【第三話】味方獲得! 最強の魔女・セーレ・アピトの真の顔……?!


 突如異世界へと飛ばされた不良少年・近藤武蔵。

 その異世界はなんと、女しかいない世界だった……!

 この世界の女は魔女と呼ばれ、魔法と呼ばれる不思議な力を操る。そして、その魔法の元になるものが、男の精。

 魔女は男の精を吸うため、契約という魔法を使い、男を奴隷にする。

 この世界に連れてこられた男は、街の魔女の奴隷となるか、城の騎士に捕まり、この世界の結界を維持するための魔力源になるしかないという。

 そんなバイオレンスなエロゲーから脱出することを決めた近藤。

 街で出会った少年・ユージの紹介や、城の騎士・ロート・カラリマとの戦闘を経て、この世界の最強の魔女 セーレ・アピトを仲間にすることが出来た。



 カラリマとの戦闘の末、なんとか勝利を収めた近藤だったが、立ち上がることも出来ないほど疲れ果てていた。

 目の前には、気絶している騎士とその手下。と、その上に乗っかる巨大な岩。

 下手したら、人二人を気絶させる程の巨石をこの身一つで受けることになっていたのかと思うとゾッとする。


「このままカラリマが起きると厄介だな」


 アピトの声に、近藤はのっそりと顔を上げた。

 朝からご飯も食べずに、いや、不味いコーヒー、一口で喧嘩したのだ。

 腹も減ったし、体も痛い。正直、座っているのもしんどい。

 だが、アピトの言う通りここにずっと居るわけにもいかない。


「あぁ、いや。君はじっとしていて構わんよ」


 立ち上がろうとした近藤をアピトはやんわりと制した。

 おぉ、じっとしてていいのか。楽だな。

 疲れきった脳みそが異常を察知する前に、近藤の体がふわりと浮き上がった。


「サンキュ」


 驚きすぎると人はかえって冷静になる。

 そのよい例がここにある。

 宙に浮いた近藤の体は空を駆けていく……訳ではなく、地面すれすれを滑るように進んでいく。

 透明なベルトコンベアに乗っている、という表現がぴったりくる。

 ダサいか? そうだろう。


 レンガ造りの街はやはりどう歩いても同じように見える。

 右へ曲がったり左へ曲がったりしているうちに、見覚えのあるようなないような道に出ていた。

 過ぎ行く街並み。

 観衆の目。

 その目からは、決して近藤とは関わらないという強い決意が伝わってくる。

 ってか、笑われてる。

 体育座りの男が地面すれすれを飛んでいれば注目もされると?

 いや、絶対にそれだけじゃない。だってここは魔法の世界だぜ?

 確かに、魔法が使える者が少ないとはいえ、こんな光景を全く見ないとは言いきれない。


 じゃあ何かって?


 そんなもん、さっきからずっと喋り通してるこの女のせいだろう。

 『ロート、あの女騎士相手に喧嘩を売るとは思わなかったよ』から始まり、『あの状況でよく勝った』だの、『あんなことよく思い付いたな』だの、まぁ喋る喋る。

 それに加えて、さらっと自分の自慢もしてくるところが、憎たらしい。

 しかも、その声量が中々のものなのだ。

 なんか、さっきまでとイメージと違くねぇか。


「……あー、あのさ」


「ん? なんだ?」


 運んで貰ってる手前、文句は言えない。そういう良心は近藤にだってある。

 だけど、ほら、流石にギャラリーの目もあるだろ。

 俺の返事がお前の声にかき消されるせいで、お前今、大声で独り言しながら体育座りの男を引っ張ってる魔女だぞ。

 地獄絵図じゃねぇか。


「いや、えーと、助けてくれて、ありがと」


 アピトはその言葉に少し驚いた。

 戦場では邪魔するなと怒っていた男だ。良くも悪くもプライドの高い奴だと思っていた。

 が、戦いが終わったとなると、こんな素直にお礼を言うなんて。


「君が倒したんだ。礼はいらんよ」


「でも、終わるまで待っててくれたわけだろ。あんな喧嘩見てたって楽しくねぇのに。


……って、あ? もしかして、てめぇ魔力か? 俺から魔力取ろうって魂胆か?


