婚約破棄されたので魔法師様の弟子になります

佐藤アキ

婚約破棄されたので魔法師様の弟子になります

 母がいなくなり、それまで優しかった義父が冷たくなった。

 仲良くなりたいと言われた義妹に唆され、今や使用人たちは私の事を信じない。

 婚約者の王太子も、いつの間にか私を悪者扱いし邪魔だと罵る。

 学友も一人、また一人と私のもとから去っていった。


 小さい頃から今の今まで人を信じては裏切られて、今さら誰をどう信じろというの?



 とある国のとある王城。

 その王城に隣接する宮殿の大広間では貴族学校の卒業パーティーの真っ最中。ですが、華やかな祝いの場とは思えない空気が漂っています。


 この国の王太子が愛らしいご令嬢を従えて、己の婚約者に蔑んだ目を向けているのだから、参加者も「何事?」と、声を潜めています。

 王太子の側に控えている護衛の魔法師様がたは、王太子に倣って私から視線をそらしません。まるで、「逃がさない」と、無言で言われているようです。


 さて、王太子や彼の関係者に蔑んだ目を向けられているのが、私、フリーディア・サンカティーナです。

 一応、由緒正しい侯爵家の長女で王妃教育もこなした身。ですから、私の表情は微笑みから微動だにしません。

 ま、腹の中では「やっぱり」と、絶賛ため息中ですが。


「フリーディア・サンカティーナ! 侯爵家に居座り権力を獲ようとするあつかましさ! 挙げ句、魔法の才能がないにも関わらず王太子である私に取り入ろうとする醜い野心! そんな人間を王妃として迎えることなど到底考えられない! よって、お前との婚約を破棄し、お前の義妹ハルシェラを正式に私の婚約者とする!」


 そうなんです。王太子の隣で可愛く腕に手を回し、器用に私にだけ悪役のような笑みを投げ掛けているのは、私と違いの義妹のハルシェラ。

『両親違いって、どちらかが養子?』と思われるでしょうが、そうではないんです。


 先々代のサンカティーナ侯爵夫婦、つまり私の祖父母には娘が一人、母です。その母が婿をとり、産まれたのは私。

 ですが、私が一歳になる前に父が事故で他界し、母は二年後に政略再結婚。義父がやってきました。

 その翌年、母は隣国に出向きその帰路で事故に遭い消息不明に。一年経っても帰ってこない母は死んだものとして扱われ、義父はサンカティーナ侯爵として後妻を娶りました。そのとき既にハルシェラは一歳。つまり、不貞していた相手を侯爵家に入れたんです。


 ですから、現サンカティーナ侯爵もその妻も義妹も、だーれも、元々のサンカティーナの血を受け継いでないんですよ。

 これってお家簒奪ですよね?

 そして、王家もそれをよしとしている。そんな王家に嫁ぐだなんて正直御免でしたので、婚約破棄はむしろ望むところです。


 思わず笑いがこぼれ落ちそうなのを、悲しみの表情でカモフラージュしている私って偉いと思いませんか?

 もう信じていない相手に、「裏切られて悲しい」感を出してあげているんです。少しは満足しましたかね。


 さあ、満足していただけたなら私も言わせてもらいましょう『あつかましい』とか『醜い野心』とか言われて、そのまま従うことなどできません。


「今述べられた理由が本当ならば婚約破棄の正当な理由として私も受け入れます。ですが、身に覚えのない理由を偽装されるのは納得がいきません。婚約破棄は受け入れますが、発言は撤回してください」

「それはできない。国王は現サンカティーナ侯爵を正式な当主として認められた。以降、現サンカティーナ侯爵の血筋が正統。よってお前はサンカティーナの者とは認められない!」

「それがどういう事かお分かりですか? 全く血の繋がらない人間が家を乗っ取ることを国は認めたということですよ?」

「乗っ取るだなんて……。お義姉さまひどいですわ……」


 悲劇のヒロインばりに「わっ……!!」と泣き出したハルシェラ。

 ハルシェラは私や王太子よりも三歳年下。

 まだ十三歳だというのに義姉を嵌めようとするその根性、いえ度胸と強かさ、ある意味王妃に向いていますね。魔法適性はごくごく平凡ですが、全くない私に比べれば上出来なのは認めます。

