【第十四話】事件解決! 勝利の影に潜む影……?!



 突如として女しかいない世界へと飛ばされた不良少年・近藤武蔵。

 この世界の女は、魔女と呼ばれ、男の精を絞ることで、魔法と呼ばれる不思議な力を操る。

 近藤が最強の魔女・セーレ・アピトの元で暮らすようになってから数週間。

 とある事件が起きた。

 魔女の魔力消失。

 その事件の解決に乗り出した近藤たちは、ユギルの協力を得て、魔女の魔力消失の黒幕・タダノの元へ辿り着く。

 彼らの目的は「魔女のいない世界」。

 タダノたちに返り討ちにされたアピトを救うため、近藤は単身、タダノの居るクイエラへと乗り込んだ。

 そこで、キャロン、工口との戦闘やフォーランとの戦いを経て、近藤は倒れてしまう。

 だが、そんな近藤を救ったのは、他でもないアピトであった。

 そのままタダノとの戦闘へもつれ込んだアピト。

 勝機は見えていたが、魔法道具・ラルダによって、アピトは追い込まれてしまう。



 この世界で男が生まれた場合、その赤子は殺される。

 それがこの世界の暗黙の了解だった。

 ただ、ジェシアの母親は何の気まぐれかその赤子を育てる決意をした。

 それが同い年の姉が居たからか、その母親が慈悲深かったのか、今となっては分からない。


 ジェシアは魔女として育てられた。


 姉にそっくりなその容姿は、そうそう男と疑われることもなかった。

 ジェシア本人ですら、自分は魔女であると信じて疑わなかった。


 狂いはじめたのは、13歳の頃。

 声が掠れ、喉仏が浮き出るようになった。

 声変わりだ。

 そのお陰で母親は処刑され、ジェシアの家族は双子の姉だけになった。


 姉は優しかった。


 非難の目からジェシアを守り、衣食住を整え、寝れない夜は子守唄を歌った。

 だから、母親が居なくなった寂しさを感じることはなかった。

 姉と共に居れるなら、裏路地で寝ることも、石の的になることも構わなかった。

 それ程幸せだったのだ。

 しかし、それも束の間の幸せだった。


 姉が精神病を患った。


 ジェシアは色々な人に助けを求めた。医者、薬屋、シャーマン……城にも。

 だが、皆口を揃えてこう言った。


『悪魔の頼みなんて聞くと思うか?』


 そこで気がついた。

 この世界はもうダメだ。

 姉を救うためにはまず、この世界を変えなくてはならない。



「おい! アピト! しっかりしろ! おい!」


 アピトからの返事は依然として返ってこない。

 真っ先に浮かぶはずの不吉な予想よりも、俺の声が出てないんじゃないかとか、アピトの声が聞こえてないだけなんじゃないかとかを考え出すこの頭は、どうかしてる。

 いや、違う。本当は何よりも理解している。

 理解しているから、逃げ道を探しているのだ。


「まだ死んでいない」


 落ち着いた声が耳の後ろから聞こえた。

 そこでようやく、近藤の思考は外へ向けられた。

 振り向かずとも分かる。

 すぐ後ろにはタダノが立っている。

 アピトの体を抱く手に自然と力が入る。


「どちらを選ぶ? 共に死ぬか。一人で生き延びるか」


 自分一人の体ですら動かすのに苦労しているのだ。アピトを抱えて逃げることなんて到底出来やしないだろう。

 選択肢は与えられているが、選べる立場にはいない。


「……共に、死ぬ」


 諦めたのか、腹を決めたのか、近藤の声は酷く冷静であった。


「うん。良い決断だ」


 タダノはナイフを近藤の首筋に当てた。

 ナイフはタダノの血を吸い、生ぬるくなっている。

 食い込んだ刃がその首を切り裂く寸前、近藤はタダノの手首を掴んだ。


「話は、最後まで聞くもんだぜ。共に死ぬ。だけど、今じゃねぇ」


 近藤はタダノの手を捻り上げ、ナイフを落とす。その勢いのまま頭突きをお見舞いしてやると、タダノはフラフラと後ずさった。

