第十三話 ・メイド力
ーーアクア・エクリプス。
目の前で、紅茶を淹れる少女はただ者じゃない。
まず、彼女は日本のサブカルチャーでは、もはや定番となった伝統的なエプロンドレス。所謂メイド服を着用している。いや、服装の種類事態は別に問題ではない。問題はそのスカートの丈だ。
“目算膝上18cm”
コレは、とんでもないことである! いつから我がヴェルロード家の風紀はこんなにも乱れてしまったのだろうか? 全く嘆かわしい限りだ。
彼女の扇情的な服装はセクハラしてくださいと言っているのと、なんら変わりがない。
むしろ、セクハラしないと失礼に当たるのではと考えた私はティースプーンを取りこぼしたり、窓を開けるついでに悪戯そよ風を発生させたりしたのだけど、とうとう秘密の花園を拝む事は叶わなかった。
不思議な事に見えそうで見えない。
まるでスカートの中が異次元空間にでもなっているのだろうかと、本気で考えるぐらいに見えない。
多分、彼女は闇系統の魔術師である。
コレは冗談や比喩ではなく彼女は少なくとも、闇と水の魔術の素養を有していると推測される。
馬車に乗り込んだとき彼女は手ぶらであったのにも関わらず、いつの間にやらティーセットを用意しており、揺れる馬車の中で紅茶を入れるという常識外れの行動を平然と行っているのだ。
その上で、紅茶は一切溢れてはいない。カップに収まった後の紅茶は一切の波立ちを見せず、いたって静穏としている。
ティーカップに何かしらの仕掛けがあるようにも見えない。
つまり、秘密は彼女の方にあると思って間違いないだろう。発動の瞬間を決して悟られず無詠唱で魔術を行使し、涼しい顔でソレを維持し続ける。
あくまでさりげなく。
しかし、わかるものには十分に理解できる妙技。おそらく彼女の服装も、私に対するアピールの一環であり、彼女は私に自分を売り込みに来ているのだろう。
セバスの後任を名乗る彼女をよく観察する。
均整の取れた肢体は華奢でありながら、適度な肉付きが見られ、実に女性的である。
身長は女性としては高い部類で、その完璧なスタイルは、俺氏の記憶にあるファッションモデル達と比べても遜色がないように思う。なにより、私の好みを反映したと思わしき服装に、私は大満足だ。
視線を上に向けると、まずサラサラとした清潔感漂う青髪が目に止まった。
彼女も私と同じく、髪に魔力が宿っているのかも知れない。私のように発光していると言う事はないが、思わず指を通してみたくなるような魅力と、不思議な清涼感が漂っている。
そして、彼女の容貌もまた美しい。その端正な顔立ちは、街を歩けば多くの者の視線を釘付けにすることだろう。特に、藤色の鋭い双眸は冷たい印象を与えると同時に強い意志を感じさせ、彼女の印象を決定付けることに一役かっているように思う。
不意に、アクアが熱々の紅茶をセバスにぶちかけセバスが『我々の業界ではご褒美ですぅ!』と、歓喜の雄叫びを上げる妄想がよぎったが、彼女のイメージはそんな感じである。メイドというよりは女王様タイプ。
しかしながら、甲斐甲斐しく給仕にあたる姿は完璧で常に私に対する敬意の程が窺える。
合格ですね!
むしろお願いしますと、こちらから頭を下げてもいいぐらいだ。
彼女ほどの逸材はそうそういないだろう。
歳の頃もまだまだ働き盛り前の少女で、アルツハイマーの驚異も迫ってはいない……あれ? おかしいな。私の目に狂いがなければ彼女の年齢は四十二歳……いやいや、きっと疲れてるのよ。
一度、瞑目し精神を落ち着かせてからカッと、目を見開き彼女の容貌を瞳に焼き付ける。
見える、見えるぞアクア・エクリプス! 貴様の年齢は四十二歳と三ヶ月に七日、十三時間二十四分である。
彼女の容姿を顧みて常識的に考えれば少女だが、私の直感が熟女にあたる年齢だと告げている。
不思議だ、視覚と知覚が見事に剥離している。
暫く彼女の顔を穴が空くほどに凝視していたら、彼女が核心について話し始めた。
「流石はお嬢様。お気づきになりましたか」
「……ええ、まぁ」
え、マジで四十代なのだろうか、私の目凄くない!?
「お気づきの通り、私は人間ではございません」
「ーーッ!? ……やっぱね、そうだと思ってたのよ」
そんなカミングアウトが来るとは予想だにしていなかった。
私は思わず取り乱しそうになるが、なんとか平静を装いやり過ごす。危ない危ない、もう少しで新人メイドになめられてしまうところだった。
しかし、人外ですか……。一体どういう事なのだろう? これ以上ボロを出さない為に紅茶を口に含みながら視線で続きを促す。
「私は極めて珍しい例ですが、直接人間の胎児に宿った守護精霊なのです」
何それ、悪質な憑依ですか?