 そんなハルシェラを慰めつつ、王太子は私を睨んでます。


「そもそも、サンカティーナ侯爵家は今まで国に経済的にも軍事的にも重要な貢献など何一つしていない! 今までの待遇が異例だった! 現侯爵は軍事的に明るい方だ、有能な者が正当化されて何がおかしい!」

「それは我が歴代のサンカティーナの人間に対する許しがたい冒涜です。訂正してください」

「するか! そもそもお前に魔法の才能はないだろう? この魔法国家の次期王妃に魔法適性がないなど話しにならん」


 我が国は『魔法国家』。

 魔法国家だと主張する根拠は、魔法適性者が多いことと、軍事面に魔法を使っていること。

 それは魔法師様がたの居住国『サルクレタ』と仲が良く、魔法師様がたのお力をお借りすることが他国より容易だからできること。

 母が出向いた隣国というのがこのサルクレタです。

 王太子の護衛にはサルクレタからきた魔法師様がついていますし、他数名がこの会場には待機している。こんな贅沢他の国では考えられません。

 ですが、自国民が魔法に優れ、多くの魔法師を輩出しているわけではないのです。魔法適性者が多くても実力者は少ないんですよ。

 なんっっって、他力本願なんでしょう!

 それを忘れているのか、堂々と魔法国家と口にするのですから呆れて物も言えません。


「……」

「なんだ? あまりの正論にぐうの音もでないのか? なら結構! そんな魔法が使えんお前に朗報だ。お前はサンカティーナ侯爵家を出て、サルバーニュの下働きになれ」

「……は? サルバーニュ、様、ですか!?」


 呆れて反論しなかったら、話が変な方向に転がり始めました。

 なぜここでサルバーニュ様が出てくるのでしょう。


『サルバーニュ』とは魔法師様のお名前。

 それは世襲制で受け継がれる唯一の魔法師名で、その名を継ぐことは即ち、魔法師の頂点を意味します。

 我が国は魔法国家と自称するくせに、魔法師様がたが住むサルクレタから多くの魔法師の方の援助をいただいている。

 そんな我が国が、「サルバーニュ」などと呼び捨てにして良い方ではありません。

 確か、90歳を越える女性の魔法師様。

 毎年貴族から幾人かがサルバーニュ様のお手伝いをしにサルクレタに行っているとは知っています。行かれた本人からは聞いたことありませんが、周囲の方が「介護だな」と愉快そうに話しているのを耳にしたことがあります。

 老齢とはいえ魔法師の頂点を極めたサルバーニュ様に対して、実に不敬で聞いていて不愉快な会話でしたね。


 思い出して胸くそ悪くなっているうちに話しはどんどん転がります。


「そして、サルバーニュの元からもう帰ってくるな!」

「はあ……。それはこちらが決めることですか?」

「うるさい! いいか、この国から出て行くにあたり、今お前が指につけている侯爵家に受け継がれる指輪、それをハルシェラに渡せ!」


 まーた、話がコロコロと変わりました!

 要は、私からサンカティーナ侯爵家の人間の証である指輪を奪ってこの国から追い出したいのでしょう?

 回りくどく私が悪いみたいに語ろうがなんだろうが、要は、王家が義妹のハルシェラに正当な地位を用意したいだけでしょう?

 というか、この指輪、ハルシェラが「欲しい欲しい」とずーっと言い続けてましたからね。

 確かに花をモチーフにした細工がなされて素敵だと思います。

 まあでも、そんなことはどうでもいいんです。

 私が譲れないのは……


「何を仰いますか! この指輪は母の残した先祖代々の大切な指輪です! それをーー」

「サンカティーナの人間が持つものだ! お前には不相応だろう」

「サンカティーナの血を継いでいないのに渡せるわけはございません!」

「2度も言わせるな! サンカティーナ侯爵家は現サンカティーナ侯爵が正式な当主でこれ以降、その血筋が正当な後継者だ!! よってお前の血統などどうでもいい! 旧サンカティーナの人間はこの国には不要だ!」


 別に婚約破棄に反発しているわけではないのに、何故ここまで言われないといけないのでしょう?

『むしろ、こっちから出ていってやる!!』。そう、口から出かかりなんとか耐えたところに、飄々とした第三者の声が入ってきました。


「おや、そんなことを言ってしまっていいんですか?」


(あれ? 私、口から出したかしら?)


