【第七話】奇々怪々! 相次ぐ魔女の魔力消失……?!



 突如として女しかいない世界へと飛ばされた不良少年・近藤武蔵。

 この世界の女は、魔女と呼ばれ、男の精を絞ることで、魔法と呼ばれる不思議な力を操る。

 元の世界へ戻るためには向こうの世界とこちらの世界を分断する結界を破壊する必要がある。

 最強の魔女・セーレ・アピトの協力のもと、魔力について調べる日々。

 そんな中、アピトの何でも屋に届いた魔法道具・グリモワールの捜索依頼。

 無事解決まで導いた近藤たちであったが、その犯人が齢10歳の少女ということに違和感を感じていた。

 彼女は、魔法を「使えなかった」と言っていた。

 精神的な疲れからくる一時的なものであると良いが__……。



 その日は珍しく、朝早くからリビングにアピトの姿があった。


 いつものアピトなら昼過ぎになるまでハンモックの上から動かない。それも、起きてくるのは昼飯を食べるため。冬眠中の熊みたいな生活をして居るのだ。

 これだけで、リビングにアピトが居ることがどれほど珍しいかよく分かるだろう。

 しかも、リビングに居るときは大抵コーヒーを飲んでいるか、ファシスタと駄弁っているかの二択。


 だが今日は、そのどちらでもなかった。


 アピトが今手にしているものは、普段のアピトを知るものならアピトと最も縁遠いものと答えるであろう。


「お前、新聞読んでんの?」


 まず、自分の目を疑った。

 椅子があるのに机の上に腰を掛ける謎のこだわり。胸元の開いた黒いボディスーツの上にマント。

 部屋の中なのに頭には大きな三角帽子といったヘンテコな格好。

 こいつを誰かと見間違える方が難しい。


 その次にアピト自体を疑った。

 昨日の夜ご飯はキノコもフグも食ってねぇし、何か頭をぶつけたとも聞いてない。

 確かに最近変な魔法生物が大量発生したとかなんとかで忙しかったが、人格が変わるほどかと聞かれればそうでもない。

 試しに近くに置いてあったコーヒーを飲んでみる。

 うん。不味い。

 これは本物のアピトだ。


「……あぁ、コンドウ。起きたのか」


 ようやく近藤の様子に気がついたアピトは新聞から顔を上げた。


「お前どうした?」


「いや、気になるニュースがあってね」


「気になるニュース?」


「あぁ……魔女たちの魔法が消失する事件が起こってるんだ」


 魔女の魔力消失。それは、どこかで聞いたような話であった。


「それって、リサと同じ?」


「……そうなるな」


 教会の一件以降、アピトはリサのことを気にかけているようだった。

 その理由はもちろん、アピト自身のお人好しな性格もあるが、それよりも、ファシスタを心配してのことだった。

 ファシスタは医者という立場もあってか、リサのことを放ってはおけなかったらしい。

 何度か教会に足を運んでいたが、ついには会ってもくれなくなった。

 そんな彼女のために、アピトはここ数日、リサの魔力消失について色々と調べていた。


「どうすんの?」


「どうにも出来ないさ」


 アピトは諦めたように新聞を捨てる。新聞は乾いた音と共にゴミ箱に吸い込まれた。

 ゴミ箱から覗く新聞には、アピトの手汗でシワが出来ていた。


「どーにも出来ない? しねぇだけだろ」


 ついカチンときてそんなことを言っていた。

 アピトは視線だけを近藤に寄越す。

 正直、突っかかるつもりはなかったが、言ってしまったのならそれまでだ。

 近藤は怯むことなく言葉を続けた。


「あんなに食い入るように見てたのに、そう易々と諦められるもんなのかよ」


「君には分からんだろうな」


「分かんねぇよ。何もしねぇで諦める奴の気持ちなんか。やりたきゃやりゃ良いだろ」


「やったってどうにも出来ないんだ。何も変わらないんだよ」


「最強だろーがやって見せろよ!」


「こんな時の最強ほどちっぽけなものはないさ!」


「うるせぇテメェは黙って人助けしてろ!」


「二人とも!」


 肩を掴まれる感覚に、近藤もアピトもハッとする。

 ベルの音も聞こえないほど白熱していたのか。

 二人の喧嘩を止めたのは、ファシスタであった。

 だが、その声は妙に切羽詰まっていた。

 ただ喧嘩を止めたにしては、なにか様子が可笑しい。


 そうだ。


 いつもは整っている髪が今日は乱れている。

 いや、髪だけじゃない。呼吸も服も。


「喧嘩してる場合じゃないの……セーレ、助けて……」


 ファシスタは消え入りそうな声でそう言うとその場に座り込んだ。


「おい?!」


「レーベル!」


 二人はファシスタの体を支える。

 意識はあるようだが、相当無理して来たのだろう。

 呼吸が浅い。

 ファシスタは元々運動が得意ではない。

 それに加え、ファシスタの家からここまではかなり距離がある。疲れるのも無理はない。


「水取ってくるわ!」


「あぁ!」


「待って! ……大丈夫、です」


 キッチンへ向かおうとした近藤の腕をファシスタが掴んだ。

 汗でじっとりと濡れた手。

 息はまだ整っているとは言えない。


「おい、でも」


「それより、話を、話を聞いてください」


 ファシスタは、近藤の返事を聞く前に話を始めた。


「私の家に、急に患者さんが増えて、それが、リサちゃんと同じ症状なんです。治癒魔法も効かないし、もう、どうしたらいいのか……分からないんです」


 手に持っていたそれはカルテだったのか。

 ぐしゃぐしゃによれた紙を、ファシスタはぎゅっと握った。


「助けて……」


 喉の奥から絞り出したかのような悲痛な声。

 アピトはそんなファシスタをただ見つめることしか出来なかった。

 果たしてこの問題はアピトの手に負える問題なのか。


 私が、助けられるのか?


 それを望まれているのか?


