もしもボックス


 「……お前さっきからなにやってんだ」


 部屋でくつろいでいる俺の横で、夏凛が持ってきたカバンを漁っている。

 まるで四次元ポケットのように中から、化粧水、ドライヤー、タオル……って、散らかすなよ。

 

 「ユッキーとの仲を深めるために作ってきた……あ、あったあった」


 お目当てのものが見つかったらしい。なんの変哲もない四角い箱だった。

 大きさはくじ引きする時に使われるぐらいの、小ぶりなサイズ。中にはなにも入ってなさそうだ。


 「なんなんだそれ」

 「もしもボックス~」

 「ドラ〇もんかよ」


 つーか、著作物的には大丈夫なのだろうか、と心配になるこっちをよそに、夏凛は楽しげな顔をしていた。

 俺の前に箱を置き、カバンから別にノートも取り出した。一緒に使うやつなのだろう。


 「えー、おほん。もしもボックスについての説明をさせてもらいます」

 「電話ボックスじゃ、ないよな? どうみても」

 「当たり前でしょー、ここは現実なんだから。でも、妄想するのは自由だよね?」

 「まぁ、そうだな」

 「この箱にはですね。お互いの妄想を詰め込もうというわけなのです」

 

 ん? どういうことだ?

 首を傾げる俺に、夏凛は続けて口を開いた。


 「この中に気になる夢を書いた紙を入れて、お互いに一枚ずつ引いてくの」

 「夢……?」

 「うんっ。で、引いたやつを演じる、のです」

 「つまり、もしもってのは」

 「自分がもしも、夢が叶ったら、こんな感じでいるんだろうなというイメージ、がコンセプト」

 

 はぁ、なるほど。だいたい理解した。

 将来なんてまだまだ先の話だから、漠然としてるけど。こう、目の前に突きつけられると、意識が変わりそうな気もするな。

 そういやコイツは、将来の夢とかあるんだろうか? 


 「はいこれ、ユッキーの分の紙ね」

 「あぁ、サンキュ。これに、夢を書けばいいのか?」

 「そうそう。一枚につき、ひとつだけだよ」


 小さなメモ紙サイズの紙が五、六枚。別に夢とかないけど、とりあえず、自分が気になるなってやつを書いてみるか。

 夏凛と同じように、ペンを走らせる。書いたやつは四つ折りにして、箱の中に入れていった。


 「お互いに書けたことだし。それじゃ、始めるよー!」

 「いいけど……どっちから引くんだ?」

 「ユッキーからどうぞ」


 ご指名を受けたので、箱の中に手を入れ、紙を一枚取り出す。

 お題は「パイロット」。あ、これ、俺がいれたやつだ。


 「パイロット、ふーん。空に憧れあったんだ~?」

 「そういうわけでもないんだが。高いとこってなんかよくないか?」

 「あ、ユッキーらしいね」

 「おい、いまのどういうことだ。含みを感じたぞ」

 「じゃあ私、飛行機の役やるねー?」


 あっ、高飛びしやがった。

 俺の視線に臆することなく、夏凛は両手を広げてみせた。つーか、なんで飛行機やってんだよ。ここはCAだろ普通。


 「機長、高度が下がってます! 早く操縦桿を握ってください!」

 「え……いや、どこにあるんだよ」

 「んー、どこだと思う?」

 「…………む、ね…………とか?」

 「ユッキーのえっち。むっつりスケベ。セクハラ機長」

 

 ぐっ、散々な言われようだ。そんな目で見ないで。

 いや、だって上げ下げできるのなんて、夏凛の身体だと、そこぐらいだろうし。

 

 「わ、悪い、その……変なこと言って」

 「機長の操縦ミスで私は墜落します。……ちゃんと、受け止めてね?」

 「へ、ちょっ――!」


 両手を広げたまま、夏凛がこっちに突っ込んでくる。

 身を捻って躱す間もなく、俺は夏凛に頭突きをくらわされた。が、なんとか踏みとどまる。

 肩を押し退ければ、夏凛が顔を上げた。

 

