衣替え


 六月になった。

 ぼんやりとそんなことを考えながら歩いている俺のそばを、ほかの生徒が横ぎっていく。その恰好にふと、目が留まった。


 どの学校でもそうだが、六月というのは衣替えの季節にあたる。ブレザーを脱いでワイシャツorブラウスに切り替わるのだ。

 夏服っていいよな、特に女子。薄着であるからして透け感のある見た目が目に毒……保養になるし、前かがみになったりすればブラ紐とかブラチラとかを拝めたりする。中学のときも、男たちがバレるかバレないか、女子と視線の応酬をくりひろげては引かれてたのを思い出す。


 「って、ほんとしょうもないな……」

 「由樹、おはよ」

 「由樹さん、おはようございます!」

 「――うおっ!」


 突然、真横から声をかけられ、振り返ると雫と美代さんがいた。彼女たちの格好に目を向け、ひとつ息をつく。


 「いま、なんで、ため息、ついた」

 「いやため息じゃなくて、安堵の息というか。二人とも冬服なんだな」

 「そういう由樹さんも冬服じゃないですかっ」


 そうなのだ。俺たち三人は冬服だった。

 というのも最初の一~二週間は生徒の自主性に任されてるとこがある。寒いのにワイシャツ一枚で着て、風邪でもひいたら大変だろってわけだ。


 「そういえば、若葉さんは一緒じゃないんですね?」

 「あ、うん。アイツと一緒に登校してはないよ」

 「そうだったんですね。彼女さんだから、朝から待ち合わせでもするのかと」

 「あの美代さん、べつに俺とアイツは付きあ――」

 「――はっくしょん!」


 雫がなんかわざとらしいくしゃみをしている。

 だというのに、美代さんは慌てたような素振りで、ポケットからなにかを次々に取り出した。


 「雫っ、大丈夫!? ほら、ティッシュにちーんして。あとこれ、ホッカイロあるから使って? マスクもいる?」

 「んむ、助かる」

 「えっと、美代さん、なんでそんないろいろ持ってるんだ……?」

 「美代は、なんでも、持ってる。過保護、だから」

 「ち、違いますよ! 過保護とかそういう行き過ぎた感じじゃなくて、心配性なだけですから!」

 

 慌てたように手を振る美代さんをよそに、雫がポケットをガサゴソやっている。


 「ちなみに、こっちは、非常食用のアメに髪を梳く用の櫛と転んだとき用の絆創膏……はぁはぁ……あ、あと万が一に備えて薄いゴ――」

 「しっ、雫やめて! ヘンなのまで出さないで!」

 「……四次元、ポケットみたいですね」


 俺はそらっとぼけることにした。ヘンな想像は頭の中から追い払う。

 そうこうしてるうちに教室へとたどり着いてしまったので、二人に手を振って別れ、中へと入る。

 と、自然とそこに目が吸い寄せられた。


 「あ、ユッキーおはよ!」

 「おう、おはよう」


 軽く返事を返すと、夏凛が近づいてくる。

 かと思ったら、その場でくるりと回ってみせた。

 

 「はいっ、感想をどうぞ!」

 「お前はもう夏服なんだな」

 「そうだよ~。って、そうじゃなくて、感想! 聞かせて」

 「ただブレザー脱いだだけだろ……。でも、眩しくていいと思う」


 夏凛の華やかな笑顔と真っ白なブラウス、夏用の薄いスカートは目の保養になるな。

 そう感じたのは俺だけじゃないらしく、クラスの男子ほぼ全員がチラチラと視線を投げているのが分かる。まぁ、こんなの見ちゃうよな。


 「ふふ、ユッキーの方も、似合ってるよ」

 「こちとらまだ冬服なんだよ。似合うもなにもないだろ」

 「ちぇっ、ユッキーの夏服楽しみにしてたんだけどな~」 

 「肌寒かったからな。つーか、お前は平気なのかよ」

 「ま、元気だけが取り柄ですから」


 元気もだろ、とツッコもうとしたら、それより先に夏凛が動きをみせた。


 「くしゅん!」

 「ほんとは寒いんじゃねーか。無茶しやがって」

 「お、オシャレは我慢なんだよ? くしゅんっ!」

 「まったく、お前ってやつは……」


 俺は呆れながら、着ていたブレザーに手をかける。こっちも寒さを感じてはいたんだが、夏凛が目の前で困ってるんなら、手を差し出すことにためらいはなかった。

 後ろに回り、着ていたブレザーをかけてやると、驚いたような顔をされた。


 「ゆ、ユッキー!?」

 「風邪ひかれても困るし、今日はこれ着とけ」

 「あ、ありがと……」


 恥ずかしげに頬を赤らめながら、夏凛が微笑んだ。

 おい、そんな顔されたらこっちは熱暴走起こしちゃうだろうが。ただでさえ、お前の影響で体温が高いってのに。

 火照った顔を手で扇いでいると、夏凛が俺のブレザーに鼻先をよせた。


 「すんすん……ふふ、ユッキーの匂いがする~」

 「それどんな匂いだよ。もしや、に、臭うのか……?」

 「私にとっては、安心できる匂いかな……? これからも肌身離さず着ていたいかも」

 「いや、家に帰ったら返せよ? お前のじゃねえんだから」

 「ならそれまでに、私ので上書きしちゃおっと」

 「なにするつもりだお前っ」

 

 慌てる俺を見て楽しげに笑いながら、夏凛が自分の身体を掻き抱いた。

 次に着るときは悶々とさせられるんだろうなと、内心で察してはいたがな……。

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