おなか


 「ああっづ~……」


 俺は椅子に背もたれを預けながら、悲鳴のような声を上げた。周りに視線をやると、ほかのやつらも同じ気持ちのようで、下敷きで扇いだり、机の上に身を預けたりしている。

 空を見上げれば、太陽が顔を覗かせ、じりじりとした熱気を放っていた。猛暑日かよってぐらい暑い。

 まだ七月の中旬だってのに、なんでこんなに暑いんだ。エアコンつけてほしい……。


 「ユッキーったらすっかりバテてるねー」

 

 チラと視線をやったら、夏凛がいた。同じく暑いのか、ブラウスの袖を上まで捲り上げ、襟元をあおぎながら風を送っている。

 おでこに張りついた前髪とか、頬をつたう汗とかになまめかしさを覚えてしまう。

 かぶりを振って邪な思考を追い出し、俺はぼやいた。


 「そりゃこんだけ暑かったらバテもするだろ。いったい何度あるんだよ」

 「天気予報では三十度越えだって。ほんと参っちゃうよね~」

 「マジかよ……きっつ」


 額にかいた汗を手で拭いながら、ワイシャツの裾を全開まで上げ、うちわのように扇いでみる。あー、多少はマシになったかも。

 

 「あははっ、ユッキーったらおなか丸出しだよ?」

 「めったに見れない俺のセクシーショットだぞ、ほれほれ」

 「ふふ、レアな光景だから、拝んでおこっかなー」

 

 夏凛はそう言って目の前に屈むと、俺のおなかをじろじろ見てくる。いや、あの、冗談だからそんなに見ないで。恥ずかしい。

 暑さのせいか恥じらいのせいかで顔が熱くなっている俺をよそに、夏凛はまじまじ見つめてくる。

 と、なにかを思いついたみたく顔を上げ、身を寄せてきた。


 「どうかしたのか?」

 「ユッキー、目瞑っててくれる?」

 「え、なんでだよ」

 「いいから。動かないでね」


 よく分からん。なにするつもりだよ。

 とはいえ言われた通りに目を瞑り、流れに身を任せることにする。耳をすませてみるが、周りの音がうるさいのでよく聞こえない。

 そんな中、ワイシャツがめくられる感触がして、なにかがおなかの上を動いている。


 「おふっ、ちょ」

 「もう~、動かないでったら」


 いやいや、くすぐったいんだって。

 なんども身をよじりたい衝動に駆られるものの、言われた通り動かないようにする。

 しばらくすると、くすぐったさが消えた。次いで夏凛の声が耳に届いた。


 「はいっ、もうできたから目を開けていいよ~」

 「できたってなんだよ……。ん、なんだ、手鏡?」

 「それでおなかのとこを見てみて?」

 

 おなかとな? どれどれ。

 ワイシャツをめくり、手鏡の位置を調整して覗き込む。するとなんかが書かれてあった。

 おへそを逆三角形の頂点と考えると、底辺にあたるところの二点に黒い丸がついていて。

 おへその横から漫画の吹き出しみたいなのが伸びていて、その中に「暑い~」と書かれてある。おへそがしゃべってるようなイラストを描いたらしかった。


 「あはははっ、おへそが、しゃべってる~っ!」

 「なにやってんだよ……」

 「あはははっ、わっ、笑いっ、止まんな~い!」


 呆れ顔を浮かべる俺をよそに、夏凛はおなかを抱えて笑っていた。いや、笑いすぎだろ。なにごとかと周りに見られて恥ずかしいんだが。

 それでも笑いが止む気配がないので、だんだん腹が立ってくる。俺ばかりこんな辱めを受けてるのだ。コイツにも仕返し、してやろうかな?


 夏凛が持っていたペンをひったくると、ようやく笑いが治まったらしく、顔を上げた。

 目尻を拭いながら、指をさしてくる。


 「はぁ……あっ、それ使うの?」

 「まぁな。散々笑ってくれたからな、お前にもやり返してやろうかと」

 「そっか。じゃあ、はいっ」


 俺の言葉にあっけらかんとした感じで、夏凛がブラウスの裾をまくり上げた。

 瞬間、色白でくびれのあるおなかが目に飛び込んでくる。


 「っ……躊躇ないな。お前恥ずかしくないのかよ」

 「んーべつに? ただのおなかだし」

 「そ、そうか」


 むしろ見せられてる俺の方が恥ずかしい。というか、周りの視線が熱を帯びた気もするし。やっぱ気になるよな。

 それでもほかのやつらには見えてないという優越感を覚えつつ、夏凛のおなかを凝視してやる。

 表面はなだらかで、無駄な肉づきとかはなくて、見惚れてしまうぐらい綺麗だ。ウエストが細すぎてへたしたら両手で掴めてしまうかもしれない。

 色白の肌は汗のせいかテカりを帯びていて、キラキラと光り輝いている。そんなおなかの中でもひときわ目を惹いたのがおへそだ。

 アーモンドみたいな形をしてて、小ぶりで、とても綺麗な色をしていた。ただのおへそだってのに、なんでこうもエロいのか。


 「あ、あんまりまじまじ見ないで……」


 顔を上げると、夏凛が恥ずかしそうにしていた。頬を赤らめ、唇をギュッと噛んでいる。

 その様子になんだか嗜虐心のようなものをくすぐられた俺は、ニヤついてみせた。


 「恥ずかしくないんじゃなかったのかよ~?」

 「きゅ、急に恥ずかしくなってきたの……っ」

 「ふっふっふ、だが、俺に容赦はないぞ」


 悪者みたいなセリフを吐きながら、奪ったペンを夏凛のおなかに近づけていく。もうすぐ先端が触れようかといったところで、気づいた。

 

 「――これ油性じゃねーか!」


 俺は慌てておなかをめくり、手のひらでごしごしする。だがまったく落ちる気配がない。

 おなかのセリフが俺の気持ちを代弁してくれてるかのように、叫んでいた。


 「あはははっ!」

 「お、お前っ、笑いごとじゃねーぞ」

 「ご、ごめんね……っ、あはははっ」


 俺のおなかを指さしながら、夏凛がおなかを抱えて笑っている。コイツ他人事だと思ってからに。

 ぜえはぁと荒く息をつく俺に、いいことを思いついたみたいな表情で夏凛が言った。


 「雫ちゃんと美代ちゃんにも見せようよー。きっと笑ってもらえるよ!」

 「ちょ、やめろバカ……っ、嗤われるの間違いだわ!」


 腕引っ張んな! 連れて行こうとするんじゃない!


 その後しばらく攻防を繰り返してたら、次の授業を知らせるチャイムが鳴った。

 不満げな顔をする夏凛を見つつ、息をつく。ひとまずは助かったが、これどうやって落としたらいいんだよ……。

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