ゲーム


 「お邪魔しまーす!」


 玄関先で、明るい声が響いた。

 学校帰りに、夏凛と連れ立って、ウチに帰ってきたのだ。

 慣れた様子で靴を脱ぎ、トントンと階段を駆け上がっていく後ろ姿を見て、ひとつ息がもれる。


 放課後はお互いにヒマなのだ。

 俺のアイツも部活には入ってないし、俺に至っては絡んでくるクラスメイトもいない。真っすぐ帰宅ルート一択だ。

 そんな俺の気持ちを汲んでくれてるのか、夏凛も俺に合わせてくれている。

 けっこう友達が多いはずなのに、その誘いを断ってまで合わせてくれているのかと思うと、申し訳なくなってくるが。


 「どうしたの、ユッキー? 遠慮しないで上がっていいよ」

 「いや、ここお前んちじゃないだろ」

 「ルート開拓終わってるし、マップも把握してるから。実質、私の家といっても」

 「回数重ねてるだけだろ……」


 にっこり微笑む夏凛を見て、自嘲気味に笑うしかない。

 お互いにヒマであるから、こうして必然的に家へと遊びに来る回数が多かった。

 さすがに毎日はちょっと、どうかと思うが。


 「あ、そうだ。なんか飲むか?」

 「おかまいなく~。先に部屋行ってるね」

 「あぁ」


 手を振って奥へと引っ込んでいく夏凛を見送ってから、俺はキッチンの方へと向かう。

 さすがに手ぶらで客人をもてなすわけにもいかない。親しき仲にも礼儀あり、ってやつだ。

 冷蔵庫を開けると、紙パックのオレンジジュースがあった。まぁ、これでいいか。

 

 コップに注いだそれを持って、二階にある俺の部屋へと向かう。

 開いたドアから中の様子を確認すると、夏凛が胸の前で、クッションを抱きしめていた。


 「お前、それ俺の……」

 「今日は、こっちがいいなーって。ダメだった?」

 「いや、別にいいけど」


 クッションなんか、座るときと枕代わりにしか使わないし、こだわりもない。

 オシャレに敏感な夏凛だと、そのときどきで好みが変わるのかもしれないが。

 

 しかたなく、普段使いさせているやつを床に敷いて、持っていたコップを手渡す。


 「あ、ありがと」

 「気にすんな。それより、今日はなにする?」

 「んーとね……いつもみたいに、ゲームしよ?」


 まぁそうなるよな。俺の部屋にあるのって、漫画とゲーム機ぐらいだし。

 そうと決まれば、準備しなきゃな。と、その前に。


 「なぁ夏凛、どれがやりたいとかあるか?」

 「最近買ったスポーツゲームやりたいかも!」

 「買ったの俺なんだけどな。じゃ、それにするか」

 

 面倒な準備をさっさと終わらせ、用意したコントローラーのひとつを、夏凛に手渡す。

 つーか、コイツいつまでクッション抱いてんだよ。あと、嗅ぐのもやめろ。


 「お前それ床置けよ。邪魔だろ」

 「んー……ユッキー相手だし、このぐらいのハンデがあった方がいいかなーって」

 

 したり顔でそんなことをのたまう夏凛に、俺はカチンときた。


 「ほう……ハンデとな。お前が、俺に?」

 「そ、そんな怖い顔しなくてもいいじゃん……! でも、ほらっ、戦績はイーブンでしょ!?」

 「アクションゲームで負けた覚えはないなぁ……? シューティング、レース、その他もろもろ」

 「す、スポーツだと、五分五分だったでしょ……!」


 確かにスポーツ系のやつだと、いい勝負をしていた。

 もともと運動神経がいいからか、身体を動かす系のゲームと相性がいいのだろう。

 それでも、経験の差というものが効いてくるのがゲームというやつだ。

 というか今回のゲーム、ボタンで操作するタイプのスポーツゲームだけどな。


 「なら、今日で六:四……いや、七:三」

 「じゃ、じゃあ! 勝負しようよ! 普通にやるのもつまらないし!」

 「言ったな……? それじゃあ、負けたら」

 「も、もちろん! なんでもひとつ、言うこと聞いてあげる!」

 

 鼻息荒くまくし立ててくる夏凛に、ハッとさせられた。

 コイツいま、なんでもって言ったぞ。なんでもってつまり、なんでもだよな?

