【第四話】完全犯罪! 魔法道具・グリモワール盗難事件……?!


 突如異世界へと飛ばされた不良少年・近藤武蔵。

 その異世界はなんと、女しかいない世界だった……!

 この世界の女は魔女と呼ばれ、魔法と呼ばれる不思議な力を操る。そして、その魔法の元になるものが、男の精。

 魔女は男の精を吸うため、契約という魔法を使い、男を奴隷にする。

 この世界に連れてこられた男は、街の魔女の奴隷となるか、城の騎士に捕まり、この世界の結界を維持するための魔力源になるしかないという。

 そんなバイオレンスなエロゲーから脱出することを決めた近藤。

 ユージの紹介や、カラリマとの戦闘を経て、アピトを仲間にした近藤は、この世界の結界を破壊するため、魔力について調べ始めた。



 アピトの家に住み着いて約一週間が過ぎた。

 怪我もすっかり治り、徐々にこっちの暮らしにも慣れ始めてきた。

 不安だった食事も意外と元の世界と変わりない。

 電子レンジは流石にないが、フライパンも鍋もあるし、石窯の使い方さえ身につければほとんどの料理はなんとかなる。

 調味料なんかは塩コショウとハーブだけだが、元々こだわりがある方でもない。近藤の舌は塩味さえあればなんでも美味しくいただける。

 飯や掃除なんかは一応当番制になっていて、飯は偶数日が近藤。奇数日がアピト。掃除はその逆だ。

 アピトに料理を作らせるなんて自殺行為だと思っていたが、アピトの飯は至って普通だった。

 なぜコーヒーだけあんな不味くなるのか。


 向こうに居た頃は一日でもスマホやゲームをいじれなかったら禁断症状が出ていたというのに、いざ手放してみれば、そんなものなくてもピンピンしている。

 もちろん。風呂もあるし、女しかいない世界とはいえ悪魔も暮らしているので、男の服もちゃんと売っている。

 本当になに不自由ない快適な暮らしを送っている。

 ただ一つの問題を除いて。


 独り遊びができない。


 それに加え、容姿はまぁまぁ良いが思考回路が少し可笑しいアピトのせいで、女の体に興奮しなくなってきた。

 だいたい、男女が一つ屋根の下で暮らしているというのに、起こるハプニングは枕の下にとかげを入れられるだの、風呂にはいってる間にパンツを隠されるだの、今どき小学生でもやらないいたずらばっかだ。

