相合傘《ターニングポイント2》


 その日の午後は、天気予報では曇りだったらしい。

 だというのに下校時間になって、雨が降り出しやがった。しかも割と、本降りに近いやつだ。

 

 「うわ、最悪だ……」

 「ほんとだね~、傘持ってきてないのに」


 昇降口前で、俺と夏凛がぼやいた。周りにいた生徒たちも空を見上げては困ってる様子。カバンを頭に乗せて走り出すやつもいれば、迎えを呼ぼうとスマホを取り出すやつもいた。

 さて、俺たちはどうするか。


 「ユッキーはさ、傘とか持ってないの?」

 「え、俺か? ないと思う」

 「カバン確認してみてよ。あるかもしれないでしょー」

 「ん、あぁ」


 どうせないとは思うけどな、と内心でぼやきつつ、中をガサゴソやってみる。すると、折り畳み傘が入っていた。あれ、なんで入ってるんだ?


 「やった! 隙をみてユッキーのカバンにいろいろ詰め込んでたかいがあったなぁ」

 「お前なにしてんだよ、俺は荷物持ちじゃないんだぞ」

 「でも助かったでしょ?」

 「そうだけど……」

 

 納得いかない。まぁ、普段あんまりカバンの中を確認しない俺も悪いんだが。

 とはいえ今回はツイてるな。これで濡れずに帰れる。

 俺は折り畳み傘を広げ、夏凛に向き直った。


 「じゃあちょっくらコンビニで傘買ってきてやるから、ここで待ってろ」

 「え、なに言ってるの? 一緒に入れてよ」

 「は?」

 「相合傘、しよーよ」


 ずいっと顔をよせながら、そんなことをのたまってくる夏凛のせいで、俺の顔が熱くなってしまった。

 その展開だけは避けようとして、買ってくる提案をしたってのに。

 バクバクと心臓が跳ねる俺を、夏凛が見つめてくる。ほんのりと頬を赤らめながら、俺の手を取った。


 「お、おいっ! なにすんだ」

 「私が傘を持つよ? 入れてもらう側なんだし」

 「だ、誰も入れてやるとは」

 「なら私このまま帰っちゃうから。あーあ、心までずぶ濡れになっちゃうかも」

 「……っ、わ、分かったよ! 入れればいいんだろ」

 

 恥ずかしいという感情よりも、コイツに薄情者と思われる方が辛い。それで口を利いてもらえなくなったりもしたら、俺の心もずぶ濡れになるだろう。

 あれこれと余計なことは考えないようにしよう。ただ一緒の傘を使うだけだ。

 

 「じゃあ、帰るぞ。ほら」

 「ふふ、お邪魔しまーす」

 

 するりと傘の中に身体を滑り込ませてくる夏凛。ふわりと香る甘い香りが鼻をつき、ますます顔が熱くなる。

 火照った顔を冷ましたくて、俺は雨の中へと歩を進めた。すぐ近くで息遣いが聞こえる。


 「んーちょっと狭いね」

 「あ、悪い、もう少し避けとくわ」

 「そんなことしなくてもー、えいっ」

 「ちょっ、おま――!?」


 夏凛のやつが、俺の傘を持ってる方の腕に抱きついてくる。胸元をむぎゅうっと押しつけるぐらいの、遠慮ないもの。

 柔らかで、それでいて温かなそれに、持っていた傘を落っことしそうになる。


 「ばっ、ちょ、離れろよ!」

 「狭いんだからしょうがないでしょー? それに、もう腕を組まれるのぐらい慣れてほしいな」

 「腕組みって範囲じゃないだろ! 当たってんだよ」

 「んー、当たってるってなにが?」

 「そ、それは」


 夏凛がとぼけた顔をしながら、ぐいぐいと押しつけてくる。もう絶対わざとやってるなコイツありがとうございます!


 「――じゃなくて、ほら、と、友達同士の距離感ってあるだろ? 相合傘とか、腕を組んで歩くとか、普通しないだろ?」

 「私はユッキーとの友情をはぐくんでるだけですが? それにこんなの、友達ならみんなやってるよ」

 「え、マジで?」

 「マジです。相合傘も、腕組みも挨拶みたいなものなんだから」

 「いやさすがに挨拶じゃないだろ……」


 とはいえ、俺は友達のデータが少ない。友達の多い夏凛が言うのだから、間違いはないのだろう。

 俺の腕に身体を預けながら、夏凛がささやいてくる。


 「ねぇ、ユッキーはドキドキしてる?」

 「むしろどんよりしてる……」

 「え、ユッキー?」

 「だって……お前、ほかのやつとも、こういうことしてるんだろ」


 自分で言ってから、ハッとした。なんだよいまの意識してますって宣言したみたいじゃないか!

 慌てて夏凛の方に視線をやり、思わず息を呑んだ。

 熱っぽい瞳、赤らんだ頬、色づいた唇。それらが視界いっぱいに広がっていたんだから。


 「こんなの、ユッキーにしかしたことないよ」

 「え……でも、お前、友達いっぱいいるのに……」

 「友達百人いたって、ユッキーはその全員と同じぐらい仲良くできるの?」

 「そ、それはムリだ」

 「でしょー? だから、こうして……はぐくむわけなのです」

 「でも、お前俺にしか、って……」

 「言わなきゃ、分からない?」

 

 まさかとは思う。けど、ここまであからさまな思いを伝えられて、気づかないでいられるはずがなかった。

 

 「……そっか。そうだったんだな」

 「うん、そうなの、私」

 「――俺のことを一番大事な友達だって思ってくれてたんだな!」

 「…………」

 

 あれ、なんでジト目?

 とまどう俺に、夏凛がため息混じりに言った。


 「……ユッキーらしいね」

 「なんだよ、それ」

 「んーん、なんでもなーい」


 呆れたように笑いながら、ぐいぐい腕を引っ張られる。

 流れに身を任せ、隣にいる友達の、横顔を眺めた。すると、いままで押しつけていた感情が、堰を切ったようにあふれ出してくる。

 


 俺は、若葉夏凛のことが――好きだ。

 そして夏凛も俺のことを一番の友達として見てくれてるんなら、チャンスがあるんじゃないだろうか。

 いままでは分不相応だって考えてたけど、決めた。

 俺はもう、自分の気持ちにウソはつかない。絶対に、夏凛を振り向かせてやる。


 そのためにはもう少し、あと少しだけ、友情をはぐくんでいかないとな。

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