 思わず口を押さえると、今まで私に向けられていた王太子の視線が、パーティーの来賓方に向けられました。

 王太子の側に控えていた護衛の魔法師様たちは顔を見合わせて少し笑ってます。何故でしょう?


「誰だ!? 口を慎め! 私のーー」

「ルカレット王太子。私に発言を許していただけますか?」


 柔和な声で王太子の言葉を遮ったのは来賓の方。まだ若い青年の……あら。襟元の漆黒の太陽ピンは、魔法師様の証ね。


(いけないわ魔法師様に横柄な態度なんて)


 王太子と魔法師様の間に入り、膝を折って深く頭を下げる。


「魔法師様に向かって大変なご無礼、王太子に代わって私がお詫び申し上げます」


 そんな私の言葉を聞いた王太子は「……魔法師か」と、少し威勢が衰えました。


 すると、頭を下げたままの私の肩に手が置かれます。勿論それは魔法師様の手で、その手に軽く肩を押される形で私は顔を上げました。まじまじと見た魔法師様は、藍色の髪を後ろで結んだお綺麗な方。

 周囲の貴族令嬢たちが「きゃあ」と、嬉しそうに声をあげたのが耳に入りました。まあ、見た目しか分かりませんが素敵な方に見受けられます。

 その魔法師様が困ったように微笑みました。


「貴女に頭を下げられるだなんて私には身分不相応です。やめてくださいね」

「? それは一体……」


 魔法師様と貴族令嬢では、魔法師様の方が上ですが?


「おい!」

「王太子殿下! 魔法師様に対してその口のききかたはーー」

「フリーディアは黙れ! 私は今そいつと話している! お前、名は!?」

「私はサルバーニュと申します」


 その名前を聞いて、会場にいた全員が硬直し、サルバーニュと名乗った青年から目が離せなくなりました。

 それは私、フリーディアも同じこと。


(え、サルバーニュ様は確かお年を召した女性ーー)


「ええ、先代は90歳を越える女性ですが、この度代替わりをいたしまして私が襲名しました。本日はそのご挨拶も予て参ったのですが……。ご挨拶する前にこのような茶番劇を見せられるとは思いませんでした」

「ちゃ、茶番だと!? お、おい!! いくらサルバーニュといえどその発言許されるとーー」

「魔法適性がないことを知った上で婚約者にしたのでしょう? それを今さら騒ぎ立てて、挙げ句指輪をぶんどって国外に追放するなんて低能な方法、王太子はどこの悪役でお勉強なさったんです? ハッキリ言ったらどうです、『姉より妹の方が好みだからお前とは結婚しないと』」


(ふふ、ハッキリ言いますね。このサルバーニュ様)


 誰しもが思っていた簡潔な真の理由を口にしたサルバーニュ様に、声をだして笑いそうになり慌てて口をつぐみました。


「……な!? お前、勝手な推測で語るな! 不敬罪で捕らえるぞ」


 その言葉を聞きサルバーニュ様の態度から柔和さが消えました。


「たかだか王太子というだけでこのサルバーニュを呼び捨てにした挙げ句お前呼ばわりし捕らえる? 口は慎みなさい。そもそも、国の力の均衡を知らないなど、王太子として恥でしかありませんよ」


(そうですよね。どう考えても、王太子よりサルバーニュ様の方が上だわ。むしろ、国王陛下だってサルバーニュ様には頭上がらないはずだもの。というか、サルバーニュ様、さっきと別人みたい! 隣の私は生きた心地しないのだけど!?)


「まあいいです。ルカレット王太子、フリーディア・サンカティーナとの婚約は破棄される。そして、彼女はこのサルバーニュの手伝いでサルクレタに来る。そういうことですね?」

「あ、ああ」

「フリーディアさんはそれでよろしいですか?」

「サルバーニュ様のお手伝いは喜んでさせていただきます」

「お手伝い……。そうですねぇ……」


 顎に手をあてて、うーんと何やら考えるサルバーニュ様。絵になるわ!


