つんつん
「はぁ、だるい……」
俺は大きなため息を吐きながら、廊下を歩いていた。その手には、ノートの束を抱えていて。ずっしりとした重量感が、寝起きの身体にはきつい。
なんでこんなことをしてるのかといえば、授業中に爆睡してたバツとして、職員室まで運ばされてるのだった。
テストが終わったからといって気を抜き過ぎていた。つーか、アイツも起こしてくれりゃいいのに……。
「ユッキー!」
「なん……――っ?」
背後から肩をトントンと叩かれ、振り返ると頬っぺたになにかが当たっていた。それはどうやら、夏凛の指先らしい。
わけも分からず呆けていると、ニコニコ笑いながら夏凛が言った。
「こういう遊びあるよね、後ろから肩を叩いて、振り返りそうな方向に指を置いておくの。で、指先が頬っぺをつんつんしたら勝ちってやつ」
「いや、知らんけど。やったことないからな、そんなの」
「あ……ごめんね、ユッキーには友達が」
「いるわ!」
三人いるだろ。その中にお前も入ってんだよ。ただ、日が浅いのは否めないが。
もっともっと友情をはぐくむ努力をするべきかと考え、俺はハッとした。
「そんなことより、なんで起こしてくれなかったんだよ! 職員室まで運ばされる羽目になっただろ」
「あ、ユッキーつんつんしてる~」
「ツンツンの意味が違う。って、脇腹をつつくな!」
両手が塞がってて、抵抗できないのをいいことにコイツめ。
こそばゆさを必死で耐えながら鋭い目つきを向けていると、夏凛がぽつりとつぶやいた。
「……寝顔を見てたかったからかな」
「は、なんだって?」
「んーん、なんでもない。起こしてあげなかったおわびに、私も持つよ?」
「いや、べつにそこまでしてもらわなくても……」
やんわりと断ったけど三分の一ほど夏凛に持たれてしまった。でもま、これならしばらくは一緒にいられるな。
内心で心がぽかぽかしつつ、夏凛と連れ立って職員室までやってきた。持たせた分のノートを受け取り、先生に渡す。
職員室から出ると、すぐ横にいた夏凛に頬っぺたをつんつんされた。
「な、なんだよ急に」
「ユッキーの表情筋が固まってたみたいだから、ほぐしてあげようと思って……つんつん」
「おいっ、こそばゆいって」
ぶつくさ文句を言いつつも、俺はされるがままだった。つんつんしてる夏凛が楽しそうだからな。
「てか、目の前で指先を回すなよ。俺はトンボじゃないんだぞ」
「でも目、回してない? 目線が泳いでるよ?」
「……そうかもな。ちょっと、ふらついてきたわ」
「なら私が受け止めてあげるー、ほらっおいで?」
目の前で大きく両手を広げる夏凛。それはとても魅力的な誘いだったが、職員室前でコイツらなにやってんだと思われかねないので、やめておく。
パチンと頬を叩いて気を入れ直し、俺は言った。
「そろそろ戻ろうぜ。次の授業始まっちゃうぞ」
「あ、ほんとだねっ。じゃあ、その前に」
なぜか俺ににじり寄ってきた夏凛が、上目遣い気味にささやいてくる。
「……私にもつんつんして?」
「は?」
「起こしてあげなかったバツとして、ユッキーがつんつんしてよ」
「いや、あれは冗談というか……俺の意思が弱かっただけであって、お前のせいじゃないぞ」
「でも、私がそうしてほしいのです」
そうか? そこまでいうなら。
逡巡すること数秒。夏凛への触れたさが勝った俺は、ゆっくりと指先を近づけていく。心臓はもうバクバクだ。
「つんっ……うぉ、柔らけぇ」
夏凛の頬っぺたは、ずっと触れていたくなるぐらい気持ちよかった。指先がどこまでも滑っていきそうななめらかさで、適度な弾力がある。柔肌ってのはこういうのを言うのかもしれない。
「つんつん、つんつん」
「ふふっ、くすぐったーい」
なんだか嬉しそうにしながら、夏凛が身をよじっている。いつもはちょっかいをかけられる側だけど、こうしてちょっかいをかけるのもまたいいな。さすがに無許可で触れるわけにはいかないけど。
しばらくの間指を動かしつつ、夏凛の反応を楽しむ。つつくたびに口角が上がり、俺ののどがごくりと鳴る。
視線の先にあったのは、夏凛の唇で。ここもつついてしまいたいという欲求が、俺の心に渦巻いていたのだ。
ピンク色でツヤのある唇。触ったらきっと柔らかいだろう。間接的に触れられたことはあったけど、直接触れたことはない。
触れて、みたい。しっかり押しあてて、温もりだって感じて……。
「ユッキー? どうかしたの」
「へ? あ、いや、その……鼻の穴につっこんだら、怒るかなと」
「もうっ、当たり前でしょそんなのっ! やっちゃダメだからねー!」
とぼけて返したら普通に怒られてしまった。
なんだか申し訳なくなってきて頭を下げる。と、ささやくような声が耳に届いた。
「……もっと悪いこと考えてたのかと思っちゃった」
「え?」
「ふふ、そろそろ戻ろっか?」
その意味深な表情にいったいなにが隠されているのか、俺には皆目見当もつかなかった。
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