 「かと思いきや、機長の見事な手腕が発揮されて、無事に着陸っ! 乗客全員無事でしたー!」

 「……俺は無事じゃないんだけどな」


 視界いっぱいに広がるその笑顔に、心臓がドキドキしている。俺の身体は、熱暴走を起こしかけていた。

 このシチュエーションは、マズい。


 ふいと顔を逸らし、深呼吸。落ち着け、邪なことを考えるな。

 悶々としている俺をよそに、夏凛は大きく伸びをした。


 「はー……楽しかった。じゃ、次のやつやろ?」

 「ま、まだ、やんのかよ……」

 「せっかく作ったんだし、もったいないでしょ? 次は私が引くねー」


 夏凛が箱に手を突っ込み、紙を取り出した。

 次のお題は「お弁当屋さん」。これは、俺が書いたものじゃない。とすると、コイツが書いたものか。


 「ん~、お弁当屋さんか。じゃあ、私がお店の人やるから、ユッキーはお客さん役ね」

 「お客さんって、買いに行けばいいのか?」

 「うんっ、私が売り子するから」


 そういって、夏凛が元気よく声を出し始めた。屈託のない笑顔を振りまいている。

 こんな弁当屋が近くにあったなら、毎日通い詰めてしまうだろうな。売り子目当てに。

 

 「いらっしゃーい!」

 「えっと……おすすめは、どれですか?」

 「日替わり弁当が当店のおすすめです! でも、私のおすすめは、この愛妻弁当ですっ! 私が、たーっくさん愛情込めて作りました」

 「じゃあ……それで」

 「ふふっ、ありがとうございます! 当店にはイートインスペースもありますけど、いかがなさいますか?」

 「いえ、テイクオフで」

 「ぶふっ!」


 突然、夏凛が吹き出した。

 なんだよ、演技中に。こっちは真面目にやってたんだぞ。

 

 「あ、あははははっ! て、テイクオフって! さっきの引きずってる~!」

 「は? ……あ、間違えた。テイクアウトだったわ」

 「あははははっ、もうっ、笑い過ぎて、お腹いたーい!」


 よほどツボにでも入ったらしく、俺のベッドに倒れ込んでしまっていた。毛布を抱き寄せ、ひたすらに悶えている。

 いや、そんな笑わんでも。わざとじゃないんだぞ。


 「もう、満足したみたいだし、終わっていいよな?」

 「ま、待って! もう一回っ! 最後にもう一回だけ!」

 「……なら、それで最後な」

 

 呆れながら、俺は箱に手を入れ、紙を取り出す。

 お題には「新婚さん」と書いてあった。


 「なぁ、これ入れたのお前だよな?」

 「ふふふっ……え、うん。そうだよ。気になることでもあるの?」

 「……いや、別に」

 「じゃ、やろっか? 私が夫の役やるから、ユッキーが」

 「おいっ、逆だろどう考えても!」

 「冗談に決まってるじゃん。私、妻の役やりたいし。家に帰ってくるところから、始めるよー?」

 「あぁ」

 

 雰囲気の問題とかで、部屋の外に追い出された。中から、いいよー、と声が聞こえる。

 俺はゆっくりとドアを開けた。


 「た、ただいま」

 「たったったっ……おかえりなさーい、あなた!」

 「…………っ」


 ヤバい、これめっちゃ恥ずかしいんだが。

 顔が熱い。世の新婚はこんなことを平気でやってるのかよ。

 それより、俺の妻が可愛すぎる……。


 「今日もお疲れ様っ、就職先は決まった?」

 「俺まだ職にありつけてねーのかよ……。いや、まだです」

 「そっか。でも焦らなくていいからね? 私の貯蓄を切り崩せば、ぜんぜん生活できるから」

 「ヒモはイヤなんだが。せめてバイトしろよ俺」

 「辛い目に遭ったら、すぐ辞めていいから。そのぶん、私が心の隙間を埋めてあげる」


 おい、両手を広げるな。飛び込まんぞ。

 コイツ、相手をダメにするタイプの奥さんだな。

 俺がもしも、夫だったら夏凛のことをちゃんとリードしてやりたいと思う。いや、これ、なんかコイツと結婚する前提の考えになってる気が……。

 自重しろ、俺っ。


 「隣にいてさえくれれば、いいから」

 「やめろ、そんな目で見るな」

 「ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も、」

 「誘惑するな。ダメ夫がつけあがるぞ」


 まったく、もしものこととはいえ、将来が心配になってきた。

 こうなったら、俺がコイツを、真っ当な道に引き戻してあげなきゃいけないよな……?


 幸せそうな顔をしている夏凛を見て、俺はそう自分に言い聞かせた。

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