 その隙にアピトを地面へ寝かせる。


「アピト倒して良い気になってるとこ悪ぃけど、アピトが動けないならお前だって相当キてるってことだ。


それに加えて、お前は魔力も枯渇してる。頼みの綱のラルダは魔法が使えねぇ俺には効かない。


つまり、この中で"最強"なのは俺なんだよ」


 そう言い終わると、右頬に強烈なパンチが入る。

 近藤の体は宙へ浮く。

 そして、浮いていると気づく前に、地面へと不時着した。

 倒れ込んだままの近藤に、タダノは早足で近付く。


「残念だけど君と私とじゃ経験が違いすぎる。それに、君のその体は良く言って死に損ない。最強なんて程遠い」


 タダノの言葉に、近藤は吹き出しだした。堪えることもなくケタケタと気が狂った様に笑った。

 痛みで頭が可笑しくなったのかも知れない。

 近藤は笑いながら半身を起こす。

 軋む骨の痛みもどこか自分の物ではないような気がした。


「グチグチうるせぇなぁ。俺はお前に一発いれてやんなきゃ気が済まねぇんだ。死に損ないの体でも動けば良い」


 近藤が立ち上がる前に、タダノの蹴りが顎に入る。


「君が私を、ね。キャロンや工口をいたぶったというのに?」


「俺は復讐なんてしねぇとは言ってねぇだろ。俺の気が済むなら復讐だってなんだってやる」


 こんな草臥れた体のどこにそんな力が残っているのだろうか。近藤はまた頭を上げる。


「君と私は本当によく似てる。頑固で、目的のためなら他者がどうなろうと気にも止めない。


ただ一つ違うのは、君は君一人の世界に生きているということだ」


 タダノは近藤の頭を踏みつけるようにして、地面へ押し戻した。


「同じだよ。俺ら二人、狭い世界に居ることに変わりはねぇだろ」


「これは私一人の為じゃない。虐げられてきた者たちのためでもある」


「てめぇがやってるのは新しい虐げられる者を作ってるだけだ。暴力の矢印を変えてるだけだろ」


 今更ながら、口の中に鉄の味が広がる。

 飲み込みたくはなかったが、吐き出すには口の自由が効かなかった。


「それは悪いことかな? 私がフォーランを守るように、君がセーレ・アピトを守った時のように、誰かを守れば誰かが傷つく。


なにかを守るというのは違うなにかを犠牲にするということだ。


誰も何も傷つけなきゃ、守るなんてことも必要ない」


「じゃあ、その犠牲になったなにかが反撃してきても文句言うなよ」


 タダノの足の力が強くなった。頭蓋骨がミシミシと悲鳴を上げる。


「君と話せて良かったよ。改めて、私は自分が正しいと思えた」


 タダノの足が高く上げられる。そして、振り下ろされるその一瞬。

 近藤は側に落ちていたナイフを手繰り寄せ、タダノの腹に突き立てた。ナイフの先は沈み込むように腹の中へと埋まる。

 と同時に、タダノの呻き声とアピトの悲鳴が辺りへ響き渡った。


「お、まえ、正気か?」


 まさか、アピトの体と繋がったままのその体が切りつけられるとは思ってもいなかっただろう。急所を外しているとはいえ、ナイフはタダノの腹に深く刺さっている。

 それはタダノと状態を共有しているアピトにとっても同じことだった。が、その繋がりを切るために必要なことだった。


 そう。ラルダだ。


 ラルダさえ壊せれば、タダノとアピトのリンクは切れ、アピトの怪我は治る。

 近藤はタダノの体を支えつつ、胸元にぶら下がるラルダを取り上げる。

 オレンジ色の光が目に痛い。


「悪ぃなアピト。もうしばらくだ」


 近藤はラルダを地面へ叩き付ける。

 耳障りな甲高い音がして、ラルダは大小様々な欠片へと姿を変えた。

 バラバラになったラルダは光を失い、地面に転がる。

 これで、これで元通りだ。


 元通りになった!


