは左右で襟の形が違う。襟だけじゃなくって、袖の丈も、ドレスの丈も、ほぼ全てのパーツが中央のボタンを境にチグハグだ。
「久しぶり、アピト」
この女、ラッド・ネア。
反射魔法の使い手で、悪魔なしで魔法を使うことが出来る数少ない魔女の一人だ。
「まだ騎士が来る。ボサッとせずに付いてきて」
ラッド・ネアは挨拶もそこそこに近藤のことを担ぎ上げた。
「ちょ、え、な?」
「コンドウ!」
あまりのことにその手を掴もうとすると、アピトが信じられない速さで首を振った。
「逆らうな」
「は?」
「よく分かってるのね」
ラッド・ネアは冷たく言い放つと早足で進んでいく。
何が起こったのか全く理解できない。
1秒くらい整理の時間をくれても良いんじゃないか。
ファシスタなんかは困惑した表情でただラッド・ネアの背中を追っている。
アピトは目が合う度に首を振ってくる。
分かったから。逆らわねぇから前見て歩け。
ってか、ラッド・ネアって……。
「や! 久しぶりダネ」
大通りから少し外れた小道には、見覚えのある木箱だらけの倉庫があった。
そして、そこから聞こえてきたのは、あの聞き覚えのある独特なイントネーション。
この声、近藤がこの世界へ初めて来たとき世話になった男のものだ。
「ユージ!」
そうか、どうりでラッド・ネアという名前に聞き覚えがあったのだ。
この魔女、ユージの主人である。
となると、ここはラッド・ネアのお仕置き部屋か。
ユージはあの日と同じように木箱に腰を掛けていた。
黒い髪に猫のような目。怪しく笑うその笑顔は前と変わりない。
ただ一点を除いて。
そりゃそうだ。
随分長く暮らしているように感じるが、それでもまだ一ヶ月くらいしか経っていない。
だと言うのに、その一点は明らかに変わっていて、違和感を感じざるを得ない。
「……お前、腕どうした?」
そう。
ユージの両腕がないのだ。
腕が通るはずの袖はダランと垂れ下がって、力なく木箱に預けられている。
「切られちゃっタ」
あまりにもあっさり言うもんだから、『そうか』としか言えなかった。
「挨拶は後でもできるでしょう。ほら、貴方たちも中に入って」
ラッド・ネアは倉庫の入り口近くの木箱の上に近藤を座らせる。こうやって向かい合うと、ホントにここに来た時みたいだな。
倉庫の中へ入ったアピトとファシスタも自然と近藤の側へと近寄ってくる。
「コンドウ、大丈夫か?」
「おう」
「あの人が、ラッド・ネアさん?」
「あぁ……まだ怒ってないと良いんだが……」
お前は一体何をしたんだ。
「さて、何から話す?」
ラッド・ネアは倉庫の扉を閉めると、近藤たちの方を向いた。
扉を閉めたせいか辺りは少し暗くなって、それがそれっぽい雰囲気を醸し出すもんだから、なんだか不気味に感じてしまう。
「……ユージの腕、どうした?」
唾の塊が喉を通っていくのが分かる。
アピトは近藤の後ろに隠れているし、ファシスタもただ困った笑顔を浮かべるだけで話せそうにもない。
ここは一応ユージの知り合いでもある近藤が頑張るしかないのだろう。
「アピト」
「はい」
ラッド・ネアの声にアピトの背筋が伸びる。
あーらら、ラッド・ネアはアピトをご所望らしい。近藤の決意は虚しく散った。
つーか何から話す? なんて聞いた癖にそれを聞くつもりはなかったのかよ。
「リドル・シエラルカって知っている?」
「リドル? ……いや、聞いたことないな」
「そう」
ラッド・ネアは淡々と頷く。
表情が動かないせいか、何を考えているか全く読み取れない。
ただならぬ雰囲気に声をかけようか迷っていると、ラッド・ネアはまた口を開いた。
「リドル・シエラルカ。城の宰相で、女王ミーシュ・ジュベルの助言役。
貴方たちをクイエラのデモの首謀者に仕立て上げたのも彼女よ。
いえ、今回の件のもう一人の黒幕と言った方が正しいかしら」
もう一人の、黒幕。
「そして、ユージの腕を切った魔女でもあるの」
ラッド・ネアは表情こそ変えなかったが、その声は怒りに満ちていた。
「そこで、貴方たちに協力して貰おうと思って」
「私たちにか?」
「あら、アピト。貴方のせいで私の家が全焼したことについて、ゆっくりお話ししても良いんだけど」
「是非、手伝わせてくれ」
お前、ホントなにしたの。
震え上がるアピトの様子に、ラッド・ネアはクスクスと笑った。
その仕草は笑っているようにしか見えないのに、笑顔は作り物のように冷えていて、心から笑っているように思えない。
不気味の谷というか、違和感を感じるというか。
「安心して。貴方たちにも悪い話じゃないはずよ」
「だと良いがな……」
アピトの声からして、嫌な予感しかしない。
「私の狙いはシエラルカの腕」
「は?」
思わず声が漏れた。
すかさずアピトが睨みを効かせる。
しかし、当のラッド・ネア本人は気にしている様子はない。
「腕がないと不便でしょ。ユージが女の腕でも良いって言うから」
と言うと、また笑った。
「え、お前、シエラルカの腕を、ユージの腕にくっつけんの?」
「ええ、そうね」
正気とは思えない発言に思わずユージの方を見る。
「無視が正解だヨ」
ユージは軽く頭を振った。
ユギル然り、ラッド・ネア然り最強の魔女はどこか可笑しくないとやってけないのか。
「あら、失礼ね」
「黙れヨ。ババア」
今度はなんとか抑えられた。
俺の声帯はこの唐突な暴言によく対応出来たと思う。
『ぶっ』とも『は?』とも言わなかった自分の声帯を心のなかで誉めちぎる。
「なんて?」
「頭だけじャなくッて、耳まで悪くなッたカ?」
冷たい視線というのはまさにこのことだろう。
ユージに注がれているはずのなのになぜか近藤たちが縮こまってしまう。
謝った方が良いんじゃないかと声をかけようとしたその時、突然、ユージが木箱から転げ落ちた。
「ぁ、ぐェ、ゥあ」
「ユージ?!」
ユージからの返事はない。
ただ苦しそうにもがくユージに、近藤は思わずそばに駆け寄った。
何が起こった?
