女友達三人が水着を買いに来ただけの話
夏凛、雫、美代の三人は、由樹と別れ、近場にあるショッピングモールへとやって来ていた。
ここはたくさんの店が軒を連ね、平日であっても賑わいをみせる場所である。それでも三人は物怖じすることなく、モール内へと足を踏み入れた。
「水着売り場は、っと……二階みたいだね」
「どんなものが売ってるんでしょうね。私、楽しみですっ!」
「着れれば、なんでも、いい」
エスカレーターに身を預け、三人は二階へとやってきた。辺りを見回すと、それっぽい店がある。
足取り軽く近づき、三人ともに目を輝かせた。
「うわ~っ、種類たくさんあるね」
「ほんとです! 可愛いものから綺麗めなものまであって、迷っちゃいますね」
「わたしは、これで、いい」
雫が手に取ったのは、なんの変哲もないスクール水着だ。学校指定で着られているものと遜色がない。
その様子に夏凛はちょっと呆れたような顔をしてみせる。
「雫ちゃん、せっかく来たんだから、もうちょっと良さそうなの選んでみようよ」
「なら、任せる」
「え、いいの? 私が決めちゃって」
「わたしにはセンスというものが存在しないからな……はぁはぁ」
「もう雫ったら……夏凛さんっ、申し訳ないんですが、代わりに選んでいただいても」
「うんっ、もちろんオッケーだよ~! 雫ちゃんに似合いそうなの探してみるね」
こうして夏凛は自分のぶんと雫のぶん、美代は自分のぶん、雫は近くにあった椅子に腰かけ待つことになった。
たくさんの種類がある水着に目を通しながら、夏凛がよさそうなものを手に取る。
「うーん、こういうのユッキー好きかな……これとかは、ちょっと刺激が強いかも」
「なかなか自分に似合うものって分からないですねっ」
「そうだねー、それに気に入ったものがあっても入るとは限らないから」
「……」
じろじろと美代が夏凛を見つめている。
その視線が少しばかり気になった夏凛は、訊ねてみることにした。
「美代ちゃん、どうかしたのー?」
「あっ、いえ! 夏凛さんってその、スタイル良いなって」
「ふふっ、そんなことないよー、私は美代ちゃんの方が良いと思うなぁ」
「……でも私、出るとこ出てたりしませんし」
「すらっとしてて立ち姿とか綺麗だし、見た目も清楚な感じで、その場の雰囲気が和らぐっていうか」
「ほ、ほんとですか……?」
「うんっ、もっと自信持ってもいいと思う。美代ちゃんすっごく美人なんだから」
「あ、ありがとうございます……夏凛さんにそう言っていただけて嬉しいです」
美代はほんのりと頬を赤らめながら、水着を選びに戻っていく。
と、入れ替わりで雫がやってきた。
「夏凛」
「あ、雫ちゃん、ごめんね? まだ選んでないんだー」
「それは、いい。聞きたいことがある……はぁはぁ」
「聞きたいこと?」
「どうしてお前、美代の前で由樹のこと友達だってバラしたんだ? ……はぁはぁ」
「んー、どうしてもなにもユッキーと付き合ってたわけじゃないし。それに」
「それに?」
「ライバルじゃないってわかったから。牽制する意味もないし。美代ちゃんは普通に友達としてユッキーと仲良くしてくれてる。で、雫ちゃんは私のこと応援してくれてる、でしょ?」
「そうだな」
「だからもう、友達に隠し事をするのはやめようって思ったの。でも、一番の悩みがねー」
「由樹か。あの男鈍感すぎないか、なぜ好意を向けられてることに気づかない……はぁはぁ」
「嫌われてはいないと思うんだけどね。いっつも私がやり過ぎちゃうからいけないのかな」
「なら、いっそ、一線超えたらどうだ……はぁはぁ」
「もうっ! 雫ちゃんたら、そういうの簡単に口にしちゃダメなんだからね!」
「見た目と違って以外に初心なんだな……はぁはぁ」
顔を真っ赤にしている夏凛を見て、雫が不敵な笑みを浮かべる。
(雫ちゃんのバカっ! こうなったら、とびきりきわどい水着選んであげちゃうんだから! ……あ、でも、その恰好でユッキーが意識でもしたら)
目の前にあったほぼヒモのような水着を取ってはみたが、由樹の意識が雫に向くかもしれない。
リスクを考えて、やめておくことにした。
と、すかさず横から声がかかる。
「その水着いいんじゃないのか、由樹のこと誘惑できるぞ……はぁはぁ」
「む、ムリっ! こんなの恥ずかしくて着れないよ……っ」
「そうか。なら、アドバイスをひとつ……はぁはぁ」
「アドバイス? なになに?」
「押してダメなら引いてみろ……はぁはぁ」
「あ、なるほど~! その手があったかも!」
雫の言葉に、夏凛の目が輝いた。
これまでずっと、振り向いてほしくて、押し続けてきた。けれど、効果があったかというと首を縦に振りづらい。
それなら雫の言う通り、引いてみる。からかいすぎず、それとない感じで意識をさせるべきだ。
(でも、ユッキーに触れたいな……)
なんとももどかしい気持ちになる。好き同士ならこんなに悩むこともないのだろう。
唇をぐっと噛んでいると、美代が戻ってきた。その手には紙袋が握られている。
「あっ、私もう買ってきちゃったんですけど……早かったでしょうか?」
「問題、ない。乙女は、悩みが、つきない、からな」
「私も乙女なんだけどっ! そ、そもそも雫が夏凛さんに選ばせてるから」
「――よしっ、決めた!」
「えっ、もう決まったんですか?」
「ふふ……覚悟しててねユッキー」
拳をぐっと握りしめながら、夏凛は明後日の方角を向く。
そこにいるであろう人物に向けて、念を送ることにした。
(最大限後ろに下がって、助走つけてぶつかって! 今度こそ絶対に、振り向かせてみせるから――!)
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