【第八話】厄介魔女! 世界の観察者・ユギルとその豪邸……?!
突如として女しかいない世界へと飛ばされた不良少年・近藤武蔵。
この世界の女は、魔女と呼ばれ、男の精を絞ることで、魔法と呼ばれる不思議な力を操る。
元の世界へ戻るためには向こうの世界とこちらの世界を分断する結界を破壊する必要がある。
最強の魔女・セーレ・アピトの協力のもと、魔力について調べる日々。
そんな中、とある事件が起きた。
魔女の魔力消失。
教会の娘・リサのことや、ファシスタの病院のこともあり、アピトたちはその事件の解決に乗り出した。
だが、アピトたちの知っている情報は少なく、事件解決の糸口は見つからない。
そこでアピトは、とある魔女に「情報を借りる」ことを提案した。
▽
階段。
その上も階段。
その上も、そのまた上もまた階段。
「ちょっと止まれ。気持ち悪ぃ。吐く」
「お前ほんと貧弱だな!」
「大丈夫ですか?」
高笑いするアピトに引っ張って貰い最後の段差を上りきる。
今までは自分のことを体力がないなんて思っていなかったが、最近はよく思う。
あぁ、最悪だ。
買い物行って過呼吸起こしたことを思い出した。
今思い出しても頭に鳥肌が立つ。あれ、店の食いもんに吐いちまったんだよな。
俺、病弱なのか。
病弱ヤンキーなのか。
つーか、こんな山奥に家建てんじゃねぇ。
悪態も言葉にならず近藤はそのまま地面へ突っ伏す。
「ほら、しっかりしろ。ユギルの屋敷はもう目の前だ」
アピトに言われ、顔を上げると、そこには絵に描いたような豪邸がそびえ立っていた。
勾配が二段階に分かれているマンサード屋根に、花をモチーフにした複雑な装飾のコリント式の柱。
それに加え、半円アーチの双子窓・バイフォレイト窓の窓枠にも豪華な装飾が施されている。
その派手さにどんなドキツいババアが住んでるのか不安になる。
ここに向かう途中も散々脅された。
ユギルという魔女はどうやら情報通らしい。
その情報通というのも、『世界で起こっている全てを知りたい』という彼女のこだわりからきている。
アピトに言わせると、魔女の中で一番厄介な凝り性。
どうかショッキングピンクのドレスだけは着ていませんように。
心の中でそう唱えながら何とか体を起こしアピトの背中を追う。
アピトは近藤が来ていることを確認すると、ベルを鳴らした。
せめて俺が着くまで待ってろよ。
なんて思っていると、ドアが独りでに開いた。
「自動ドアかよ」
華美な浮き彫りが施されたドアの向こうは、外とは対照的に装飾も何もないだだっ広い廊下が続いていた。
アピトに続いてファシスタ、そして、近藤も中にはいるとドアはまた独りでに閉じた。
こだわりが強いと聞いていたが、こんな殺風景だとは。ユギルの銅像くらいは期待していたのに。
「何もねぇな」
「これも彼女の美学さ」
「ふぅん」
意外と拍子抜けした近藤だったが、気を抜くのは少し早かった。
しばらく歩くと廊下の奥に行き着いた。
廊下の奥には入り口と同じ様なドアがあり、アピトたちが近付くと、先のドアよろしく独りでに動いた。
まぁ、そこは良い。さっき見たくだりだ。
問題はその先にあった。
また長い廊下が続いていたなのなら、敷地広いな! と思うだけで済んだのに。
扉の先は大広間になっていた。
殺風景な廊下と違って、この広間は屋敷の外観と同じような豪華絢爛な造りになっていた。
流石、情報の魔女と言うべきか。
左右の壁にはその名に相応しい巨大な本棚が聳え立ち、本棚には規則正しく本たちが整列されている。
本棚だけじゃない。ロココ調のフラワースタンドがズラリと並び、溢れんばかりの薔薇たちが花瓶を真っ赤に染める。
刺繍の細かいソファにクッション。
華やかな色合いのカーペットは部屋を彩り、それらを照らし出すのは大小様々なシャンデリア。
まるで豪勢という文字をそのまま表したかのような圧巻の光景だが、そんなものすら霞むほどの広間最大の特徴と言えば、本の整理をしている男たちだろう。
本棚から本を取り出すと、反対側の本棚へすーっと歩いていき本を仕舞う。
それが終わると、また違う本を取り出して反対側の本棚へ向かう。
その怪しい動きも気になるが、それよりもかなり気になることがある。
どいつもこいつもすっきりしたイケメンってことか?
