着せ替え


 「ねぇユッキー、見て~? これ新しく買ったの」

 

 俺の部屋の真ん中で、夏凛は嬉しそうにくるりと回ってみせる。

 彼女が新しく買ったと言っているのは、服のことだ。気になる新作が出たとかで買いに行ったやつを、この場で披露してくれている。

 明るめのフレアスカートがふわりとなびき、上品な色合いのブラウスが華を添えていた。

 服には一切興味がない俺だが、夏凛が着ている服を眺めるのは楽しい。なんたって、この眩し可愛いすぎる女友達を、間近で観察することができるんだからな。


 「どう、似合ってるー?」

 「あぁ、似合ってる。そもそも、お前はなに着ても似合うだろ」

 「そうかな~? じゃあさ、ユッキーの服を着てもそうなるかな」

 「は?」


 なに言ってんだコイツ。

 驚きのあまりポカンとする俺をよそに、夏凛はというとクローゼットを開けてガサゴソやっている。

 

 「おい、やめろよ。散らかすんじゃない!」

 「あとでちゃんとたたむから。あ、これとか良さそう」


 クローゼットから取り出したのは、ブレザーとズボンだ。てか、学校指定の制服である。普段から俺が着ているやつである。

 ゴールデンウィーク期間中、顔も見たくないと思ってしまってたやつが、夏凛の手で掘り起こされてしまった。

 ぐうっ、禍々しさを覚えるフォルムだ。

 なるべく視線を向けないようにしてると、夏凛があっけらかんとした感じで言った。


 「じゃあ私、着替えるから。後ろ向いててくれる?」

 「え、なに言ってんだお前」

 「私に似合うか、気にならない?」

 「なるない」

 「ふふっ、言葉が混ざってるよ~」


 しまった、夏凛の魅力に惹かれてつい。

 頭を抱える俺をよそに、夏凛が着ていた服を脱ぎだしてたので、慌てて背を向ける。

 見たいけど、我慢だ。彼女はあくまでも女友達なのだ。一線を越えるような真似はできない。まぁ、すでに一緒に寝たりしてるけど……。

 バクバクと心臓を跳ねさせながら、その時を待つ。


 「着替え終わったから、見ていいよ」

 「あぁ……じゃあ、――っ!」


 夏凛に声をかけられ、振り向いた俺は息を呑んだ。だって、あまりにもお似合いだったのだから。

 男用の制服を見事に着こなす夏凛は、かっこよかった。長い髪を後ろで結んで、はにかんでいるその姿はもはやイケメン。俺が女だったら、間違いなく惚れてる。いや、男でも惚れちゃってるけどな。

 

 「どう?」

 「ムリに低い声出さんでいい。そんなことより、似合いすぎだろ。お前男装もいけるんだな」

 「黄色い歓声を上げてくれてもいいよ?」

 「きゃー、夏凛さん素敵ーっ」

 「ありがとう」


 なんかお互いにノリノリになってしまってるな。

 そこで気をよくしたらしい夏凛は、また勝手に次の服を取り出した。って、今度はオーバーオールかよ。

 だが、俺はもうなにも言わずに後ろを向く。なんだかんだ楽しいし、好奇心のようなものが抑えられないのである。思春期男子は貪欲なのだ。

 しばらくして、脱衣音が止んだ。


 「ユッキー、どうぞ」

 「ん……おぉ、すげぇ」


 思わず感嘆の声を上げてしまう。オーバーオールを着ると某配管工のおじさんを思い起こさせるんだが、夏凛はそのイメージを払拭してきた。

 ちょっとサイズが大きいのでダボッとしてるが、それがけだるさを表現してるみたいですごくいい。中にTシャツを着てるのは、ラフっぽさを表現してるんだろう。

 キャップの帽子を目深に被り、壁に寄りかかりながら、隙間から冷めた目でこっちを見つめてくる。ヤバい、ヘンな癖に目覚めそうだ。


 「魂抜けちゃったみたいな顔してるよ、ユッキー」

 「……あぁ、一瞬だけ三途の川が見えた気がする」

 「そっか。じゃあ、次ね」

 「おい、まだやんのかよ」

 「あと一回だけ、ね?」

 「……一回だけだぞ」


 くるっと向きを変えて、目を閉じる。

 もうなにが来てもいいよう、精神を落ち着かせるのだ。いくら夏凛がオシャレさんだとはいえ、これ以上の驚きは出まい。

 ドキドキしながら待っていると、声をかけられた。

 ゆっくりと振り返り、――俺の心臓がこれまで以上にバクンと跳ねた。


 「……ふふ、これユッキーの匂いがする~」

 

 なんせ夏凛は、ワイシャツ一枚という煽情的すぎる格好をしていたのだから。ぶかぶかのワイシャツを羽織ってる以外は、ぱっと見なにも着てないようにみえる。

 襟元から覗く肌は色白のみ。太ももから先も惜しげもなく肌を晒している。

 そんな彼女が、俺のベッドの上に腰かけながら、見つめてくる。


 「……っ」

 「ねぇ、どうかな? 似合ってる?」

 「に、似合ってる、ぞ……」

 「あははっ、やっぱりなに着ても似合っちゃうんだ私~っ」

 「そうだな」


 目が離せそうにない。というか理性の方が危うい。このままでは襲いかかってしまうかもしれない。

 悲鳴を上げられるような状況になるのはマズいので、俺は立ち上がった。

 ビクッと夏凛の肩が跳ねる。


 「ど、どうしたの?」

 「トイレ行ってくる。から、その間に着替えろよ。あと、ちゃんと元の場所に戻しとけ」

 「う、うん……」


 俺はちょっと怒った風な感じを装いつつ、夏凛に告げる。

 それから、この気持ちの整理をつけるために、トイレに向かうことにした。

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