 やめろ。また失うぞ。


 頭の片隅で、そんな声が聞こえた。

 耳を貸すな。

 そう思っても、その声はどんどん大きくなっていき、思考の全てを乗っ取ろうとする。


 ダメだ。


「おい、アピト」


 頭の中で響いていた声とは違う、ぶっきらぼうな声に意識を戻される。


「依頼だ」


「……依頼」


 その言葉はアピトの頭の中にストンと落ちた。


「レーベル。詳しい話を頼む」



 ファシスタは随分焦っていたが、それでも話はきちんとまとまっていた。

 更にファシスタの話を要約するとこうだ。

 まず、最初の患者が来たのは昨日の夜。

 突然、呼吸困難に陥った後、魔法が使えなくなったらしい。

 しかし、診断結果は異常無し。

 リサのように変なジュースも飲んでいなければ、呼吸困難になる前に特に変わったこともなかったと言う。

 今は魔法が使えない以外体に不調もないため、原因を解明するためにも、しばらく様子を見るという話になり、一時帰宅させた。


 が、今朝、事態が一変した。

 患者の声に起こされ、慌てて診察室に行けば、そこにはなんと、魔女が溢れていた。

 話を聞けば、そこにいる者は皆、昨夜の魔女と同じ症状を訴えていた。

 魔女たちは皆口を揃えてこう言う。


『呼吸困難になった後、いきなり魔力が使えなくなった』


 もちろん。診察しても体にも異常がなく、今は魔法が使えない以外は特に問題もない。


「それで、対応を悪魔たちに任せて私はセーレのとこに来たの。このままじゃ街の皆が……」


 ファシスタの言葉にアピトは静かに首を振った。


「……残念だが、もはやこの街だけの問題じゃない」


「え」


「この世界全体で魔力消失が起こっている」


 それは耳を疑いたくなるような事実だろう。

 アピトは震えるファシスタにかける言葉が見つからず、自分が捨てた新聞を見つめた。


『各地で魔力消失相次ぐ。王都ブローレ、その他クイエラ、カルカラロッタでも被害を確認』


 大々的に書かれた新聞の見出しをありありと思い出す。


「城はなんて……?」


 ファシスタが絞り出した言葉にアピトは深く息を吐く。


「音沙汰無しだ。彼女たちは私たちの魔力がなくなった方が都合が良いのさ」


 ファシスタは悔しそうに歯を食い縛った。

 血が滲んでも可笑しくない程強く噛み締める。少しでも緩めれば、汚い言葉が出てしまいそうだった。

 ここで怒っても意味がないと分かっていても抑えが効かない。

 その怒りはアピトも同じであった。


 しかし、その反面ひどく落ち着いてもいた。

 腹の中では煮えたぎるような怒りを感じつつ頭は妙に冷えきっている、不思議な感覚であった。


「まず原因を突き止めることが先決だな。大丈夫だよ、レーベル。原因が分かれば治療も出来る」


 未だ怒りが収まらないファシスタの背に、そっと手を置く。その背は汗が乾き、冷たくなっていた。

 ファシスタはしばらく目を瞑って深呼吸を繰り返した後、カルテに目を落とした。

 つられてアピトもそのカルテに目を落とす。

 カルテはカルテ特有の字で書かれているため、学のないアピトには、なんて書いてあるか分からない。

 しかし、アピトのカルテを書いている時とは明らかに違うその字体からはファシスタの不安が見てとれる。


「安心しろ、レーベル。君には私が居るじゃないか」


 アピトの言葉にも、ファシスタはただ弱々しく頷くだけだ。

 アピトはカルテを取り上げると、ファシスタを抱き締めた。

 それはもうキツく。苦しいと言われるくらいに。


「しっかりしろ。君は医者だ。この最強の魔女の専属医だ。自信を持て。必ず患者を救える」


「セーレ……」


 やっとファシスタと目があった。


「……そうだね。ごめん。ありがとう」


 アピトは頷くとファシスタの頭を撫でた。

 芯の強い子だ。

 アピトを見るその目は決意に満ちていた。


