疑惑


 四月も最終週に入った。そう遠くないうちにアレがやってくる。ゴールデンなウィークだ。

 

 自席に腰かけながら、周囲を眺めればみんなその話題で持ちきりのようだ。誰々と遊ぶだの、家族でどこどこに行くだの。

 高校に入ってからも、この手の話題には事欠かないらしい。みんな新しく出来た友達との交流をより深めたいとか思ってるのだろう。

 

 ……なんでお前は他人事なのかって? 友達、いないからな。

 いや、厳密にはひとりいるが。向こうが時間を割いてくれるか次第ってとこか。


 「なぁ、林藤。ちょっといいか?」


 ひとり黄昏ていると、ふいに声をかけられた。

 振り返ればクラスメイトの……えーと、二人組が立っている。細身のやつと、ぽっちゃり気味のやつだった。


 「ん、なんか用か?」

 「教えて欲しいことがあるんだが、その……」


 もごもごと口ごもっている。なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言ってくれ。

 俺の雰囲気が少しばかりトゲトゲしかったのか、二人して委縮してしまっている。

 マズいな、そんなつもりじゃなかったんだが。

 

 「言っておくが、俺に勉強を聞かれても無駄だぞ。バカだからな。考えるよりも先に手が出ちまうんだ」

 「……身体が動くじゃ、ないのか?」

 「あ、そうそれ。それが言いたかったんだよ。教えてくれてありがとな」


 なるべく和やかな雰囲気を心がけてみたが、うまくいってるのか分からない。

 アイツならこういう時、笑い飛ばしてくれるんだがな。

 

 とはいえ、多少なりとも毒気は抜けたらしい。

 続きを話すきっかけは作れたようだ。


 「り、林藤ってさ、若葉さんと……付き合ってるのか?」

 「――――は?」


 なんだコイツ、急に。付き合ってる? 俺が、アイツと?

 いぶかし気な視線を送ると、二人して顔を見合わせている。すり合わせでもしてるのか。

 

 「もしかして、付き合ってない……?」

 「いちおう、なぜそう思ったかの理由を知りたい」

 「なぜって……二人とも仲よさそうだし、いつも一緒に帰ってるし」

 「そんなの他の男女にも言えることだろ」


 クラス内にいるやつらでも、男女で仲良しなやつらはいる。俺とアイツだけじゃないはずだ。

 俺と夏凛の関係は、ただの友達。ほとんどの時間を一緒にすごす、心の友と言ってもいい存在で。

 幼馴染みかといわれるほど付き合いが長いわけでもなく、恋人同士かといわれるほど付き合いが深いわけでもない。

 中学の頃、ひょんなことがきっかけで仲良くなり、そのままずるずると友情をはぐくんできているというのが実情だった。


 「で、でも、林藤と一緒にいるときの若葉さん、すごく幸せそうにしてるし」

 「そうか?」


 チラと視線を向けてみる。向かう先には夏凛の姿があった。

 夏凛はクラスメイトの女子数人と楽しげに話しをしている。別に、俺といるときと変わらないような気もするが。

 あ、気づかれた。なんか、手振ってきてるし……。


 「まぁ、気のせいだろ。つーか、なんでそんなことを聞く?」

 「実は、僕らの友達が、若葉さんと仲良くしたいとかで……。でも、林藤と付き合ってるとかだったら、申し訳ないとか言ってて」

 「そうか。別に、俺たちは付き合ってないから、仲良くしていいんじゃないか?」

 

 自分で言ってて、なんかもやっとする。不快感のようなものを感じる。

 窓の外は快晴なのに、どうにも気持ちがすっきりしない。


 「ね、ユッキー、どうかしたの?」

 「ひぁおぉっ!?」


 急に声かけてくるなよ、奇声上げちゃったじゃねえか。

 恥ずかしさを押し殺しながら、振り返ると、夏凛がいた。

 いつものように、ニコニコと笑みを絶やさないでいる。

 それがすごく、ホッとする。これが実家のような安心感というやつか?


 「珍しく、私の方見てたよね? 話したいことでもあるの?」

 「なんでお前後ろ向きなのに俺が見てたって分かるんだよ……」

 「女は視線に敏感なんだよー? それより、相田くんと今野くんだよね? ユッキーになにか用事あった?」

 

 へー、この二人の名前そんななのか。よく知ってんな夏凛のやつ。

 感心しつつ、場を眺めていると、二人して焦りだした。


 「え、えっと……」

 「そ、その……」


 大丈夫かよコイツら。顔真っ青だぞ。

 ずっとここで固まられてても邪魔だし。助け船、出しとくか。


 「なんか、二人の友達が、お前と仲良くしたいんだって話してたんだよ」

 「え、私と? んー、仲良くするのは大歓迎だけど。それ、なんでユッキーに話してるの?」

 「実は、俺とお前が付き合ってるんじゃないかって疑われててさ。ないない、って言ってやったとこ」

 「(ちょっ!?)」

 「(普通言うか!?)」

 

 なんだこいつら急に慌てて。

 呆れつつ、夏凛の方に視線をやれば、


 「あははははっ! なにそれー!」

 

 お腹に手を当てて、大爆笑していた。よほどツボにはまりでもしたのか、目尻に涙まで浮かべる始末。

 つーか、笑い過ぎだろ。釣り合ってないって自覚、あるってのに。


 「はぁ……笑い過ぎてお腹いたーい」

 「なら、保健室行くか? 先生に言っておくぞ」 

 「んー……そうしよっかな。こんなんじゃ、まともに授業受けられそうにないし……」

 「マイベストフレンド。ノートは俺が取っておくから安心しろ」

 「ふふ……それじゃ、お願いっ。居眠りしちゃ、ダメだよ?」


 普段通りの夏凛とのやり取り。なにげない日常の、一コマ。

 けれど、いつになく表情が寂しげに見えたのが、俺の中で引っかかった。

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