風邪1
覚悟を決めた翌日、夏凛が学校を休んだ。
とはいえ、チャットで連絡をもらってたので、原因は分かってる。風邪をひいたとのことだ。
やっぱ、二人で一緒の傘を使ってたのがいけなかったのかもしれない。知らぬ間に濡れて、身体が冷えてしまってたのかもしれない。
ま、俺はピンピンしてるけど。バカはなんとやらっていうしな。
「えっ、夏凛さんお休みなんですか!」
「風邪とは、ついて、ない」
ことのあらましを雫と美代さんにも説明した。一緒にお昼を食べながら、会話を続ける。
「でしたらお見舞いに行きましょうよ! 私っ、心配ですっ!」
「そうだな、寂しい思いをしてるかもしれない……はぁはぁ。けど、家の場所が分からないぞ……はぁはぁ」
「あ、俺は知ってるぞ。家の前までは行ったことあるからな」
「それなら大丈夫そうですね! あとは、連絡もしなきゃですけど」
「でも寝てるだろうから、見てくれるかは分からないな」
「平気、だろ。おしかけ、ても」
「みんながみんな雫みたいにオープンじゃないからねっ! 夏凛さんみたいに綺麗な人だと、見られたくないものもあるだろうから」
こうして話してても埒が明かないし、ひとまずチャットに打ち込んでみるか。
『放課後、お見舞いに行ってもいいか? あの二人も一緒になんだが』
「返信、来ますかね?」
「どうだろう、この時間だと寝てる可能性もあるし」
「あ、きた」
『いいよ~』
どうやら起きてたらしい。それに了承ももらえた。
スマホから顔を上げると、二人が嬉しそうな顔をしている。
「よかったっ! 夏凛さんに元気になってもらえるように、なにか買って行かなきゃ」
「スポーツドリンクとかヨーグルトとかかな?」
「お菓子も、欲しい」
「それお前がだろ」
呆れた目を向けると、逸らされた。やっぱ図星だったらしい。
その後も詳細を詰めながら、和気あいあいとした昼食を終えた。夏凛は寂しい思いをしてはいないだろうか?
そのことが俺の頭の片隅に何度もちらついていた。
待ちに待った放課後を迎え、俺は二人と連れ立って夏凛の家へと向かう。途中でコンビニに寄り、もろもろの所用も済ませたあとだ。
「ここが、夏凛の、家か」
「すごい立派です! お城みたい」
「美代さん、この前もそれ言ってなかったか?」
「コイツ、褒めの、語彙が、ない」
「えっ! そんなにひどいかな!?」
ひどいというより過剰な気がする。まぁ、そこは置いておいて。
俺は玄関先に立ち、インターホンを鳴らす。しばらくして、すりガラス越しに人影のようなものが見えた。
ゆっくりとドアが開かれ、見知ったやつが姿を現す。
「いらっしゃ~い、みんな」
「あ、夏凛、わざわざ出てきてくれたのか?」
「うん、ほかに誰もいないから――きゃっ!」
「夏凛さんっ、顔が見れて嬉しいですっ! あ、ごめんなさいっ、病人なのに抱きついたりしてしまって」
「美代の、過保護、モード、出てる」
「あははっ、心配してくれてありがとね~」
夏凛は美代さんの頭をポンポンとしながら、にこやかな笑みを浮かべた。俺は釣られるように、視線を彼女へと向ける。
おでこに冷えピタを貼った夏凛は、まだ顔が赤かった。その辛そうな顔に、俺の中にあった庇護欲のようなものがくすぐられる。
気づけば手を伸ばしてしまっていた。
「ユッキー?」
「部屋まで手、貸すぞ」
「うん、ありがと。じゃあ、お願いするね」
彼女の腕を掴むと、やっぱり熱い。その熱が俺にも伝播してきてるのか、だんだん全身が火照ってくる。チラ見したら、微笑まれた。
「……っ」
ヤバい、可愛い。もしも、風邪をひいてなかったら、抱きしめてしまってたかもしれない。
頭の中に浮かんだ邪な考えを振り払いつつ、家の中へと入っていく。そういえば、入るのは初めてだな。
夏凛が部屋は二階だというので、階段をゆっくり上り、そこを目指す。左手に見える部屋がどうやら、自室らしかった。
俺が代わりにドアに手をかけ、ゆっくりと開いていく。
「っ、うぉ……」
思わず声が漏れた。
夏凛の部屋は女の子らしさあふれる、とても可愛らしい部屋だったから。
白を基調とした壁に、ピンクのカーテン。ベッドそばにはなんかのぬいぐるみやクッションが置いてあったり、机の横にあった鏡台とかにも化粧道具とかがズラッと並んでいて。
ゲーム機だけが常備された俺の部屋とは、なにもかも違い過ぎた。あと、なんかいい匂いがする。
「夏凛さんのお部屋、素敵ですっ! イマドキって感じがします!」
「そ、そこまででもないよ~?」
「美代の部屋とは大違いだな……はぁはぁ」
「うんっ、私のお部屋勉強道具しかないから、こういうの憧れちゃう」
「美代ちゃんの部屋、今度行ってみてもいい?」
「はいっ! ぜひぜひ! あ、これ、いろいろ買ってきたからよかったら食べてくださいね」
「あ、ありがとう~! 大事に食べるねっ」
俺がぼーっと突っ立っている中、ガールズトークの花が咲いている。
いや、まぁいいんだけどね? もともと空気みたいなもんだから。
ひとり自嘲気味に笑っていると、背中をツンツンと突かれる。振り返れば、雫がいた。
「ん、なんだ?」
「あとは、任せた」
「え?」
一言だけ告げたと思ったら、雫が美代さんの腕をひっつかんだ。キョトンとする美代さんの腕をぐいぐい引っ張っている。
「ほら、帰るぞ」
「え、私まだ夏凛さんと」
「病人にムリさせる気か……はぁはぁ」
「あ、そうだよね……ごめんなさい、夏凛さん」
「ううん、こちらこそ来てくれてありがとね」
美代さんは名残惜しそうにしながらも、雫に腕を引かれて部屋から連れ出されていく。ひとり残された俺は、視線を夏凛へと向けた。
「ユッキーは帰らないの?」
「あ、いや、その……帰るよ」
「帰っちゃうの?」
「え?」
「私、いろいろ困ってることがあるんだ。でも、動くのしんどくて」
「そうか? ならなんでも言ってくれよ」
俺がはにかんでみせると、夏凛の目が光ったような気がした。
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