 最初のうちはとかげにビビり、パンツを忘れたと慌てていた近藤も、今はなにか起こればすぐにアピトのとこへ怒鳴り込みに行く。

適応とは恐ろしい。


 とにかく、はやく元の世界に帰らなければ近藤の息子が死んでしまう。


 とは思っているのだが、情報が集まらない限り行動は出来ないので、こうやってカウンター席でコーヒーを楽しむ穏やかな昼下がり。

 ここにきてからすっかりコーヒーにハマってしまった。

 元の世界にいた頃は缶コーヒーですらあまり飲むタイプではなかったが、今では自分で焙煎しグラインドするくらいだ。

 アピトが淹れるコーヒーはドブ臭くて飲めたもんじゃないが、自分が淹れるコーヒーは贔屓目で見ても中々旨い。


 俺がカフェ開こうかな。


 と、冗談は置いておいて、近藤もただのんびりしている訳ではない。

 これも一応、立派なお手伝いなのだ。

 アピトには色々と世話になってる。他の魔女から身を守ってもらったり、魔法についての調べものとかも、サボりはするが意外と積極的だ。


 その代わりに、と言ってはあれだが、近藤もアピトの何でも屋を手伝っている。

 アピトが一階のリビングにいない時は、近藤が代わりに店番をしているのだ。

 まぁでも、毎日依頼が来るわけでもないので、ただのんびりしていることには変わりないのだが。

 店番と言う名目があればダラダラしてても許される……ような気がする。


 近藤がここに住み始めてから依頼が来たのはたったの3件。どれも雑用だ。


 ここの女は“魔女”と呼ばれ皆“魔法”を使えるハズなのだが、それも男から“精”を奪わなきゃダメだという。

 男、まぁ“悪魔”と呼ぶらしいが……とにかく男の精が絞れなくては、魔法を使うことは出来ない。


 しかし、その悪魔のほとんどは城に占領されている。

 城から逃げ出した悪魔も、力の強い魔女や金持ちがさっさと捕まえてしまうので、悪魔を手に入れられる魔女はほんの一握り。

 つまり、魔法を操れる魔女は限られているのだ。


 そんな魔法の使えない一般魔女たちのサポートがこの何でも屋。

 アピトは最強とその名の通り、“簡単な魔法”なら男の精を受けずとも使える。アピト曰く“コスパが良い”というらしい。

 それを売りに生計を立てているのだが。


「暇だ……」


 あくびを噛み殺しながら、少し残っていたコーヒーを飲み干した。

 まぁ、魔法が一般的に知られるようになったのは十数年前だと聞いた。

 今まで数百年と魔法を使わずに生きてこれた奴らが、今さら魔法を使わなきゃならないような問題にぶち当たることの方が難しい。

 世の中が平和なのは良いことだしな。

 新しいコーヒーを淹れるついでに領収書の整理でもしてやるかと立ち上がったところで、チリンチリンと玄関先のベルが鳴った。

 ほぼほぼ反射的にいらっしゃいませと言いかけて、言い直す。


「よぉ、ファシスタ」


「こんにちは」


 この女、レーベル・ファシスタ。

 治癒魔法を得意とするアピトの友人だ。

 白いワンピースに白い帽子。その姿はまさに純白。

 近藤の挨拶にはにかむ様は実にいじらしい。

 その上、なんといっても優しい。

 あの日の夜、怪我のせいで熱を出した近藤を治療してくれたのは、他でもないファシスタだ。

 真夜中だというのにすっ飛んできてくれて、終いには次の日お見舞いにも来てくれた。

 非の打ち所が無さすぎる。

 でも、俺の言葉が分かるってことは、こいつも例に漏れず男の精を絞ったことがあるのだ。人は見かけによらない。

 聞けばファシスタの家は医者一家で裕福らしい。

 ファシスタ専属の悪魔がごろごろいると何かの拍子に聞いたことがある。忘れたい。


「で、今日はどうした?」


 ファシスタはアピトの友人で、用がなくてもよくここに顔を出す。

 だが今日は、その手に持っている封筒がいつもと違うことを匂わせていた。


「今日は依頼を持ってきたんです。セーレ居ますか?」


「あぁ、今呼ぶよ」


 カウンターの奥には更に部屋が続いている。

 蔦に隠れて入り口はほとんど見えないが、その中はキッチン兼アピトの娯楽室となっている。

 蔦のカーテンを潜ると、すぐ目の前にはかまどがある。その隣には横にも縦にも長いウォールシェルフ。

そこには様々な食器や調理器具が置かれている。

 近藤にはテキトーに並べられているようにしか見えないがアピト曰くこだわりがあるらしい。

 そこに薄いカーテンを一枚隔てて、ハンモックが飾られている。


 アピトの定位置だ。


 リビングにいない時は、大体このハンモックの上で昼寝しているか、本を読んでいるかの二択だ。

 どうやら、今日は読書中のようだ。

 おっと、勘違いするな。あんな分厚くて立派な本だが、中身はペラッペラの三流恋愛小説だ。

 随分ハマっているようで、近藤が図書館に行く度に手伝うという名目のもと、その三流恋愛小説を読みにくる。

 そして手伝ったご褒美だと称して、その小説を買って帰るのだ。子供かよ。


「よぉ、ファシスタが依頼だって」


「あぁ、聞こえてたよ」


「じゃあさっさと来いよ」


「あぁ」


「ここ二日暇してたから丁度良いだろ」


「んー」


 アピトは本から顔も上げずにいい加減な返事をする。


「ほら、閉じろよ」


「もうちょっと」


 仕事だと言っているのに本を閉じる素振りすら見せない。

 もうちょっと、もうちょっとはアピトの常套句だが、本当にもうちょっとで終わったためしがない。


「仕事くらいはちゃんとやれ」


「あ、結構良いところだったんだけどなぁ」


 近藤が本を取り上げるとアピトは不満げに口を尖らせた。


「はいはい。終わったら読めば良いだろ」


 ケチだの鬼だの文句を垂れるアピトをスルーし、本を片付ける。


「コンドウに本奪われたからもーやる気が出ない」


「出るまで殴ってやろうか」


「君はすぐ暴力に訴える!」


 最強とはいえ痛いのは嫌なのだろう。

 アピトは渋々ハンモックから飛び降りた。

 最初から素直に降りれば良いんだよ。手間かけさせやがって。


「仕方ない。さっさと終わらすか」


 アピトは手櫛で軽く髪を整えると、カウンターへ向かった。



 ファシスタが持ってきた依頼の内容は盗難であった。教会にある"グリモワール"が盗まれたらしい。

 グリモワールとは、魔力の塊が本になった魔法道具の一種で、1ページにつき一回魔法が使える。大きい魔法だと5、6ページくらい使うこともあるらしいが、たまに1ページで出来たりもする。

