遭遇《ターニングポイント1》


 「――――あ、」


 ゴールデンウィークも半ばになったころ。

 その日も、夏凛と連れ立って遊びに出かけていると、見知った顔のやつがいたのに気づいた。

 あのちんまい姿、前に一回絡んだよな。などと考えていると、向こうも俺に気づいたらしい。ててて、と駆け寄ってきた。


 「由樹じゃ、ないか」

 「おう、抜け殻女じゃないか」

 「え、ユッキー、この子知り合い?」


 隣で夏凛が小首をかしげていたので、軽く説明してやる。パンを恵んで、犬猿の仲になったやつ。とまあ、ざっくり要約するとこんな感じか。


 「そうだったんだ~、この子だったんだね。人助けしたって相手」

 「む……こちら、彼女、か?」

 「違う、ただの友達だ。コイツは若葉夏凛。で、夏凛コイツは」

 「花前、雫。よろしく」

 「うん、そんなやつだった」

 「お前、忘れた、な?」


 しょうがないだろ、俺は物覚えが悪いんだ。とりあえず愛想笑いを返しつつ、視線を夏凛へとやる。

 すると、なんかぶすっとしていた。片方の頬っぺたを膨らませ、視線が明後日の方角を向いている。あれ、なんか怒ってないか……?


 「…………」

 「ど、どうした?」

 「どうもしてませんよぉ」

 「いや、どう見ても、」

 「どうもしてませんよぉー。もくもくもくっ、ごろごろっ、びかーっ」


 いや、違うじゃんなんか。急に雰囲気にトゲがあるじゃん。俺なんか選択肢ミスったか?

 わけがわからず内心で焦り散らかしてる俺をよそに、抜け殻女……じゃなかった、花前はピコーンと豆電球が灯ったような顔になる。


 「ふむふむ、そういう、感じか」

 「え、なにお前なにか気づいたの?」

 「察しろ、鈍感。で、若葉、さん、とやら」

 「……え、なに」

 「安心、してくれ。これ、興味、ない」

 「――――っ」

 

 人を指で指すなとか、興味ないって失礼だなとか、言いたいことはあったが、俺が驚いたのはそこじゃなくて。

 さっきまで拗ねてた夏凛の表情が、みるみるうちに明るくなっていったのだ。なんなら頬っぺたまで朱に染まるという変化っぷり。


 「……お前魔法でもつかったのか」

 「まったく、世話、焼ける」

 「ほんっとだよねー? ユッキーってばさ、この前だって」

 「お前もそっち側に立つな。俺のもとに戻ってこい」

 「うんっ、えいっ」

 「ちょっ!? う、腕にだ、抱き着くなよ!」

 「……どっちも、どっちか」


 納得したような顔で、ため息を吐かれたんだが。さっぱり分からん。

 なにはともあれ気は取り直してもらえたので、夏凛を横につけたまま、花前に話しかけてみる。


 「そういえば、お前はこんなとこでなにやってんだ? つーかひとりか」

 「連れが、迷子」

 「連れってもしかして、あの時いた子か?」

 「そう」

 「えっ、ユッキーほかにも知り合った子がいるの」

 「あぁ、ひとりな。これと違ってまともそうな感じの」

 「おい」


 目の前から向けられる視線をスルーし、辺りを見渡してみる。どこもかしこも人でごった返してて、探す方が無理だろこれ。

 半ば諦めムードでいる俺をよそに、夏凛が提案をしてみせた。


 「だったらさ、スマホにかけてみたら? その子も持ってるでしょ」

 「その手が、あった」

 「おぉ、夏凛お前やるな。俺には思いつきそうもなかったぞ」

 「ふふっ、もっと褒めてくれたっていいんだよ? なんなら、頭なでなでしてくれても」

 「そこまではやらん。で、どうだ?」

 「割と、近く、いた」

 

