手相
「ねぇユッキー、こっち見てー?」
いつものように自席でぼんやりしていたら、背後から声が届いた。
振り返れば、楽しげな顔をしてる夏凛と、目が合った。今日は前からじゃないんだな。
「どうかしたのか?」
「じゃーん、これ、どう?」
「……手術前の医者がよくやるよな。そのポーズ」
「もうっ、ちゃんと見てよ」
「見て、ってどこをだ」
「つーめ。いつもと違うでしょ?」
いわれてみれば、いつも以上にキラキラしている。ラメみたいなのが入ってるのか。
どうやら、夏凛はネイルをしてきたらしい。
……ちなみにウチの学校は校則が緩いので、これぐらいなら大丈夫なのだろう。コイツ髪染めてるけど、なにも言われないらしいし。
「どう? 綺麗でしょ」
「んん……よく分からん」
「なんでー! せっかくオシャレしてきたのに」
せっかくの意味が分からないんだが。別に俺に見せるつもりでやってきたわけじゃないだろうに。
でもまぁ、綺麗ではある。いつもより、何倍も。
なんか気恥ずかしいから、心の奥底に押し込んでと。
「それより、お前の指細いな。俺のとぜんぜん違うぞ」
「同じ大きさだったら、ちょっと複雑かも……」
「別に俺は気にしないが」
「私が気にするの! ……あのさ、手、だしてくれる」
夏凛が焦ったような顔で、手のひらを差し出してくる。この上に乗っけろということなんだろう。確認しないと、気が済まないのか、コイツは。
しかたなく、俺は自分の手を預けた。
お互いの手の大きさを見比べてみるけど、結構違う。つーかコイツ、肌白っ。
指先の細さは夏凛の方に軍配が上がるが、骨ばった感じは俺の方があるな。
「ね、手のひら合わせてみていい?」
「あぁ」
言われるがままに、手のひらを密着させると、じんわりとした熱が伝わってくる。
俺の手汗、ヤバくないだろうか? 汚いって思われてないだろうか? こんなことになるって分かってたら、手洗ってきたんだが。
動揺が手のひら越しに伝わらないよう願いながら、俺は訊ねる。
「ど、どうだ?」
「私の方が一回り小さいかも」
「安心しただろ、これで」
「うんっ……あ、そだ」
「なんだ、まだあるのか」
「こう、指を組み合わせてみてくれる?」
夏凛の指先が、俺の指の間に入り込んでくる。で、同じようにしろと。
こういうの、映画とかであるよな。なんて言うんだっけ、これ。
「ふふっ、恋人つなぎ~」
「――――っ!?」
慌てて手を離す。こんなの、動揺するなって方が無理だろう。
バクバクと鳴りだす心臓を必死で抑え込みながら、夏凛の方を見やる。
頬が、赤い。色白なだけに、よく映えていた。
「ドキドキ、したでしょ?」
「お、お前な……心臓、止まるかと思ったわ。死んだらどうしてくれる」
「んー、あの世まで会いに行こっかな?」
「来るなバカ。もっと自分を大事にしろ」
「……人の気も知らないで」
それはこっちのセリフだっつーの。
友達思いなのは大変殊勝な心掛けだが、俺の心をもてあそぶのはどうかと思う。
こんなの、心臓がいくつあっても足りない。刺激が強すぎる。
一度、身体を元に戻そう。気持ちをリセットしなければ。
後ろ向きでいた身体を、再び前に戻そうとするが、夏凛に腕を掴まれてしまった。
「な、なんだよ」
「手相、見せて。ユッキーの死期を、知っておきたいから。万が一ってことも、あるし」
「線の長さで分かるようなことじゃないだろ」
「分かるかもしれないでしょ……」
おい、そんな顔するなよ、見せてやるから。
俺は夏凛の前へと、右手を差し出した。手のひらを上にひっくり返され、まじまじと見つめられている。
空いた手でスマホを操作しながら、俺の運勢を診断し始めた。
「えーと、生命線は……これだね。長くハッキリしてる、みたいだから大丈夫そう」
「それなら一安心だな」
「ユッキーの頭脳線、すごく短い」
「悪かったなバカで」
「でも、決断力があるって」
「そうか? 自分じゃそうは思わないが」
「まだ、なのかもね。もうすぐだったら、いいのになぁ……」
なんだか含みのあることを夏凛が呟いている。
とりあえず、あとで頭脳線を伸ばすことにしよう。ペンとかで上から書いても大丈夫らしいし。
「ユッキーはさ、なにか気になるものある?」
「俺はそうだな……結婚線とか、あるのかなと」
チラと夏凛を見る。
すると、なぜか恥ずかしそうな素振りをしていた。
「……きっと、大丈夫だと思うよ」
「おい、そんな適当な。ちゃんと診断してくれ」
「私手相占いとかやってませんしー?」
スマホをしまいながら、そらっとぼける夏凛。
これはよほど良くない結果だったのだろう。
まぁ、努力次第で変えられるというらしいし、俺が頑張ればいいだけ。
「ダメだよユッキー? そんなに見つめられても、占いはしません」
「……今朝のラッキーカラーが栗色だっただけだ」
「そうなんだ? じゃあ、私の気を送ってあげるね」
「ハンドパワーでか?」
「んーん、頭撫でていいよ?」
「ぶふっ――!」
「ほら遠慮しないで、自分の運気は自分で掴み取らなきゃ」
「いや、そこまでしなくていい」
「あっ、もうっ……! 逃げるなコラ~っ」
身体を前に戻し、机に突っ伏す。
俺の決断は、間違ってなかったはずだ。
こうでもしないと、心臓が持たなかっただろうしな。
……まったく、人の気も知らないで。
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