 はずだった。


「は?」


 安堵と充実感を胸にアピトの方に目をやる。が、可笑しい。

 アピトは未だに顔を上げない。

 痛みの余韻が引かないのか。いや、そうではない。


 だってほら、怪我が、治っていない。


「な、んで?」


 アピトの元へ駆け寄ろうとした近藤の体は壁へと叩き付けられた。

 首元には妙な圧迫感がある。


「残念、だったね。それを割ったところで、割られる前に、与えた傷は、無くならない」


 流石に腹の傷は深かった。タダノは近藤の首を締め上げながらその傷を塞ぐ。


「君はただ、彼女に傷を与えただけだ」


 タダノの声が頭に響く。

 ただ、その言葉の意味を理解できる程の思考力はもう残ってはいなかった。

 最早、自分の意識がどこにあるのかすら分からない。

 噎せながら生きようと踠く体と、全てが終わったのだと受け入れる頭がこうして一緒に居るのが不思議なくらいだ。


「……やめてくれ」


 その声は、空耳と思えても仕方ない程とても小さい声だった。

 最期の情けに、神様だかなんだかが、あの声を聞かせてくれたのかと思う程小さな声。

 だが、近藤の首を締めていた手が離れ、呼吸が出来るようになって、その声は現実のものだと気が付いた。


「頼む。やめてくれ」


 いつものアピトの声を想像していたら、聞き逃していただろう。

 しかし、その声ははっきりと聞こえた。


「ア、ピト……!」


 咳と一緒に吐き出されたその名に、彼女は笑みを見せた。


「腹が痛い。だがお陰で目が覚めたよ」


 血溜まりの上に更に血が注がれ、低い音が鳴る。


「それで、これは何の痛さだ? 友のために魔法を失った痛さか? 仲間の命のために身を挺した痛さか? なら、足りない。足りてないぞ」


 アピトが控えめに指を動かすと、地面がうねる。

 タダノとの状態リンクが解除され、魔法が操れるようになったのだ。

 だからといって、勝機があるとは言いがたい。


 治癒魔法が苦手なアピトは、傷を塞ぐことは出来ない。つまりアピトは、その怪我を負ったまま、戦うしかないのだ。

 なんとか動いているにすぎないその体はいつ倒れても可笑しくない。このまま戦闘など、出来るはずがない。

 近藤が引き裂いた腹の傷がドクドクと脈打ち血を吐き出す。


「向こうが倒れればこっちが起きて、こっちが倒れれば向こうが起きて……君たちの諦めの悪さは素直に賞賛するよ」


 タダノの声は少しだけ震えていた。傷を塞いだとはいえタダノも満身創痍であることには違いない。


「いい加減にしてくれ」


 タダノは地面の揺れを利用してアピトとの距離を詰めた。

 アピトは怪我で動きが鈍くなっている。その隙を狙い、蹴りを送る。

 アピトも地面を盛り上げ対抗する。盛り上がった地面は壁になり、タダノの行く手を塞ぐ。


「諦められないんだ……諦められるワケないだろう。全部、大切なものなんだ」


 噛み締めるような言葉だった。

 あまりにも声がしっかりしているもんで、しばらく泣いていることに気が付かなかった。


 ……アピトが泣いている?


「これ以上、私の大切なものを奪わないでくれ」


 泣いている。

 あのアピトが、涙を流している。

 大きな雫が頬を伝い、血を流す。

 大きな泣き声をあげるわけでもなく、声を震わすだけでもなく、顔を涙で濡らしながらしっかりと前を見据える。


 静かだった。


 耳を澄ませば涙の音が聞こえてきそうな程。

 とても静かで、美しかった。


 あぁ、アピトはこうやって泣くのか。


「リサの笑顔も、ファシスタの夢も、コンドウも。私には大切なものなんだ」


「……私だって大切なものくらいあった。それも全部君たち魔女が奪ったんだ」


 アピトはその言葉に少し動揺の色を見せた。


「もう充分だろ。君たちは充分幸せだった。それを今度は、私たちに分けておくれ」


 ずっとアピトは強いと思っていた。

 他の魔女たちに頼られて、その上自らも面倒事に首を突っ込む程のお人好しで、そのせいで城なんて巨大な組織と敵対してるってのに昂然とした態度を崩さず、よくケラケラと大声で笑って、何があったって動じない。


 動じない?


