宝探し
ある日の休日。俺と夏凛は、学校の近くにある公園へとやって来ていた。
ポケットからスマホを取り出し、時間を見てみる。午前十時を少し過ぎたってとこだ。
「ユッキーなんだか落ち着きがないね?」
「しょうがないだろ。だって、」
「初めてだもんね~? あの二人を家に招くの」
そう、ここにいるのは遊んでるわけじゃなくて、待ち合わせに使ってるだけだった。
夏凛のいうあの二人とはもちろん、雫と美代さん。
二人とおしゃべりの流れから一緒に遊ぶことになり、俺の家をたまり場にしてる夏凛が、勝手に家に招くことに決めたのである。
まぁ、いいんだけどなべつに。あの二人の家にも行ってみたい気もするが、女子の家ってなると、男が来るのに抵抗とかありそうだし。
「私を家に入れてくれた時は、ここまでじゃなかったのになー」
「……っ」
そんなわけないだろ、いまでもめっちゃドキドキさせられてるわ。
などと口にして来なくなられても困るので、黙っておく。
顔の火照りを抑えるため、ブランコでも漕ぐことにした。
「私もやろっと。ねぇ、どっちが高くまで上げられるか勝負しよー?」
「するわけないだろ。ケガでもしたらどうすんだ」
「あ、そうだね。キズモノになっちゃったら、貰い手なくなっちゃうもんね」
「……っ、そのときは、俺が、」
「――おい、お二人、とも」
「――うおっ! ビックリした!」
揺れる視界の端に見知った姿がある。ブランコを止め、まじまじ見つめれば、雫がいつもの生気が感じられない瞳を向けてきていた。その後ろには美代さんの姿もある。
美代さんが乱れた前髪を整えながら、申し訳なさそうに声を上げた。
「お待たせしてごめんなさい! いろいろ手間取ってしまって」
「美代、だらだら、し過ぎ」
「雫がいつまでも寝こけてたからでしょっ! もう少し早く起きてくれてたら」
「あぁ、べつに気にしないでいいよ。俺たちもいま来たとこだから」
「……ほんとは三十分前だけど……」
横で夏凛がぶつぶつ言ってるがスルーし、俺はブランコから立ち上がった。こうして集まれたことだし、さっそく家に向かうことにしようと思ったのだ。
「二人とも、着いたばっかで悪いけど、移動しても大丈夫か?」
「はいっ、平気ですよ。由樹さんの家、楽しみです!」
「エロ本、ありそう」
「ねーよ、そんなもの」
「ユッキーったら、慌てて隠してたもんね~」
「だからねーっつうの! 誤解を招くような言い方するな!」
「わ、私っ、そういうの、気にしませんから……!」
ほら、美代さんに誤解されちゃっただろ。
これ以上は訂正しても無駄だろうから切り上げて。四人で公園をあとにし、道なりに歩き出す。ちなみに公園から俺の家までは、十五分ぐらいかかる。けっこう遠い。
「そういえば二人の家ってどの辺なんだ?」
「私たちは駅を二つ挟んだ先にあります。なので、通学には三十分以上かかっちゃいますね」
「ほんと、しんどい。夏凛は?」
「私のとこはユッキーの家から十分ぐらいかかるかな? でも、学校には近いから、登校はかなりラクちん」
「そうか。今度、行きたい」
「んー、機会があったら、手をこまねいてあげる」
「案内する気ないだろお前」
俺がツッコむと、夏凛がちょいちょいと手招きをしてくる。近づいてみれば、耳元でささやかれた。
「……私の初めては、ユッキーって決めてるから」
「っ!? な、なに言って」
「いつでも来てくれていいからね?」
「あ、あぁ、そっちか……」
び、ビックリさせんなよ。危うく余計なものまで反応するとこだったろうが。
和やかムードのまま道なりに歩き、ようやく家に到着した。後ろで二人が感嘆の声のようなものを上げている。
「おぉ、由樹の、家」
「すごく立派ですね! お城みたい!」
「いや、普通の一軒家だから……無理にべた褒めしなくていいから」
「ささ、どうぞ上がって~。すぐ飲み物とか用意するから」
「家主みたいなことするな、お前の家じゃないだろ」
「……どうせ、そうなる」
隣で雫がぶつぶつ言ってる。かすかに口角を上げてるせいか、なんだか不気味だ。
とりあえずは勝手にドアを開けた夏凛に続いて、二人を案内する。階段を上ってもらい、部屋へと招き入れた。
「ここが由樹さんのお部屋っ。男の人って感じがします」
「意外と、片付い、てるな」
「パパッと掃除したとこだからな。あ、二人とも座って待っててくれ」
「二人はこのクッションに座ってね~」
「ありがとうございますっ! でも、若葉さんはどこに座るんですか?」
「私はベッドで大丈夫だから」
それ、俺はぜんぜん大丈夫じゃないんだが。クッションが二つしかないから、指摘するわけにもいかないけど。
女子三人でわいわいやってる隙に、俺はキッチンへと向かい、飲み物とかお菓子とかを用意していく。
くるっと踵を返し、部屋へとやってくると、
「なにやってんだ……?」
雫と美代さんが、なんかやっていた。
二人は俺の部屋を隅々まで見回してるようで、引き出しを開けたり、隙間を覗いたりしている。まさか、エロ本でも探してるのか……?
