じぇらしー


 「…………」

 

 教室に戻ってくると、夏凛が邪悪なオーラを纏っていた。どうやらご機嫌ナナメらしい。


 「どうした? 誰かに嫌なことでもされたのか?」

 「……私が想定してた時間より、五分四十三秒二一遅かった」

 「細けーなおいっ」

 「……なにしてたの?」

 「浮気を問い詰める雰囲気出すな! ……いやちょっと人助けをしててな」

 

 しどろもどろになりながらも、俺は説明をしてみせた。

 別に悪いことをしてたわけでもなし、正直に話せばわかってもらえる。

 そんな俺の考え通り、夏凛の纏っていたオーラが、霧散していくのを肌で感じていた。


 「そっか。そうだったんだ……ユッキーらしいね」

 「どうだ、安心したか?」

 「私は信じてたよ。必ず帰って来てくれるって」

 「フラグを立てるな。あと、しんみりする場面でもない」

 「安心したらお腹空いてきちゃった」

 「ええと、待たせて悪かったな。じゃ、早いとこ済ませようぜ」


 いい加減腹がペコペコだし。

 夏凛と連れ立って席へと座り、抱えていたパンを置いていく。

 と、なにやら熱いまなざしが注がれているな。


 「おいしそうだね、ひとつもらってもい~い?」

 「やらん。すでに二つも犠牲にしてるんだ。つーか、お前弁当あるだろ」

 「むぅ……ユッキーが冷たい。見ず知らずの人にはあげたくせに」

 「いま見て、知ったから見ず知らずじゃない」

 「それ屁理屈じゃない?」

 「理屈に囚われない男なんだよ」

 

 ちょっとドヤ顔を決めながら、パンにかぶりついた。

 そんな俺をジトーとした目で見ながら、ぶつぶつと何事かを呟いている。


 「……どうせかわいい女の子だったから、あげたんでしょ」

 「あれ、なんか怒ってないか?」

 「じぇらってるだけですぅ」

 

 意味分からん。キョトンとする俺をよそに、夏凛は自分の弁当を取り出した。

 フタを開いた先にあったのは、彩りのいいおかずと、白いご飯。相変わらずうまそうだ。

 しかも自分で作っているというのがこれまたポイントが高い。なんのポイントかはまぁ、察してくれ。

 

 「なーに、じろじろ見て?」

 「いや、別になんでも」

 「……もしかして、見惚れちゃってた?」

 「目は惹かれてたな。魅力的すぎるんだよ」

 「ふぅん……そういうことをさらっと言うのずるいんだー」


 ぶつくさ文句を言ってるくせに喜んでるのは何故なのか。弁当から視線がフォーカスされてしまうので抑えてほしいところ。

 持っていたパンを使い、火照った顔を隠していると、なにやら動きが。

 見ると夏凛のやつが、おかずを一つつまんでこっちに差し出してきていた。


 「なんだよ」

 「じぇらってたおわびにひとつあげる」

 「いや、そもそもじぇらるってなんなんだ……まぁ、もらうけど」

 「じゃあ、口開けて? 食べさせてあげるから」

 「自分で食べるから結構です」

 「はい、あーん」

 「話聞いてるか?」


 チラと周りを見ると、ヒソヒソ話をするやつらやニヤニヤしてるやつら、はてはハンカチを噛んでるやつらの視線が痛い。

 あーんとかもうカップルがやるやつだろ。あんな恥ずかしいことできるか!


 手だけを差し出すと、夏凛が頬を膨らませ、


 「むぅ、ユッキーのノリが悪い。はいこれ卵焼き」

 「悪かったな。俺は生き恥を晒さない主義なんだよ」

 「んー?」

 「小首を傾げるな、心当たりありまくるんだから」

 「で、どう? おいしい?」


 ニコニコしながら聞いてくる夏凛に、頷いてみせる。

 味付けはちょっと甘めだけど、たまにはこういうのも悪くない。

 

 「そっか、よかったー。じゃ、もうひと口いる?」

 「……もしや、丸々と太らせてから食べるつもりか……?」

 「ふふっ……さて、どうでしょう?」

 「――――っ!」


 冗談半分で言ったつもりだったのに、なんだか含みのある答えが返って来てしまった。

 そういうのやめろよ。隣で食べるたびに、意識したらどうしてくれるんだ。

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