夏凛といろんなところを見て回り、疲れた足を癒すべく、近くのベンチに腰かけた。ぴったりとくっつくようにして夏凛もまた、座ってくる。


 「ほいこれ、オレンジジュース」

 「あれっ、いつの間に買ってきてたの?」

 「お前が辺りをうろうろしてたときに、自販機でこっそりな」

 「ありがと~! ちょうどのど乾いてたんだぁ」


 夏凛は心底嬉しそうな顔をして、プルタブを開けて中身をごくごく飲んでいく。いい飲みっぷりだな。

 

 「ぷはーっ、この一杯のために生きてます!」

 「仕事に疲れた社会人が家ではっちゃけるときの真似やめろよ」

 「あれっ? なんか酔ってきちゃったかも……」

 「中身オレンジジュースなんだが。って、おい!」

 「こんなところに寝心地の良さそうな太ももが~」


 夏凛は人目を気にする様子も見せず、俺の太ももに頭をもたげてくる。柔らかく、わさわさして、じんわりとした熱が伝わってきた。頬っぺたすりすりやめろ。


 「ふふ、ユッキーのかたーい」

 「当たり前だろ男なんだから。いいから起きろ」

 「ちぇっ、もう少しで眠れそうだったのに」

 「寝たら置いてくからな」

 「風邪ひいちゃったらどうしてくれるの!?」


 驚くとこそこかよ。ちょっとは自分の容姿の心配をしたらいいのに。お持ち帰りしようとする悪いやつらだっているんだからな?


 呆れつつ、ようやく身を起こした夏凛と、たわいもない話をする。あの店の評価が良いだの、コンビニで新作のスイーツが出ただのといったどうでもいいものだ。

 けど、それすらも楽しいと感じられるのは、相手がコイツだからだろうな。


 ひとしきりの会話を終え、気持ちのいい日差しを浴びていたら、夏凛がよそよそしく話しかけてくる。


 「ユッキー、あのね、と……お花摘みに行ってくるね?」

 「ん? あぁ」


 なんかちょっと恥ずかしそうにしながら、夏凛がベンチを立つ。そそくさと去っていく様子を見つつ、俺は首を傾げた。


 「お花摘み、ってなんでこのタイミングで」

 

 わけが分からん。いま花を摘んでくる理由ってなんだ? 自らの見栄えを気にしてか? いやアイツあのままでも充分映えてるけど……。


 そういえば、そろそろ母の日が近い。ウチの母さんには花とかじゃなくてなんか適当なものをやるつもりでいるが、夏凛の家は花なんだろう。

 花屋で買ったらいいのに、わざわざ摘む手間をかけるってのは、それだけ家族を大事に思ってるってことなのかもしれない。

 そういう俺も、夏凛のことは大事に思ってるつもりでいる。と、友達としてな?


 「……せっかくだし、俺も摘んでこようかな」


 このまま待つのもヒマだったので、俺も花を探すことにした。夏凛に渡す用のだ。

 ベンチ周りに目をやるが、雑草とかしか生えてない。周辺を歩き回っても、ピンときそうなものはなかった。紫色のやつとか、黄色っぽいやつとかだ。

 そもそもどういう花がアイツに似合うんだろうな。


 「どうするかな……お、」


 チラと視線を投げた先に、花屋があった。花の蜜を集める虫みたく、俺はそこへと吸い込まれていく。

 ドアを開ければ、色とりどりの花が目に飛び込んでくる。種類、多いな。

 

 「いらっしゃいませ、どのようなお花をお探しですか?」

 「あ、ええと……」


 マズい、なんも考えてなかった。なんせこういう店に入ること自体初だから、勝手が分からない。

 こ、こういうときは……そうだ! 花言葉ってのがあるはず。それっぽいのを口にしてみれば、あとは店員さんが何とかしてくれるだろう。


 「あの、相手に贈りたいんですけど、どういうのがいいか分からなくて」

 「そうでしたか。でしたら、お相手様のイメージなどをお聞かせいただければ、こちらで選ばせていただきますよ」

 「えっと……ソイツは、美人で、真面目で、頭が良くて、愛嬌があって、友達思いのやつなんです」

 「もしかして、彼女さんにですか?」

 「い、いえ、ただの友達ですから!」


 俺が慌てたような声を上げると、なぜか微笑み返された。温かい眼差しで見られ、思わずたじろいでしまう。もしや勘違い、されてるか?

 その場に棒立ちになっている俺をよそに、店員さんが花を探しに行ってくれている。いくつか良さそうなものを持って、戻ってきた。


 「わたしのオススメだと、ゼラニウム、ミモザ、ニリンソウ、ベルフラワー、この辺りですね」

 「じゃあ、それ全部ください」

 「ふふ、ありがとうございます。すぐに包装いたしますね」


 意味を聞くべきか迷ったが、そろそろ夏凛が戻ってきてるかもしれない。待たせてる間にナンパされてたら面倒なので、俺は先を急ぐことにした。

 花を買い、ベンチの方へと走る。

 すると、やはり夏凛はいた。ベンチに腰掛け、俺の姿を探してるらしい。

 と、目が合った。頬っぺたがみるみる膨らんでいく。


 「もうっ、ユッキーどこ行ってたの! 探したんだよ」

 「わ、悪い……俺も、花摘みに行っててな。ほら、これ」

 「え?」


 俺は手に持っていた花を差し出した。

 突然のことに驚いたのか、キョトンとしている。

 

 「お前に似合うと思って選ん……摘んできたんだ」

 「……そっか。ありがと、大切にするね?」


 花束を受け取った夏凛は、少しだけ瞳を潤ませながらもはにかんでみせた。喜んでもらえてるらしい。

 きっと、買ってきたってバレてるだろうに。その辺りのことも、察してくれたんだろうな。

 

 どこまで察してるのかは、俺には分かんないけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る