「フリーディアさん、言い方は良くないですが、どうやらこの国も侯爵家も貴女を必要としないらしいです」


 ズバリと真実を口にするサルバーニュ様に、また私の口元がゆるみました。良くも悪くも裏表ない真実の言葉は、聞いていてストレスありませんね。


「ええ、そのようですね」

「つまり、貴女は自由です」


 先ほどまでは冷たい目をしていたサルバーニュ様。だけれど、今私を見るサルバーニュ様は優しい瞳です。そんなサルバーニュ様の黒目がさらに細められ、私はハッと我にかえりました。どうやらこの方に見とれていたみたいです。お恥ずかしい。



「自由……。私がですか?」

「ええ、ですからどうですか、このサルバーニュの弟子になる気はありませんか?」

「え、で、弟子、ですか!?」

「そうです。貴女には魔法適性があるんです。是非私の元で学びませんか?」


 魔法師様の弟子ともなれば、再び行動は制限されてしまうはず。

 本音を言えば、侯爵家とも王家とも縁が切れて晴れて一人自由なら、消息不明のお母様を探しに行きたいところなのですが……。でも、私はあまりに無力ですし、お母様を探しだすにも何か使える力はあった方がいいかもしれません。

 でも……


「あの、私に魔法適性があるとは思えません。今まで何度も属性の適性試験は受けましたが適性はありませんでした」

「その通りですわサルバーニュ様! 弟子になさるなら私を弟子にしてください!」

「ハ、ハルシェラ!? 君は何を言い出すんだい!?」


 突然の義妹ハルシェラの発言に、私よりも驚いたのは王太子です。


「君はこれから正妃になるための勉強があるだろう?」

「ですが、魔法のお勉強はして無駄にはなりませんわ! 是非サルバーニュ様の元で学びたいのです!」


 そう述べたハルシェラに対して意外にも外野の令嬢たちから声があがりました。決して大きい声ではありませんが、近場にいた私にはハッキリ聞こえる声です。


「まあ、ルカレット王太子殿下だけでなくサルバーニュ様にまで取り入ろうとするの? 厚かましいわね」

「サルバーニュ様があのような方なら、私が弟子入りしたいわ」


 確かにサルバーニュ様がこんなに若くて出で立ちもよろしいのでは、ハルシェラが惹かれて欲しがるのも納得です。私に声がかかったこともあの子にしてみれば面白くないでしょう。

 指輪しかり、ハルシェラが私から物や人を奪うの趣味みたいなものなんです。


 自分の物を我が物顔で奪っていくハルシェラに、誰にも分からないように溜め息をついたつもりが「それはそれは」と隣から声が聞こえました。


「苦労されてますね」

「!?」

「先ほどもですが、たまに心で思ってることが出てきてますよ」

「それは……申し訳ありません」

「まあ、溜め息つきたくなりますね。分かりますよその気持ち」


 サルバーニュ様はそう私の思いを汲むと、顔を横に向けました。そこには「サルバーニュ様!」と、向こうから駆け寄ってくるハルシェラと後ろで慌てている王太子が。


「サルバーニュ様! 私が弟子ではご不満ですか?」


 すこし涙目になり首をかしげるハルシェラは、誰が見ても庇護欲を掻き立てられます。男性ならなおさらですね。ですが、当のサルバーニュ様は表情一つ変えません。

 そして、あらまあ、ハルシェラを援護するがごとくお義父様、サンカティーナ侯爵が出てきましたよ。


「サルバーニュ様。フリーディアがサルバーニュ様の弟子にふさわしいとは思えません。ハルシェラの方が魔法の才能も貴族の娘としても優秀です。弟子にとるならハルシェラをーー」

「侯爵」


 サルバーニュ様とお近づきになれることは、王太子の婚約者の座が揺らぐかもしれないとしても魅力的なようですね。でも、ハルシェラを自慢げに推すサンカティーナ侯爵の言葉はサルバーニュ様に遮られました。


「侯爵は魔法師か何かですか?」

「いえ? 私はなにも」

「そうでしたか! なら、魔法師でもない貴方が何故私に対して魔法の才能の優劣を論ずるのですか? そして私の考えに異議を唱えるのです? 立場というものを分かっていない」


 見下すように言い放ったサルバーニュ様に隣にいた私のもその視線を受けたサンカティーナ侯爵も、ついでにハルシェラも凍りつきました。


(怖い!)