 つまり、ガバガバ魔法道具だ。

 まぁ、男の精を奪わなければ魔法が使えないこの世界で、男の精を使わずに魔法を使えるグリモワールは、非常に貴重なもの、ということさえ分かっていれば問題はない。


 詳しい事件の内容はこうだ。


 犯行時刻は12時半頃。白昼堂々と行われた。

 教会は常に一般開放されているが、その間少なくとも一人のシスターは教会内に居る決まりらしい。

 教会内に誰も居なくなる場合は人が教会内に居ないか見回りした後、鍵を閉めるとか。

 犯行時刻は丁度シスターたちのお昼休憩中で、教会には誰もいなかった。

 が、とあるシスターが忘れ物に気がつき、教会に戻ったところ、グリモワールが保管されている部屋から物音を聞き事件が発覚。

 入り口の鍵は閉まっていたのは確認済み。その後すぐ全シスターを動員して捜索が行われたが手がかりはなし。


「そんなの、こんな何でも屋より城かなんかに言った方がいいだろ」


「ううん。城に言えばグリモワールは没収されてしまいます」


「あー、納得」


 ここに暮らし始めてしばらく経つと、その手の話題に関しては否が応でも納得してしまう。

 というのも、城の奴らはとにかく城の魔女以外の魔女が魔法を使うことを嫌っている。

 特に悪魔なしで魔法が使えるアピトへの風当たりはキツく、二日に一回は城の騎士がアピトの元を訪ねてくる。


 それもあのアピトの不味いコーヒーを飲みながら、何時間も居座るものだから面倒だ。

 城の騎士が来る度に、近藤は二階の自室から動けなくなる。

 特に苦労するのはトイレだ。

 トイレは一階にしかないため、騎士が帰るまで死ぬ気で我慢するしかない。


「なるほど。これは少し厄介だね」


 ファシスタの持ってきた資料に目を通し終わったのか、アピトはカウンターに資料を投げ置いた。


「そうだよね」


 少し困ったようにため息をつくファシスタ。

 近藤も資料を覗き込んでみたが全く読めない。

 近藤は魔女と契約していないため、こちらの言葉を完全に理解することはできないのだ。

 聞く方はユージというお人好しの悪魔のお陰でまだなんとかなっているが、読む方はてんで話にならない。

 近藤はざっと見取り図だけ眺めると、諦めて資料から顔を上げた。


「で、お前資料の内容分かったの?」


「大体レーベルの話した通りだったよ」


「後は現場の見取り図とかもあるけど、私が確認したから大丈夫」


 この何でも屋、ファシスタの負担がデカすぎだろ。

 大体アピトの仕事なのに、アピトよりファシスタの方が資料を把握しているとはどういうことか。


「ちょっと、甘やかしすぎじゃねぇの?」


「でも昔っからそんな感じだったので」


 ファシスタはそう言ってはにかんだ。

 この二人はかなり幼い頃からの知り合いらしい。

 家が近く、両親も仲が良かったので自然と二人も仲良くなったと聞いている。

 まぁ、いわゆる幼馴染みだ。

 アピトはファシスタが母親の腹の中にいる時から知っていると言う。

 だからなのか、ファシスタはアピトにとても甘いし、アピトもファシスタにはデレデレだ。

 まぁ、社交的で大雑把なアピトと内向的で真面目なファシスタはぶっちゃけ相性が良いのかもしれない。

 二人のいちゃつき具合は凄まじいもので、たまに近藤を置いていく。

 いや、いつもか。

 今も近い距離で何やらキャッキャッ、キャッキャッと楽しそうに話している。


「あのな、犯人の目処はたってんのか?」


「いや全然」


「胸を張るな」


 なぜ教会はこの魔女に頭を使う依頼をしたのだろう。


「まぁ、ここで考えても仕方ない。まずは現場に行くか」



 事件があった教会はブローレの西部にある。国営公園ジアルキアのすぐ近くに位置している。

 教会といっても祈りを捧げるだけでなく、様々な魔法道具の保管も行う、いわば保管庫としての役割も持つ。