ん? ってか、お前男いねぇのに魔法使えてんの?」


 しばらく休めたことで急に冷静になったのか。

 アピトのお喋りが止んで考え事が出来るようになったのか。

 とにかく、一気に色んな感情が押し寄せてきた。頭が混乱を通り越してカーニバルだ。

 その様子を見てアピトは大きな声でケラケラと笑った。


「君はホント面白いね。冷静な奴だと思っていたが、これも訂正しなければならんようだ。


さて、君の質問には部屋の中で答えるとしよう」


 そう言うアピトの声に顔を上げると目の前には、もうすでにあの赤いレンガの家があった。

 あぁ、もう着いたのかという気持ちと、やっと着いたのかという相反する気持ちが半分ずつ。

 いやでも、アピトのお喋りを思い出せばやっと着いたのかが正しいな。

 歩いていないせいで脳内が少しバグっていた。


 アピトの家はやっぱりコーヒーの匂いがした。

 つい先ほど初めて見たこの家に安心感を抱くのは、あんな戦闘をしたからだろうか。


「二階に行くよ」


 アピトはそう言うとカウンターテーブルを跨いで階段へと足を進める。

 未だ宙を滑っている近藤はされるがままに二階へ運ばれる。

 蔦が放置された二階への入り口、もう既に嫌な予感がする。

 予想通り顔に当たる蔦。

 避けられない近藤。

 後ろにぴったりとついて蔦を避けるアピト。


 人を盾にするな。


 蔦地獄から解放された近藤は、階段のすぐ横にある部屋へと案内され、ベッドへと寝かしつけられた。

 腰が沈む程柔らかいベッドは少し埃の匂いがした。


「ここが今日から君の部屋だ。欲しいものがあれば揃えてやろう」


「あぁ、ありがと」


 レンガ造りのヴィンテージ。と言えば聞こえはいいが、ただのボロ部屋だ。

 壁のヒビから芽を出した蔦たちが天井に葉を広げて、壁の脇のタンスや机も飲み込んでいる。

 だけど不思議と落ち着く、変な部屋だ。


「さぁ、君の手当てでもしながら質問に答えようか。まず最初は何を聞きたい?」


「お前、魔法使えるのに手当ては人力なの?」


「治癒魔法は苦手なんだ」


 アピトは少し苦々しくはい次、と呟いた。


「お前、俺のこと、どーすんの?」


「どうもしないさ。君の野望の手伝いをする。それだけ」


「それってお前にメリットあんのか?」


「あるよ」


 アピトは近藤の腕に巻きかけていた包帯をベッドへ放ると、勢い良く立ち上がった。


「面白そうじゃないか!」


 天に真っ直ぐ突き立てられる指。爽やかな笑顔。

 空気が凍るというのはこういうことだ。空気だけじゃない。時間も凍った。


「座れよ」


「うん」


「面白い?」


「うん。それに、格好いいだろ? 勇者みたいで」


 近藤は『おう』とも『はぁ』ともつかない返事でその場をやり過ごした。

 薄々感じていたが、確信した。


 こいつ、例え最強だとしても絶対馬鹿だろ。


 いやいや、なにを驚く必要がある?

 帰り道、あんなに人目をはばからずはしゃいでいたあの姿を見て、知性を感じたか?