悪かったな。
主人公の癖にイケメンじゃなくって。
そうじゃなくて、少し違和感があるのはそいつらの服装。
そう。
皆メイド服を着用しているのだ。しかも、ミニスカの方。
「遅いよ。アピト」
間の抜けた、眠たそうな声が部屋に響く。
その声のした方へと目をやると、そこには一際背の高い男が立っていた。
すっきりとした一重まぶたに、高い鼻筋。
こいつもまたイケメンの部類だ。
もちろん。他の奴らと同じく裾の短いメイド服を着ている。
そして、そいつの腕の中に居るのは……子供?
背丈は抱えられているのでよく分からないが、120くらいか。
パツンと切られた短めな髪。くりくりと大きくってあどけない目。白いフードを止める、リボン結びの茶色のマフラー。ニーハイにブカブカのブーツ。
といった可愛らしさを全て打ち消す裸オーバーオールがいやらしく感じないのは幼いからだからだろうか。
それとも、近藤がこの世界の洗礼を受けたという証拠か。
「ようこそ。ユギルの屋敷へ」
この女。大魔法使いユギル。
この世界で起こる全てのことを観察している、この世界の観察者。
「アピトは気が利くようになったね。これはユギルへの献上品? 偉い偉い」
なんか、嫌な予感がして、一歩後ろへ下がる。
「オキニイリ、近付いて」
オキニイリ。ユギルを抱えた男はそう呼ばれた。
そいつは、苦笑いしながら一歩近藤の方へ近付く。
苦笑いするくらいなら近付くなよ。
「ユギルの好みじゃないけど、ユギルはアピトの好意を無駄にしないよ」
待て。好みじゃねぇのか。
別にお子ちゃまに好かれようが嬉しくはないが、こう言われるとイラつくのが人の性だ。
ユギルは小さな手で近藤の顔を触ったり、髪を引っ張ったりする。
「いてっ、おい。やめろって」
「なんで髪が黄色いの? うん。黒く染めよう」
黄色じゃなくて金髪な。それともう染めてんだよ。
「ユギル。悪いが彼は君のものじゃない」
「うん。要らない」
「何なんだよ」
怒るな近藤。
相手は子供だぞ。
そう。子供。
それがどうした?
怒りのままに殴ろうとしたところで、話を聞きに来たことを思い出した。
取り敢えず一発頭にげんこつを入れておく。
「ユギル嬢!」
オキニイリとやらがやけにデカい声を出す。
ユギルは頭をさすりながら近藤のことを睨んだ。
「お前嫌い」
「俺は物じゃねぇんだよチビ」
「ちょっとコンドウ! ご、ごめんなさい。ユギル様。私、お話ししてきます」
ユギルに逆らうことはそんなに不味いことなのか。普段は温厚なファシスタが珍しく声を張った。
ファシスタはポカンとした近藤の裾を掴むと、何度もユギルに頭を下げ、廊下へと向かった。
「……おい、ちょっと引っ張んなよ。付いてきてるって」
廊下に出たというのに、ファシスタはまだ歩き続けている。
一体どこまで戻るつもりだと不安になってきた頃合いで、ファシスタはようやく足を止めた。
「ごめんなさい。コンドウ」
最初に謝るのは大人しいファシスタらしい。
だが、今日のファシスタはいつもとは違った。
「貴方がああいうのが苦手なことも知っています。
でも、我慢しなきゃ。
……気に入らないと協力してくれないかも知れないんですよ」
ファシスタにこんなにはっきりとものを言われたのは初めてだ。
しかし、近藤にだって言い分はある。
「あんなのただの我が儘なガキじゃねぇか」
「確かにそうですけど、でも、私たちは情報を聞きに来たんでしょ!」
「一つの目的のためにそれ以外を捨てろって? 俺はそういうのは好きじゃねぇ」
「好き嫌いの問題じゃなくって……!」
そこまで言うと、ファシスタは口を閉じた。
話が終わったというわけではないだろう。
なんだか、気まずい沈黙が流れる。
横目でファシスタのことを見てみたが、下を向いていて表情が分からない。
だけど、何を言いたいかはよく分かる。
ファシスタは下手すればアピトより単純な性格だ。
何かを守るために自分の何かを犠牲にすることを厭わない。
むしろ、それで何かを守れるなら喜んで差し出す。
言ってしまえばアピトとは別方向の馬鹿だ。
先に口を開いたのは近藤だった。
「馬鹿にされても髪引っ張られても我慢して、あんなガキの機嫌とって情報手に入れるなんてアホらし。
別に聞きに来た俺らがあいつの下って訳じゃねぇだろ。あくまで対等だ。だから俺はあのガキの我が儘には付き合わねぇ」
「ごめんなさい……コンドウ。貴方だけが我慢しろとか、そんなんじゃ……」
まるで自分が怒られているかのようにファシスタの声は震えている。