 そんなことなかったじゃないか。

 魔女の魔力消失を知った時だって、ユギルと二人きりで話した後だって。

 あんなに分かりやすかったじゃないか。

 何も見えていなかった。


 こいつはこんな弱いのか。


 隣に立つこと。

 それはアピトみたいに強くなることじゃなかった。

 アピトの弱さに寄り添うことだ。

 そんなことも分かろうとしないで、隣に立とうとしてたのか。


「お下がりで良いのか」


 タダノの攻撃もアピトの防御も全てが一瞬止まる。が、何事もなかったかのように攻防戦は再開され、近藤の声は闘乱の中に消えた。

 それでも、近藤は口を開く。


「使い古しの幸せで満足すんならてめぇらはもう充分幸せだよ」


 瞬間、タダノの狙いは近藤に変わった。

 何かが弾けたように、タダノは近藤の元へと走った。そして、近藤の頭に手を掛ける寸前。

 アピトの指示により鎖となった地面がその体を捉えた。


「何が充分だ? こんな生活が幸せなのか? 生きてるだけで幸せだって言うのか? 私たちは幸せを奪われたままでいろって言うのか?


私たちは……フォーランは、幸せになることすら許されないのか……」


 タダノは全身をその鎖に委ねた。

 湿った風が血の臭いを運ぶ。

 タダノが言いたいことは理解できる。幸せを求めることを否定するつもりもない。

 ただ、タダノが幸せを求めるように俺たちも幸せを求めた。

 それだけだった。


「全員が幸せになれる世界は存在しない。誰もが不幸で、窮屈に感じるこの世界で、精一杯羽を広げられるように私たちは踠くんだ。


時にそれは、世界と敵対することもあるだろう。だが、それは、人から何か奪うことではない」


 タダノはなにも言わなかった。

 俯いたまま、ただ静かにアピトの話を聞いていた。


「奪われる苦しみを知っている君が、奪う側に回ってしまえば、誰がその苦しみを理解するというんだ」


 アピトの声は先程まで戦っていたものだとは思えない。

 どちらかと言えば、眠れない子供をあやすような、そんな口調だった。


「誰かを不幸にしても、君自身は幸せにはなれない」


 アピトのその言葉に、タダノは口を開いた。


「……彼女の言う通りだ」


 タダノが発した言葉は、そんな言葉だった。

 彼女が誰を指すのか、何を言いたいのか、近藤たちは静かに次の言葉を待った。


「……あの少女に、毒を飲ました時点で、これはただの復讐だった。私自身を幸せにするためじゃなくて、周りを、皆を不幸にするための……」


 その言葉は独り言のように吐き出された。口から零れ出るのを怖がるように、不安の色を滲ませながら。


「私が幸せにならなきゃ、意味がないのにね」


「……賢い子だろう」


「そうだね」


 アピトは、タダノの拘束を外した。

 タダノは特に驚くこともなく、それを受け入れた。

 逃げ出すことも、また攻撃を仕掛けてくることもなく、床に膝をつき、ぼんやりと遠くを見つめている。

 アピトもそんなタダノの様子に緊張の糸かほどけたのか、その場に崩れ落ちた。


 しばらく三人は口を閉ざし、体力の回復を待った。

 どれくらい時間が経っただろうか。

 溢れ落ちた血も固まり出した頃、タダノは口を開いた。


「……君たちは、可笑しいと思わないか?」


 前と変わらない問いかける声。でもその声はどこか優しいものであった。


「なにがだ?」


 アピトは少し眠たそうな声をあげた。


「魔女の魔法だ。君たちは知っておいた方がいい。この世界のことを」


「魔女の、魔法……」


「セーレ・アピト。君が他の魔女と違い、男を使わずに魔法が使えること。


近藤、君の体の不調も、疑問に思ったことはないか?」


「あぁ? 不調?」


「いや、あの、タダノ! 待て、それは、ちょっとまだ待ってて、な?」


 タダノは横目で近藤の方を見ると鼻で笑った。なんだこいつ殴ってやろうか。


「魔女の魔法は不思議だ。基本、魔力を溜めておくことは出来ず、力を使う寸前で摂取しなければ発動しない。


だけど、セーレ・アピト。君は違う。何年も体に溜めておける」


「最強だからな」


 アピトは当たり前のように言い切った。やっぱりアピトはアピトだよ。

 ただ確かに、タダノの言う通りだ。違和感がある。

 力を使う寸前で男の精を大量に取り入れれば、大きな魔法が使える。

 なら、一度に大量の魔力を体に入れて、小さい魔法を使ったのなら?