 感じるわけがない。

 これからの己の行く末を案じて不安になる近藤。脳内を巡る最悪のシナリオ。

 そして近藤は……考えることを諦めた。


「そうだ。お前、魔法使えてたよな」


「あぁ、そうだね」


 この世界で魔法を使うとなったら、男の精を吸うか、男の体を使うしかないと聞いていた。

 現にカラリマも小俣が近くにいなければ魔法を撃ってこなかった。

 しかしどうだ? 目の前のこの女は。

 男がいないというのに雷を操り、空を飛ぶ。今だってほら、宙に浮いた包帯が近藤の腕や腹にくるくると巻き付いていっている。


「ま、私は最強だからな!」


「最強ならなんでもありってことか」


 いずれ天変地異を起こしても最強だからと説明がつくのだろうか。いや逆か。天変地異を起こせるから最強なのか。


「何でもあり……か。それは少し違うね。


君たちの国の最強がどう定義されるか知らないけど、私たちは最強をこう定義している。


最強に“コスパの良い”魔女。とね」


 コスパ? と、首を捻った近藤を、アピトはケラケラと笑い飛ばす。


「魔力の消費量さ。


まぁ、簡単に言えば、どれ程少ない男の精でどれ程長く魔法が使えるか、って話だね」


 アピトは誇らしげに『私は、少量の男の精でも5年は持つ。自称だがね』と付け加えた。

 だが、残念なことに相場が分からない近藤にその自慢は伝わらない。

 それに加えて自称となるとさらに価値が低くなる。

 まぁでも安心してほしい。近藤には初対面で、しかも、今手当てをしてくれている恩人を前に馬鹿と伝える度量は持っていない。


「へぇ、つーことは、少なくとも5年前には男の精、吸ってんのか。じゃあお前、悪魔とかいんの?」


「あぁ、居るよ。先月も一人頼まれた。でも、別に配下にしてる訳じゃない。


私は男の精なしでもある程度の魔法は使えるし、一種の慈善活動だよ」


 5年間精を吸わなかったのはいつの記憶だよ。


「ふぅん。慈善活動ねぇ」


 そんな悪魔ボランティアみたいなもんがあるとは思っていなかった。ボランティアって幅広いね。


「魔女は悪魔を見分けられるって知っているか?」


「あー、聞いたような」


 ぼんやりとユージの顔を思い出す。あの時はまだ半信半疑、でもなく三信七疑くらいだったからな。

今となれば、目の前で魔法を見せ付けられたんだ。

 魔力やら魔法やらの根本を疑う気はすっかり失せている。


「で、君みたいに誰の下にもつきたくないけど、他の魔女にも狙われたくないという者たちと契約して便宜上の主人になっているのさ」


「へぇ、優しいじゃん」


 近藤の言葉に、アピトは照れ臭そうに頭をかいた。

 意外と素直に照れるもんだな。


「あ、そうだ。君も契約するか?」


「そこまで世話にはならねぇよ」


 せっかくの提案だったが、近藤は首を振る。

 こいつは相当お人好しらしい。

 まぁ確かに、見ず知らずの他人を助け、その上自分の家に住まわしてくれると言うのだ。お人好し以外の何者でもないだろう。


「契約にも色々あんのな。なんか、もっと一方的なもんかと思ってたわ」


「意外とそうでもないね。男の精を飲まなくても契約できた場合もあるし」


「無法地帯かよ」


 いや、元々契約方法が魔女にアレを飲まれるっつーふざけたもんだからな。

 定義がきっちり決まってても嫌か。

 つーか、定義ってなんだよ。男の精何mlでは契約出来ない。出すなら手を使わないといけない。とかか?

 ……なんか自分で考えといて馬鹿らしいな。


「契約も魔法も分からないことが多いからな。その分例外も増えてくるのさ」


 どこの世界も、人が知ることの出来る知識はほんの一握りってことだ。

 分からないことは世界の不思議と割り切って受け入れる。なるほど。とても潔い。

 まぁそのせいで、細かく見た時に例外で溢れ返ってしまうのだけど。

 諦めやすいのも問題だな。


「よし。手当ては完了だ。大きな怪我はしてないし、二、三日もすれば包帯も外れるようになるさ」


「あぁ、助かった」


「もし治りが遅ければ腕の良い医者がいる。会わせてやろう」


「そりゃどーも」


 アピトは指先でささっと救急箱を片付けると、ベッドの近くにある机に腰を掛けた。こいつ、ホント椅子使わねぇな。

 脆そうに見える机だが、意外と頑丈らしい。アピトのケツが乗ってもうんともすんとも言わない。

 結構大きいと思ってたんだけどな。


「他に聞きたいことは?」


「そうだな……つっても、ここに来たばっかで、正直今あることを理解するだけで手一杯なんだよ。


悪ぃが、また気になることがあったら聞かせて貰うわ」


「私の武勇伝が聞きたいなら今のうちに聞いてくれて構わんよ」


「安心しろ。聞かねぇから」


 帰り道散々聞いてやっただろうが。まだ言い足りないのか。

 このままじゃ、こいつの半生を聞く羽目になりそうだ。


「そうか」


 アピトは残念そうに笑うと、聞きたくなったらいつでも話そうと言い足した。


「じゃあ、次は私の番だね?」


 アピトはぐっと身を乗り出した。

 うおぉ、谷間が!

 谷間が! 枕で見にくい!

 こんな近くで見れるのに。見るだけでいいんだよ。絶対触らない。


「で、いつ掘り始めようか?」


「……は? え、掘る? 何を?」


 頭の中がすーっと冷静になってくる。

 掘る?

 彫る?

 俺を彫刻家かなんかだと思ってんのか?


