水族館2
揃ってイルカショーのステージに来た俺たちは、それぞれ思い思いに口を開いた。
「うわ~、人多いね」
「この水族館の目玉のひとつみたいですから。あ、前の席ぐらいしか空きがありませんね」
「濡れる、から、やだ」
「じゃあなんでここ来たんだよ……」
「近くでカッパを売ってるらしいから、大丈夫だよ雫っ」
「なら、俺が買ってくるよ。みんなは座っててくれ」
「ユッキーが行くなら、私もいこっかな~」
「いやお前も座ってろよ」
「…………」
なんだよその目は。つーか、腕に胸押しつけるのやめろ!
結局、夏凛のやつを引き連れ、カッパを買いに行くことになった。近くの売店でカッパとタオルを手に入れ、引き返す。
二人が取っててくれてる席に向かい、腰を下ろす。右隣に夏凛、左隣に雫、ひとつ隣に美代さんといった順番だ。
「ほいこれ、カッパ。もう着てた方がいいよな?」
「そうですね! はいっ、雫も手を上げて」
「む、助かる」
「ねぇユッキー、私にも着せてほしいな……?」
「やだよ。自分で着ろよ」
「あっそ、なら私はこのままでいい。ずぶ濡れになって、風邪ひいたらユッキーのベッドにもぐりこんでやるからっ」
「いやあの、勘弁してください。しゃれにならんから」
熱で潤んだ瞳の夏凛が、息遣いの感じられる距離にいたら、きっとどうにかなってしまうだろう。ベッドの上という状況も、選択肢を狭める原因になりかねない。
その展開を避けるべく、俺はしぶしぶ夏凛に着せてやることにした。
「ふふ、ありがとね?」
「まぁ、身体は資本っていうし。お前の辛い顔とか見たくないからな」
「ユッキー……っ」
「もうすぐ、始まる、ぞ。バカ、夫婦」
「夫婦じゃねーよ」
「え~、そんな恥ずかしがらないでよ、ダーリン」
「お前も乗っかるんじゃない」
嬉しそうにすり寄ってくる夏凛を押し退けながら、視線を前へと向ける。しばらくして、ショーが始まった。
悠々と泳ぐイルカが、飼育員さんの指示でボールを操ったり、大きく飛び跳ねたりしていく。
そのたびに水しぶきが、俺たちのいる席をおそってきた。
「きゃっ!」
「うおっ!」
バケツをひっくり返したような水ってこういうのを言うのかもな。カッパ着てるってのに、上着の辺りが濡れてしまってる。ほかのみんなも同じような感じだ。
これはすごいな。正直舐めてたんだが、ここまで迫力満点だとは。
「ねぇユッキー、楽しんでる?」
「あぁ、楽しんでるぞ。水が冷たいけどな」
「もしも風邪ひいたら、私が看病してあげるね……?」
「マジで? あ、いや、ひかないけどな」
ちょっとその光景が魅力的に感じたのはさておき。
ややあって、イルカショーが終わった。俺たちはそろって息をつきながら、笑い合う。
「すごかったですね! 私っ、ビックリしっぱなしでした」
「服、濡れた」
「俺もだ。夏凛の方もずぶ濡れか?」
「んーん、私はユッキーを盾にしてたから」
「ずっと腕掴んでたもんな。いい加減どけろよ」
「ちぇっ、分かりましたよ~」
カッパを脱ぎ、俺たちは席を立つ。時間的にはそろそろお昼時なので、なんか食べるか。
◇
適当に昼食を済ませ、俺たちは館内にあるショップに寄っていた。こういうとこに来たときはやっぱ、土産物選びが定番だよな。
辺りを見回すと、キーホルダーとかぬいぐるみ。クッキーや饅頭とかがある。
ちなみに俺はここで、夏凛から勉強を教えてもらったご褒美を買うつもりでいる。約束したしな。
どれにしようかと迷っていると、美代さんが近づいてきた。
「あのっ、由樹さん。みんなでお揃いのものを買うことにしませんか?」
「え、あ、それいいですね。無難にキーホルダーとかにしときます?」
「そうですね! 雫にも相談してみます」
友達同士、お揃いのものを身につけるのはアリかもしれない。
大きく頷きながら、キーホルダーに目を移す。どれがいいだろうな……。
「由樹さんっ」
「うひょおっ! み、美代さん、どうかしたのか?」
「雫と若葉さんもそれでいいって言ってました。あと、由樹さんのセンスにお任せするって」
「責任重大過ぎるんだが。というか、二人はどこに」
「外で話し込んでましたよ? どんな話をしてたかまでは分かりませんが」
「そうですか。あ、それより、俺のセンスはヤバい自覚があるんで、一緒に選んでもらえます?」
「はい、いいですよっ」
隣で美代さんとあれがいいこれがいいと話をすり合わせながら、キーホルダーを選んでいく。
相談の結果、イルカになった。なんか四つ合わせると、ひとつの丸っぽくなり、それが友情の証みたいじゃないですかと美代さんが言ったからだ。
その後、夏凛のご褒美用のやつも買い、二人でアイツらのもとへと向かう。
「あ、ユッキー……」
「ん、どした? 顔赤いぞ」
「美代、ちょっと、来い」
「えっ、どうしたの雫?」
「トイレ」
俺と夏凛をその場に残し、雫は美代さんを連れてトイレへ。
視線を戻すと、目の前で夏凛がもじもじとしている。普段とは違うしおらしい様子だ。
気にはなったがとりあえず、これを渡そう。
「えっとだな、夏凛。これ」
「え、えっ……なに?」
「テスト勉強に付き合ってくれたご褒美、というかお礼だ。気に入ってもらえると嬉しいんだが」
「あ、ありがと。開けてもいい?」
大きく頷くと、大事そうに包みを開け、夏凛が中を見た。瞬間、目が大きく開かれる。
「クラゲのぬいぐるみ……ほんとに、貰っちゃってもいいの?」
「当たり前だろ。そのために買ったんだから」
「うん、分かった。大事にするね……それでね、ユッキーに話があるの」
「ん? なんだよ」
俺の上げたぬいぐるみをギュッと抱きしめたまま、夏凛が視線を合わせてくる。
頬が朱に染まり、唇を噛み、肩が少しだけ震えていた。なんだかそれがとても寒そうに思えて、俺は……、
「私ね、ユッキーのことが、」
「――ぶえっくしっ!」
「ユッキーのことが、その、」
「――へっきしっ! ずず……っ、あ、悪い」
「……もうっ、鼻水垂れてるよ、ほら」
夏凛がそういってティッシュをくれた。俺はありがたく受け取って、鼻をかむ。
チラと視線をやれば、なんだか呆れたような、なにかを諦めたかのような顔をしていて。
ふいにチクリと心が痛んだ。
「えっと、すまん。続きお願いできるか」
「……んーん、なんでもない」
「え、でも」
「二人が戻ってきたら、帰ろっか」
はにかみながら言う夏凛は、少し寂しげな雰囲気にみえた。
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