汗
体育は苦手だ。理由は二つある。
その一、そもそも団体競技が好きじゃない。
みんなと一致団結して、というノリが俺には合わない。運動が苦手というわけではなく、ただただ息が合わない。一人で黙々とやる方が性に合ってるのだ。
その二、汗をかきたくない。
体育というのは基本、動くことを前提としている。だから、真面目に取り組めば取り組むだけ、汗をかくことになるわけだ。
この後にも授業があるのに、身体がベタベタしたままなのとか嫌だし、臭って引かれるのとかも辛いだろ。
だから俺はこの時間、頑張らないことにしている。
評価に響かないぎりぎりのラインを見極めながら、流していた。
流すことに心血を注いでるのは本末転倒なんだが。サボりすぎて、補習になるのも嫌だしな。
「ふぅ……」
一本目の試合が終わり、俺はコートを離れた。体育館の端に寄りかかり、ぼんやりと全体を見渡してみる。
ウチのクラスと別のクラスが合同で、試合を行っていた。男子はバスケで、女子はバレー。
コートを半分ずつ使い、白熱した試合を繰り広げている。まぁ、白熱してるのは女子の方だけなんだが。
「若葉さん、やっぱすげぇ……」
すぐそばにいたやつが、両隣にいるやつに向けてつぶやいていた。実際、俺もそう思う。
夏凛の運動神経は折り紙付きだ。コートの隅から隅までを縦横無尽に走り回っては、ボールを拾っている。マジで落とさない。
で、ほかのチームメイトが、拾ったボールをスパイクしてるおかげで、動きが無駄になってないのがこれまたいい。
俺がバスケに混ざってるときなんか、ほとんど動いてないし。貰ったボールも、すぐパスしてたしな。
そんなだから、俺の身体も、手に持っているタオルだってからからに乾いている。今度からタオル、いらないかもしれない。
「すげぇ、圧勝だ……!」
どうやら勝ったらしい。視線の先には、チームメイトたちとハイタッチを交わす夏凛の姿が。
と、俺の視線に気づいたらしく、こっちにピースを向けてくる。ほんと、よく気づくよな。
チームメイトに断りを入れて、夏凛がこっちにやってくる。
「ねぇユッキー! 私の活躍どうだった?」
「ん、あぁ、すごかったぞ。汗を見ればわかる」
滝のような汗というのはこのことを言うのかもしれない。
肌の見える箇所は水気を含んでテカりを帯びていて、眩く輝いていた。湿った前髪からポタポタと雫が落ち、床に小さな水たまりを作り出している。
……なんか、エロいな。頑張ってるやつに抱いちゃいけない感情なんだろうが。
その、あまりにも煽情的すぎて。
直視してられなくなって、俺はそっぽを向かざるをえなかった。
遅れて、夏凛が反応をみせた。
「あ、私っ汗臭いよね!? ごめんね、タオル持ってくるの忘れちゃってて」
「いや別に……あ、それなら、俺の使うか?」
「えっ?」
きょとん顔の夏凛。タオルと俺の顔を交互に見て、頬に朱が混じった。
コイツたぶん、深読みしてるな。やめろ、照れが移る。
「言っておくが、俺はこれ使ってないぞ。汗かいてないからな」
「あ、そっかー! ユッキーいっつも気抜いてるもんね」
「気は抜いてない。手は抜いてるが」
「あははっ、ダメだよ~? 授業は真面目にやらなきゃ」
そんなお小言いいながらも、嬉しそうな顔をしてるのは何故なのか。
とりあえず、タオルを放ってやる。宙をふわふわ浮いたそれは無事に、夏凛の手元に舞い降りた。
「ありがとね、ユッキー」
「礼はいいから、早く拭け。風邪引くぞ」
「はーい」
夏凛は受け取ったタオルを、顔に押し当てた。
しばらくの間そうしてたかと思えば、くぐもった声が。
「……ユッキーの匂いがする」
「いや俺、使ってないから。柔軟剤の香りとかじゃないか」
「……んーん、これはユッキーの匂いだよ。優しい、温かみのある匂い……」
なんだか恥ずかしいことを言われてるような気がして、照れくさくなってくる。
ふいと顔を逸らす。と、周囲にいたやつらが、サッと顔を逸らした。
おい、さっきからいらん視線を浴びせ続けてたの、気づいてたぞ。
あ、逃げられた。ガンを飛ばしたのがまずかったのかもしれない。
「ふ~……気持ちよかったぁ……。ねえこれ、返した方がいい?」
「ん? 当たり前だろ、すぐ返せ」
「――――っ!? う、うん……じゃあ、はい」
なにを思ったのか、夏凛は恥ずかしそうにタオルを差し出してきた。
ジト目が飛んでくる。
「ユッキーの、えっち」
「いや、そういう意味じゃなくてだな……洗って返してほしいってことなんだが……やっぱ、返さなくていい。お前にやるよ」
「え、でも」
「もともと俺タオル使わないし。だから、夏凛が貰ってくれないか」
「ユッキー…………っ」
「いらないんだったら、捨ててもらっても構わないし」
「んーん、捨てたりしない。大事に使うから」
夏凛はまるで宝物みたいに、俺のあげたタオルを胸に抱えた。そんな、眩しい顔するなよ。
返してもらったら、いけない想像が働くかもしれないって、こっちはほんとくだらないこと考えてたってのに。
身体がカッと熱くなる。熱に浮かされたせいか、額に汗がにじんできた。
これは、タオル新しいの買わないといけないかもなぁ。
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