「さて、目標も決まったし、作戦会議と洒落こもうぜ」


 さっきから蚊帳の外にいた近藤。

 内心ハラハラしながら二人の様子を伺っていたのだが、二人の会話にはいっていけるほど図々しくもなかった。


「作戦か。何か良いね。ワクワクしてきた」


「俺はお前が元に戻って良かったよ」


「作戦会議と言っても、何をするんですか?」


「決めポーズ?」


「オッケー、黙ってろ。がむしゃらに探したって原因はわかんねぇ。ある程度当たりを付けるんだ」


 そのためにも、と近藤はカウンターの裏から紙ナプキンを取り出し、そこに図を書き始めた。

 その様子を二人は近藤の後ろに回り覗き見る。

 左端に丸、その横に四角、そして最後にフワフワとした雲を書いた。


「私たちで使う暗号か!」


「ちげぇーよ。主にお前のための内容整理だ。お前ら"わたあめ"って知ってるか?」


「えぇ、あのお菓子の?」


「そ。祭りとかで食うざらめの塊」


「旨いやつか」


 確かに旨い。だが、懐かしの味に想いを馳せている場合ではない。


「これで魔法の原理を復習すんぞ」


 近藤はそう言うと丸と四角と雲を矢印で繋いでいく。簡単な魔力フローチャートだ。


「一番最初の丸、これざらめな。で、四角がわたあめ器で、雲がわたあめだ」


「ほうほう」


「ざらめは悪魔つーか魔力。わたあめ器が魔女。で、出来上がったわたあめが魔法な。


魔力、つまりざらめを魔女・わたあめ器の中にいれることでわたあめっつー魔法が出来る」


「なるほど! だから悪魔が必要なのか!」


 『凄いなコンドウ! 私初めて魔力の原理が分かったぞ!』とはしゃぐアピトを見ていると、お前よく最強名乗ってられたなと心の底から感動する。

 ってか、魔力の原理は俺ら二人で調べてただろうが。


「で、今回問題があるのはわたあめ器の方だ。問題は、どっちが壊れてるか」


「どっち?」


「あぁ、魔力を吸収する方か放出する方か。わたあめ器で言うと、ざらめ入れるとこか、ざらめを綿にするところかってこと」


「分からん」


 安心してほしい。アピトには最初から聞いてない。


「それなら多分、魔力を放出する方がやられてるんだと思います」


 と、ファシスタ。


「魔力を吸った後、少しだけど魔力反応がありました。それに、吸収する場所がやられてるなら、悪魔の体を使う大魔法は使えるはず。


ですが、私が診察した魔女たちは使えませんでした」


「そんなことから分かるのか。すげぇな」


 近藤の素直な称賛に、ファシスタは少し照れ臭そうにはにかむと『ありがとうございます』と言った。良い子だ。


 大魔法と呼ばれる魔法は、読んで字の通り大きな魔法だ。

 普通の魔法よりも広範囲かつ莫大な威力を発揮する。

 しかし、その魔法は莫大な魔力が必要になる。

 つまり、男の精を吸うだけじゃ魔力が足りない。

 なので、魔力の宝庫である男の体を通して魔法を操る。

 わたあめ器の話で言えば、わたあめ器の中にざらめを入れるんじゃなくって、ざらめが詰まった箱ごとわたあめにすると言ったところか。


「事件の概要は分かったな……次は被害者の話だけど」


 近藤は少し言い辛そうにアピトたちを見た。

 が、近藤が思っているよりもこの二人は弱くはない。


「被害者の共通点はほとんどありませんでした。歳も身長や体重、血液型もバラバラです」


「新聞によると郊外よりも王都のが被害者が多いらしいな」


 アピトの顔にもファシスタの顔にも先程までの余裕のなさは見てとれない。

 どうやらもう安心して良いらしい。

 全く共通点のない人たちの魔力消失。

 これだけ聞くとただの流行り病のようにも思えてくるが、その線がないことは近藤たちが一番よく知っている。


 ジュースを飲んで魔力が消失した少女。


 この魔力消失は間違いなく人為的な力が働いている。


「最初の被害者は多分リサちゃん」


「だな」


 リサの魔力消失は大体四、五日前。

