水族館1


 地獄のテスト期間が終わり、俺は羽を伸ばすことにした。

 夏凛と、雫に美代さんたちと連絡を取り、やってきたのは水族館だ。休日ということもあり、賑わいをみせている。

 ちなみにそれぞれ、現地集合ということになっていた。俺はまぁ、アイツと一緒に来たけども。

 

 「んーっ、やっと一息つけるね~」

 

 隣で夏凛が大きく伸びをしながら、そんなことを口にしている。伸びたせいで持ち上がった胸元をチラ見してから、ひとつ咳払いをした。


 「ま、まぁな。それもこれもお前のおかげだよ」

 「言葉だけじゃなくて、行動でも示してほしいかな~?」

 「う、分かった分かった。ご褒美やるから」

 「やったっ、楽しみにしてるね!」


 俺はもう、お前と一緒っていうご褒美をもらってるので、特に高望みはしない。いや、もうちょいなんかあってもいいなと欲深な一面を見せていたら、後ろから声をかけられた。

 振り返り、思わず息を呑む。


 「や、おまたせ」

 「二人とも、お待たせしました!」


 やってきたのは私服姿の雫と美代さんだ。

 前に一度、見たことがあったけど、その時よりも気合が入ってるような感じがして、目が惹かれてしまう。

 雫はパンツスタイル、美代さんはロングのワンピース姿だった。ちなみに夏凛はというと、トップスは袖にボリュームのあるブラウス、ボトムスは明るめのフレアスカートだ。

 三者三様のコーディネートが、眩しい。眩しすぎる……っ。


 「由樹、褒めろ」

 「え、あぁ……可愛いと思う」

 「下手か。じゃ、次、美代」

 「美代さんのはなんか清楚な感じがしてて、綺麗めというか、一緒にいるとテンションが上がるっていうか」

 「もういい。じゃ、最後」

 「ユッキー、私は?」

 「……に、似合ってる、ぞ?」

 「えー、それだけなの」

 「ふふ、いいもの、みた」


 直視できなくてふいと顔を逸らし、空を見上げる。眩いくらいに降り注ぐ日差しのせいで、熱くなってきてしまった。

 そんな俺をよそに、三人が会話を始めている。

 

 「私、若葉さんのすごく綺麗だと思います! オシャレって言うか、真似してみたいなって」

 「あ、うん、ありがと……。あなたのも、いいと思う」

 「ほんとですか! ねぇ雫っ、私褒められちゃったよ?」

 「お前はなに着ても映えるだろう……はぁはぁ」

 「雫は褒め上手だよねっ、はぁ……今日は来て良かったな」

 「なにひとりで満足してるんだこれからだぞ……はぁはぁ」

 「そうだよね、雫ちゃん!」

 「あぁ、ふっふっふ……」

 「――なぁ、そろそろ入らないか?」


 こんなとこで立ち話をしてたら、時間がもったいない気もする。

 俺が急かすように言うと、三人ともに頷いてみせた。と、なにやら手のひらに温かな感触が。


 「え、ちょっ! 夏凛お前っ」

 「人が多くて混んできたし、迷子になっちゃったら大変だから、手繋ぐね?」

 「ナイス、アイデア、夏凛」

 「あ、それじゃ雫の手は私が握りますね! すぐ迷子になっちゃうから」

 「……っ」


 なんか流れで手を繋ぐことになってしまった。こうなると振りほどくわけにもいかなくなる。

 じんわりと温かく、それでいて柔らかな夏凛の手のひらに、ドキドキしつつ、俺たちは水族館へと足を踏み入れた。

 真っ暗な館内を、幻想的な光が照らしていて、すごく綺麗だ。あと、いろんな魚がいる。


 「見てみて! この魚っ、すっごくカラフルな色してるよ」

 「そうだな」

 

