忘れ物


 夕ご飯を食べ、部屋へと戻り、ぼーっとしてると、スマホに着信があった。

 画面には夏凛の名前が。電話とか珍しいな。


 「もしもし?」

 『ユッキー、どうしよう……』

 「おい、なんかあったのか」

 『学校、に、忘れ物しちゃった……!』

 「なんだ。そんなことかよ」


 慌てた様子だっただけに拍子抜けしてしまった。

 忘れ物なんて些末な問題だろう。どうせ明日も登校するんだから、そのときでいいだろ。

 俺がそう主張してみせるが、夏凛にとっては違うらしい。


 『数学、明日の一時間目にあるでしょ。宿題も出てたでしょ……?』

 「そうだっけ?」

 『んもうユッキーったら……で、先生怒ると怖いじゃない? 宿題忘れたりしたら』

 「怒られるわな。あのゴリラみたいなのに」

 『そう! だから、ちゃんとやっておきたくて……でも、学校に忘れちゃったから、その』

 「取りに行きたいと」

 『うん……』

 「俺に連絡してきた意図は」

 『一緒に、来て……? 夜の学校とか、ひとりじゃムリ……!』


 正直、めんどくさい。

 時計を確認すると、二十時を少し過ぎている。この時間だとたぶん、校門が締まってるだろうし。

 いまからゲームしようと思ってたとこなんだよな。


 『ユッキー、お願いっ……!』

 「はぁぁ……分かったよ。いまからお前んち向かうから」

 『えっ? 別に、学校の前でも』

 「夜道で襲われたらどうすんだお前は。いいから、泥船に乗ったつもりでいろ」

 『大船だけどね……でも、ありがと』


 夏凛の安堵の声が、電話越しに届いた。

 とりあえず、向かうとしよう。

 爆速でチャリを漕ぎ、夏凛の家の前へと到着。

 玄関先にいたソイツは、ちょっと顔色が悪かった。


 「お前なに泣きそうな顔してんだよ」

 「ユッキーが夜道で襲われるんじゃないかって、心配で……」

 「どこに需要があるんだよそれ。とりあえず、一緒に来るか?」

 「うん……っ、私の忘れ物だし」

 

 チャリを家の前に置かせてもらい、俺たちは連れ立って学校へと向かった。

 学校にたどり着くと案の定というか、校門が締まっている。

 まぁ、これは想定済み。抜け穴があることを俺は知っていた。


 「裏のフェンスに人ひとりが通り抜けできる穴がある。そこから入るぞ」

 「大丈夫かな……私、通れるかな」

 「お前が通れなかったら、俺、頭しか侵入できないんだが」

 「学校の七不思議に制定されちゃうかもね。……夜に頭だけフェンスの穴から出す妖怪が出る、って」

 

 それただのマヌケだろ。

 想像したら怖さより面白さの方が勝ってしまったのか、隣で夏凛が小さく肩を震わせている。

 まぁ、気晴らしになってくれたのなら、ボケた甲斐があったというもの。


 「よい、しょっと……案外いけたな」


 無事にフェンスを潜り抜け、俺たちは校内へと侵入を果たした。

 夜の学校はまた雰囲気が違うな。マジでなんか出そう。

 チラと隣を振り返れば、夏凛が大きく身体を震わせている。脚なんか生まれたての小鹿みたいだった。

 

 「ダメそうなら、俺がひとりで行ってくるけど」

 「こんなとこにひとりで置いて行くの――!?」 

 「中よりは安全な気もするんだが……まぁ、一緒に行くか」

 

 枕元に化けて出られても困るしな。塩撒ける気がしないし。


 なぜか昇降口は開いていたので、そこから教室を目指すことにした。

 暗い校内を、足元に注意しながら進んでいく。ときおり、夏凛がいるかどうかの確認もしながら、目的地へとたどり着いた。


 「やった、着いた……!」

 「ほら、早いとこ宿題とってこいよ」

 「うんっ」


 机をガサゴソやってる夏凛を尻目に、俺は廊下の方を見やる。

 誰もいない。いや、でも、違和感を感じる。


 カツン、カツン、カツン……。


 足音のようなものが、遠くから響いてくるのだ。

 それは一定の速度で鳴り、だんだんとこちらに近づいている。


 「夏凛っ」

 「え、な、なに? どーしたの??」

 「誰か来てる!」

 「えっ!? な、なんで! 誰もいないはずなのに! もしかして幽霊っ!!」

 「落ち着け! ヒッヒッフーッだぞ!」

 「それ違うよ! 感動の瞬間でしょ!」


 お互いにパニックになっていた。

 俺もまさか出るとは思ってもなかったので、焦り散らかしてた。動揺がすさまじい。

 そうこうしてる間にも、足音は近づいてくる。

 このままいけば、かち合ってしまうだろう。

 とりあえず、隠れないと――!


 「夏凛っ、ロッカーだ! ロッカーに隠れるしかない!」

 「で、でも上手いキラーだとロッカーの中身もちゃんと調べるし……!」

 「いまはホラーゲームの話をしてる場合じゃない! とにかく来い」

 「い、行きたいけど……足が、すくんじゃって」


 夏凛はもう、立ってるのもやっとって状態のようだった。

 目尻に涙を浮かべながら、それでも俺の方へと助けを求めている。

 こういうとき、取るべき行動。あれしかない。


 俺は夏凛の手を掴むと、思いっきり手繰り寄せた。

 連れ立って、ロッカーの中へと滑り込む。


 「ゆ、ゆっ」

 「しーっ! 静かにしてろ」


 急いで扉を閉め、外の気配をうかがう。

 足音が近い。扉のすぐ前まで来てる。止まった……いや、入ってくる!


 「…………っ!」

 「大丈夫だ、俺がついてる」


 震える夏凛の身体を抱きしめながら、ささやく。

 そうこうしてる間にも、足音は徘徊を続け……なにごともなく通り過ぎていった。

 扉が閉められた音が聞こえた瞬間、お互いに安堵の息を漏らした。


 「はぁ……危なかったな」

 「そう、だね」

 

 にしても狭かったなここ。下は掃除用具が邪魔だし、夏凛の顔は近いし。

 ん? ていうかこの体勢……。


 「密着、しちゃってるね」

 「…………っ!」

 

 今更ながらに気付いた。俺、夏凛を抱きしめてる。すごく柔らかい。

 暗闇の中でもはっきりと聞こえる息遣い。ロッカー内を満たす甘い香り。

 情報過多で、頭がショートしそうだ。


 「ユッキー、すっごく頼もしかったよ」

 「い、いつも……頼もしいだろ?」

 「あははっ、そうかもね」


 とりあえず、ここを出なければ。

 俺は足で扉を蹴り開け、夏凛とともに脱出した。

 抱きしめていた手を離す。けれど、夏凛が離れない。

 上目遣い気味に、こっちを見上げた。


 「吊り橋効果って、すごいのかもね……」

 「な、なんの話だよ。つーか、早く離れろよ」

 「足がすくんで動けません。ユッキーの頼もしさを貸してください」

 「分かった。もう一度ロッカーに放り込んどいてやる」

 「ご、ごめんてば! いじわるしないでよ」


 意地悪なのはどっちだよ。ドキドキさせやがって。


 月夜に照らされるその顔は、満月よりも眩く見えて。

 今日が、満月じゃなくてよかった。送りオオカミになる心配がないからな。

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