呆然とする俺に、近寄ってきた夏凛が、パンと柏手を打った。
「二人にはいま、宝探しをしてもらってます!」
「は? 宝探し、ってか、そもそもエロ本は」
「ないって知ってるよ。それじゃなくて、公園に行く前に私が宝を隠したの」
そういや、コイツ家を出る前、バタバタしてたな。特に気にも留めてなかったんだが、そんなことしてたのかよ。
「つーか、俺のプライバシー……まぁいいや。で、宝ってなんだよ?」
「ユッキーも参加する? ちなみに宝っていうのは、こういうもののことなんだけど」
手に持っていた紙のようなものを、夏凛がちらつかせてくる。四つ折りになったそれを開いてみせてもらった。なんにも言うこと聞かない券と書いてある。
「なんにも? なんでもじゃないのかよ」
「これはハズレ券だから。こういう紙を部屋のあちこちに隠したから、宝探しっていう名目で、二人に探してもらってるってわけ」
「お前ちょっとは気を遣えよ」
「いいんですよ由樹さん! 私、楽しいですから! あ、また新しいの見つけました! 若葉さんっ、確認してもらっても?」
「あ、うん……なんにも言うこと聞かない券、ハズレだったね」
「そうですか、残念です」
思いのほか楽しそうにやってるな。ならいいのか?
とりあえず持っていたお菓子とかをテーブルに置き、夏凛に視線を合わせる。
「ちなみにどんなのがあるんだ? ハズレ券以外だと」
「一番のお宝はやっぱり、なんでも言うこと聞く券だね~。見つけた人の言うことを私、なんでも聞いちゃいますから」
「マジ……? あ、ほかには」
「その下にまぁまぁ言うこと聞く券と、もしかしたら言うこと聞く券があるよ~。どれも一枚ずつしかないから、早い者勝ちだね~!」
「よし、やる」
俺は決意を固め、宝探しをすることにした。絶対に負けられない戦いが、そこにはあるのである。なんでも、なんでもはどこだ……!
「お、見つけた。夏凛」
「確認させてもらいます。あ、おめでとう! まぁまぁ言うこと聞く券だよ~!」
「なんだと――っ!?」
「由樹、お前、目がガチ」
「はい雫ちゃんっ、持っててね。お願いしたいことはいまでもいいし、あとででもいいけどどうする?」
「あとでで、いい。残りは、二枚か」
くそっ、ぜんぜん見つからん。
血眼になって探しながら、ふいに後ろを振り向いてみる。夏凛と雫が、俺の方をみてニヤついていた。
「なんだよ……」
「んーん、用意したかいがあるなと思って」
「ほんと、だな」
「あ、また見つけちゃいましたっ! 若葉さん、確認をお願いします!」
「うん……え、うそ」
紙を確認した夏凛が、ぽつりと呟いた。俺も横から覗いてみると、なんでも言うこと聞く券と書いてあったのだ。
「美代さん、これ、なんでものやつだぞ」
「ほんとですか! やりました!」
「よかったな、夏凛になんでも言うこと聞いてもらえるぞ」
「はいっ」
満面の笑みを見せる美代さんをよそに、夏凛はなんか不服そうな顔をしていた。俺が横から小突いてやると、ハッとしたような顔をする。
「どうかしたのか?」
「え、ううん、なんでもない」
「あの、それで若葉さん……お願いの方なんですけど」
「うん、好きなの言って。なんでも……聞いてあげるから」
「……名前で呼んでも、いいですか?」
美代さんのお願いに、俺だけでなく夏凛もポカンとしてしまってるみたいで。場に静寂が訪れた。
おずおずといった様子で、美代さんが口を開く。
「私の、勘違いだったら、申し訳ないんですけど……若葉さんと私の間に、壁を感じるっていうか、嫌われちゃってるんじゃないかなって思ったりするときがあって……」
「……」
そういえば、夏凛は美代さんのことを名前で呼んだことがない。苗字でも、なかった気がする。
声を震わせながら、美代さんが続けた。
「私っ、由樹さんとだけじゃなくて、若葉さんとももっと仲良くなりたいんです。女の子同士だし、綺麗で、おしゃれで、勝手に憧れちゃってて……だからっ」
「ねぇユッキー私のこと殴って」
「は? え、」
「早く」
夏凛がいままでに見せたことのないような形相で、視線を投げてくる。つっても、殴れとかできるわけがない。夏凛は女の子だ。
だけどなにもしないままでいるのも居心地が悪い。だから俺は、軽くデコピンをしてやった。
「痛い……」
「あ、ごめん。そんなに力を入れたつもりじゃなかったんだけど」
「でも、ありがと。私にバツを与えてくれて」
「え?」
呆然とする俺をスルーし、夏凛が美代さんの前に立った。
今にも泣きそうな顔をしてる美代さんに、ふわりとした笑みを浮かべてみせた。
「ごめんなさい。私、あなたのこと、誤解してたの」
「誤解、ですか?」
「勝手な思い込みで、あなたとの間に線を引いちゃってた。だから、ごめんなさい……謝っても、許してもらえないかもしれないけど」
「そんなっ! ぜんぜん怒ってなんていませんから! むしろ、聞けて良かったっていうか」
「……こんな私だけど、これから仲良くしてくれる?」
「もちろんです! 夏凛さんっ」
「美代ちゃん……っ」
二人ともお互いに涙目になりながら、ギュッと抱きしめ合った。嗚咽を漏らしているその様子を尻目に、隣にいた雫が呟く。
「どうやら、わだかまりは解けたみたいだな……はぁはぁ」
「なぁ、なんでこの二人仲があんまりよくなかったんだ?」
「原因、か」
「え、なんだよ? 俺の方じっと見て」
「いや、なんでも、ない」
小首をかしげる俺をよそに、暖かな日差しが、二人の間に降り注いでいた。
……ちなみに、もしかしたら言うこと聞く券は俺が見つけた。まだ、使わないでおくけどな。
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