 これより先に魔力の消失が起こったなんて話は聞いていない。

 それに加え、リサだけは、ジュースを飲んだという明確な原因がある。

 ジュースで実験結果を確認し、効果を確かめたところでバラまいたと考えるのが自然だろう。


「ってなると、王都で準備してから、王都と郊外で同時にばら蒔いたのか」


 かなり手が込んでるな。


「ただの愉快犯でもなさそうですね」


「何か目的があるってことか?」


「じゃなきゃ、こんなことしねぇわな」


 王都と郊外、一番離れているところで数百キロも離れている。

 目的もなくこんな距離を移動するとは思えない。

 そうなると、次の問題はばら蒔いた方法だ。どうやってこんな短期間に誰にもバレずに毒をばら蒔いたのか。


 一口にばら蒔いたといっても方法は何通りもある。


 例えば、水道に毒物を流し込んだ。

 だがこれだと被害者がたったの数十人で済むはずがない。

 それに、コーヒーを水道水で作るアピトがピンピンしてるのも可笑しい。


 だとすると、毒ガスの可能性はどうだ?

 それも低い。ガスなら昼間のショッピングモールや駅といった人が多く集まる密室でやる方が手っ取り早く多くの魔女を狙える。

 わざわざ個人個人にガスをばら蒔くなんて手間がかかりすぎる。


「ばら蒔いた方法が分かれば、犯人像も分かってきそうですが……」


 犯人像だけじゃない。

 使用したものや手段から犯人たちの居場所だって割り出せる可能性がある。


 部屋の中に微妙な空気が流れる。


 近藤もファシスタも恐らく様々な拡散方法を考えている。

 それでいて、どれも違うと音にしていないだけなのだろう。

 つまり、二人にとっては気まずいことなんてないただのシンキングタイム。

 気まずいのは考えても考えても何も思い浮かばないアピトだけだろう。


「最近、なんか変わったことあったか?」


「コンドウを拾った」


「犬じゃねぇ。つーかお前個人の話じゃなくって世界全体の話だ。


なんで毎日顔合わせてるお前と世間話始めなきゃなんねぇんだよ」


 毎日顔合わせてても世間話はするさと言ってやろうかと思ったが、今のところ役に立ってないのは自分だけなので、黙っておくことにした。


「変わったこと……」


 ファシスタはうわ言のように呟く。

 特に最近の大きな事件と言えば悪魔の大量脱出だろう。

 城から逃げ出す男は毎回一人、二人くらいは居るものだが、今回脱出した男の数はほとんどの魔女が把握していない。

 それくらい多かった。

 恐らく、半分以上は逃げ出しているはずだ。

 だが、最近というには少し古すぎる。


 他にも南部の異常気象や王都でのデモなんかも最近のニュースで取り上げられていたが、近藤の求めている変わったことではないだろう。


「分からん」


 こういう時のアピトは潔い。

 だが、もう少し粘って欲しいものだ。


「セーレは考えなくて良いからちょっと待ってて」


「君たちも考えたって分からんだろう」


 確かにアピトの言う通りだが、だからといって考えることを諦めれば解決からは遠ざかる。


「あのな、ちょっとだけ大人しくしてろよ」


「分からんことを考えても仕方ないじゃないか。さぁ行くぞ。情報を借りる」


「情報を借りる? なんだそれ」


 首をかしげる近藤と対照的にファシスタは目を見開いた。


「もしかして、ユギルのところ行くの?」


「あぁ」


「ユギル?」


「待って、セーレ。コンドウも連れていくんでしょ?」


「安心しろファシスタ。君は私が守ってやる」


「俺は?」


「うん。そうだね。セーレ……ありがと」


「さぁ、行くか。コンドウ……まぁ、その、なんだ。気にするなよ」


「私も心の中では味方です」


 誰か、ユギルとはなにか教えてくれ。

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