責任


 部屋でゲームをしていたら、夏凛が戻ってきた。モコモコしたパジャマに身を包み、赤らんだ肌から、色香のようなものを漂わせている。

 お風呂上がりだからだろう、まだ髪が湿っていた。

 

 「早く、ドライヤーかけろよ。部屋が濡れるだろ」

 「スキンケア優先にしてたから……それより、水も滴るいい女、って感じ、しない?」

 

 なに言ってんだコイツ。そんなのもともとだろ。

 じっと魅入ってしまったせいで、コントローラーを置いていたことに気付くのが遅れた。画面の先にいたキャラクターが、いつの間にやら吹き飛ばされている。


 「あ、負けちゃったみたいだよ?」

 「お前のせいだぞ」

 「ふーん、もしかして、見惚れてた、とか?」

 「っ……心配してんだよ。風邪でも引いたらどうすんだ」

 「そしたらゴールデンウィーク期間中、ユッキーに看病してもらおっかなー」

 「やめろ。人の貴重な休みを潰そうとするな」

 「ごめんね? 冗談だからさー、そんな怖い顔しないでよー!」


 ん、怖い顔してたか。表情筋が緩まないようにしてただけなんだが。

 とりあえず、深呼吸だ。心を落ち着かせよう。

 目を閉じていると、俺の髪になにかが触れた。


 「そういうユッキーの髪も、濡れてるみたいだけど」

 「お、俺はいいんだよ。自然乾燥に任せる派だから。エコ人間だから」

 「風邪ひいちゃうぞー? だ・か・ら、私が乾かしてあげるねー」

 「は、なんだよ急に……ちょ、やめろ!」


 持っていたタオルで、俺の髪がガシガシとかき乱されている。

 抵抗したいが、善意を無下にするのもなぁ。失礼に当たるよな?

 ご都合解釈を決め込み、されるがままでいると、夏凛の手が止まった。


 「はいっ、これであらかた乾いたかな」

 「あぁ、サンキューな。手伝ってもらっちゃって」

 「んーん、私が好きでやってることだから。コンセント借りるね~」

 

 隣で自分の髪を乾かしだす夏凛をよそに、ホッと息をつく。

 好きで男友達の髪を拭いてくれるやつはそうはいないだろうな。コイツ、友達思いにもほどがあるぞ。

 ……彼氏が出来たらきっと、もっと尽くしてくれたり、するんだろうな。


 「ふぅ、これでよしっ、と。ユッキー? もう眠いの?」

 「……まぁ、そんなとこだ。誰かさんのせいで、寝不足だったしな」

 「そっか。じゃあ、一緒に寝よっか?」

 「ぶふっ――――!!」


 は、なに言ってんのこの人!?

 驚きのあまり、口元をわななかせていると、いじらしい顔が。


 「責任、取らなきゃね? 私のせいなんだから」

 「べ、そ、そんなこと、しなくていい!」

 「んー……それならさ、責任とってよ」

 「は、な、なんだよ急に」

 「覚えてるよね、映画館でのこと」


 確か、夏凛が間接キスをさせられたとかで、責任を取れという話だったはず。うやむやにするはずだったのに、覚えてたか。

 小さく頷くと、目の色が変わった。


 「ユッキーに辱めを受けた責任、いまここで取ってもらうから」

 「きょ、拒否権は?」

 「ありません。責任もって、添い寝してもらいます」

 

 ニコニコするな。つーか、マジかよ。一線超えてるだろもう。

 ドキドキさせられる俺をよそに、ベッドへと潜り込む夏凛。ポンポンと隣を叩いている。


 「ほら早く。私の身体が冷える前に」

 「いや、その、せめて、ほかの案とかは」

 「私の心も、冷えてきたなぁ……寒いなー、風邪ひいちゃうかも……」

 「……分かったよ、寝ればいいんだろ寝れば!」

 

 急かされるように、俺もベッドへと潜り込んだ。二人で寝る分には狭いから、どうしても身体がぶつかってしまう。

 というか、添い寝って言ってたから、触れなきゃダメなんだろうけど。

 くそっ、なにが起こっても知らないからな。

 

 バクバクする心臓を抑え込みながら、毛布を身体へとかける。熱い、まだまだ夜は冷えるってのに、身体の火照りが治まらない。

 ピッタリと寄り添うようにしてる夏凛に、熱が伝わってないかが心配だ。

 電気を消すと、辺りが真っ暗になった。二人分の呼吸音が、室内にこだましている。


 「ねぇ」

 「っ、な、なんだ?」

 「私の枕ないからさ、ユッキーの腕を枕代わりにさせて」

 「床に置いてあるクッション使えばいいだろ」

 「せ・き・に・ん」

 「……あぁもうっ、やればいいんだろ」


 身体のラインに沿わせていた腕を、おっかなびっくり夏凛の方へと差し向ける。

 と、その腕が掴まれ、彼女の首元へと滑り込まされた。

 サラサラの髪と、温もりが、腕越しに伝わってくる。あと、なんか、頬ずりされてないか? 柔らかい。


 「…………っ」

 「すっごく、いい。これなら、すぐ寝られちゃうかも」

 「そ、そうか。なら、早く寝ろ」

 「うん、おやすみなさい」

 「あぁ……」


 ほどなくして、ほんとに寝てるのか、寝息のようなものが聞こえてきた。

 いや、よく寝られるなこの状況で。俺なんて、目が冴えてるってのに。

 

 「…………」


 暗闇にも慣れてきたころ、確認がてら、隣を振り返る。

 夏凛の後ろ髪があった。月夜に照らされたそれは、とても綺麗で。

 

 「んん……」

 「――――っ」


 ひときわ心臓が跳ねた。ガン見してるのがバレたのかと思ったからだ。

 が、実際には夏凛が寝返りを打っただけ。こっちを向いただけだ。

 

 「…………っ」


 俺は慌てて、顔を背けた。ぎゅっと、目を閉じる。

 心臓の音が、うるさい。呼吸音も、うるさい。

 落ち着きたいけれど、邪な考えが邪魔をしてくる。


 サラサラの髪、撫でてみたい。薄く開いた唇、触れてみたい。柔らかな身体、抱きしめてしまいたい。

 こんなの、我慢できる方がおかしい、よな?

 夏凛っ、俺、俺はもう…………。


 「…………っ、」


 なにかがいま、俺の頬に触れた。

 柔らかなそれは、ほんのりと熱を帯びているようだった。


 目を開け、振り返る、けれど、なにもない。

 夏凛は、また寝返りを打ったらしく、後ろ髪しか見えなくなっている。

 身体を丸めてしまったために、俺の腕が自由になっていた。

 痺れ気味の腕を引き戻して、辺りを確認する。やっぱり、なにもない。


 「……なんだ、いまの……」


 ぽつりと呟いた声は、かすれていた。


 結局、熱の正体が分からないまま、やがて訪れた睡魔に飲み込まれるように、俺は意識を手放していった。

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