得点
休日、部屋でゲームをしていると、スマホが震えた。こういう時に考えられるのはひとつしかない。
画面を確認すると案の定、夏凛からだった。
『ユッキー、いまヒマ?』
『ゲームしてるから忙しい』
『ヒマなんだね。よかったー』
おい、文脈途中で切れてんのか。もしくは電波障害でも発生してるのか。
呆れ顔を浮かべる俺をよそに、チャット欄がひとりでに盛り上がりを見せている。
『私もね、ヒマだったの』
『でで、今日はなんか服がみたいなって気分でね』
『ユッキーも手が空いててよかった』
『服選ぶの手伝ってくれない?』
『もう玄関先にいるから』
おい、勝手にストーリーを進めるな。俺とのやり取りに選択肢のスキップ機能はないんだよ。
ていうか最後の確信犯じゃねーか。
もう、こうなると帰ってもらうわけにもいかない。せっかく来てもらったことだ。
俺はゲームのスイッチを切り、部屋を出て、玄関先へと向かう。
「おはよー! ユッキー」
ドアを開けると、私服姿の夏凛が立っていた。手を振りながら、眩いばかりの笑顔を振りまいている。
「……朝から元気だな、お前」
「元気だけが取り柄ですから」
「元気もだろ……というか、今日はスカートじゃないんだな」
夏凛にしては珍しくパンツスタイル。平日は、というより制服がスカートなので違和感を覚える。
「あ……へ、ヘンだったかな?」
「いや、すげー似合ってる、と思う」
「そ、そっか……」
「お前、スタイル良いからな」
「んっ……あ、ありがとね」
おい、玄関先で照れるなよ。こっちも恥ずかしくなるだろ。
お互いに向かい合って、恥じらっている様はまるでお見合いのようだ。
家に誰もいなくて良かった。母さん居たら、めんどくさいことになるし。
毛先をいじりながら、上目遣い気味に夏凛がつぶやいてくる。
「ゆ、ユッキーも、かっこいい、よ」
「それはないだろ……。お前視力悪くなったんじゃないか」
「んー……確かに、そうかも。……盲目って、いうもんね」
「なんの話だ?」
「ふふ、なんでもなーい」
恥じらったり、喜んだり、忙しいやつだな。
そういえば遊びに来たわけじゃなくて、服を買いに行きたいって話だったはず。
こんなとこで立ち話してる場合じゃないよな。
「ちょっとだけ、待っててくれ。すぐ準備してくるから」
「あ、じゃあ私選んでもいい?」
「コーディネートはこーでねーと、ってか?」
「ユッキーマイナス百点。ゼロからのスタートです」
いや、やめろよ、滑った自覚はあるんだから。そんな冷めた目で見ないでくれ。
ていうか点数つけるなよ。恥ずかしさが増すから。
穴があったら入りたい気分だったけど、夏凛が押しかけてくるのでそれどころじゃなかった。
小一時間ほどかけて服を見繕われ、なぜか撮影タイムを設けられ、家を出ることになったのは二時間後だった。
「はぁ……なんかもう疲れた」
「若いのに情けないよ? 私はまだまだ元気有り余ってるのに」
「お前が始めたファッションショーのせいだからな?」
「ふふっ、私のフォルダがまた潤っちゃったなー」
「消せよ、あとで」
「そんなこと言いながらユッキーもノリノリだったじゃん。決めポーズなんかとっちゃってさ」
言葉巧みに乗せられたからな、コイツに。俺が単純ってのもあるんだろうけどさ。
黒歴史ってのはこうやって生み出されるものなのかもしれない。
「ユッキープラス五十点。いい出だしだよー?」
「さっきからなんなんだそれ。百点取ったらなにが起きるんだよ……?」
「んー? 私が満足する、とか?」
「じゃあ、いいわ。目指さなくて」
「そんなこと言わないで、上げてってよ~!」
夏凛の催促に応えることなく、歩き出す。
俺はもう、満足してるからな。これ以上は、なにもいらないし。
◇
「うわ~! 見てみて、新作がこんなに増えてるよ!」
ショップに入るやいなや、夏凛が声を上げた。
いろんな服を眺めたり、手に取ったりしては楽しそうにしている。
その様子を横目に見つつ、俺は周囲に目をやった。
休日ということもあってか、店内にはけっこう人がいた。そのほとんどが女性であり、少数派男子の俺としては居心地が悪い。
もともと服には興味がないのだ。今着てるやつだって、この前夏凛と買い物に行った時に選んでもらったやつだし。
なので、早いとこ出てしまいたいが、そうするとコイツの機嫌が悪くなるからなぁ。
「ねぇユッキー、聞いてるの?」
「あ、え?」
あれ、もう不機嫌気味なんだが。俺、隣にいるよな? ウインドウと同じ透過具合じゃないよな?
視線を向けると、むくれられてしまった。
「悪い、俺なんかしたか?」
「ふんだ。他の子に目移りしてるひとなんか知りません」
「あ、いや、違うんだよ。これはだな」
「……なにが、どう違うの?」
「早く出た――じゃなくて、その……お、お前に似合いそうな服を、探してたんだ」
「え……」
俺の言葉は思いのほか、刺さったらしい。
夏凛が息を呑む様子を肌で感じる。
「だから、変なことしてたわけじゃないって。信じてくれ」
「そっか。そうだったんだ……」
「お前なににやけてるんだよ」
「にやけてません。もともとこういう顔ですから~?」
嘘つけ、そんな常時可愛いやつがいるか。愛でるぞ。
俺の内心での葛藤など知るはずもなく、夏凛は手に持っていた服を戻していく。
「それ、買わないのか? 好きそうだったけど」
「んー気にはなってるけど、いいかな。もう、満足しちゃったし」
「買ってないのに、満足とは」
「ユッキーマイナス五十点。女心が分かってない」
「ぐっ……またゼロ点かよ」
そうやって、点数にされるとへこむ。
がっくりと肩を落とす俺に向けて、夏凛がささやいてくる。
「……でも、プラス百点。あげるから」
「……は?」
パチパチと瞬きをする俺の横で、幸せそうに笑う夏凛。
そういうの、心臓に悪いから、やめろ。プラス百二十点。
まったく、男心を分かってないな。
……なお、俺が苦し紛れに選んだものを夏凛はお買い上げ。
「私もこれ気に入ったから」とのことで。さらにプラス、百点が加算されたんだが……上限どこだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます