第4話 悪魔の証明

 先日の恵奈けいなの浮気騒動から数日が経過した。彼女の俺に対する依存は、想像以上だった。彼女は俺と学部が違うにもかかわらず、片時も離れまいと常に一緒だったのだ。


 学部が違えば、履修科目が異なるものも当然ある。このままでは必須科目の単位も満たせず彼女は留年してしまうだろう。


 俺は心配したフリをして、単位を落とすとマズいので講義はしっかり受けるよう話すが、彼女は必死に大丈夫だからと言って取り合わない。


 常に一緒にいる事で、俺に他の女を近付けさせない為だろう。


 当然俺の心配はあくまで表面上のもの。加えて、そんな彼女の必死な姿を見る事が楽しいので、それ以上の追及などするはずもない。


 追い詰められていく恵奈けいなが、何者にも代えがたい宝物となっていた。




 だが、そうした日々にもやがては慣れていくのだろう。それだとつまらない。あたかも花に水を与えるように、彼女の心に適度なストレスを与えてやる事を考えていた。



「けーちゃん。」


「どうしたのいっくん?」


「けーちゃんの元親友に謝ろうよ。俺も一緒に謝ってあげるからさ。」



 絶対に謝罪したくないだろう事が伺える。彼女は首を縦に振ろうとしない。


 それに対し、俺が溜め息をつけば彼女は途端に焦りだし……。



「わ、わかった。いっくんと一緒なら謝れる。私頑張るから。」



 このように期待の通りの返事を返してくれる。



(本当に……俺の彼女は可愛いなぁ。)



「よし。それなら早速連絡取って。」


「うん。わかった。」



 


 その元親友とやらは偶然にも近場に出てきていたそうで、俺達二人はすぐ待ち合わせ場所へと向かった。



「俺がこれから言う事には一切反論するなよ? 分かったか?」


「う、うん。」




 元親友。名前がけいというらしい。待ち合わせ場所は小さなカフェで、けいは既に到着していた。


 俺達三人は挨拶もそこそこに、他からは目立たない奥の席へ座った。



「改めて、久しぶりだね。恵奈けいな。」


「……うん。」



「あれからね。色々考えたんだ……。無自覚だった……のは言い訳にもならないけど、恵奈けいなにたくさん酷い事を言ってたね。」



 黙りこくる彼女に俺はそっと視線を向ける。



「……私の方こそ。」


恵奈けいながずっと一途に幼馴染の彼を想っていた事を…私は知ってたはずだったのに……。」


「……。」


「私達さ、結局ヨリを戻したんだ。」



(あの男はヨリを戻したくせに浮気したのか。俺が今考えている事に少し手を加えれば更に楽しくなりそうだ。)



「………そうなんだ。」


「本当にごめんなさい。すぐには難しいかもしれないけど、前みたいな友達に戻りたいです。」



 けいは涙を堪え謝罪する。



「……私の方こそ、ごめんなさい。」


「ううん。恵奈けいなが悪くないとまでは言えないけど、元はと言えば私が悪かったから。」



(そうだね。お前のせいで俺はあんなにも素晴らしい気持ちを味わったんだ。)



「ところでさ、隣にいる彼が例の……?」


「そう。私がずっと好きだった幼馴染。そして今は付き合ってる。」


「良かったね。おめでとう!」



 そうして、わだかまりは未だあるものの会話が少しずつ進んでいく。恵奈けいなもこうして実際に話してみれば、仲直りに前向きになってきているようだ。



 だが、俺はそんなどうでもいい事の為に一緒に謝りに付いてきたわけじゃない。



「実はもうひとつ謝らなければいけない事があってさ。」



 まとまりかけていた二人の会話を遮る。



恵奈けいながね。君の彼氏とまた浮気してたんだ。これはしっかり彼女を見ていなかった。俺にも責任がある。すまない。」



 俺は本当に悪かった。とけいに頭を下げる。



(ダメだ。今にも笑い出してしまいそうだ。まだ我慢しろ。)




 ぇ……。



 小さく呟くけいに俺は畳み掛ける。



「ただ誤解しないで欲しいのは、けいさんの彼氏が恵奈に迫ったみたいなんだ。今までの関係を俺にバラされたくなかったら、言う通りにしろ……ってね。」



 もちろんそんな話はデタラメだ。俺が勝手に作り出した妄想話。むしろ迫ったのは恵奈けいなからだ。



「だからね。彼女もやむにやまれず、関係を持った事を理解してもらいたいんだ。」



 そして……と俺は更に続ける。



「一度こういう事があった以上。けいさんには彼氏が変な事を仕出かさないかを注意して見ていて欲しい。そして何かあれば俺に連絡してくれ。恵奈けいなを守る為に必要なんだ。」



(ここで少し溜めを入れ、申し訳なさそうに……。)



「いや、今の話を聞いて彼氏と別れるならそれは頼めないけどさ……。」


「別れません。でも、それなら注意しておきます。」



(食いついた!)



 以前聞いていた通り、この女も幼馴染に並々ならぬ執着を持っているようだ。


 “別れ”の単語を口にしただけで、この反応。



 けいは赤の他人である俺の言う事を全面的に信用してしまったのか、連絡先を交換してくれた。


 恵奈けいなが俯いてしまっていたのも信用に足る材料と判断したのかもしれない。



 彼女の手を見れば、拳に力を込め過ぎて爪が白く変色していた。


(俺が以前口にした別れない為の条件。しっかり守れているじゃないか。)


 


 思い通りに事が運んだ。一度疑ってしまえば人は簡単に相手を信用しない。


(こういうのは先に言った者勝ち。)


 俺はけいに楔を打ち込んだのだ。


 もう彼氏が何を言ってもけいは簡単には信用しないだろう。さっきの作り話だって彼氏がいくら否定しても、嘘だと証明する事は出来ない。



(なんたって、証拠がないんだから……。悪魔の証明ってやつだな。)



 それに……浮気したのは事実だ。



 真実の中に嘘を混ぜてやる事で、嘘が露見し難くなるとは良く言ったものだ……。


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