「いや、聞けよ。それは俺の考え。
だけど、ここってのはアピトがない頭使って絞り出してくれた案な訳だし、お前だって嫌なのに頑張って付いてきてくれた訳だ。
そのお前らの労力とか気持ちとか時間とか……まぁ色々を無駄にしそうになったのは俺が悪い」
近藤の言葉にファシスタは勢いよく顔を上げる。
その顔には驚きとはっきり書いてある。
「よし。気持ち切り替えて乗りきってやるよ」
「コンドウ……!」
ファシスタの嬉しそうな様子に、少し照れ臭くなる。
元々、近藤は我慢することが苦手なタイプだ。
だから近藤はいつも一人だったし、なにも気にしなくて済む一人を気に入っていた。
はずだったが、まぁたまには我慢も悪くない。我慢して、初めて手に入るものもあるのだ。
「レーベル・ファシスタ様、近藤武蔵様」
「うぉ?!」
「はい?!」
不意に名前を呼ばれ、ドキリとする。
振り向けば、コツコツとハイヒールをならしながら近付いてくる人影があった。
さっきユギルを抱いていた男だ。オキニイリ……とか言われてた。
「ユギル嬢のしたご無礼、お許しください」
深々と下げられた頭に思わず、いや、そんなという声が出る。
「もう済んだことだろ」
「えぇ、お気になさらず。あの、ところで……私たちに何か……?」
ファシスタの問いに男は微笑んだ。
「申し遅れました。私はタカハシと申します。」
この男、タカハシ。ユギルの悪魔の一人であり、ユギル一番の"お気に入り"。
「さて、堅苦しいのは止めようか」
タカハシはパンパンと手を叩く。まるで仕切り直しだと言わんばかりに。
完全にタカハシのペースに飲み込まれた二人はただただタカハシの話に頷いた。
「ユギル嬢を目の前にあんなにはっきりと物を言う人なんて久しぶりでね。少し心配で会いに来ちゃった」
フツーははっきり物が言えない奴の方が心配になると思うが。
にこやかに笑うその表情からは真意は伺えないが、ご主人様を殴ったことを咎めに来た。というわけでもなさそうだ。
まぁ、そこまで忠誠心があるって訳じゃないのだろう。
「それで、単刀直入に言っちゃうんだけど。近藤様、ユギル嬢の説得を僕に任せてくれないかな?」
「はぁ?」
廊下には近藤の素っ頓狂な声が響いた。
いや、こんな反応にもなるだろう。
それでってなんだよ。
なんの話から飛躍してこいつが手伝ってくれることになったんだ。
当のタカハシはただニコニコと笑っているだけで、何を考えてるのかさっぱり分からない。
「ダメかな?」
「いや、ダメってか、な、なんで?」
「やりたいからだよ」
タカハシはあっけらかんと言い放った。
やりたいからって、こんな初対面の奴の手助けをするって、どんなお人好しだよ。ここの世界はお人好しだらけか。
「そんな顔するなよ。ユギル嬢の噂は知ってるかい? 世界の観察者・ユギルの話」
あぁ、この屋敷に向かってる時にアピトから聞いたような気もする。
が、他にも『気に入った男の脇を舐める』とか、『気に入らなかった男は宙吊りにして振り回す』とか色んな話をされたせいで記憶がおぼろ気だ。
近藤の微妙な反応を感じ取ったのか、タカハシは言葉を続けた。
「ユギル嬢は、この世界の全てを観察している。だから、他の魔女たちから“観察者”って呼ばれてるんだ。
セーレ・アピト様の最強という異名と同じかな」
「この世界の全てって……」
近藤が大袈裟なと言う前にタカハシが首を振る。
「信じられないだろうけど、ユギル嬢は文字通りこの世界の全てを知ってる。
ユギル嬢の目はこの世界の“全てのもの”に繋がってるんだ」
また魔法のとんでも設定だ。もうどんなものでも驚かねぇよ。
諦めることで理解が進むこともある。
いちいちこんなことで躓いてたらこの世界では生きていけない。
「それともう一つ、異名が付いた理由があってね。それが、"男の精がなくても魔法が使える"んだ」
こいつは何を言ってるんだろうと心の底から思った。
そう思えるだけ、この世界の魔力について理解できていたと言うことだ。
勉強の甲斐あったなぁ。
「……それじゃあ、一応聞くけどお前たちは」
「鑑賞用」
「やば」
脳のキャパを越えると笑いが止まらなくなる。
何が可笑しくって笑ってんだろうな。
ってか、只でさえ城が独占してる男を更に独占する魔女って色々問題ありだな。
どおりであのアピトに一番厄介だと言われるわけだ。
助けを求めてファシスタの方を見てみたが、ファシスタもポカンとしてる。
だよなぁ!
「だけど、その力のせいで城から狙われてるんだ。だから、こんな山奥にひっそりと暮らしてる」
ひっそりと、ではねぇよ。
こんな馬鹿デケェ屋敷作っといて何がひっそりとだ。
という悪態は飲み込んでおいた。
「こんな山奥に訪ねてくる人はほとんど居ないし、ここにいるのは僕たちだけ。
でも、僕たちはユギル嬢に守って貰ってる身だから口答えなんかしないし、ある程度の要求なら素直に聞いちゃう」
だろうな。
説得力抜群のメイド服姿を見つめながら深く頷いた。
言い方は悪いが、命とプライドを天秤にかけて命を取った奴らなのだ。
「だから、君みたいな子だとユギル嬢と友達になれるかなって」
「ちょっと待て。話が飛びすぎてる」
近藤の制止にタカハシは不思議そうな顔をした。
なんちゅう顔してんだよ。フツーそうだろ。
つまるところ、甘やかされて育ったお嬢様、ユギルに厳しいことを言ったのが俺しかいなかった。
だから友人になれるっつってんだろ。『ふーん、面白ぇ男』じゃねぇんだよ。
「ユギル嬢、喧嘩とかしたことなかったし、君とならきっと良い友人になれるよ」
「あんなガキと同レベだと思ってんのかよ!」
「まぁまぁ、落ち着きましょ」
タカハシの胸ぐらを掴んだ手をファシスタがそっと押さえる。
しかし、胸ぐらを掴まれてる本人は近藤の怒りもどこ吹く風。
なんかこいつもご主人様と別ベクトルで苛つくな。
「君は、ユギル嬢のことどう思う?」
「ガキ、クソ、チビ、我が儘」
「コンドウ!」
多分、今一番可哀想なのは板挟みになっているファシスタだろう。
近藤を押さえる手がじっとりと湿ってきている。
「大丈夫、ファシスタ様。俺もそう思ってるから」
「そうですかぁ」
ファシスタは今にも泣きそうな顔を引きつらせ笑顔を作る。頑張れファシスタ。
今すぐにでもアピトと交代したい衝動に駆られるが、今アピトはユギルと二人っきり。
どっちもキツい。
いや、アピトの方がキツいか。どっちでもいいから助けて。
「でも、不思議なもんだよね。ずっと暮らしてると、良いところも見えてくる。
どこが良いとか、あそこが好きとかそういうんじゃなくってあぁユギル嬢の隣だって。
……あの子、そんなに悪い子じゃないんだよ」
そう言ったタカハシは本当に穏やかな顔をしていた。
子を慈しむようとか、愛しい人を抱き締めるようとか言い方は何通りもあるだろうが、やっぱり穏やかな表情くらいに留めておくのが適切だった。
「そんなに、大切なのか」
「側にいるってそういうことでしょ」
なんとも当たり前のことのようで、でも、当たり前と言い切るのは少し難しい。
『君にはまだ居ないか』と言われた時に、馬鹿にされたような気がしなかったのは図星だからだろうか。
「友達になってやってよ」
「保留」
近藤はそういうとタカハシの胸ぐらから手を離した。
タカハシはそっかと笑うと何事もなかったかのように襟元を正した。
挑発か、元々、身長差がありすぎて威圧感などなかったのか。
それとも、保留と言いつつ絆されたことがバレたのか。
やっぱり、戻ったらユギルの頭をぶん殴る。と、決意を胸に、近藤はため息をついた。
「さぁ、部屋戻ろうか」
そういって踵を返したタカハシの言葉に一番安堵したのはファシスタであった。
しかし、この長い廊下でまた些細な言い争いが始まるのは、言うまでもない。
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