「言っておきましょう。そもそも魔法師はそう簡単に弟子は取りません。自分が才能を認め全てを教えるに値すると思った者しか弟子とは認めません。ハルシェラと言いましたね? 貴女の魔法適性はその辺にゴロゴロいるレベルです。特別だと思わない方がいい。そして貴族の娘としてですか? そんなものは魔法師の弟子には何の関係もありません」


 最後には呆れたように溜め息をつき、サルバーニュ様は再びこちらを見て笑いました。


「私が弟子にしたいのは、フリーディアさんです。どうですか?」

「えと……」

「貴方の生い立ちからいって、自由になったら母親を探したいと思うかもしれませんが……」


(え、当たってる!?)


「少し私の元で学んでも無駄にはならないと思いますよ」


 サルバーニュ様の手が再び私の肩に置かれました。今度は優しく何かを諭すように。

 この国にも家にも未練はありません。家の使用人たちもハルシェラたちの意見しか聞かないし……。

 学園での人間関係も王太子があることないこと吹き込み私は一人。たまに、変わり者の生徒が話しかけてくるくらいでした。

 むしろ、ここから出ていけるなら有りがたいくらい。


「お願いします、サルバーニュ様。私に魔法を教えてください!」

「いい返事ですね。では参りましょうか」


 そう言うと横に並んだサルバーニュ様に手をとられて思わず顔が熱くなりました。婚約者だった王太子にそんな扱いを受けた記憶がないのです。


「ということで私達はこれにて失礼いたします」

「おい! 何を勝手に話しを進めている!」


 焦った王太子の声が背後からかかりますが、思うのはこれだけ。

『王太子、貴方が私を追い出そうとしてその通りになったでしょう。勝手に進むもなにも、あなたの望む通りでしょう!』


 そう呆れていると、サルバーニュ様は立ち止まって王太子を振り返りました。


「ああ、王太子に一つ言い忘れていたことが。今この時をもって、サルクレタからの魔法師支援は停止いたします。国王にお伝えください」

「は!?」

「元々サルクレタがこの国を特別視して魔法師を派遣していたのは、サンカティーナ家があるからです。今となっては名前だけになってしまったサンカティーナに用はありません。というか……」


 サルバーニュ様はサンカティーナ侯爵を厳しい目で見つめました。


「個人的にも嫌いですね。政略結婚とはいえ自分の妻が消息不明になったのに探しもせず、浮気相手を家に入れるだなんて」

「ま、待ってください。魔法師支援を打ち切られたらこの国はーー」

「侯爵、この国は魔法国家なのでしょう? なら、ご自分達でなんとかなさい。まあ、国が自らを見つめ直すいい機会です。ああ、最後になりましたがルカレット王太子とハルシェラ様、どうぞお幸せに」

「サルバーニュ殿! お待ちーー」


 あら、侯爵が青い顔をして追いかけて来ようとしたところに、先ほどまで王太子の側にいた護衛の魔法師様お二人が立ちはだかりました。


「はいはい、侯爵ストップ。サルバーニュ様とフリーディア様に対して馴れ馴れしいよ」


 と、男性の魔法師様。サンカティーナ侯爵にこれでもかと笑顔で圧をかけてます。


「身から出た錆というやつね。貴方、軍事に明るいのでしょう? どう有能かは知らないけど、良かったわね、本領発揮できるわよ?」


 ふふふ……。と、口元は控えめに笑いつつ目が笑っていないのは女性の魔法師様。


 突然己のそばから離れたお二人の魔法師様に王太子はご立腹の様子。


「お、おい! お前たちは私の護衛ーー」

「サルバーニュ様が魔法師支援を停止って仰ったから、もう君を護衛する理由はないよ」

「そうね。フリーディア様を蔑ろにするのに護衛って、正直アホらしかったのよ。だって王太子、ハルシェラさん以外にも何人かにアプローチしてたものね。彼女たちは賢かったから玉砕してたけど」


 清々したように言い放つお二人に、王太子も侯爵も唖然。すっかり話しについていけず、空気と化していたハルシェラは、『ハルシェラさん以外にもアプローチしていた』に反応して我にかえったようです。


「どういうことですか、殿下!」


 ハルシェラが怒りを露にして王太子に詰め寄ったのを視界の端に、私とサルバーニュ様、魔法師様がたも会場の外に出ました。


 夜風は冷たくて頬をひんやりさせて思考を明瞭にしてくれます。だから余計に際立つんです。いまだサルバーニュ様と繋がれている手の暖かさが!! 手を離してくれる様子はなく、どんどん進んでいくサルバーニュ様。


(無言がいたたまれないわ!!)


