【第五話】犯人確保! 名探偵・アピトの華麗なる推理……?!
突如異世界へと飛ばされた不良少年・近藤武蔵。
その異世界はなんと、女しかいない世界だった……!
この世界の女は魔女と呼ばれ、魔法と呼ばれる不思議な力を操る。そして、その魔法の元になるものが、男の精。
魔女は男の精を吸うため、契約という魔法を使い、男を奴隷にする。
この世界に連れてこられた男は、街の魔女の奴隷となるか、城の騎士に捕まり、この世界の結界を維持するための魔力源になるしかないという。
そんなバイオレンスなエロゲーから脱出することを決めた近藤。
ユージの紹介や、カラリマとの戦闘を経て、アピトを仲間にした近藤は、この世界の結界を破壊するため魔力について調べる一方、アピトの何でも屋を手伝っていた。
そんな中、アピトの友人・レーベル・ファシスタが魔法道具・グリモワールの盗難事件の依頼を持ってきた。
盗難先である教会に着いた三人。その後ろから、誰かが声をかけてきた。
▽
「お姉さん、セーレ・アピト?」
その声に振り返ってみれば、そこには少女が立っていた。
歳は10歳くらいといったところか。
白いフリルのシャツとピンクのスカートがよく似合っている。髪には、スカートと同じ色のリボンが二つ。
「あぁ、そうだよ。私が最強と名高いセーレ・アピトだ」
アピトは少女の目線まで腰を曲げると優しく微笑んだ。
「私になにか用かい?」
「あっ、あの……えっと」
緊張しているのか、その声は少し上擦っていた。
いや、緊張というより、怯えているといった方が近いだろうか。
少女の体は震えていた。
確かにアピトは背も高い上に、奇抜な格好をしている。声をかけてみたものの想像よりも派手な姿に驚いているのかもしれない。
「どうかしたのか?」
アピトは出来る限りの優しい声を出すが、少女はうつむくばかりでなにも言わない。
これには流石のアピトも困ったようで、チラチラとこちらに助けを求めてくる。
アピトはどちらかといえば子供っぽい。こういう時の大人な対応が分からないのだろう。
「リサちゃん、グリモワールが心配なんですか?」
アピトのヘルプを受けてファシスタが動いた。
「あ……ファシスタさん」
少女はハッとした顔でファシスタの顔を見つめる。
「……ファシスタさんたちは、グリモワールを探しに来たの?」
その声にはまだ震えが残っているが、少し落ち着いてきたようにも聞こえる。
「えぇ、そうですよ」
「私が来たからにはもう安心してくれ! 必ず見つけてあげよう」
あんなに困っていた癖に、ファシスタが来た途端すっかり元気になりやがった。現金なやつだな。
「必ず?」
「もちろん。最強の名に誓って」
アピトはそう言って小指を差し出す。が、少女はその小指には見向きもせずに走り去ってしまった。
「なんだ? あいつ」
「可笑しいなぁ。普段はそんなことないんです……」
そういえば、ファシスタは少女……リサの名前を知っていた。
「知り合いだったのか?」
「えぇ。何回か往診したことがあって。
あの子はここ一体の教会を所有してるラファ家の一人娘です。
リサちゃんって言って、いつもは明るくって人見知りするような子じゃないんですけど……」
ファシスタはどうしちゃったんだろう、と不安をこぼした。
走っていく時に見えた膝のガーゼから普段の様子が伺える。
きっと、ファシスタの言う通り、明るい子。というか、わんぱくなガキなのだろう。
「なに、心配することはないさ。私に会えて照れてるんだろう」
「そうかな……」
「照れてるはねぇだろうが、子供なんて気紛れだからな」
近藤もアピトも気にするふりすらせずに教会に入っていく。
ここに思いやりを持っている者はファシスタしかいない。
ファシスタは何度か振り返ってリサのことを気にしていたが、アピトたちに呼ばれ、その場を後にした。
教会の中はややゴシック調という以外は至って普通の教会であった。そもそも近藤は普通の教会すら知らないのだが。
くすんだ青のステンドグラスとそれへ続く暗い色のレッドカーペット。
その周りを囲むように置かれた木製の長椅子は綺麗に整列し、講壇の方を向いている。
講壇に彫られている太陽の中に浮かぶ月とそれに刺さる十字はこの教会のシンボルといったとこか。
講壇の周りにはシスターたちが集まっていた。
恐らく、グリモワールの話でもしていたのだろう。
扉の開いた音にシスターたちの目は揃ってアピトの方へ向けられた。
その中から一人見るからに気品溢れるおばさま……失礼しました。マザーが小走りにアピトの元へ近づいた。
「アピト様。お待ちしておりました」
「あぁ、マザー、久しぶり。現場を見せてもらえるかい?」
「えぇ、もちろん」
アピトとマザーは軽くハグをすると奥へと進んでいく。
中央に固まっていたシスターたちはワタワタと部屋の隅へ行ったかと思うと、小さな声で内緒話を始めた。
「あれがアピト様……!」
「最強の?」
「本物? ちょっと貫禄ないね」