見たところ怪我はしていないようだ。ピクピクと小さい痙攣を繰り返している。
って、これ息とまってねぇか?
「ラッド・ネア! 殺す気か?」
アピトの声にラッド・ネアはにべもなく答える。
「これくらいじゃ死なないわ」
その言葉と共にユージが大きく息を吐き出した。
「おい、平気か?」
「ォえ、マジでアンタ、サイアク。死ネ」
息が吸えるようになるや否やユージはラッド・ネアを睨み付けた。
どうやら、ラッド・ネアがユージの体を操って呼吸を止めていたみたいだった。
魔女との契約が、こんなとこまで支配されるものだったとは。内心ゾッとせずにはいられない。
「力の差がまだ分からないの?」
「もう一回やれバ? アンタの下着街中にバラまいてやるヨ」
「ちょっと待て。喧嘩してる場合じゃねぇだろ」
流石にまた息を止められたら洒落になりそうにないので仲裁にはいる。
ラッド・ネアの視線もユージの視線も痛い。
「……そうね」
ラッド・ネアは一応納得したのか、近藤を一瞥するとユージの息を止めるのを諦めた。
「お前、死にてぇの?」
「アイツに殺せるワケないデショ」
前に主人選びを間違えたと聞いたことがあったが、これはこれでお互い他の相手だと無理なんじゃないかと思えてくる。
深入りするのはよしておこう。
「貴方たちラジオは聞いた?」
「どうだ? レーベル」
流石アピト。
無駄のない動きでファシスタへ丸投げしやがった。
「え?! わ、私? あの、えっと、ぐ、軍がクイエラから、その……」
「クイエラから軍が帰ってきたのは、聞いてたと」
震えるファシスタの言葉をアピトが通訳する。
緊張のためか、ファシスタの顔色は薄暗い中でも分かるくらい青白く染まり、瞬きもいつもよりはやくなっている。
まぁ当然だろう。
目の前で人が窒息させられてたのだ。怖くないはずがない。
ラッド・ネアはそんなファシスタのことじっと見ていたかと思うと、いきなり早足で距離を詰めだした。
「あ、おい、ちょっと」
アピトは庇うようにファシスタの肩を抱くが、ラッド・ネアの足は止まらない。
「もしかして、私が怖いの?」
ラッド・ネアはファシスタの目の前まで行くと、そう冷たく尋ねた。
「え?! い、いえ! そんな……!」
ファシスタは真っ青な顔で首を振る。100%怖いだろうが、それ以外答えようがない。
「そう」
ラッド・ネアはため息のように呟くと、少しためらわし気にファシスタの頭に手を置いた。
「ごめんなさい」
それだけ言うとまた先程立っていた場所へと戻っていった。
ファシスタは固まったまま動かない。
「レーベル? おーい! レーベル?」
「……」
「その後の情報、知ってる?」
あ、そのまま話続けるんだ。
「あー悪ぃけど、その後すぐ騎士たちにアピトがクイエラのデモの首謀者だとかなんだとかで追われて、情報が入ってきてねぇんだ」
動かないファシスタとそれを揺すっているアピトの代わりに近藤が口を開く。
まぁどっちみちアピトは戦力外だけど。
「本当に最低限度だけは知ってるようで安心した」
最低限度しか知らなくて悪かったな。と思ったが、俺はユージほどチャレンジャーではないので黙っておく。窒息したくねぇし。
「それには続きがあって、貴方たちの他にも悪魔なしで魔力を操れる私やユギルが、そのデモに荷担したと言われているの」
ラッド・ネアはユージの方を見た。
「そ、ソレで腕ちョん切られたンだヨ」
「随分過激じゃないか」
ファシスタはもう大丈夫なのか、アピトが会話に混ざってくる。
「確かに騎士たちの動きは活発ね」
「ユギルと話したか?」
「なんにも。ユギルは家の周りに結界を張って籠城中。城と戦う気はないみたい」
ラッド・ネアは肩を竦めた。
とりあえず、結界を張ってるならユギルの方は安全だろう。
となると、やはり問題は近藤たちである。
「ここで、提案なんだけれど、私たちと手を組まない?」
「さっき言ってたやつか」
しかしまさか、“手を組む”と言われるとは。
