映画
「けっこう、混んでるな」
「そうだねー」
俺と夏凛は、連れ立って映画館へとやってきた。
昼飯を家でとったあと、なにしようかとアイデアを出し合った結果。映画を観ようということになったのである。
「ゴールデンウィーク期間中だし、人が多いのも仕方ないよ」
「そう、だな」
見渡す限り、人、人、人の波。交通費をケチって、近場の映画館を選んだのが間違いだったな。
ここほかのとこに比べて小さいから、すぐ人でいっぱいになるし。
まぁ、悔やんでてもしょうがない。受付に行くか。
「ん?」
と、誰かに袖を引かれるような感覚。
誰だ……って、夏凛かよ。
「どうした、トイレか?」
「違います~っ、ちゃんと済ませましたぁ~っ! じゃなくて……あのね、手、繋いでもいい?」
「は?」
「ほら、ここ人すごいし、迷子になったらお互いに見つけられなくなりそうで」
確かに、この感じだと遭難する可能性が高いな。
それは分かってる。んだけど、手を繋ぐってのはな……。
「ユッキーの顔、真っ赤だよ? 疲れちゃった?」
「いや、そういうわけじゃなくて」
「知ってる。人前で私と手を繋ぐのが恥ずかしいんだよね」
「……っ、お前、読心術でも覚えてるのかよ」
「まだまだ免許皆伝には至りませんけど。でも、そっか……うーん」
「わ、悪いな……気にしぃで」
「なら、お姫様抱っこで手を打ってあげる」
「譲歩をしろ! 袖を掴んだままなら、ぜんぜんいいんだよこっちは!」
「あはははっ! ユッキーすっごく照れてる~」
コイツ……映画観て泣いてもハンカチ貸してやらんからな。
内心での葛藤、もバレてるかもしれないが、とりあえず奥底に押し込みつつ、受付でチケットを二枚購入。
上映までまだ少し時間があったので、軽食を買うことにした。
「ポップコーンは定番でしょ~。あ、ユッキーはなんの味がいーい?」
「別にいらないぞ。家で昼飯食べてきたばっかだし、飲み物だけで」
「えー、遠慮しなくていいのに」
「いちおう俺の金だからな……? つーか、よく入るなお前」
「ポップコーンは別腹ですから~。それじゃ、キャラメルでお願いね」
「まぁ、いいけど」
商品を受け取ってほくほく顔の夏凛を引っ張りながら、館内を進んでいく。
一番奥のシアターに着き、入り口を開けるとすでに中は暗かった。
「それ、トレーごとよこせ」
「え、どうして……?」
「お前は足元だけ見てろ。転ぶぞ」
「――――っ、うんっ」
えーと、座席はと……一番後ろの端っこ二つ……ここか。
席へと座り、トレーを置く。まだ始まってはないらしく、予告のやつが流れてるだけだ。
「(ユッキー、ありがとね)」
「ん、なにがだ?」
「(んーん、なんでもない)」
嬉しそうにしてる夏凛を見て、ホッと息をつく。
この映画はどちらかと言うと俺が見たかったから、夏凛にはつき合わせる形になってしまったんだけど。嫌がられてはいないようだ。
「(それにしても、このアニメの映画って、面白いの?)」
「個人的にはな。主人公とヒロインの関係性がまたいいんだ」
「(ふーん、そうなんだ)」
「ちゃんとハンカチ持ってきたか?」
「(アイマスクなら持ってきたよ)」
「寝るなバカ。ちゃんと見ろ」
「じぃー…………」
俺の顔を見ろとは言ってない。
直視していられなくなって顔を前に向ける。と、そろそろ始まりそうだ。
水分不足にならないよう、のどを潤していくか。
「ん……んー?」
あれ、おかしい。俺が頼んだドリンクはコーラだったはず。
なのにこれは、どう味わってもオレンジジュースで。
「(ユッキー、それ、私の……)」
「(あ、わ、悪いっ!)」
振り返ると、夏凛が落ち込んでいるように見える。そりゃそうだ。
自分が頼んだやつを勝手に飲まれたのだから。
「(えっと……すぐ、新しいの買ってくるから!)」
「(んーん、いい。それより、それ返して)」
それ、というのは俺の手にしているオレンジジュースのことだ。
トレーに戻すと、夏凛はそれを手に取り、自らの口へと近づけていく。
「は、」
「んー……んっ、はぁ……おいしー」
「お、お前なに飲んで……」
「なにって私の頼んだオレンジジュースなんだし、なにもおかしくないでしょ?」
「で、でも……これって」
間接キス、といいかけて、口をつぐんだ。
バレてないのなら、変に意識をしなくてもいいはずだ。少なくとも、夏凛は分かってないみたいだし。
そうだ、平静を保て。終わったことは水に流して、映画を楽しもう。
余計に乾いてしまったのどを潤そうと、コーラの方へ手を伸ばす。
が、その手がなぜか、空を切った。
「え?」
「(私の勝手に飲んだんだから、こっち、一口もらうね?)」
「ちょ、お前っ……!」
「んっ……んー……はぁ、おいしー」
「…………マジか」
「(はいっ、これ返すね)」
視線を下げると、ストローが目に入った。
先ほどまで夏凛が口にしていたもの。シアター画面から届く光が、先端についた雫を照らしているかのよう。光り輝いている。
心臓が、ドキドキしてきた。うるさすぎてもしかしたら、隣にも聞こえてしまってるかもしれない。
「(ユッキー、飲まないの?)」
「飲む。けど、ストローが邪魔でなぁ……!」
「(それなら、フタを外して飲めばいいでしょ?)」
「え?」
思わず振り返る。夏凛が得意げな顔をしている。
その手があったか! いや、でも、いいのか? それで。すごくもったいないような……。
自問自答を重ねること数秒。恥ずかしさが勝った俺は、フタを少しずらして飲んだ。
「ごくごくごくっ……ぷはぁ……うまい」
「(ユッキーすっごくのど乾いてたんだね。いい飲みっぷりだよー?)」
「ま、まぁな。すっきりしたわ、いろいろと」
満足したかのように俺は笑ってみせる。これで安心して、映画を観られそうだ。
座席に深く腰を落とし、リラックスモードに入ろうとした俺の耳元で。
夏凛がささやいた。
「(私はユッキーに間接キスさせられちゃったのに)」
「ぶふふうぅぅっ――――!」
「(私、ファーストキス、だったんだけどなぁ……)」
「うぐ……いや、その、ほんと」
「(もちろん、責任、取ってくれるよねっ?)」
「あ、はい……」
コイツ、やっぱり知ってたんじゃねーか。おかしいと思ったよ、俺が知っててコイツが知らないなんてことあるわけないし。
振り返るとニコニコ顔の夏凛。少しだけ赤くみえるのは、光の加減のせいだろうか?
結局、映画はうわのそらで。内容は全く頭に入ってこなかった。
いったい、どんな責任とらされるんだろうなぁ…………。
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