施し


 ウチの学校には、一階に購買がある。

 昼飯を持ってきてなかったり、懐に余裕のあるやつらが主に利用するところだ。

 まぁ普段の俺とは縁遠い場所ではあるんだが、今回ばかりはそうも言ってられなかった。

 弁当持ってくるの忘れたのである。


 「購買めっちゃ混んでたな……なんだあれ、魔境かよ」


 人混みをやっとの思いで抜け出た俺は、肩で息を切らしながら歩いていた。

 両腕に抱えたパンたちを落っことさないよう、ちょっと猫背気味。

 

 「はぁ……」

 

 思わずため息がもれる。

 昼飯を買うのになんでこんなに苦労しなきゃいけないんだ。ただでさえ、人混みは苦手だってのに。

 こんなことなら、アイツの提案を飲めばよかったな。弁当分けてくれるって言ってたのに。

 

 「ん?」


 ふいに、なにかが目の前を遮ってきた。見に覚えのない女子だ。リボンの色からして俺と同じ一年のよう。

 それと、手になにか持っている。どうやら見開きにされたノートらしい。


 『お恵みを』


 綺麗な文字でそんなことが書いてある。

 ヒッチハイクとかするときってこんなことするようなぁなんて考えつつ、俺は訊ねた。


 「なんか用か?」

 「お腹、空いたぞ」

 「そうか。この先に購買があるから、買いに行くといい」

 「お金、ない」

 

 なんだよ、一文無しか。そりゃ大変だな。

 俺は納得したように脳内で咀嚼を終えると、横を通り過ぎようとする。

 と、横から手が伸びてきた。


 「なんだよ」

 「ぐるるるる~きゅるるる~」

 「腹の音をわざわざ声で再現するなよ……」

 「可哀想、お腹、空かせて、よよよ……」

 「…………」


 泣きまねとか始めたんだが。やめろよ、まだ人通りがあるんだぞ。

 周りにチラチラ視線をやると、冷めた視線を向けられる始末。

 あぁもうめんどくさいな。


 「分かった、やるよ。パンでいいよな?」

 

 俺がそう訊ねれば、頷きが返ってきた。

 と、ポケットから取り出したペンを使い、なにかをノートに書き込みはじめた。

 ん、なんだ? ずいぶん長文だな。


『見知らぬ人に食料を分け与える気概、キミはもしやメシアか?』

「そこまで偉いもんでもねーよ」


 ハッ、知らないやつにツッコんでしまった。

 夏凛が相手だったのならいろいろ反応してくれたりするんだが、コイツはそういうタイプじゃなさそうだ。

 そもそも瞳から生気が感じられないし。

 早いとこ渡してずらかろう。


 「ほら、これ」

 「二つも?」

 「ん? あぁ、腹減ってるんだろ」

 『丸々と太らせてから、食べるつもりか?』

 「ちげーよ! またたかられるのが面倒なだけだ……!」

 「なるほど」


 理解してもらえたようでなにより。

 俺はパンを受け取らせ、足早にその場を去ることに――って、腕掴まれてるんだが!


 「なんだよ、もうこれ以上パンはやらねーぞ!」

 「名前、教えてくれ」

 「は? り、林藤だけど……」

 「それ、苗字だろう?」

 「……由樹だけど」

 「由樹か。覚えたぞ、ふっふっふ……」

 

 えっ、こわっ! 低めのトーンで口角上げるなよ。もしや俺、殺されるのか。

 内心でビクついていると、ふいに影が落ちた。ややあって、声が。


 「し~ず~く~っ、あなたって人はまたほかの人に迷惑かけて~!」

 「むぐっ、むぐぐぐっ」


 目の前に現れたのは、これまた見知らぬ女子だ。

 その子がいま、パン略取女子の頬っぺたをつまんで引っ張っている。よほど柔らかいらしく餅みたいに伸びてる……じゃなくて、


 「ええっと……あんた、その子の知り合いか?」

 「はいっ、その、ごめんなさいっ! 気づいたらいなくなってて……」


 伸びた頬っぺたを撫でさすりながら、申し訳なさそうにペコペコ頭を下げてくる彼女。

 かたや頬っぺた餅女子は不服そうに、目を細めている。小さいからって子ども扱いするな、とでもいいたいのかもしれない。

 とりあえず、俺としてはさっさと戻りたいので、声をかけてみることにする。


 「そんなに頭下げないでくれ。もう済んだことだし」

 「……このパンってあなたのですよね? 分けてくれたんですか?」

 「頼まれれば断れないのが俺という人間なんだ」

 「……よく言う」

 

 おいチビ、ボソッと毒吐くのやめろ。もうちょい奉れ。

 二人してジト目の応酬をしていると、もう一方の女子が間に割って入ってきた。


 「えっと、あなたのお名前を聞かせてもらえませんか?」

 「林藤由樹」

 「いや、お前が答えんなよ」

 「林藤さんですね! このたびはほんとにご迷惑をおかけして」

 「その、もう頭下げなくていいから。気にしてないし」

 「ではせめてお礼を」

 「連絡先」

 「だから、お前が答えんなって」

 「そうですね! こうしてたら、お昼ご飯を食べる時間が無くなっちゃいますし」

 

 ナイスアイデアとばかりに柏手を打つその子。

 小っちゃい女子の手に持っていたノートとペンを借りると、サラサラと書き込みだした。

 綺麗にちぎったそれを手渡してくる。いや、いくらなんでも住所とか電話番号とかは受け取れない……、


 「三枝さえぐさ美代みよ……花前はなまえしずく……あぁ……名前と、クラスだけね」

 「林藤さん、同じ学年みたいなので困ったことがあったら私たちを頼ってくださいね」

 「あぁ、はい。そうします」

 「こうみえて、器でかい」

 「嘘つけ」

 「ふふふっ、二人とももう仲良しだね」


 どこをどう見たらそうなるんだ。むしろ犬猿だろ。

 ポカンとする俺をよそに、三枝さんと花前さんはペコリと一礼をして、去っていった。

 なんか、嵐のような二人だったな……。

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