 アピトの家から歩くこと30分近藤たちはやっと教会の前にたどり着いた。


「コンドウ、バテてんのか?」


「……歩きすぎで気持ち悪ぃ」


「貧弱だな!」


 アピトはその場に座り込んだ近藤の頭をゴムまりのように叩く。

 確かに、ここに来てから体力が落ちてきているのは近藤も気にしている。

 酷い怪我をしたばかりだ。体が万全ではないのだろう。

 だがなにも、バテやすいのは近藤のせいだけではない。

 アピトは歩くのが速い上に待つことを知らない。あのスピードで休憩なしは病み上がりの体じゃなくとも疲れるだろう。

 反論する体力も残っていない近藤はケラケラと笑うアピトを見ながら、依頼が終わったらぶん殴ってやろうと心に決めた。


「とりあえず、息整えさせろ」


「コンドウも鍛えんとな? 私みたいに!」


「もう! セーレ。ふざけないでよ。コンドウ、大丈夫ですか?」


 ファシスタはアピトを咎めながら、近藤の背中をさする。

 こういう時に性格って出るんだぞ。


「ってか、何で歩きなんだよ。瞬間移動使えば良いだろ。魔女なんだし」


 ようやく息が整ってきたところで、近藤は率直な疑問を口にした。

 別に悪態ではない。純粋な疑問だ。

 買い出しなんかはそんな歩くわけでもないが、ここは歩くよりも魔法使った方が楽だしはやいだろう。


「君でも馬鹿なこと言うんだね! 瞬間移動なんて高度な魔法は悪魔なしじゃ使えんよ」


 アピトに馬鹿って言われると苛つくな。


「高度か? 城の騎士たちも使ってたぜ」


 近藤がそう言うと、アピトはあからさまに嫌そうな顔をする。

 だけど本当のことだ。

 近藤たちはトラックごとこの世界へ運ばれた。

 これを瞬間移動と呼ばすして、なんと呼べば良いのか。


「それは城の騎士の魔法じゃない。女王ジュベルの移動魔法だ。


奴は魔法を無制限に使えるからね。瞬間移動くらいやってのけるのさ」


 アピトはおえぇと舌を出す。城がアピトのことを嫌うように、アピトも城のことを嫌っている。

 城の話をするといつもその顔をするのだ。

 たまに城の奴らの前でも白目を剥く。羞恥心とは無縁の人種だ。


「無制限って強くねぇか」


「私が知る限りあと二人しか居ないな」


「二人もいるのかよ」


「しかし! 制限があるのにも関わらずそいつらと肩を並べる魔女もいる」


「はいはい。お前ね。凄い凄い」


 アピトは嬉しそうにその言葉を噛み締める。

 近藤としては、受け流しているだけなのだが、それで喜んで貰えるならお互い得ってもんだ。


「セーレの扱い方慣れてきましたね」


「まぁな」


 慣れてきた、というより諦めがついてきた。ツッコミの労力と理解して貰うメリットの釣り合いが取れてなさすぎる。

 毎日全力でアピトのペースに合わせてたら体が持たない。


「よし、そろそろ中に入るか」


 息を整える、もとい、雑談タイムは終了した。


「コンドウ、動けますか?」


「おう。サンキュー」


「治癒魔法使えれば良いんですが……悪魔置いてきちゃってすみません」


「いや、気にすんな」


 立ち上げると、まだ少しフラつく。

 そんな近藤の歩幅に合わせるファシスタと、そんなことは我関せずにドンドン先に行くアピト。

 もう良いよ。お前に期待はしてない。

 その点ファシスタはなんて優しいのか。

 心配そうに近藤の様子を伺いながら、困ったようにアピトの背中を見る。

 もうそれはそれは健気で、めちゃくちゃ優しいんだけど、悪魔置いてきたってワードはちょっと字面が強いかな。


「開けるぞ」


 一足先に教会の扉に着いたアピトが取っ手に手を掛ける。とその時、後ろから声が聞こえた。


「お姉さん、セーレ・アピト?」

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