席替え


 その日、自習の時間が設けられていたからか、担任の先生が入ってくるなり、宣言した。

 

 「これから、席替えをしたいと思います。くじを作ってきたので、名前を呼ばれた人から引きに来てください」

 「え?」


 ちょっと、急だな、おい。

 驚きのあまりポカンとする俺をよそに、クラス内では盛り上がりをみせていた。誰々の隣がいいだの、仲いい子同士で近くに座りたいだのといった感じだ。

 

 「……マジか」


 正直なとこ、俺は頭を抱えたくなっていた。

 だって、席替えなんかしたら間違いなく、アイツと離れ離れになってしまうだろうと考えたからだ。

 これまでは前後の席で恥ずかしくも楽しい毎日を過ごせてたっていうのに、話したこともないやつらに周りを取り囲まれるとか、地獄でしかないんだが。


 「席替えかぁ……」


 すぐ後ろから、蚊の鳴くような声が聞こえてくる。振り返ると、件の人物である夏凛のやつが机に身体を寝そべらせ、頬を膨らませていた。

 見た感じだと、俺と同じ気持ちみたいだ。


 「お前もやっぱ、嫌なのか?」

 「んー? べつにイヤじゃないけど」

 

 あ、ですよねー、友達多いもんな。ほぼぼっちみたいな俺とは違うもんな。

 なんか虚しさを覚えてしまい、ガックリと肩が落ちる。

 そんな俺の腕を、なにを思ったのか、夏凛が持ち上げてきた。


 「な、なにするんだよ……」

 「おまじない、しようかなーって思って」

 

 おまじないってなんだ? くじに呪いでもかけるのか?

 不穏な考えが脳裏をよぎったが、どうやらそんなことではないらしい。


 夏凛はなぜか裁縫道具を取り出し、中から赤い糸を取り出したのだ。


 「なんだ? いまは縫い物の時間じゃないぞ」

 「知ってます~っ、あ、ユッキーはじっとしててね」

 「ん、あぁ」


 呆けた顔をする俺をよそに、糸が巻いてあるやつから糸を取り、先端をこっちの小指へと近づけてくる。で、巻きつけられた。割とがっちりめで、ちょっとやそっとでは取れそうもない。


 「なんだよこれ」

 「だから、おまじないだってば。で、反対側を私の小指に巻きつけて、っと」 

 「で?」

 「これで完成だよ~。ユッキーと離れちゃわないようにっておまじない」

 「……っ」


 急に花が咲いたような笑顔やめろよ、ドキドキするんだから。

 糸の色みたく顔が赤くなってるだろうが、これは仕方ないんだ。コイツのおまじないのせいだから。

 ふいと顔を逸らしつつ、やられっぱなしがなんか嫌だった俺は、ちょっとだけ意地悪してみることに。


 「物理的に繋ぐとか、お前どんだけ俺と離れたくないんだよ」

 「ユッキーをからかうのが、私の生きがいなので」

 「そうかよ。つーか、なんで小指なんだ?」

 「……なんでだろうね?」


 なぜか意味深顔で覗き込まれた。距離感が距離感だったので、慌てて離れようとするが、糸のせいで動きが制限されてしまう。

 くそっ、そのニマニマ顔やめろ。可愛すぎるんだよ!


 「残念でしたー、逃げられません」

 「ぐっ……で、でもこれだと、くじ引きにいけないぞ」

 「心配ご無用っ! 糸の長さは調節可能です」


 夏凛が持っていた、糸を巻きつけたやつを放すと、それが勢い良く回りながら糸を生み出していく。相変わらず手綱を握るのが上手いやつだ。

 

 「――次、林藤くん、くじを引きに来て」

 「あ、はい」


 とうとう呼ばれてしまった。心臓をバクつかせながら立ち上がる俺を、夏凛が見つめている。

 その口元が小さく動いた。


 「私たちにはおまじないがあるから、大丈夫っ」

 

 そうだよな。効力のほどはどんなもんか知らないけど、いまだけは縋れそうなものに縋りたい。

 糸を伸ばしながら、教壇へと向かい、目の前にあった箱の中へと手を突っ込んだ。

 中から紙をひとつ取り出し、席へと戻る。

 四つ折りのそれを開くと、夏凛が覗いてきた。


 「どれどれ……あ、三十番だね。てことは、いまの私の席かな」

 

 夏凛が黒板に目を向けたので、同じように顔を動かす。そこには、番号の振られた席の並びが書いてあって。

 右上が一番、その下は二番。五番までいったら、上へと戻り六番。それが左下にある三十番まで続いている。

 俺は三十番なので、一番左下の席になるわけだ。と、いうことは二十九番か、二十五番を夏凛が引いてくれると助かる。

 

 「じゃ、私行ってくるね」

 「あぁ」


 先生に呼ばれた夏凛の後ろ姿を、じっと見つめる。結びつけた赤い糸がくいくいっと引かれ、強いつながりが感じられる。

 きっと、大丈夫だ。糸に指を這わせながら、俺は念を送った。



 「――ユッキー」


 目を開けると、いつの間にか後ろに夏凛がいた。

 彼女は紙を開いて、俺に見せてくる。


 「二十一番……」

 「残念だったね。近くになれなくて」

 「…………っ」


 終わった、もうなにもかも。

 喪失感のようなものを覚えながら、背もたれに身体を預ける。このまま眠ってしまいたいし、いっそのこと夢であれとさえ願ってしまう。

 ぼーっとしながら、流れに身を任せようとしていたら、夏凛が覗き込んできて。

 なぜか、にっこりと微笑んできた。

 

 「……なんだよ」

 「じ・つ・は、あの番号私のじゃないの。本物は、これね」

 「……――二十五番っ!?」

 「ふふっ、ユッキー驚き過ぎ。みんな見てるよ」


 慌てた様子で周りを見やれば、確かにじろじろ見られてた。軽く頭を下げ、夏凛に向き直る。

 今度はひそひそ声で、話しかけた。


 「ってことは、もしかすると、隣の席か?」

 「そうだよっ。おまじないの効果、あったね?」

 「あぁ、すげえよこれ」


 俺が喜びとともに腕を持ち上げると、夏凛の小指が引っ張られる。

 俺と夏凛の間をつなぐ、その赤い糸は、つながりを示すかのように、ピンと張ったままだった。

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