「やめなって聞こえちゃうよ」
うん。聞こえてるぞー。その話は本人が帰るまで我慢しようね。
アピトは中々街に出向かない。
出向いたとしても、買い出しと依頼くらいで、依頼もさっさと終わらしてさっさと帰る。
アピトが言うに、『城にこれ以上睨まれないため』らしい。
だからだろう、最強という名が一人歩きして妙な理想像が作られている。
実際に会うとそうでもない、という陰口はよく耳にする。
まぁ、本人が気にしてないようだから騒ぐ必要はないのだけれど。
「ここです」
教会には講壇を挟むようにして二つのドアがある。
その向かって右側が今回の事件の現場だ。
「これ、シスターが犯人でしたって落ちじゃねぇだろうな」
「ばっ?!」
「アピト様、お連れ様がなにか……」
「い、いや! 大したことはない。気にしないでくれ。ところで、その日は何か変わったことでも?」
アピトは余計なことを言うなと言わんばかりに近藤をド突く。結構深めに入った。
ファシスタも小さな声でしーと言っている。
結構なボリュームで言ったのに聞こえてないとなると、まさかのこのマザー未経験である。
エロゲーなら真っ先にビッチ化されそうなのに。
「えぇ、変わったことですか。特にはなかったと思いますが」
ガチャリと鈍い音を立てて扉が開く。
中は意外とこじんまりとしていて、部屋の真ん中には例のシンボルが彫られた如何にもな台がポツンと立っていた。
「まぁ、まずは調べてみようか」
「調べるもなにも明らかに壁に穴開いてんだろ」
近藤が指を指した先は部屋のセンターを陣取る壁の穴。
入り口の鍵を閉めてたなら明らかに出入口はここしかない。
なんなら、ドアが半分くらい開いた辺りで確信していた。あの穴残しとくのザルだろ。見回りの意味を考えろ。
「あんな子供サイズ入れるわけないだろ」
「子供なんだろ」
「子供なら騒ぎになった瞬間返す。私がそうだった」
自信満々に言うことじゃねぇ。
「じゃあ猫」
「セーレ信じちゃいますから止めましょ」
台座を調べていたファシスタが顔を上げた。
友人にもそう思われてるのかと少し憐れに思ったが、当の本人は『失礼な』と本気にはしていない様子。
こいつ、意外とスルースキル高いよな。
「まぁ、魔法でどーとでも出来んだろ」
「出来たとして、ここには魔法センサーがあるんだ。ここで魔力使ったら警報がなる」
「壊れてんだろ」
「あぁ……なるほど」
こんな雑な推理が今まであっただろうか。
だが、物は試しとよく言うじゃないか。
流石に『壁壊したまんまのボロ教会なんだから、どーせセンサー壊れてたんだよ』とは言いにくい。という良心は持っていたので現場検証と称してセンサーをつけて貰った。
センサーがオンになっているのを確認し、アピトは魔法を展開する。
もちろん、結果は分かるだろう。
すぐさまけたたましいサイレンの音が教会中に響き渡る。
アピトは慌てて魔法を止めると不恰好に笑った。
「いやぁ、魔力を押さえていったのかと思ったんですがね」
すっ飛んできたマザーは不思議そうな顔をしつつ、一応それで納得してくれたようだ。
とっさの嘘がここまで見苦しいとは。
マザーをなんとか追い返した後、一行はまたシンキングタイムに入る。
「警報は壊れてないか……逆に、私でも通れるんじゃないか?」
「無理だろ」
「よし! ぺったんこのファシスタ」
「痛い!」
「無理か。じゃあピッキング……?」
「部屋に入る前に鍵を開けたの」
ファシスタが珍しく刺のある言い方をしている。相当ぺったんこが堪えたらしい。
俺はぺったんこでも良いと思うけどな。
「もう分からん! 私は確かに最強だが探偵ではないんだ。こんな地道な作業できるわけないだろ。
どうせ馬鹿だよ。あぁ、自覚してるさ。それでも生きてこれたんだから良いだろ」
「落ち着けアピト。誰もそこまでは責めてねぇ」
にっちもさっちも行かなくなったアピトだが、捜査は振り出しに戻るどころか一歩も進んでもいない。
「もう無理だよ。よし。私がグリモワールを作ろう。それで見つかったふりをするんだ。いいね?」
「ダメだろ」
「それじゃ、悪用されるかもしれないでしょ!」
「知るか!」
依頼主は最強だからと頼んできたというのに、まさかその最強を悪用されるとは思ってもいなかっただろう。
安心してください。俺たちが止めますからね。
「あー、とにかくあの穴が怪しいことは確かなんだから、回り込んでどこに繋がってるか見るぞ」
喚くアピトを強制的に外に引きずり出す。
その様子を不安そうに伺うマザーたち。
ってか、よくこんなんに頼んできたよ。経営難なのかな。壁の穴塞げてないしね。
教会の構造は至ってシンプルで、大きさも小規模だ。
教会の回りは庭になっており、庭を挟んだ周りは民家に囲まれている。
丁度穴の裏側は裏庭になっていた。
裏庭、とは言ったが、そんな大それたものでもない。どちらかといえば空き地みたいなものだ。
さほど手入れもされておらず、そこそこ背の高い雑草があっちもこっちもと疎らに生えている。
