違い
ゴールデンウィークが終わり、普段の日常が戻ってきた。
久しぶりに登校した俺だったが、なんだか違和感を感じる。周りのみんなの距離感が、休み前と違うような……その、近くなったような気がする。
よそよそしさがない、俺以外。
おそらく、長期休暇を使い、仲を深めたのだろう。俺とアイツのように。
「――おはよっ!」
「っ、あぁ、おはよう」
あっぶない、なんとか奇声を上げずに済んだ。
すぐ横にいたアイツ――夏凛に挨拶を返すと、ニコニコ顔。つーか近い近い!
朝から心臓が活発になるので、もう少し離れてほしいんだが。
「ユッキーと顔を合わせるの、久しぶりだなぁー」
「ウソつけ。毎日会ってただろ」
「んー……そだっけ? ボケ始まったかな、私」
「休み中はしゃぎ過ぎて頭のネジ緩んでるんじゃないのか。巻いとけよ」
「そうかもね。じゃあさ」
一度言葉を区切った夏凛は、おもむろに俺の腕を掴んだ。
ゆっくり、自分の方へと引き寄せていき、頭の上へと乗せた。
「は?」
「ユッキーが、私の頭のネジ、巻いてくれる?」
「……っ、で、出来るかバカ!」
うわっ、髪サラッサラ……じゃなくて、早く離せ! そんな目で見てもやらんぞ、ほんと……ほんとだからな?
「あははっ、手おっき~い。ほら、このままなでなでしてよー」
「……み、右手が勝手に!」
抵抗も虚しく、俺の手が夏凛の頭の上で円を描き始めた。
あんまり力が入らないのはきっと、骨抜きにされてしまったからに違いない。朝からなんつー幸せそうな顔してるんだまったく。もっと愛でるぞ?
「ありがと、しっかり締まったみたい。えへへ」
「頬っぺたゆるっゆるだけど」
「そ・れ・な・ら、こっちも」
「やめろやらん! 少しは周りを気にしろ……!」
すっげー視線が痛いんだからな。アイツら朝からいちゃつきやがって、とか、心の中で思われてるに違いない。
ほんとに申し訳ない。とりあえず、頭を下げとく。
「なに? ユッキーも頭のネジ巻いてほしいの?」
「違うわ! いいからさっさと席つけよ」
「え~」
なんだその目は。からかい足りないってか。
こっちは朝から充分元気もらってんだよ。これ以上は身が持たないぞ。
ジト目での応酬を繰り広げていると、なにかを思い出すかのように夏凛がハッとした。
「あっ、忘れるところだった」
「ネジ巻いた甲斐があったな。で、なんだよ」
「ユッキーに問題です。ででん!」
効果音を口ずさみながら、その場で一回転をする夏凛。
再び目が合うと、ドヤ顔になっている。
「昨日の私と違う箇所が、三つあります。さて、それはどこでしょう?」
「は、違い?」
「そう。よく見ればわかると思うよー」
そんなこと言われても、ぜんぜんピンと来てないんだが。
とりあえず、頭のてっぺんから、足の先まで見回してみる。いつもの色、いつもの表情、いつもの大きさ、いつもの長さ……んー、マジで分からん。
「ほらほら、早く」
「あぁ……前髪切ったか?」
「ぶぶー、残念。違います」
「連休中に出された課題、忘れたとか」
「それはユッキーじゃなくて?」
「いくら俺でもそこまで……大丈夫だよな?」
心配になったのでカバンを開け、中を確認してみる。ひぃ、ふぅ、みぃ……よし、全部あるな。
休みの間、夏凛に急かされてやらされたのだ。ここで忘れたなんてことになってたらすべて水の泡だったぞ。
「――って! お前なに頭撫でてんだ!」
「ちゃんと持ってきててえらいなーって。労を労ってあげてます」
「やめろいい! すぐ離せ!」
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」
「違う、眠気が……」
「あ、子守歌」
「寝かせるな」
俺は慌てたように手を払いのけた。
このっ、寝かしつけの天才め! 危うく、三途の川を渡りそうになってたんだぞ。なんとか、戻ってこれたけれど。
ったく、お前のいない世界なんか退屈にもほどがあるってのに……。
「で、問題の続き」
「え? あぁ、えーと、肌が日に焼けたか?」
「ぶぶー、残念。日焼け対策は怠っておりません」
「もしかして、太ったか?」
「確かめてみる?」
「いやいいです!」
夏凛が意味深な顔で、服の裾を持ち上げだしたので、俺は慌てて止めた。
こんなとこでお腹を出そうとするな。刺さるやつには致命傷だぞ。何人か熱い視線を送ってきてることに、気づいてないのかコイツは。
内心でホッと息をつきつつ、まじまじと見つめる。
「……昨日より可愛くなったな」
「へっ?」
「――あ、いや、その、客観的な視点で見てだな! あくまでも、だぞ」
「そっか。でも、残念。ハズレです」
「そ、そうか……」
「――けど、嬉しかったよ。ユッキーにそう言ってもらえて」
「…………っ!」
はにかむ夏凛を見て、俺は息を呑んだ。全身の火照りが止まらない。
やっぱり、違うだろ。どうみても、昨日より魅力的じゃねーか。
バクバクする心臓を必死で押さえつける。と、夏凛が叫んだ。
「タイムアーップ! そこまでです!」
「え……あぁ、もう時間なのな」
「ユッキーってば、乙女の変化に鈍感すぎー」
「いや、分かんねーよ」
「バツとして、これからは片時も目を離さずにいること。分かった?」
「無茶言うなよ」
まぁ、言われるまでもなく、これからも目を離すつもりはないけど。
……ちなみに問題の答えは、スカートの丈がいつもより短い。化粧水変えた。爪を切ってる。だそうだ。
いや、そんなの、分かるわけねーだろ!
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