第3話 退職者
「じゃあ、また来月」
社長はにやにやしていた。先輩はいいカモだったろう。
***
それから、わずか3日後のことだった。
「江田君、今日、例の営業のお姉さんと飲むんだよね。一緒に来る?」
「2人で会うんですか?」
「うん」
「いやぁ・・・いいですよ。せっかくのデートだし。もしかして、ってこともあるじゃないですか」
「そうかなぁ・・・でへ」
先輩は笑っていた。大学時代は彼女がいたらしいけど、その人と別れてずっと一人だったらしい。もう10年以上経っている。先輩の見た目は中の下くらいだろうか。ちょっと禿げかけていて、髭が濃い。普通だったら振られてしまいそうな感じに思えた。こういう人は、人柄を理解してくれて付き合うというのでないと厳しいだろう。
翌日、先輩に会った時は、「今度ディズニーランド行くんだよ」と言っていた。完全なデート商法だ。その後も、彼女の話が出てきたが、健康器具を買わなかったら連絡が途切れてしまったようだ。
「やっぱり、健康器具を売るために近づいたんだろうな」
そりゃそうだろうと思ったが、口に出すのはやめておいた。
***
一月後にまたあの会社に行った。
「どうでしたか?彼女と連絡取ってますか?」
社長は先輩に尋ねた。
「返事が来なくなっちゃって・・・」
「あ、そうですか・・・実はやめたんですよ」
「え?もう?」
「うん。3週間もいなかったな」
俺は退職手続きが面倒くさいなと思っていた。
社会保険に入っていないから、実際は何もないのだが。
「早いですね」
「お客さんとのアポをすっぽかしちゃったんですよね!」
電話をかけていたおばさんが言った。社長は気まずそうだった。
「それっきりなんですか?」
「そうそう!ほんと非常識」
別のおばさんも喋りだした。若い男と喋りたいのか、噂好きなのか知らないが、電話をかけるのを忘れて、話に割り込んできた。
「お客さんが待ってたのに来ない、って怒ってたわよ」
「それっきり連絡取れないんですよね。社長」
「あ、そうなんですか・・・大丈夫かな、彼女」
先輩が心配そうに言った。
「携帯も返さないし。まったく頭がおかしいですよ」
はっきり言ってテレアポの人は、携帯が戻ってこなくても関係ないのに、許せないらしかった。
***
先輩は会社を出た時、ぽつりと言った。
「家も知ってるし・・・一緒に来てくれない?」
俺は嫌だったけど、断りづらかったので同行することにした。
その時、俺は彼女の人となりについて聞かされた。田舎から出てきて、水商売をやっていたけど、社長と知り合って営業の仕事を始めたそうだ。
「美人だから、人の家に上がり込むような仕事をしたら、絶対誘われる」
先輩は心配していた。
「俺が買ってやればよかった・・・」
俺たちは会社に戻らず、そのままその女性の家に行った。下町のボロアパートだった。しかも、1階。インターホンを鳴らしても誰も出てこないし、郵便ポストには郵便物が溜まっていた。廊下に洗濯機を置くスペースがあるが、それが置かれてもいない。
「中で死んでるんじゃないですか?」俺は言った。そうやって、外で立ち話をしていると、隣のおばあさんがドアを開けて俺たちのことを覗いていた。
「こんにちは。すいません・・・うるさくて。隣に住んでる女性なんですけど」
俺が話していると、おばあさんはそれを遮って話し始めた。
「そこはずっと空き家。前に住んでいたおじいさんが亡くなったからね」
昔はマイナンバーがなかったから、実際は住んでいない住所に住民登録することもできたと思う。大丈夫なんだろうか。
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