風邪2
「じゃあ、さっそくお願いしたいことがあるんだけど」
ベッドに腰かけた夏凛は、両手をつき出してきた。小首をかしげる俺に、恥じらい顔で懇願してくる。
「汗、拭いてもらえないかな」
「は、えっ?」
「寝てる間に汗かいちゃってて、ベタベタで気持ち悪いの」
そんなのシャワーでも浴びろよ、と普段の俺なら突き返すとこだが、いまのコイツは病人だ。熱のせいでだるいだろうし、身体も弱っている。
なんだけど、汗を拭くってのはつまり、夏凛の素肌を見てしまうってわけで。
「それは、さすがにマズいだろ」
「え、どうして?」
「……お前、恥ずかしくはないのかよ」
「恥ずかしくないよ。だって、私とユッキーの間柄でしょ?」
それ以前に男と女なんだが。
とはいえ、こんなとこでうだうだやってるわけにもいかない。なんでも言ってくれといった手前、できることなら夏凛のお願いは聞いてあげたい。
汗で身体が冷えて、風邪が悪化するようなことも避けねばなるまい。
「洗面所とタオル借りるぞ」
「うんっ、洗面所は階段降りてすぐのとこね。タオルはこれ使って」
「あぁ」
俺は夏凛からタオルを受け取り、一階へと降りていく。すぐ近くに洗面所があったので、タオルを濡らし、急いで部屋へと戻った。
「えっと、拭くから……それ脱いでもらえるか?」
「うん、ちょっと待っててね」
夏凛がくるりと背を向けたかと思うと、ボタンをひとつひとつ外していく。その光景を直視しないよう視線を彷徨わせていたら、ややあって衣擦れの音が聞こえた。
チラと見てみれば、夏凛の背中が露わになっていて。うるさいぐらい心臓がバクバクいっている。
つーか、ブラ付けてないんだな。てことは、前は……、
「じゃあ、ユッキーお願い」
「っ、あぁ……」
震える腕を伸ばしながら、タオルを背中に当てる。冷たかったのかビクッと身体が跳ねた。
「悪い、けど、じっとしててくれな」
「う、んっ……」
夏凛の荒い息が耳に届いて、ヘンな気分になってくる。それでも鋼の意思で、俺は汗を拭いていく。
色白でシミひとつない、綺麗な背中を傷つけないよう、ゆっくりと、かつ丁寧にだ。
「もういいよ、そのぐらいで」
「あ、あぁ、そうか」
「じゃあ次は、前もお願いね……?」
「ぶふうぅっ――!? ……ど、どうしてもやらなきゃ、ダメか?」
「ふふっ、冗談だよ? さすがに恥ずかしいから」
よかった、いや、ほんとに良かったのか?
理性と欲望のはざまを行ったり来たりしてる俺からタオルを受け取り、夏凛が汗を拭っていく。俺は一応、後ろを向いておいた。見たいけど、ここは我慢だ。
「ふぅ~、さっぱりしたぁ。ありがとね、ユッキー」
「気にすんな。ほかになんかしてほしいことはあるか?」
「次はねー、着替えたいかも」
着替えか。パジャマの方も、かいた汗で湿ってしまってるんだろうな。
俺は後ろを向いたまま、頷きを返した。すると、声が飛んでくる。
「ユッキーの前にあるタンスの、下から二段目のとこ、見てくれる?」
「え、勝手に見ていいのか?」
「見るだけならいいよ」
「なんだか含みのある発言やめろ」
べつになにもしないわ。ほんと、ほんとだからな?
俺は自分に言い聞かせるようにしながら、タンスを目指す。言われた通り下から二段目に手をかけ、思いっきり引っ張る。
――真っ白なブラジャーと、ちっちゃなリボンがついた下着が、目に飛び込んできた。
「ユッキーのえっち」
「!?!?!?」
俺は慌てながらタンスを戻した。頭を抱えながら、ぜえはあと荒く息をつく。
ヤバい、直視してしまった。あれを普段、夏凛が身につけてるのか……じゃなくて!
「なっ、ななな、なんっで! 下着があるんだよ!」
「私上から二段目って言ったのに、どこ見てるの~?」
「お、お前っ、下から二段目って、言ったよな!?」
「そだっけー? 熱でうまく頭が回らない~」
わざとか! いや本気なのか!
悶々としながら、今度は上から二段目に手をかける。ここも違ったら、もうほっといてやるからな!
少しずつ、タンスを引き出していく。おそるおそる中を覗き込むと……お、今度はちゃんと服だったな。助かった。
「私に着て欲しいのあったら、出してくれていいよ」
「べつに探さねーよ。一番上のやつでいいわ」
「そっか。じゃあそれちょうだい」
「あぁ、――っ、ちょ!?」
一仕事終えたとばかりに振り返り、俺は目を見開いた。
だって夏凛のやつ、パジャマの上を着てなかったんだから。胸元を隠すような感じで、パジャマで覆っていただけなんだから。
「な、なんで着てないんだよっ!」
「汗でベタベタしてるの着たくないもん」
「ほ、ほらっ、だったらすぐこれ着ろ!」
「あ、着替えさせてくれてもいいよ?」
「自分で着れるんなら着てくれ! 頼むから!」
思春期男子には刺激が強すぎるんだよ! 襲われたいのかお前は!
悶々としながら、夏凛の着替えが終わるのを待つ。落ち着け、余計なことは考えるな……。
しばらくして、声をかけられた。
「ねぇユッキーこっち向いて」
「着替え終わったんだよな?」
「ふふ、どうかな~? 確認してみたら」
「ならこのまま帰る。じゃあな」
「あ、待って! ほんとに終わってるから!」
ドアに手をかけたら、夏凛に腕を取られた。横目でチラ見したら、ちゃんと着替えてたようだ。
俺は大きく息をつき、夏凛をベッドまで押しやる。
「ゆ、ユッキー……?」
「病人のくせに、はっちゃけすぎだ。大人しくしてろ」
「っ、ごめんね? 私、ユッキーに会えて、舞い上がっちゃってたのかも。ずっと一人で、寂しかったから……」
「夏凛……」
「大人しく寝るから。あとひとつだけ、お願い聞いてもらってもいい?」
「あぁ、なんだ?」
訊ねたら、夏凛が俺の袖をギュッと握りしめながら。
上目遣いでささやいてきた。
「……私が眠るまで、そばにいて?」
その後、夏凛が眠りにつくまで、頭を撫でさせられたり、買ってきた物をあーんさせられたり、子守歌をうたわされたりと散々な目に遭ったんだが。
アイツの寝顔が見れたからまぁ、よしとするか。
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