穴はすぐに見つかった。
そりゃそうだ。結構デカいからな。
だが、それだけじゃない。穴の周りの草が少し折れていたのだ。
やはり、犯人はここから出入りしたとみて間違いない。
「今更そんな穴見たって何も分からんだろ。コンドウ。お前穴嫌いだろ?」
「穴に好き嫌いなんてあるかよ」
捜査に心が折れたアピトは置いておいて、ファシスタと一緒に穴の様子を伺う。
流石に、このサイズの穴じゃ大人は通れないだろう。
まぁ、長い棒か何かで手繰り寄せたとも考えられるが、その線はほとんど消えていた。
穴の下の方に染み付いた血。
犯人はこの穴を出入り口として使った。そうなれば、なんとなく犯人も想像がついてくる。
「お姉さん!」
「ん?」
声が聞こえた途端、アピトは目にも止まらぬスピードで背筋を伸ばし、にこやかに振り向いた。
今頃やってる風にしたって意味ねぇだろ。
「あぁ、リサか」
サボりがバレたのが子供で安心したのか、アピトは気の抜けた声を出した。
そう。
アピトに声をかけたのはまたもやリサであった。
リサはアピトと目が合うとすぐに目を逸らした。
「まだお話したかったのかい?」
一回目の反応でもう慣れたのか、アピトは動じることなく話しかける。
きっと、本気で自分のファンだと思っているのだ。
だが、リサはただのアピトファンではない。
近藤はうつむいたままのリサを見下ろしながら、なぁと声をかけた。
「そいつ、後ろに本持ってる」
「ひっ」
「大丈夫。怒らないから見せてみて」
逃げ出しそうになったリサのことをファシスタがそっと止める。
「ごめんなさい!」
そう言ってリサは本をアピトに押し付けた。
「へ?」
「やっぱり。これ、グリモワールだよ」
ファシスタに指摘され、アピトは手の中の本を覗く。
緑色の重々しい表紙に黒字で太陽の中に入った月とそれを突き刺す十字架のシンボルが描かれているなんとも不気味な本。
まぁ、実物は見たことないが、グリモワールで間違いないだろう。
「ご、ごめんなさい……! 私、ちょっと借りて、すぐ、戻すつもりだったんです。こんなになっちゃって、ごめんなさい」
リサはか細い声で謝罪を繰り返す。
「お願い……! 何も使ってないから! お母様に言わないで! お願いします……!」
リサは深く頭を下げる。
その首筋から見える肌は今にも死んでしまいそうな程真っ青で、体は小刻みに震えていた。
「ごめんなさい……本当に、反省してるんです」
パタパタと地面に涙が落ちる。
この尋常じゃない取り乱し様を見ていると、ただのいたずらだとは思えない。
「落ち着け、リサ。とにかく、なんでこんなことしたんだ? 君の家なら悪魔は何体か居るだろう? こんなことしなくったって……」
アピトの質問にリサは少し戸惑ったが、黙っていてもためにならないと悟ったのか、口を開いた。
「知らない人から……ジュースを貰ったの。そしたらいきなり、魔法が使えなくなって、でも、みんなに魔法を見せてあげるって約束したから、どうしても魔法使いたくって、それで……」
普通に聞けばいたずらの言い訳にも聞こえるだろう。
しかし、こんなに泣きじゃくる子を前に、そんな邪推は出来なかった。
「ジュース……? それからなの? 私が見てあげようか?」
ファシスタが優しくそう聞くと、リサは唇を噛み締めながら首を振った。
「でも、いきなり魔法が使えなくなるなんて」
「もういいの!」
リサの大きな声に、ファシスタは思わず肩を震わせた。リサは可愛らしいスカートをぐしゃぐしゃに握って大粒の涙をこぼした。
「リサちゃん……」
ファシスタはそれ以上口を開くことはなかった。
リサが言いたいことを汲み取ったのだろう。
「まぁでも、君はグリモワールを使わなかった。それで充分さ」
アピトは慰めるようにリサの頭を撫でた。
だが、リサの返答は、思っていたものと違った。
「……ううん。使えなかったの」
「え?」
リサはそれだけ言うとうつむいてなにも喋らなくなった。
使えなかった。
なんだか不吉な予感がして、しばらく三人とも口をつぐんだ。
結局、グリモワールを盗んだのは猫ということにした。
少々無理はあったが未使用の実物が戻ってきたことで事態は丸く収まった。
「魔法が使えなくなるなんて……」
「精神的なストレスかも知れないな」
「そう、かな」
二人はしきりにリサのことを心配していた。
そしてそれは近藤も例外ではなかった。
いきなり魔法が使えなくなった。それがどれ程辛いことなのか。
元々あったものを失う戸惑いは近藤にも分かる。
だが、それ以上の苦しみがあるのだろう。
あんな小さな子が物を盗むまで追い詰められたのだ。
ただ辛い、苦しいだけの話ではないのだろう。
しかし、それよりも更に近藤の頭に深く残ったことがある。
あんな小さい子も男の精吸ってんのかよ。
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