 突然の提案に、内心での動揺が隠せない。

 

 「お、おい、本気かよ……?」

 「もちろん! 三本勝負の二本取りね!」

 「あ、あぁ……」


 俺は空返事を返しながら、ボタンを操作していく。

 いつもより、感覚が鈍い。それもこれも、夏凛のせいだ。

 なんでも、とか思春期男子に言っちゃダメな言葉ベストスリーに入るヤツだぞ。コイツ分かってんのか。


 「ユッキー、どうかしたの?」

 「ぁえ?」

 「始めていいよ。私もう準備できてるから」

 「――――っ!?」


 は、初めて、いいよ――!? もう準備できてる――!?

 夏凛の、覚悟のこもった言葉は、俺の精神をぐらぐらと揺さぶらせた。

 取り乱しすぎたせいか、うっかりスタートのボタンを押してしまう。


 「見てて! 私、絶対勝つから」

 「あ、やべ――」


 今回選んだ競技は卓球だった。NPCを挟まずに二人でできるし、わりとすぐに決着がつけやすいからだ。

 と、その言葉通り、すぐに決着はついた。俺の三戦全敗という形で。

 

 「やったー! 私の勝ち~!」

 「…………」


 結果は分かり切っていた。こんなの、まともにプレイできるはずもないだろ。

 ガックリと肩をうなだれる俺に、夏凛がいぶかし気な視線を向けてくる。


 「ねぇ、今日さ。ユッキーの動きヘンじゃなかった? 空振りなんていつもしないのに」

 「……ただ、深読みし過ぎただけだ」

 「そうなんだ」


 納得してくれたようだ。俺の心を深読みされる前に、フェードアウトするか。

 重い腰を持ち上げようとした矢先、腕を掴まれた。

 ニコニコ顔の夏凛が、何度も床を叩く。座れということだろう。


 「……はい、なんでしょう」

 「勝負は私の勝ち。だから、ユッキーは言うこと聞いてくれるんでしょ?」

 「あの、なにとぞお慈悲を……お慈悲をください……」

 「んーとね、じゃあ――膝枕させて」 

 「……ん? してじゃなくて?」

 「膝枕、させて?」


 ポンポンと膝を叩く夏凛に、目が点になる。

 あれ、これ罰ゲームだよな? ご褒美じゃなかったはずだよな?

 小首をかしげる俺を、夏凛が急かしてくる。


 「ほら早くー。敗者は勝者の言うこと聞かなきゃ」

 「あ、あぁ……えと、よろしくお願いします」


 軽く居住まいをただし、俺は床に寝そべった。

 頭を少しずつ、夏凛の膝に近づけていく。

 

 「うわ……」


 ヤバい、柔らかい。なんだこれ。

 想像してたものの百倍ぐらい、気持ちいい。沈んでいた心が、温かなもので満たされていくようだ。

 見上げた先にある夏凛の顔が、少し赤い。


 「どう、かな……? ヘン、じゃない?」

 「すげーいい……。めっちゃ落ち着く」

 「いまのユッキー、すっごいマヌケな顔してる」

 「……あんまじろじろ見るなよ。恥ずかしいから」

 「あ、顔を隠すと子守歌うたっちゃうから」

 「やめろ。このまま寝たらどうするつもりだ」

 「寝てもいいのに。ほら、頭も撫でてあげるから」

 「お、おい……!」

 

 敗者は勝者の機嫌を損ねるわけにもいかない。

 だから、こうやってされるがままになるのは、しかたのないことだよな……?

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