体育祭2
体育祭の競技が、順調に消化されていく。
途中、昼休憩も挟みながら、緩やかに時間が過ぎていった。
「はぁ、しんどい」
隣で雫が地べたに寝そべり、荒い息をついている。そんな彼女の頭は、美代さんが膝枕してあげていた。う、羨ましい。
「もうあと二、三個ぐらいだろ。俺はもう出るのないけど、お前はあるのか」
「ない。けど、この熱気がインドアにはきつい……はぁはぁ」
「そういえば夏凛さんはまだ競技に出られるんですねっ?」
「あぁ、あとリレーが残ってるはず。ていうかそれ以前に、応援もやってるし」
視線を少し先に向けると、夏凛が手にポンポンを持ちながら、楽しそうにしている。一挙手一投足をバッチリ決めながら、とびきりの笑顔を見せていた。頬をつたう汗が眩しい。
それは周りの人間の視線を釘づけにしてしまうほどのものだったらしく。
みんなが目に焼きつけるかのようにガン見していた。もちろん俺も見てるが。
「写真、撮らない、のか?」
「撮らねーよ。だいたいスマホ持ち込み禁止だし」
「残念ですよね……由樹さんも、そう思いますよね?」
「まぁ、でも、こういうのは脳裏に焼きつけるもんじゃないかな。そうすりゃ、いつでも思い出せるし」
「ふっ」
「なんでいま鼻で笑った」
ニヤニヤするな、恥ずかしくなってくるだろ。
火照った顔を見られないよう、ふいと顔を逸らし、そこで気づいた。夏凛がこっちに駆け寄ってくることに。
「みんなっ、私の応援どうだったー?」
「由樹、さっきの、セリフ」
「やめろ! 絶対言わないからな」
「由樹さんがこういうのは脳裏に焼きつけるもの。そうすればいつでも思い出せるって」
「美代さんやめてくれ! マジで恥ずかしい!」
「ふぅ~ん」
夏凛がいじらしげな顔で、俺を見つめてくる。あぁ、くそっ、弄ばれる!
「じゃあさ、もっと見てくれてもいいよ?」
「え?」
「はいっ、えーる、おー、ぶい、いー」
「それ応援じゃないだろ」
「どう? しっかり覚えてくれた?」
「まぁ、な」
こんなの忘れられるわけがないだろ。夏凛が、俺のためにやってくれてるんだから。
すぐ横から「夏凛、らしいな」との声が聞こえてくるが、俺も同意だ。身体を動かすのが好きなコイツらしい。
「あ、私そろそろリレーの時間だから、行かなきゃ」
「頑張れよ。応援してるから」
「ふふ、じゃあポンポン持ってくれる?」
「それはやらん」
「えー、ユッキーの見たいのに」
どこに需要があるんだそれ。ただの公開辱めだろ。
恥ずかしさで顔が熱くなる俺をよそに、夏凛は走り去っていく。っと、照れてる場合じゃないよな。
彼女の勇姿を見届けようと、頬を叩き気持ちを入れ替える。
しばらくしてリレーが始まった。ちなみに夏凛はアンカーだ。
「みんなやっぱ速いな……」
リレーなんてやりたがるのは、足の速いやつと目立ちたがりなやつだと相場が決まってる。夏凛の場合はプラス、目の保養にもなるが。
次々に走者が入れ替わり、とうとう夏凛に出番が回ってきた。バトンをもらい、一気に駆け出す。
その流れるような動きに見惚れていると、近くを走ってきた夏凛と目が合った。彼女はにこやかに笑いかけてきて――転んだ。
「っ!」
足でも引っかかったんだろう。けっこうな衝撃で地面に転がってしまった。
それでも、すぐさま立ち上がり、駆け出す。膝から血が出てるにもかかわらず、諦めずに前を向いていた。
「――っ」
その姿に心臓がバクバクさせられる。
普段のおちゃらけた姿とは違う、真剣な顔つきに俺の目も、意識も、心だって持っていかれてしまっている。好きがあふれて止まりそうにない。
ほんとになんでアイツは、こんなにも魅力的なんだよ……っ。
「お、一位だ」
「――っ!?」
雫の言葉にハッとさせられ、止まっていた視線を投げる。すると夏凛は、確かに一位のフラッグを持っていた。
前にいたはずの二人の走者を抜き返し、そのままゴールしたらしい。
いや、いまはそんなの、どうでもいい。
俺はすぐさま立ち上がり、駆け出した。普段は汗をかくのも嫌なのに、全力で足を動かして、夏凛のもとに向かっていく。
「あ! ユッキーどうしたの――って、え、なになに!?」
「じっとしてろ。落ちたらどうすんだ」
「う、うん……」
俺は夏凛の身体を抱え上げて、くるっと向きを変える。そっちにあるのは保健室だ。
後ろからほかのやつらの声が聞こえるが、無視して駆け出す。
「……ユッキーに、お姫様抱っこされてる……」
「ん、なんか言ったか?」
「んーん、なんでもない」
嬉し恥ずかしそうな顔をする夏凛を連れ、保健室のドアを開ける。保険医の先生がまだグラウンドにいたのは確認してるが、いちいち待ってるのも面倒だ。
夏凛に傷口を水で洗ってもらいつつ、勝手だとは思ったが救急箱を取り出した。
「夏凛、ここ座ってくれ。ちょっと沁みるけど我慢してくれよ?」
「うんっ……~~っっ!」
「よし、あとはガーゼを固定して、っと」
どうにか傷口の処置を終え、ひとつ息をつく。なんか、どっと疲れが……抱えて走ったせいで膝が痛いし。
けだるげな身体で床に腰を下ろす俺に、夏凛がはにかんでくる。
「今日のユッキー、すっごくたのもしかった」
「そうか? そんなのいつもだろ」
「ふふ、そうだね。……私、貰ってばかりだからさ」
身を屈め、夏凛が俺の前髪を持ち上げてくる。いったいなにしてんだと呆けてる俺の前に、彼女が近づいてきて。
おでこに、なにか柔らかなものが触れた。
それが夏凛の唇だということに気づいたのは、ぬくもりが遠ざかっていったあとで。
目を見開いたままの俺に、熱っぽい瞳が映り込んでくる。
「これは助けてくれたお礼」
「ぇ……」
「こんなものしかあげられないけど」
照れたように笑う彼女に、心臓のバクバクが止まらない。口の中が渇いて仕方がない。
それでもどうにか、二の句を告げようとしたら、それより先に夏凛が言った。
「じゃあ、私戻るね? フラッグ返してこなきゃ」
「……っ」
引き留めようと手を伸ばしたけれど、その手はすでに空を切ったあとだった……。
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