 その言葉通り、数分もしないうちに、人混みを掻きわけて黒髪の女子がやってきた。

 居住まいを正しながら、大きく頭を下げてくる。


 「ごめんなさい! 連れの子がご迷惑をおかけして!」

 「いや、気にしないでいいよ三枝さん」

 「どうして私の名前を……あ、あなたは林藤さんじゃないですか。お久しぶりですね」

 「あ、まぁ、うん――いでっ」


 夏凛に肘で小突かれた。チラ見するとジト目だ。

 いったん視線を戻し、三枝さんに話を振ることにする。


 「それより、見つかってよかった。コイツ、心配して……ましたよ?」

 「ほんとによかったですっ、雫ったらすぐどこかに行っちゃって」

 「ん? 迷子なのは三枝さんじゃないのか?」

 「はい? 迷子だったのは雫ですけど」

 「…………」


 視線を下げると、花前の目が泳いでいる。あ、三枝さんの背後に隠れやがった。


 「まぁ、なにはともあれかな。あ、二人は今日、ここら辺に遊びに来てたのか?」

 「はいっ! 雫がどうしても行きたいって聞かなくて。林藤さんは彼女さんとお出かけですか?」

 「そうそう」

 「お前が答えんなよ。いや、コイツは――いでっ」

 「失礼ですが、ユッキー……彼とはどんなご関係で」

 「林藤さんですか? 一度会ったきりの関係でしたが、今回でお友達になれそうです!」


 ふわっとおしとやかな笑みを浮かべる三枝さん。整った顔立ちも相まってか、妙に目を惹きつけられる。いでっ、横から小突くなよ。

 とりあえずほっといて、二人に話を振ってみる。


 「この後は二人ともどうするんだ?」

 「雫と一緒にカフェでも巡ろうかと思ってます。あ、お二人もご一緒にいかがですか!」

 「やめとく」

 「だから、お前が答えんなって。それじゃあ――いでっ」

 「せっかくのお誘いですけど、私たちも行くとこがあるので」

 「あ、そうなんですね。残念ですけど、仕方ありません」

 

 夏凛と花前が結託して俺を邪魔してくるのは気のせいだろうか? なんか、そう感じるんだけど。

 悶々としながらも、向こうはすでに去り際態勢。ま、しょうがないか。

 と、思ったら花前が夏凛の方へと近づいてくる。


 「頑張れ、若葉」

 「ありがと、雫ちゃん。あ、そうだ私のことも名前呼びでいいよー?」

 「そうか? 夏凛」

 「なぁ、距離詰めすぎだろ二人して」

 「もう、友達」

 「そうそう」

 「そういうもんか……? なら、三枝さん。俺たちも名前呼びで」

 「はいっ! 由樹さん」

 「美代さん――いでっ、なんだよ」

 「なんか顔がムカつくので」

 「分かる」

 「ふふっ、三人とも仲良しですね」


 な、仲良しだろうか? 美代さんがいうなら間違いないんだろうけど。

 痛むわき腹をさすりながら、どうにか笑顔を浮かべる。夏凛以外の人としゃべるのは久々だけど、なんか楽しい。

 こういうのがきっと、友達との友情をはぐくむってことなんだろうな。


 「それじゃ、私たちはこれで。由樹さん、と若葉さん」

 「あぁ、またな。美代さん、と花前」

 「名前、で呼べ」

 「あ、悪い。雫……それより、ひとつ聞いてもいいか?」

 「む、なんだ」

 

 ずっと聞きたかったことがあったのだ。ツッコむべきか迷ってたけど、気になって仕方がないこと。

 友達になった今なら、失礼には当たらないんじゃないかと思い、俺は口を開いた。

 

 「お前のしゃべりかた、独特だよな? あ、いや、バカにしてるとかじゃなくて」

 「なんだ、そんな、ことか。――単に一息で四文字以上しゃべるとしんどい……はぁはぁ」

 「…………」


 コイツ、燃費悪すぎだろ。

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