体育祭1


 六月も半ばになり、大規模な学校行事のひとつである、体育祭の日がやってきた。

 体育祭は、一日をかけていろんな競技を行い、クラスごとの得点を競うというやつである。

 ちなみに優勝したクラスには、賞状とか副賞としてなんかが送られるらしい。

 


 朝、普段通りに登校し、クラスに入ると、熱気のようなものが感じられた。どうやら一部の熱狂的なイベント信者が、はりきっているようだ。

 と、その中には夏凛の姿もある。すでに体育着に着替え、ハチマキまで巻いてるという気合の入りっぷりだ。髪を後ろでひとくくりにしてるのが新鮮で、思わず見惚れてしまう。

 

 「あ、ユッキーおはよ~! 今日はいよいよ体育祭だね!」

 「……そうだな」

 「えっ、なんかテンション低くない? 楽しみじゃないの」

 「べつに興味ないしな。あんなの疲れるだけだし」

 「そんなこと言わないで上げてこうよー! ほらほらっ」


 満面の笑みを浮かべた夏凛が、俺の頬っぺたをこねくり回してくる。表情筋を緩めて、形だけでも笑顔にするつもりなのかもしれない。

 

 「あっ、ユッキーなんだか嬉しそう。楽しみになってきたんだ~?」

 「誰かさんのせいで表情が吊っただけだ」

 「ご、ごめんね? 痛くするつもりはなかったんだけど」


 そんな顔するなよ、お前の顔に釣られて笑顔になっただけなんだから。

 はにかみながら口にしようとした瞬間、チャイムが鳴った。あ、やべ、まだ着替えてない。

 いそいそと体育着に着替え、グラウンドへと向かう。


 クラスごとに整列し、開会式が始まった。スポーツマンシップ云々を適当に聞き流してると、どうやら終わったらしく、みんなが動き出している。

 最初の競技は確か、玉入れだったか? まぁ、俺は出ないから、どうでもいいか。

 

 「うひょおぉっ――!? って、夏凛お前……え?」

 「よ、由樹、驚かせて悪かったな……はぁはぁ」

 「由樹さんっ、おはようございます!」

 

 脇腹をつつかれ振り返ると、雫と美代さんが立っていた。その横にいた夏凛が、二人の肩に手を置いて、悪そうな顔をしてみせる。


 「今日は二人は敵だから。ユッキーも仲良くしちゃダメだよ」

 「そんなこと言わないでください夏凛さんっ! お願いしてくれれば私、スパイになりますよ!」

 「いや、美代さんダメだろそれは。つーか、体育祭で敵の情報はいらないよな?」

 「相手がどのくらいのスペックを持ってるかを知るのは大事なことだよ、ユッキー」

 「そういうもんかな? まぁ、どうでもいいけど」

 「やる気、ないのか? 由樹は」

 「あんまりな。そういう雫はどうなんだ」

 「ない。めんどい」


 コイツはそうだと思った。同じ穴の狢だもの。固い握手でも交わしとくか。

 そんな俺たちの横で、夏凛が頬を膨らませている。後ろにメラメラと炎のようなものが見える気が。


 「もうっ、二人ともまじめにやらなきゃダメだよ! これは戦いなんだから」

 「わ、分かったよ。出来る範囲で頑張るから」

 「ふふ、期待してるからね?」


 お前の笑顔が見れるんなら、ちょっとは頑張ろうかな。

 内心で意気込む俺を、冷めた目で見つめてくる雫。裏切者とか思ってるのかもしれない。


 そうこうしてるうちに玉入れが終わったらしい。次の競技は全員参加なので、集まらなきゃな。

 二人に手を振り、夏凛とともにクラスの輪へと混ざる。みんなで円陣を組み、気合を入れた。

 綱引きとのことで、順番を決めていく。俺の前に夏凛が入ってきた。


 「もしも倒れちゃったらごめんね?」

 「気にすんな。そうなったら抱きしめてやるから」

 「んー……それは悩みどころかも」


 いや、ボケただけなんだからそんなマジに受け取らなくても。でも、抱きしめれたら最高だよなぁ……。

 などと煩悩まみれの中、綱引きをしたので、ウチのクラスは普通に負けた。そそくさと端っこに寄り、あとは成り行きに任せることにする。


 「次は借り物競争か。お、夏凛も出るのか」

 

 周囲の視線が夏凛に注がれてるのが分かる。相変わらず目立っていた。まぁ、あんなに美人な子はそうはいないもんな。


 「……というか、借り物次第では指名されるかもしれないな」


 そう考えるとなんだかドキドキしてきた。こっそり心臓に手を当てると、すごく早い。もってくれよ俺の心臓。

 視線を再び夏凛に戻し、借り物競争が始まった。走り出した走者の中で夏凛が頭ひとつ分速い。普通の徒競走ならこのままいってゴールなんだが、この競技はそうじゃない。


 「おっ」


 途中で置かれた箱に、夏凛が手を突っ込んだ。中に入っていた紙を取り出し、キョロキョロと辺りを見回している。なにが書かれてるんだ……?


 「あ、ユッキーいた~!」

 「え?」


 なんだ、夏凛が叫びながらこっちに来るんだが。

 とまどう俺の腕をひっつかむと、そのままずるずる引っ張られていく。


 「ユッキーも走って! 一緒にゴールしよ!」

 「あ、あぁ」


 なにがなんだか分からないまま、夏凛に鼓舞され俺たちはゴールテープを切った。

 ゴールにいた審判の人に、夏凛が持っていた紙を開いてみせる。なんて書いてあるのか気になった俺は覗き込み、――心臓が張り裂けるかと思った。


 『一番大切なもの』


 審判の人がじろじろと俺たちを見てくる。はたからみれば月とスッポン、オッケーにするか迷ってるのだろう。

 そんな中、夏凛がするりと腕を絡めてきた。心臓が止まりかけてる俺に、夏凛がにこやかに笑いかけてくる。


 「私とユッキーの友情パワー、見せつけちゃおうよ」

 「もう、充分っ、見せつけてる、ぞ」


 審判の人の顔が真っ赤になっちゃってるもの。恥ずかしさでオッケー出しちゃってるもの。

 つーか、俺に向けられる視線がめっちゃ痛いんだが。これ今日、生きて帰れるのだろうか……。

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