……いや、そういえばそんな話を本で見たことがあるぞ。
「なるほど、確かに守護精霊が胎児に宿るとは珍しいわね」
守護精霊とは所謂守護霊のようなもので、人を守る精霊のことである。
しかし、通常精霊は長い年月を誇る泉や、森林などに宿るものだ。
そもそも、精霊とは魔力の塊である。
魔力は一定の条件を満たすと意志を持つと言うのは、大魔導師デモン・ハルバートが人工精霊の作成に成功した時点で証明されているが、その条件の中に高濃度のマナが必要とされると、いうものがあるため自然に精霊が発生するとしたら、大気中のマナが濃い大自然の中であるのは当然のことだろう。
だが、何事にも例外は存在する。守護精霊はその例外にあたるのだ。
守護精霊が現れる条件はズバリ、血筋である。守護精霊は決まって由緒正しい魔術師の家計の下に現れ、その家系に縁あるモノに宿り主に様々な恩恵を与えるという。その理由は諸説あるが、一般的に優秀な魔術師の死後、肉体という器を失った魔力が大気中に霧散し精霊の元となるマナに変化した結果であると考えられている。
まさに守護霊のような守護精霊であるが、なにも宿るモノが物であるとは限らないようで、犬に宿った守護精霊の物語がある。
『守護忠犬フェンリス』
北欧神話に登場する邪悪な狼のような名前をしているが、フェンリスは忠犬中の忠犬である。
曰くフェンリスは、傷ついた主を助けるために海を凍らし氷の道を作り、迫り来る追手から氷の道を守り切ったらしい。
そして、現在でもフェンリスは、その身を氷像に変えて決して追手が海を越えぬように、いずれ帰ってくる主が安心できるようにと別れの地を守り続けているのだ。
しかし、当の主は海を越えた先で妻子をもうけて、幸に人生を全うしたそうなので、いつまで待っても帰ってくることはなかったという。
なんとも切ない話だが、これは実話であるそうだ。少なくともフェンリスの氷像は実在するし、現在では有名な観光地になっている。
そして、今私の目の前には件の忠犬以上の存在がいる。
“アクア・エクリプス”正真正銘、ただ者ではない少女だ。
守護精霊を従者にできるなんて、私はなんて恵まれてるんだろうと、諸手を挙げて喜んでもいいが、一つだけ聞いておきたいことがある。
「ねぇ、アクア。貴女が私の従者になってくれると言うなら、私から断る理由はないのだけど、なんで私なの? 本当に私でいいの?」
本当は彼女に聞くべき質問ではないだろう。
しかし、どうしても彼女本人の意志を聞いておきたかったのだ。
彼女の出自は知らないが、守護精霊というのならばヴェルロード家に何かしらの由来があるのだろう。ならば、当主であるお父様の付き人になるのが順当なはずだ。もしかして、お父様からの命令で私に仕える事になったとか……本当はこんな変態少女に仕えるなど虫唾の走る思いだが、嫌々やって来たとかないだろうか?
守護精霊を付き人にするという身分不相応な待遇に私が不安を抱いていると、私の不安を吹き飛ばすようにアクアは真直ぐに私の目を見据えて、言葉を発した。
「お嬢様だからいいのです。そして、私がお嬢様とお呼びするのは貴女様だけなんですよ」
何それ、惚れる!
もしここで『仕事ですから』とか言われてたら、心が折られていたに違いない。
しかし、アクアは私がいいと言ってくれたのだ。もしも私が男性だったなら、即座に結婚を申し込むぐらいの発言である。
いや、前世では百合と呼ばれるジャンルがテレビアニメで流行したぐらいだ。私が百合っても何ら問題は……いや、問題あるでしょう。考え直せメルル、三次元百合道は茨の道なんだぞ! 辛く険しいんだぞ!
一瞬、よからぬ方向に進みかけた私の貞操観念(?)を叱咤して考えを改める。
辛いのは嫌いだ。私は幸せになりたいのだ。
よって、アクアとは清い主従関係を築いていこう。
「迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくねアクア」
「お嬢様の行動に、迷惑なものなど存在しません。もし、ご用があれば何なりとお申し付けください。必ずや私が完璧に処理してみせます!」
そう言って私の手を握る彼女の息遣いが妙に荒いのは、きっと気のせいだろう。
瞬きもせず、熱っぽい視線を向けてきている気もするが、それも気のせいに違いない。
所詮、私と彼女は主と従者。
それ以上でもなく、それ以下でもない主従であって、いかがわしい事なんて何も起こりはしない。
例えば一緒にお風呂に入ったりするかもしれないが、私達は女性同士であるので何もやましいことはない。夜は一人で寝るのが怖いから二人で一緒のベットに入ったとしても、私はまだまだ、いたいけな八歳児なので何ら不思議はないだろう。
むふふ、明日からが楽しみだ。
こうして私は、アクアという新たな従者と出会い。
今後行動を共にしていく事となった。
そして、もう一つ重要な事が判明した。
私の真っ赤な瞳は魔眼であるらしい。念の為、アクアに年齢を確認したところ私の予想と見事に一致したのである。
私はこの魔眼を『
とにかく、この魔眼の事は墓まで持っていくつもりだ。
うぅ、フェイちゃんになんて説明しよう……。
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