「あ、ああ、あの、魔法師支援停止って、本当に?」


 そう今口にしてもおかしくない質問をすると、サルバーニュ様は足を止めこちらを向きました。

 手は繋いだままなんですね……。


「ええ、本気ですよ。先ほども言いましたが、フリーディアさんがいないのなら、この国を援助する義理はありませんから」

「何故ですか?」

「それは、サンカティーナ侯爵家が我々魔法師にとって特別だからです」

「うちの家が?」

「はい、フリーディアさん。これはフリーディアさんの魔法適性に関係するのですが……。試しにその指輪、私に貸してくださいませんか?」

「え……、ええ、どうぞ」


 サンカティーナ家に伝わる指輪を誰かに渡すなんて考えたこともありませんでした。そのまま持ち去るとかあり得ますものね。

 でも、裏表なさそうなサルバーニュ様は信用して良い気がします。それに、これで手が離せます!!


 サルバーニュ様の手に指輪を乗せると、あっという間に消えて、何事もなかったかのように私の指に戻っていました。


「確かに渡したはずなのに……!」

「時戻りの魔法です。正当な持ち主以外の手に渡ると指輪にかけられた魔法が発動し、指輪の存在していた時が戻り持ち主の手に還るんです」

「時戻りの魔法?」

「ええ、昔サルクレタには『レスミルディアス』という時魔法の一族がいました。ですが、大分前にあった魔法師の権力闘争で死者が多く出て、最後のお一人だったお嬢様は身を守るために、素性を隠してこの国に移りました。そして、当時のサンカティーナ侯爵の妻になったんです。ですから我がサルクレタとしては、レスミルディアスの人間がいる限りこの国に援助を惜しまないと決めたのです。レスミルディアスを失うことは、時魔法を失うことですから。その最後の一人がフリーディアさんです。貴女がいないのなら、我がサルクレタとしてはこの国に対して何の情もありません」


 そう説明されたはいいものの、聞きなれない名前や時魔法とやらに、思考が追い付きません。


「サルバーニュ様、私、時魔法なんて聞いたことありません」

「そりゃそうです。レスミルディアスの人間でなければ使えませんから一般的ではないんですよ」

「信じられませんが……」

「お母様から譲られたその指輪。内側に刻印がありますね」

「はい、でも、どこの言葉か分からなくて読めなくて」

「それは古代魔法言語で『時戻りの魔法』の魔法式が書いてあるんですよ。時魔法が使える血筋の人間が持つときは魔法を打ち消して発動しません。そして手を離れると魔法が発動して持ち主の手に還る。ですから、フリーディアさんは間違いなく時魔法の才能があるレスミルディアスの人間です。このサルバーニュの弟子に相応しい」

「サルバーニュ様の弟子に、相応しいですか? そういえば、サルバーニュ様は他にお弟子さんいらっしゃるんですか?」


 その質問に何故か「うーん」と考え始めたサルバーニュ様。それを見ていた他の魔法師様が楽しそうに話してくれました。王太子を護衛していたあの魔法師様お二人です。


「いるよー! 魔法師資格を持つ弟子が9人!」

「魔法師、の方がお弟子さんなんですか?」


 魔法師なのに、弟子のまま?


「『サルバーニュの弟子』は、『次期サルバーニュ候補』って意味があるんだよ」

「そうなの、だから他の魔法師の元で修行して魔法師資格をとって、その後の活躍が認められてサルバーニュ様の弟子になるの。皆様実力者揃いよ」

「では、全くの素人は……」

「「いません」」

「ちょっと待ってください! そんなところに私混じれません!!」


 私がそう慌てていると、サルバーニュ様は怨めしそうな目で二人の魔法師様を見ました。


「どうしてそう余計なことを言うんですか……」

「だってサルバーニュ様、隠して弟子にしちゃおうと思っただろ」

「後からバレて萎縮されるより今話しといたほうがいいわ!」


 ケラケラと笑いながらサルバーニュ様に「ズルはいけないってー」と肩をバンバン叩く魔法師お二人。


 サルバーニュ様が私を弟子にするのに何か裏がある??