 理論的には体に魔力を残しておけるはずなのだ。

 それなのに、魔女はそんなこと、出来ない。


「……お前、魔力が枯渇したって言ってたよな」


 グリモワールを使っていたのに。

 グリモワールは"魔力を与える魔法道具"だ。それなのに、タダノは"魔力が枯渇"した。


「この世界の原則は君たちが思っているよりも人為的に作り出されているんだ」


 人為的。


 タダノの言い回しは婉曲すぎて、考えれば考える程、話が見えてこなくなる。


「もっと分かりやすく言おう。魔法は城に……」


 タダノが開き掛けた口を閉じる。

 客が現れたのだ。


「……小俣。君、逃げてなかったのか」


 曲がり角から首を出したのは小俣だった。

 タダノにそう聞かれて、小俣は気まずそうに下を向く。


「君、いきなり居なくなるから心配していたんだ。まぁ、無事で良かった」


 タダノがそう笑っても、小俣は地面ばかりを見続ける。


「もう……終わったんだ。丁度体も動かないから、手を貸してくれ」


 小俣の下ばかり向くのはいつものことだ。しかし、この小俣は明らかに様子が可笑しい。

 タダノの言葉にも反応を示さず、その場を動こうとしない。ただ、なにか言いたげに瞬きをするだけ。

 その異様な雰囲気にタダノは眉を潜めた。


「怪我でもしたのかい? 小俣? 具合が悪い?」


「あの……」


「ん?」


「……やっぱり……俺なんか匿わない方が良かったですね……」


「逃げて、ください」


 小俣がそう言った瞬間、タダノの体が浮き上がった。


「おいおい。アドリブが過ぎるぞ? ミル。まぁ、脱走兵の割には良い働きだった。貴様のお陰でこいつの動きが追いやすくって助かったぞ」


 聞き覚えのある声に、金属の擦れるあの音。


「カラ、リマ……!」


 短く切り揃えられた銀髪に、重装備の鎧。

 そう。この女は城の騎士、ロート・カラリマ。

 小俣の魔女でもある。


「タダノ……いや、ジェシア。貴様との戦闘は面倒だからな」


 タダノは宙を滑るとカラリマの腕の中に収まった。


「な、んで……? ……ここが……」


 抵抗する力も残っていないのか、タダノはただ呆然と呟いた。


「なんでって、貴様も契約くらい知ってるだろう?」


 人を心の底から馬鹿にするような嫌な笑い声。


 そうだ。


 そうだった。


 魔女と悪魔が契約を結ぶことで、魔女は悪魔の体を操れるようになる。

 どんなに遠くに離れていても、小俣はカラリマの支配下にあったのだ。


 カラリマは、小俣の体を通して、タダノたちのことを監視していた。

 魔女との契約とは、本来その意味で使われるものだった。


「それとも、貴様は知る術がなかったか?」


「黙れ!」


 嘲笑うカラリマの声を掻き消すかのようにタダノの足がその首を狙った。


「あ゛?! ……ぁ」


 が、勝敗は目に見えていた。

 カラリマは気だるげにその攻撃を受けると、タダノの腹の傷を抉った。


「無駄に動いて血を流すな。もったいない」


 タダノは目を見開き、全身で痙攣すると、しばらく咳き込んだ後、意識を手放した。


「カラリマ!」


 近藤は叫んでいた。

 もはや動かす気力も残っていない体を叩き起こす。


「てめぇ、なにするつもりだ……?!」


 この声に反応したのか、それともまぐれか。カラリマの目がこちらへ向けられた。


「あぁ、そうそう。これはお礼だ。受け取ってくれ」


 そう言うと、カラリマはアピトと近藤の足元に穴を開けた。


「は?」


「へ」


 足元に穴が開いたということは、立っていた地面がなくなったということで。

 いきなりのことに抵抗すら出来ず、二人は地下へとまっ逆さまに落下した。

 穴の上からはカラリマの笑い声だけが聞こえてきた。

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