縁石


 放課後、花見を終えた俺は、家路についていた。

 オレンジ色の夕日をバックにして、影が二本、伸びている。

 なぜかと言われたら隣に、


 「はぁ……楽しかった~」

 

 夏凛がいるからだ。

 ステップでも踏みそうなぐらいのルンルン気分で、歩いている。たいそうご機嫌だった。

 まったく、こっちの気も知らないで。


 「あれ? ユッキー、なんだか元気ないね?」

 「当然だろ」

 「なんでー? あんなに桜綺麗だったじゃん??」


 確かに、桜は綺麗だった。

 満開の桜を目にしてはしゃぐコイツもまた……悪くはなかった。

 と、そこまではいい。いいんだが……。


 「……コンビニの件、忘れたとは言わせないぞ」

 「こんびに?」

 

 ニュアンスを確かめるかのように呟く夏凛。

 指先を頬にあてて、小首をかしげるさまはいかにもあざとくて、わざとらしかった。

 つーか、コンビニぐらい分かるだろ。

 俺が剣呑な雰囲気を漂わせているのに気づいたのか、夏凛は苦笑いを浮かべた。


 「あ、あははー……もちろん覚えてるよ。お互い、デザートいっぱい買ったもんね?」

 「いっぱい買ったのはお前なんだよ。……で?」

 「会計時に、その……私が財布を忘れたとかあったような、なかったような……?」

 「いま事実を捻じ曲げようとしてるお前に、渡すものがある」


 俺は自分の持っていた財布を取り出すと、中から細長い紙を取り出した。コンビニのレシートである。

 それを夏凛に突きつけた。


 「あ、あの時のレシートじゃん! なんで持ってるの!?」

 「みんながみんな、レシートを捨てるわけじゃない。あとでお前が脳内で都合よく、証拠隠滅を図るかもしれんしな」 

 「そ、そんなことしないから! 明日ちゃんとお金返すってば……!」

 

 だから、このレシートもらうね、といって、夏凛がレシートに手をかける。

 すかさず俺は、その手を掴んだ。


 「え、どうかしたの……?」

 「そのレシートを胸の前に掲げて、その場に立ってくれ。一枚、写真を撮らせてもらう」

 「信用ないなぁ、もう……」


 呆れたような顔をする夏凛をよそに、俺はスマホを取り出した。

 カメラモードを起動し、彼女へと向ける。


 「…………」


 フィルム越しに映る彼女は、ちょっとだけシュンとしていた。

 なんかで見たことがある「私がやりました」のやつにそっくりだ。実際、現行犯ではあるのだが。

 そんなことを思いながら、シャッターを切った。


 「よし、もういいぞ」

 「……ふんだ……ユッキーのけちんぼ」

 

 不貞腐れたように文句を垂れる夏凛に、なんともいえない感情が湧いてくる。

 別に俺はケチではないつもりだ。頼まれれば貸してあげたり、買ってあげたりもする。

 なんだが、さすがに一介の学生が総額数千円ものデザートをおごってやるというのは太っ腹すぎるというものだろう。もともと、おこづかい少ないしな。

 高校生にもなったことだし、バイトしたほうがいいだろうか?


 今後の生活に悩みを馳せながら、夏凛のほうをみやる。

 すると彼女は縁石に乗り上げて、なんかやっていた。


 「……お前なにやってんだ?」

 「子供のころ、やらなかった? こうやって縁石を渡るの」


 夏凛は得意げな顔をしつつ、縁石を平均台のように扱っている。

 そういえばそんなことをした気もする。あとは、道路に引かれている白線の外側に出たら負けとかいうよく分からんゲームとか。

 

 交互に足を組み替えながら、夏凛がハッとしたような顔をした。

 

 「あ、ていうか話しかけないで! 私怒ってるから! 口も利きたくない」

 「いや、あれはそもそもお前が財布忘れたからで……」

 「罰として、いま撮った写真待ち受けにして」

 「いや……それはさすがに、恥ずかしいだろ? お前が」

 「え、なんで?」

 「待ち受け見るたびに、お前の失態を思い出すことに」

 「わーわーっ! やっぱり消して! すぐ消し――きゃあっ!?」


 自分の犯した過ちがフラッシュバックする羞恥に耐えられなかったのか、夏凛は慌てた様子で声を荒げ。

 そのせいで、バランスを崩して、道路側へと倒れ込みそうになっていた。

 

 「夏凛――――っ!」


 俺は彼女の名前を呼んで、全力で手を伸ばした。

 どうにか彼女の手首を掴んだ俺は、ありったけの力で引き寄せる。

 こっちに倒れ込んでくる身体を受け止めようと、足腰にも力を込めた。


 「ぐおっ!?」

 

 いまコイツのおでこが思いっきり顔に当たった、痛ってぇ……。

 それでも、彼女の身体だけはしっかりと抱き留めることに成功してたようだ。

 視線を下げると、胸に飛び込むような形で、夏凛がすっぽりと収まっている。


 「…………ぁ」

 「お、おい、大丈夫か?」

 「う、うん……」


 小さく首肯する様子に、俺はホッと息をついた。

 いまのは、マジで危なかった。車が来てなかったのが不幸中の幸いだったけれど、もしタイミングが悪かったらと思うと、冷や汗が止まらない。

 バクバクバクと鳴る心臓に気付いたのか、顔を上げないまま夏凛が呟いた。


 「ユッキーの……すっごくドキドキしてる」

 「あ、当たり前だろ。死ぬかと思ったんだぞ」

 「……心配、してくれたんだ」

 「するに決まってるだろ」

 

 ぶっきらぼうに吐き捨てると、ようやく夏凛が顔を上げた。

 夕日のせいか、こころなしか赤く見える。


 「助けてくれてありがと……。それと、怒ってごめんね」

 「あぁ、まぁ……俺もちょっと、言いすぎたかもしれない」

 「……じゃあさ、おわびになにかおごってよ」

 「お前反省してないだろ……」

 「してるよ? ほら、こんなに頭下げてる」


 それは頭を下げてるんじゃなくて、俺の胸に顔を埋めてるだけなんだよなぁ。

 ぐりぐりと顔をこすり付けている夏凛を見て、二の句が継げなくなる。

 

 まぁ、怖い思いをしたわけだし、気が済むまではこのままにしといてやるか。

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