(権力が欲しいとかかしら? でもサルバーニュ様は魔法界の最高権力者よね。あとは……時魔法とやらを自分の思うように使いたいとか? もしくは研究したいとか……)


 気になります。

 でも、それ以上に気になるのは……


「お二人とも、サルバーニュ様に対してフランクすぎませんか?」

「そりゃそうさ。先代様ならともかく、このサルバーニュ様は歴代最年少でサルバーニュ様の弟子になって、同じように歴代最年少でサルバーニュの名を継いだんだ。才能は申し分ないけど、若いからねー」

「だからちょっと今の状況に不満なのよね、サルバーニュ様?」


 今度はサルバーニュ様を小突く小突く。

 諦めたのか無言を貫くサルバーニュ様。なんだか幼くみえてきました。


「サルバーニュ様になったのに、不満があるんですか?」


 やっぱり、権力?


「……それは……」


 サルバーニュ様はすごく言いにくそうに口ごもりました。


「本当の弟子がいないんだよな」

「ちょっと!!」

「本当の弟子、ですか?」


 弟子に本物も偽物もあるんでしょうか?

 私が首をかしげたのを見て何かを観念したのか、サルバーニュ様はため息を一つつき話し始めました。


「……サルバーニュの弟子になれる魔法師は実力者。皆、サルバーニュの弟子に推挙されるまでの年月の間に自分の弟子を持っているものです。でも私は、魔法師としての修行中の実績と、魔法師資格を取ってすぐに功績をあげたので、自分の弟子を取る前に先代の弟子になったんです。ですから、魔法を一から教える弟子を持ったことがありません」

「だから、師弟関係に憧れてるのよねー」

「師匠を尊敬してるもんな、お前」

「うるさいです!」


 サルバーニュ様に怒鳴られても楽しそうにしている二人。なんでしょう、お二人の方が力関係は上のようにみえます。


「そう怒るなって。弟弟子おとうとでしが恥ずかしがって言えないだろうから代わりに言ってやったんだろう?」

「余計なお世話です」

「私たち、師匠が同じなのよ」

「あー、道理で。納得しました」

「フリーディアさん。何を納得したんですか……」


 言えません。二人に挟まれて子供みたいにみえたなんて。


「えと、ではサルバーニュ様は、他のお弟子さんと違って、私が何も知らない素人でもよろしいんですね?」

「というか、何も知らないから教えがいがあります」

「出来が悪くてもですか?」

「悪そうには思えません。時魔法というだけで、頭一つどころか百個くらい抜き出てます」

「ちなみにサルバーニュ様、もしかして、もっと力や権力が欲しいとか思ったりは……」

「力ですか? まあ、魔法技術は向上しないといけませんが、それには自分自身の研鑽あるのみです。権力は正直鬱陶しいので分散させたいところです。まあ、今回は助かりましたが」


 そう言うサルバーニュ様は嬉しそうですが、今回とはなんでしょう? 王太子との一件のことですかね?


「今回ってーー」

「フリーディアちゃん、こいつよろしくね?」

「は、はい?」

「どさくさに紛れて彼女にちゃん付けしないでください。あと、私はよろしくされません」

「そんなことないわ。時魔法を研究していた他の魔法師たちをサルバーニュの権力でねじ伏せて、フリーディアちゃんを自分の弟子にするって決めて拐いにきたんでしょ?」

「言い方に悪意が感じられるんですけど! 私が師匠では駄目だと言うんですか?」

「時魔法の研究魔法師よりもフリーディアちゃんの師匠に相応しいと?」

「「本当に?」」


 絶妙にハモったお二人の魔法師様。

 サルバーニュ様は我慢の限界に達したのか、「あー!!」と叫んで私の手を取りました。


「大丈夫です! 時魔法の研究魔法師よりも私の方がフリーディアさんの師匠に相応しいことは、これから証明してみせます! だてにこの年でサルバーニュは継いでいません! ですから……、どうか、私をフリーディアさんの師匠にしてください」


 頼み込む立場が逆なのでは? と、思いもしますが、私の手を取ったサルバーニュ様の手が少し震えていたので、逆にその手を握り返してみました。

 私を助けてくれたのにはサルバーニュ様なりの願望と裏がありましたが、なんだか可愛らしいので良しとします。


「先ほどは怯んでしまって申し訳ありませんでした。よろしくお願い致します、サルバーニュ様」

「フリーディアちゃん、そこは『師匠』って呼んであげて」

「師匠?」


 それはそれは嬉しそうに微笑んだサルバーニュ様につられて、思わず私も口元が緩みました。


 もう一度、人を信じてみようと思います。


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