アピトのせいで狙われたのだから、手駒として戦えとか、シエラルカの腕を取って来いとか、そんなことを言われるとばかり思っていたため、少し驚いた。
「悪い話じゃないでしょう。貴方たちも城に狙われているわけだし、なにもしない訳にはいかない」
悪い話どころか願ってもない話だ。
正直三人で城と戦うのは不可能に近い。たった二人とは言え、仲間が増えるのはありがたい。が、
「悪くはねぇが、もう一声だな」
食い付きそうになるアピトを制して近藤が声を上げた。
「あら、なにか不満?」
「いや、不満はねぇよ。でも、俺らにはやんなきゃなんねぇことがあんだ」
「やらなきゃならないこと?」
ラッド・ネアはその整った眉を左右均等に潜めた。
こういう場合、交渉が重要になる。
近藤たちの目的は"多田野の奪還"。そして、城から追われなくなること。
直接的に城とやりあいたいラッド・ネアとは少しズレがある。
ラッド・ネアのペースに巻き込まれれば明らかに割を食うのは近藤たちだ。
仲間になるなら折衷案を取るだろうって?
そんな甘い話じゃない。
折衷案を取ったところで事が始まれば指揮を取り出した奴の方に引っ張られる。
この魔女、力がある上に頭もキレそうだ。この場の主導権は間違いなく彼女に分がある。
だからこそ、最初からこちらに有利な条件をつけておく。
「俺たちは城から人を救いたい。ただ城と対立してぇ訳じゃねぇ」
「それでも、どのみち対立するわ」
「あぁ、だからお前らに手を貸すのは構わねぇ。だけど、三つだけ理解しといてくれ」
「あら、三つで良いの?」
ラッド・ネアの声はやはり落ち着いていた。
「充分だ」
近藤は軽く笑みを作ると、人差し指を立てた。
「一つ、ファシスタは魔法が使えねぇ。この件にがっつり関わらせるな。
二つ、作戦を考える場合、必ず俺に報告すること。
そして、三つ目」
近藤はわざとらしく間を空ける。
強調するためでもあるが、それよりも、ラッド・ネアの様子を伺っているのだ。
「この二つが破られた場合と、俺らの命、または目的達成の保証がない場合、俺たちはこの作戦から離脱する」
アピトが息を吐く音が聞こえる。俺が変なことでも言うとでも思っていたのだろうか。失礼な奴だな。
まぁ、アピトが安心した通り、条件としては至極真っ当なものだろう。
もちろん前二つは本当にただのお願いだ。
しかし、三つ目は違う。
ここを離脱する。
つまり、近藤たちはいつでもラッド・ネアから離れる準備が出来ているということだ。
アピトの馬鹿だけだったら思うように言いくるめられるかも知れないが、それは俺が許さない。
言外にそう伝えているのだ。
アピトの力を借りたいラッド・ネアに対しては相当な脅しになるだろう。
「ええ、分かったわ」
ラッド・ネアはあっさりと近藤の条件を受け入れた。
まぁ、飲んで貰わなきゃ困るのは俺たちなのだが。
まずは第一段階クリアといったところか。
「そんなに警戒する必要はないと思うのだけれど」
ラッド・ネアは少し眉を潜めた近藤に、微笑みを向けた。
その胡散臭い笑顔はどうも信用できない。
「まあ、まだ信用しなくても良いけれど」
ラッド・ネアは近藤の視線に背を向け、倉庫の奥の壁の前に立つ。
目の前にあるのは、なんの変哲もないただの壁。
「さて、ここから先の話は、私の家でしましょうか」
不思議そうに眺めている近藤たちを余所に、ラッド・ネアは壁を押す。
すると、壁は鈍い音を立てて回転した。
隠し扉か。
壁の向こう側には真っ白い廊下がすらりと伸びていた。
「おお! 作戦会議か?」
作戦会議って名前本当に好きなんだろうな。アピトは楽しそうな声をあげた。
「ええ、もちろん。それもするわ」
「それも?」
近藤が聞き返すとラッド・ネアは不敵に口角を吊り上げた。
「作戦だけじゃないの。例えば、城に一矢報いる最終兵器についての話、とか」
廊下に響く笑い声に、はじめて感情らしいものを感じたが、やはり不気味なことには変わりなかった。
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