第5話 彼女の声……裏(切りは)返る
慧といくらか会話して改めてわかった事がある。確かに恵奈の言う通り、彼女は会話の端々に人をイラつかせる雰囲気が見られた。
言葉にするのは難しいが、恐らく恵奈という友達を失いたくないが為に、とりあえずそれらしく謝っておこうという気持ちが薄っすらと感じ取れたのだ。
恵奈は俺に愛想をつかされるかもしれないと気が気でなく、それらに気付かなかったかもしれないが……。
一応互いに謝りあうという名目で会ったにもかかわらず、彼氏とヨリを戻したという報告がいちいち必要か? しかもほとんど最初の時点でだ。
俺に対して例の幼馴染か? と聞いてきた事だってそうだ。確かに実際俺達は再会出来たのだが、普通に考えて俺らが再会する確率なんてのは相当に低い。
もし俺が恵奈の言う幼馴染じゃなかった場合は、彼女の怒りに対して火に油を注ぐようなものだと気が付かなかったのか?
俺が慧と幼馴染の別れを示唆するような事を言った途端にムッとしていたのだってそうだ。俺にとっては作り話でも、慧はあの話を事実と認識していた訳だから、彼氏の不始末でこちら側に申し訳ない雰囲気でも見せれば良いようなものを、謝罪どころかイラっとした顔をされたのだ。
まぁ、食いついてくれたからこちらとしては助かるんだが……。正直あれは無い。
(お蔭で恵奈と俺の楽しいひと時に、慧を巻き込んでしまっても全く罪悪感が湧かないじゃないか。)
慧と初めて会った日から頻繁に連絡を取る様にしていた。
慧の彼氏は浮気の事を問い詰められるとあっさり白状したようだが、恵奈を脅した事は一切認めなかったそうだ。
なんて情けない男。でも私が居なきゃ彼はダメなのよ。
慧はそう言っていたが、その男が認める訳なんてない。そんな事実は元々無いのだから。
俺と慧は互いに恋愛相談をする仲となり、浮気された事で気に病んでいる風を装って、彼女と更に仲を深めたのだ。
慧も元々浮気をされた立場。相手が幼馴染という共通点もあり、俺と慧が親しくなるのに時間をそれ程要する事は無かった。
そしてとうとう慧と二人で会う約束を取り付けた。
「お待たせー。」
「それ程待ってないさ。」
「そこは今来たばかりって言うところでしょ?」
「あぁ……。今来たところさ。」
「もう遅い!」
二人で笑い合う。
今日はどうしても内密に相談したい事があると言って慧を呼び出したのだ。
「それで? どこ行く?」
「あまり人に聞かれたい話じゃないし、カラオケとかどうかな?」
「オッケー!」
二人で取り留めのない話をしながら、近くのカラオケ店へ向かった。
「それじゃあ歌うぞー! って訳にはいかないんだよね? 今日はどうしたの?」
個室に通された俺と慧は並んで座っている。
「実はさ、どうしても恵奈にされた浮気を忘れられなくて……。」
「それは……私もそうだけどさ。」
「気にしないようにして、今まで我慢してきたけどさ……かといって俺は恵奈と別れられない。」
「うん……。」
「慧はどう思ってる?」
「私も……。そりゃあ腹が立つけどさ。好きだし別れられないよ……。」
「つまりは俺と同じで我慢してるって事か?」
「……そうなるね。」
彼女は辛そうに肯定する。
「どっちも幼馴染から離れられないってわけだ。でもさ……。」
と言う俺に彼女は続きを促す。
「やられっ放しってのは面白くないと思わないか?」
自嘲気味に笑みを浮かべ同意を求める。
「そうだけど……。どうしようもないじゃん。」
「俺達ってさ、似てると思わない? 相手が幼馴染で、どっちも浮気の被害者だ。」
徐々に彼女との距離を詰める。
「そしてどっちも幼馴染に依存して離れられないから、こうして今でも悩んでる。」
少し顔を近付ければ既に唇が触れ合う距離。
「俺は恵奈が居なかったら慧が一番好きだったと思う。」
そっちは? と聞けば。
「私も……そうかもしれない……。」
そう彼女が言うと同時に唇を押し付け、肩を抱き寄せる。
慧からの抵抗は無かった。そのまま執拗な程唇を重ね、彼女の心の壁を取り除いていく。
暫くの間俺達は無言で抱き合い。口づけを交わし合う。たっぷり時間を掛け、焦らすように首や背中に手を這わせれば、僅かな吐息が漏れる。
「……どうする? 今ならまだ引き返せる。」
慧は否定も肯定もしなかった。
ただ一言。
「私、近くのアパートで……一人暮らししてるの。」
緊張からか裏返った声でそう呟いた。
(いっくん!)
一瞬、何故か恵奈が俺を引き止める声がしたような……。
(俺にとっても、これが引き返す最後のチャンスなのかもな。)
そんな考えを振り払い、すぐさま彼女の手を取りカラオケ店を後にした。
慧はこれから何をするのか分かった上で俺の手を引き、繋いだ手を放さず終始無言で歩いている。五分も歩けば彼女のアパートへと辿り着いていた。
「入って……。」
彼女に促され二人で部屋へと入る。
「何か飲みも……」
すかさず彼女にキスし、口を塞ぐ。
(万が一、慧の気が変わったら二度と機会は訪れないかもしれない。)
一瞬驚いたように身を震わせた彼女だったが、すぐに俺を受け入れた。
その日、俺は恵奈の待つアパートには帰らなかった。
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