 チラと隣を見やれば、夏凛が魚以上にカラフルな色合いを見せている。それは、じっと見つめてしまいそうになるほど、魅力的なもので。

 急いで顔を逸らさなければ、目が離せなくなりそうな気がして。

 でも、もう手遅れかもしれない。


 「ユッキー、どうかしたの? ぼーっとしちゃってるけど」

 「あ、いや……これ美味そうだなと」

 「もう~、食い意地張ってるんだから」

 「お前にだけは言われたくない。ほら、次行くぞ」


 どうにか自分を奮い立たせ、夏凛の手を引きながら館内を進んでいく。そういや、あの二人はどこに。


 「見ろ、クラゲだ」

 「ほんとだねっ、雫みたいにふわふわしてる」

 「バカと言いたいのかわたしを……はぁはぁ」

 「そんなことないよ? 雫は私なんかより、ずっとすごい人だって知ってるから」

 「まぁな。ここの、出来が、違う」

 

 なんか二人で楽しそうにしてるな。声をかけてもいいものか。

 うんうん唸りながら考え込んでいると、突然腕に柔らかな感触が。


 「ちょっ、おい夏凛っ、腕に巻きつくなよ!」

 「違うの、これは、後ろから押されちゃって……」

 「なんだそうだったのか、悪かったな」

 「んーん、でもちょっと怖いから、このままでもいーい?」

 「まぁ、べつにいいけど」

 

 怖いとかいうわりに嬉しそうなのは何故なんだろうな。俺? 腕に胸がぐいぐい押しつけられて表情筋が崩壊寸前ですけど。

 すぐ真横から香ってくる甘い匂いにくらりとしながらも、どうにか理性を保ったまま、水槽内を見て回ることにする。


 「魚って自由でいいよな」

 「ユッキーは魚になりたいの?」

 「それはやだ。食べられちゃうだろ」

 「あ~こんなとこに美味しそうな魚が~、かぷっ」

 「お、お前――っ!?」


 人を魚だと思い込んだらしい夏凛が、俺の首筋に噛みついてきやがった。といっても歯を立てられたとかではなくて、唇でちゅうっと吸いつかれるような、軽いもの。

 なんだけど、これは、刺激が強すぎるだろ……! 柔らかな感触とじんわりとした熱が、首筋から全身へと伝播していく。


 「ば、ばか、な、なにやって……」

 「ふふ、ユッキーのこと食べたりしないから安心して。それとも、ドキドキしてたのかな? 顔真っ赤だよ~?」

 「あ、当たり前だろっ! 周りの人に勘違いされたらどうすんだ」

 「そうだね、こんなことしたら、勘違いされちゃうね」


 夏凛は妖艶な笑みを浮かべ、俺のことを見ている。俺の熱が移ったのか、頬が朱に染まっていた。

 こっ、コイツ、友達のラインを超えるようなことを堂々と……いや、そもそも友達のラインってどこだ?


 俺には最近まで夏凛以外に友達がいなかったからデータがない。ほかのやつらも、こんなことやってたりするんだろうか。

 それに夏凛も、俺以外のやつに、こんなことを……。

 なんだか胸がモヤモヤして、苦しくなってくる。このまま倒れてしまいたいが、夏凛に腕を抱かれているから、それも出来ない。どうすれば……。

 

 

 そんな俺たちのもとに、二人が合流してくる。美代さんが俺の方をなぜか凝視しながら、手で口元を覆った。


 「(キスマーク……! だ、大胆過ぎますっ)」

 「み、美代さん? どうかしたんですか?」

 「気にするな、後ろの水槽にいるチンアナゴに見惚れてるだけだ……はぁはぁ」

 「そうか? ならいいけど」

 「それより、そろそろ、イルカ、行こう」

 「あぁ、この後なんかショーがあるとかってあったな」

 「ユッキー、イルカ好きだもんね~?」

 「そうでもないけど――って、引っ張るな!」

 

 あんまり乗り気でない俺を抱き寄せながら、夏凛が歩を進めていく。後ろから雫にも押されながら、俺たちはそこを目指すことになった。

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