ものまね
「ふぁぁ……」
ひとつ、大きなあくびがもれた。
太陽が中天に差しかかろうという頃合い。この時間帯にもなると、睡魔の誘惑がよりいっそう強くなる。
昨日は早く寝たつもりだが、それでも抗うのは一苦労だった。
「ユッキーってば、いっつも眠そうだよねー」
頬杖をつきながら視線を前にやれば、夏凛が呆れていた。つーか、またいつの間にか席交換してるし。
知らぬ間に攻防があったのだろう……横井、すまん。
「あぁ、まぁ……。お前は平気なのか?」
「私はきちんと睡眠とってきてるからねー。寝不足はお肌の大敵だから」
美容系の雑誌にでも書いてありそうなこと言ってるなコイツ。効果のほどは……納得せざるをえないな。
透明感のある肌をまじまじ見つめながら、感心していると、なにやら夏凛が考え込んでいる。
俺の眠気を覚ますアイデアでも探しているのだろうか?
そんなの、探すまでもなく、目の前にあるってのに。
「あ、そうだ!」
なにやらひらめいたらしい。
得意げな顔をしてみせた夏凛はというと、俺の机に身を乗り出しながら、頬杖をついてみせた。
「ふふ、ユッキーの真似~」
夏凛は何故かしたり顔。なるほど、意味分からん。
問いかけるべく、俺は口を開いた。
「お前なにやってんの?」
「お前なにやってんの?」
「は?」
「は?」
「え、急になんだよ」
「え、急になんだよ」
ははぁ、なるほどそういうことか。ようやっと理解した。
さっき考え込んでたのは、俺をからかうためのアイデアを探してたらしい。
で、ものまねを選択したというわけか。
「おい、真似すんなよ」
「おい、真似すんなよ」
「バカ」
「バカ」
「……はぁぁ」
「……はぁぁ」
めんどくさくなってひとつため息を吐くと、寸分たがわず夏凛も同じ動作をしてくる。
これ、飽きるまで止めないやつだな。注意したところで、オウム返しされるだけ。
無視しててもいいんだが、それだと、なんか負けたみたいでむかつく。
だったら、こっちにも考えがある。
持ってくれ、俺の心臓。
「夏凛」
「夏凛」
「す」
「す」
「き」
「き…………!?」
みるみるうちに夏凛の顔が赤らんでいく。動揺が隠せないらしく、口元をわななかせていた。
ヤバい、これ恥ずかしすぎる。俺の顔もきっと、コイツと同じ色をしているだろう。
ここで終わってもいいんだが、それだと勘違いされてしまうかもしれない。
事後フォローをするため、必死に震える口を動かした。
「やき、食べたいなぁ?」
「や、き……食べたい、なぁ…………」
みるみるうちに声のトーンが下がり、目の前からブリザードのような寒波が押し寄せてくる。間違いなく怒っていた。
いや、そこまで怒らんでも。先にからかい始めたのそっちなんだぞ。
「そろそろ、真似するの終わりにしたらどうだ? 授業始まるし」
「そろそろ、真似するの終わりにしたらどうだ? 授業始まるし」
「……おい」
「……おい」
コイツ、凝りてないな。心なしか、瞳にメラメラと赤い炎のようなものが見える気がする。
こうなったら、最後の手段だ。まいった、って言わせてやる。
内心で覚悟を決め、俺は自分の顔をいじくってみせた。
両頬を引っ張り、小指で鼻先を持ち上げ、それぞれの人差し指で両目の端を吊り上げ、舌を出す。
いわゆる変顔というやつである。どーだ、真似してみろ。
「…………」
心の中でほくそ笑んでいると、夏凛は真顔でスマホを取り出した。
なにやら操作をしだすと、パシャリとシャッター音のようなものが。
「ふふ、いいものゲット~」
「!?」
こ、コイツいま俺の顔を写真に収めやがったな!?
満足したかのようににっこりと微笑む夏凛に、俺は食って掛かった。
「お、おいっ、今の消せ!」
「イヤでーす。乙女の心をもてあそんだ男にはお似合いの末路でーす」
「ぐっ……お願いします、消してください。もうお婿に行けなくなるから」
「…………どうしよっかなー」
夏凛は心底楽しそうな顔で、スマホを眺めている。チラチラ画面を向けてくるたびに、冷や汗が止まらなかった。
めちゃくちゃひどい顔してんな。誰だよアレ……いや、俺か。
「じゃあさ、私のものまねしてもらおっかなー?」
「は、え、なんだよ急に」
「この写真消してほしいんでしょ? だったら、私の真似して」
なんだ、なにをやらせる気だ。悪い顔か?
ビクつく俺に、不敵にほほ笑んでいた夏凛が、目の前でピースをしてみせた。
満面の笑みを浮かべているその様子に、不覚にもドキリとしてしまう。
「はい、真似して」
「あ、あぁ……こうか?」
しぶしぶ俺もやってみる。夏凛と比べると、どうにもぎこちない。
と、そのときまたもシャッター音のようなものが。
「っ、お前また撮ったろ……!」
「うんっ、だってユッキーってば写真撮ってほしそうにしてたから」
「お前に言われて、仕方なくやってたんだろーが!? 早く消せ!」
「んもう、しょうがないなぁ」
夏凛はスマホをこちらに差し向けながら、俺の前で一枚目の写真を削除してみせた。
これでどうにか、お婿に行けるようになったな。嫁が貰えるかはまた、別の話だけども。
「で、二枚目は……?」
「んー? あ、消してほしかったら私のものまねを」
「いや、もういいです……」
いたちごっこになる気がしたので、その提案はお断りさせていただく。変顔に比べたらまだ、マシだしな。どこにも需要はないだろうけど。
「んふふっ……」
大事そうにスマホを抱える夏凛をよそに、俺は大きくため息を吐いた。
ものまねとか、もう二度とごめんだ。
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