第15話 二人の“けーちゃん”

 母に連れられて樹君の家に遊びに来た。表札を見れば渡辺と書いてある。


(やっぱり……私の知ってる樹君だった。なら、恵奈も私の知ってる恵奈だね。)


 私は既にそう確信していた。


「いらっしゃい。」


「今日は慧の事お願いね。」


「良いのよ。私だって樹の事頼んだりしてるんだから。」


 いわゆるママ友なのかもしれない。


「今日は恵奈ちゃんも一緒にお願いしちゃってごめんね。」


「恵奈ちゃんのママは良く知らないけど、悪い人じゃないんでしょ?」


「悪い人だったら頼まないわよ。」


「それもそうか。」


 そう言って母同士笑っている。


 女性同士の会話は長い。私もそうだったから良く知ってる。


(会話の流れ的に、私の母と恵奈の母は友達。樹君の母と恵奈の母は他人って事かな?)


「おはようございます。」


「あ、おはようございます。」


 恵奈母も来たようで挨拶を交わしている。


 手をつないでいる幼い女の子が恵奈なのだろう。


「すみません。急にお願いしちゃって。」


「いえいえ。良いんですよ。樹も恵奈ちゃんと遊びたいって言ってましたし。」


「ありがとうございます。」


 この時既に恵奈は樹君が好きだったようだ。


(恵奈と喧嘩するなってお母さんは言ってたけど、もしかして私と恵奈で樹君の取り合いしてたのかな……。)


 あり得る。



「じゃあね。お母さん行くから、慧ちゃん良い子にしてるんだよ?」


「恵奈もそうよ?」


 それぞれの母から言われた。


「わかった。」

「はーい!」


「渡辺さん。すみませんがお願いします。」

「お願いね?」


「大丈夫。三人で遊ばせとくだけだから手間じゃないよ。任せて下さい。」


 そう言って母ズが解散した。


「きょうはいっくんとらないでね?」


(もう嫉妬してる。なんて可愛いんだろ……。)


「取らない取らない。恵奈ちゃん可愛いね。」


 私は恵奈の頭を撫でた。恵奈はえへへと嬉しそう。



「さあ中に入って。樹が待ってるよ?」


 わーい、とパタパタ走っていく恵奈。


「お邪魔します。」


「あら? 慧ちゃん挨拶出来るようになったの?」


(またやってしまった……。ま、いっか。)


「うん。」


「樹にも見習ってもらわなきゃね。」


「そのうち覚えますよ。」


「そうかな?」


「そうですよ。まだ四歳なんだし。」


「……慧ちゃん。なんかあった?」


(私ってこういうところが空気読めてなかったんだろうな……。)


「テレビで見ました。」


「えぇ? テレビ?」


 じーっと私を見ている樹母。


「まいっか。」


 樹母は楽天的だったようだ。


「けーちゃん! はやくおいでよ。」


「え?」


「はやくはやく!」


(あの男の子が樹君か。確かに面影がある……って、今私を“けーちゃん”って呼んだ?)


「けーちゃんあそぼ!」


「今行く。」


(やっぱり“けーちゃん”って呼んでる。)


 “けーちゃん”と呼ばれているのは元々恵奈のはずだ。


「こっちのけーちゃんも待ってるよ!」


(どっちも“けーちゃん”って事?)


「ねえ。恵奈もけーちゃんって呼ばれてるの?」


「なにいってるの? ずーっとまえからけーちゃんだよ?」



 二人とも“けーちゃん”って事で確定。


 これまでの会話で三人の関係性はある程度わかってきた。


 慧と恵奈、どっちも“けーちゃん”で樹君を取り合う三角関係って事だろうね。


 だったら尚更変だ。私が覚えていないのは何らかの原因があったんだと思う。でも大人になった恵奈と樹君は、再び出会うまで私の事を全く知らなかったみたいだ。


(幼い頃に引っ越したから忘れられてるだけ? でも、三人ともが大人になっても覚えていないなんて事あるのかな? 一人くらいは覚えていてもおかしくないんだけど……。)


 妙に引っかかる。私だけじゃなく、三人で記憶喪失だって言われた方が納得いく。


(もしかして本当に三人とも記憶に欠落がある……?)


 魔法少女が言ってた記憶を取り戻してこいって、三人の記憶の欠落を何とかしろって事なのかもしれない。


(でも…まだ確定したわけじゃないし、仮にそうだとしても私にどうしろってのよ……。)


 現状では考えても仕方がないので、小さいころの樹君と恵奈、私の大好きな二人と遊ぶことにした。


「わたしは、いつきくんのおよめさん。けーちゃんはきんじょのいぬのやく。」


(私は犬かい!?)


「けーちゃんがかわいそうだよ。ふたりともおよめさん。」


(樹君って結構女たらし?)


「ええー??」


 恵奈は不満そうにむくれている。


「じゃあ二人とも可愛いから、私がどっちも貰っちゃおうかな?」


(もしかして、今のうちに二人とも私が貰う約束しちゃえば、最高の未来になるんじゃない?)


「え? えぇ? それっていいの?」


 恵奈は本当に大丈夫なのかと心配している。


「いいんじゃない?」


 そして樹君は女たらし。


「良いと思うよ。私二人とも好きだもの。どっちも貰っちゃう。」


 私は未来を変える。二人とも私のものだ。


「うーん…ふたりがそういうなら……。」


 よし! 押し切れた。


「じゃあけーちゃんふたりでいっくんのおよめさん!」


「良し良し!」


「ぼくもそれがいいな。」


(後は、二人に忘れられないようにしないとね。)


 何か良い方法はないものか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る