色探し


 「ユッキー、いまからどっか遊びに行こー?」

 「……あぁ」

 「あれ、なんだか元気なくない?」


 元気がないというより、呆れてるだけだ。

 つい一時間ぐらい前に荷物をまとめてお別れしたばかりなんだが。感傷に浸ってた俺がなんかバカみたいだな。


 「まぁ、俺のことは置いといてだ。どっか行きたいとこでもあるのか?」

 「んー別にないんだけど。ただブラブラするのもいいかなって」

 「行き当たりばったりかよ」

 「もし見知らぬ地に行きついても、二人でならきっとやっていけると思うから」

 

 嬉しいこと言ってくれてるとこ悪いが、俺には帰巣本能が備わってる(という名の地図アプリ)からちゃんと帰ってこれる。

 でも、逃避行も、うーん……捨てがたいな。


 とりあえず、必要なものをポケットに詰め込み、俺たちは家を出た。

 日差しは良好。いや、やっぱ隣のやつが眩しいからサングラスが必須かもしれない。


 「あ、そのサングラス貸してよ、私もつけてみたい!」

 「いいけど、ほら……なぜに俺を見つめてくる?」

 「なんでだろうねー?」


 空を見上げた先にある太陽が、位置的に俺の後ろにあったからか。眩しかったんだな。言ってくれりゃよかったのに。

 話してる最中に目を痛められたら困るので、俺は太陽が夏凛の死角に入るよう、移動をする。

 と、夏凛が唇を尖らせた。


 「ちぇっ、ボーナスタイム終わっちゃった」

 「なんのボーナスだよ。あと、それ返せ」

 「んー、はい」


 サングラスをかけ直し、二人並んでブラブラする。辺りに視線をやれば、ほとんど閑散としてるといってもいい。

 街中だともっと賑わってるだろうが、ここら辺はそうでもないよな。コンビニぐらいしか近くに無いんだもの。

 ま、ゴールデンウィーク期間中というのもあるだろうけど。


 退屈さをしのごうとばかりに、夏凛の方を向いてみる。

 すると彼女はいいことを思いついたとばかりに、目を輝かせた。


 「ねぇユッキー、色探しゲームしようよ!」

 「は? なんだよそれ」

 「いま考えたやつなんだけど、聞いてくれる?」

 「そりゃまぁ、な。ちょうど退屈しかけてたとこだし」


 それに、お前の出すアイデアを俺が断わるはずないだろ。

 内心で付け加えつつ、夏凛の話に耳を傾けることにする。


 「えー、おほん。では、説明させていただきます」

 「あぁ、頼む」

 「色探しゲームというのは文字通り、色を探すゲームです。片方が色を口にして、もう片方がその色を指で指し示すの」

 「ん? 雲だったら白、俺のかけてるサングラスだったら黒ってことか?」 

 「そういうことー。でも、自分の身につけているものを指しちゃダメ。あくまでも相手、または周りにある色だけだよ~。あ、同じものを選ぶのもダメだから」

 「白で俺が雲を指した後に、白って言われても夏凛は雲を指せないってことか?」

 「そういうことですっ、説明は以上だけど大丈夫そう?」

 「なんとかな。……そういえば、シンキングタイムとかあるのか?」

 「十秒だよ~。時間が過ぎたら負けね? テンポよくしなきゃね」

 

 なるほど、おおむね理解した。

 なんども頷いている俺を見て、夏凛も嬉しそうにしている。いや、あれは勝負師の目か。

 ことゲームにおいてはほとんど負けなしだが、こういう頭を使いそうなやつはどうだろうなぁ……ま、やってみれば、分かることか。

 色がよく見えるようサングラスを外し、夏凛と向き合う。


 「じゃあ、始めよっか? 色の指定は私からでいーい?」  

 「あぁ、いいぞ」

 「色探しゲームスタート! 最初は白!」

 「空に浮かんでる雲! えーと、次は黒!」

 「ユッキーの穿いてるズボンっ! 次は灰色!」

 「そこの家の外壁! 次はピンク色!」

 「ユッキーの頭の中っ!」

 「――ちょっと待て! 色じゃねーだろそれ!」


 俺が声を張り上げると、夏凛はハッとしたような顔をしてみせた。


 「あ、ごめん、ほんとのことだから……つい」

 「ついじゃねーよ。もっかい、続きからいくぞ」

 「うんっ、えーと、ピンク色は……そこに咲いてる花っ! 次は白!」

 「道路に引かれてる白線! 次は黒!」

 「ユッキーの髪っ! 次は栗色!」

 「夏凛の髪! 次は赤!」

 「そこに止めてある車っ! 次は白!」

 「ええと、雲……は言ったんだよな」

 「じゅーう、きゅーう、はーち」

 「あ、あそこの家のカーテン! 次は緑!」

 「そこに生えてる草っ! 次はピンク色!」

 「か、夏凛の唇……! つ、次は白!」 

 「ユッキーの着てるシャツっ! 次はオレンジ色!」

 「夏凛の穿いているスカート! 次は水色!」

 「空っ! 次は白!」

 「また白かよ! ええと……」

 「じゅーう、きゅーう、はーち、なーな」


 ヤバい、全く思いつかないぞ。なにかないだろうかと辺りを見渡してみるが、焦ってるせいか思考がまとまらない。

 その間も、夏凛による時間制限が止むことはない。


 「ろーく、ごーお、よーん、さーん」

 「く、くそっ!」


 どうする、なんかないか! 探せ、探すんだ!

 俺は血眼になりながら、必死で目を動かす。と、そこに目が留まった。

 視線の先にあったのは夏凛のスカート。なんだが、俺はその向こうにあるものが実は白いんじゃないかと推測を立てた。

 その間も迫る制限。疑問に思ってるヒマはなかった。


 「にーい、いーち」

 「――夏凛のスカートの中!」


 俺は叫んだ。なりふり構わず叫んだ。

 すると、辺りがシーンと静まり返った。


 「…………」


 目の前にいる夏凛が、近づいてくる。

 そして俺の耳元に口を寄せ、ささやいた。


 「――ユッキーのえっち」

 「~~~~っ!?」

 

 瞬間、顔から火が出そうなぐらい熱くなって、自分がとんでもないことを口走ったことにも気づかされた。

 そんな俺に追い打ちをかけるように、夏凛がスカートの裾を持ち上げながら、


 「……確認してみる?」

 「い、いや、結構です!」

 「でも確認しなきゃ、ユッキーの負けだよ……?」

 「俺の負けでいい! 俺の負けでいいから、裾を下ろせ!」

 「そっか」


 ぜえはあと荒く息をつく俺をよそに、軽く身だしなみを整え、にこやかな笑みを浮かべる夏凛。勝負に勝ったからか、満足そうにしている。

 それからくるくると俺の周りを回り、覗き込むようにしながら言ってきた。


 「また次もやろうね?」

 「き、機会があればな」

 「あ、ならもう一回」

 「いいですいいです! ほ、ほら、のど乾いたから飲み物買いに行こうぜ?」

 「ふふ、そうだね」


 いじらしげに笑う夏凛から目を逸らし、ひとつ息をつく。心の中はきっと、青色だろう。

 出来ることならもう、やりたくないな……。

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