「穴掘るんだろ?」


「なんの話してんの?」


 アピトは冗談! と言いたげに笑った。

 冗談と言いたいのは俺の方だよ。


「君、元の世界に戻るんだろ? 結界の下にトンネルつくってそこから帰るんだろ?」


「ば……ッ! か、可能性としては、低いかな……」


 何とか誤魔化せなかった。

 低いどころじゃねぇよ。ゼロだよ。

 ってか、結界がどんなのか知らねぇけど穴掘って出れるならもう何人か外出てるだろ。

 少なくとも、俺は向こうの世界で女だらけの世界から帰ってきた男を知らねぇ。


「ま、まぁでも、城の奴隷は地下牢に居んだろ? 脱獄ついでに元の世界に戻れるなら、運良く逃げれてる奴とかいるだろうし」


 あぁ確かにと言いたげな顔でこっちを見るな。

 なんだその天才を見る目は。

 違う。違うぞ。

 穴掘って脱出出来ると思ってた方が異常なんだよ。


「じゃあどうするんだ?」


 アピトは全て諦めたようなすっからかんの声をあげた。

 初めてあった時、最強の威厳があると思ったのはどこのどいつだろう。


「……あー、そうだな。まずは魔法について調べないとな。


結界にかかってる魔法ってのが何なのか知らなきゃ壊すに壊せねぇし」


「魔法について調べる……学者になるのか……?」


 なる訳ねぇだろ。


「原理を知るだけだ」


「原理? 魔法のか?」


「そ。結界も魔法の一種なんだろ? なら、魔法について理解しなきゃ壊すに壊せねぇ」


 さっきから同じようなことを言葉を変えて繰り返してる気がする。アピトはようやく理解したのか、深く頷きながらなるほどねぇと呟いた。


「魔力の原理なら、大体は分かるぞ」


「え? マジ?」


 ちょっと上擦った声が出た。

 そりゃそうか。

 こいつ、最強の魔女なんだもんな。

 魔力の原理くらい知ってなきゃ操れないということか。


「あぁ。魔法を使うには悪魔が必要だ」


 それは俺でも知ってんだよ。と、言いたくなるのをグッとこらえる。


「他には?」


「私は、悪魔がなくても小さい魔法ならいける」


「基礎の基礎じゃねぇか」


 言葉は漏れたが殴ってないのでセーフとしよう。

 今更かもしれないが、ここで注釈をいれておく。

 近藤は、短気である。

 それを念頭に置いてくれ。

 近藤だって助けてくれ、手当てをしてくれた上に手伝いをしようとしてくれている恩人を蔑ろにしたい訳じゃないのだ。

 ただ、彼は気が短い。


「俺が知りてぇのは魔法と魔力の関係。今回戦って思ったんだけど、結界、少し変じゃねぇか?」


「変?」


 アピトはどうやらピンときてないらしい。


「あぁ、魔力は魔法を産み出す時には必要になるけど、産み出した後は関係ねぇ。カラリマの石とか気絶してても消えてなかったろ?」


 アピトに同意を求めると、彼女はポンと手を打った。


「確かに!」


 聞いた俺も俺だけど、お前の方が魔法と接して長ぇんだからフツー分かるだろ。

 自分が産み出したもの消えないなぁとか思わなかったのだろうか。


「もし、産み出した後も魔力の供給が必要なら、カラリマが気絶した時点で岩は消えるだろ。でも、そんなことはなかった」


 “魔女”は“魔力”を“変化”させることでなにかを“生み出す”。

 それが魔法の基本原理だろう。

 魔力を持っていても魔力を変化させる術のない悪魔は、魔法を使えない。

 つまり、意識がなくなり魔力を操れなくなったカラリマは悪魔と同じ状況になったのだ。


 それでも、岩は消えなかった。

 ってことは、だ。

 一度魔法によって産み出されたものは、魔力の供給が途絶えても消えない。

 つまり、結界も一回作ればそれで充分なはず。

 なのに、城は魔力源集めて結界を維持している。フツーに考えれば、結界自体は脆くってそれを“コーティング”する魔法が必要ってことになる。

 しかも、外と中から魔法をかけているということは、両方から圧力がかかっているということ。

 だとすると、中の魔力を弄れれば、外からの圧力に結界が耐えられなくなる。


「まぁつまり、結界本体に手が出せなくても結界を挟んでる魔力を弄れれば結界は壊れて外に出れるって算段」


「なるほど」


 話し終わると同時にアピトの声が飛んできた。

 そのアピトは清々しい笑顔といったら。

 多分、いや絶対理解できてないだろうが、この際知識を共有する意味もないので問題ない。


「つまり君は魔力について学びたいんだね?」


「おぉ! そうそう」


 思わず声がはねあがった。

 なんだ。思ったよりも話が分かる奴じゃねぇか。

 馬鹿ってよりかは天然なのか?

 さっきから馬鹿馬鹿と言っていた自分がどれ程失礼だったかと反省する。

 近藤はこの世界のことについては詳しくない。

 やはり協力者がいるならそれに越したことはないのだ。

 それに、少し抜けてはいるがこいつはこの世界の最強。

 力になってくれるならありがたい。


「で、私は穴を掘る」


「穴から離れろ馬鹿!」

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