第十二話 ・DQNのクセに生意気だぞ!

 






 どうにも先程追い払ったチンピラ共が、親玉を連れて帰ってきたらしい。




「アレがお前らが言ってたキ○ガイか。まだガキじゃねえかよ、どうなってんだ?」




 赤髪を逆立てた肥満児が声を荒げる。その年齢は私とそうも変わらないように見えるが、中々の迫力をもっていた。


 その赤髪デブに取り巻き共も震え上がり、なんとか取り繕うと必死な様子である。




「いや、旦那。アレが相当凶暴なうえ強いんですよ」


「ぬかしやがれ! あ~あ、いくら暇だからってガラにもねぇ事するもんじゃ無かったな」


「本当に強いんですって! 魔術少女がどうとか言いながら目にも止まらぬ速度で襲いかかってくるんですから」


「へ~、魔術ねえ」




 取り巻き共が私の事を説明すると、赤髪は挑発するかのような表情でまじまじと私を観察してきた。


 コイツはヤバイ。


 生理的に受け付けないのもあるが、コイツはただのデブとは違う。纏っているオーラや眼光が半端じゃないのだ。


 なんとなくわかるが、コイツは多分滅茶苦茶強い。




「おい、そこのお前、魔術少女なのか? ププッ」




 明らかに、馬鹿にした口調で私にそう聞いてくる赤髪デブ。


 勿論、DQN風情に屈するつもりはないので私も挑発で返す。




「ええ、間違いないわ。まぁ、あんたの子分には魔術を使うまでもなかったけどね」


「はは、そいつはおもしれぇ。なぁお前階級はいくつよ?」


「最上級よ。ちなみに、あんたらチンピラ風情に見せるつもりはないから安心してくれていいけどね」




「あ~、そうかい。愉快だな……死んでも知らねぇぜ? お前」




 ーー来る!




 赤髪は腰に下げていた剣を引き抜くと、幾分も間を置かず一文字を描くように切りつけてきた。


 鋭い一閃は、生半可な相手なら十分に萎縮してくれるだろうが、私をあまり舐めないで貰いたい。




「“暗黒舞闘・柳”」




 これは、斬撃の勢いを殺さずにそのまま反らす武技。


 体制を出来るだけ低くし、斬撃を上と受け流すと一気に距離を詰める。




「ーーこれで摘みね。“暗黒舞闘・椿”」




 魔力を直接相手に打ち込むことにより、相手の防御を突き抜け内臓器官に直接ダメージを与えるコレを受けて、立っていた者には未だお目にかかった事が無い。




 しかし、現実は非情である。




「わりいな、俺に魔力は通らねえんだわ」


「ーーッ、かはぁ」




 無慈悲な宣告と同時に、痛烈な膝蹴りが私の鳩尾を正確に捉える。


 激痛と空気が漏れ出る感覚が私を襲うが、髪を掴まれたところで、正気を取り戻し咄嗟に爆発の魔術を発動した。


 私自身を巻き込む形で発生した爆発によって、一旦距離をとる事には成功したが、事態はあまり芳しいものではない。先程のチャンスを物に出来なかったのは相当な痛手である。


 接近戦は危険だな。ここは中距離から攻めたいところだけど、どうにもあちらさんはソレを許してくれそうにない。




 デブのクセに疾風迅雷を地で行くような速度で迫ってきている。


 仕方がない、ここで隠しダネを使わしてもらうとしよう。




 キンッと、硬質な金属音が響いた。




 私は例の『深みある輝きと、シンプルなデザインの芸術性をもつ品』を腰から引き抜いて追撃を防いだのである。


 この品は、有り体に言えば鉄パイプ。しかし、ただの鉄パイプに非ず、何と魔力を通すことにより伸縮自在なのである。携帯に便利なので暗殺騒動以来、常に持ち歩く事にしたんだけど早速役に立ってくれたのだ。




 ほんと、フェイちゃんはこの品のどこが気に入らなかったんだろう。


 まぁ、結果オーライだけどね。




 追撃を防いだ私は次の行動に出る。


 魔力が通らないが、どうゆう意味かは知らないが物質に変換してしまえば関係がないだろう。


 私は後ろに引きながら、あたりの一帯の地面から岩石の弾丸を放つ。驚くべきことに、肥え太った体に似合わぬ巧みな体捌きで接近してくるが、面による攻撃は流石に受け流しきれないようで徐々に距離が開いていく。




 ここで、俺氏オリジナル魔術の最大のメリットを使わせてもらおうか。




『古き民は超常の天災に神の姿を見出した。地を裂き、降り注ぐ厄災を神の怒りと捉えた。こんを祀る祠に贄を捧げる事にのみ荒ぶる神は鎮められる。この地に地神の戒めを再び……惜しかったな私の勝ちだ! “驚天動地の活山口”グランドエンド




 俺氏オリジナル魔術の最大のメリットとはズバリ強制発動だ。


 詠唱さえしてしまえば絶対に発動するのだ。いくらふざけていようが、片手間だろうが発動する。


 そのおかげで、岩石弾を放ちつつも上級魔術を発動すると言う荒業が成立するのである。




 地面から巨大な溶岩の塊が打ち出され、空に汚い花火が打ち上げられた。


 やりすぎだろと、思われるかも知れないが、そんな事はない。


 赤髪は、それほどまでにヤバイ相手だった。私は見ていたのだ、奴が岩石弾を歯で受け止める瞬間を見ていたのだ。




 多分このぐらいじゃ死なないだろう。


 ま、念の為に生死確認ぐらいはしておこうかな。と、思ったところ案の定奴は生きていた。なんと、落下地点から自力で這い出してきたのである。


 予想以上に元気そうじゃないか。尤も、流石に満身創痍といった有様で膝が生まれたての子鹿のように震えてるけどね。




「あら? まだやるつもりかしら」




 勝利を確信した私は予め考えておいたセリフを口にした。


 後は、目の前でプルプルと震えている小鹿もどきが、訳の分からない言い訳を吐き出してくると予想されるので、もう一発ぶん殴って万事解決である。




「おい……お前、ふ、ふざけんなよ。俺を、俺様を誰だと思ってやがる! 俺様はジャック・J・レオンハート様だぞッ!」




「知るか! ーーェ?」


「ぐべぇ!」




 ……今、なんて言った?




 あばばばばばばば、やべえマジやばい。


 レオンハートですって!?




 思わずぶん殴ってしまった赤髪さんを、もう一度よく観察する。


 うむ、確かに良い物をお召になられておりますね……。


 もしかしたら、この方は本当にレオンハート家のお坊ちゃまなのかも知れない。


 大貴族のボンクラ息子とかベタすぎるでしょう!? こんなテンプレ私は求めてなかったのに!




 ーーレオンハート公爵家とは、この国で絶対に敵に回してはいけない方々の一角である。




 私のヴェルロード家は、ベルフト王国でも十本の指に入る名門貴族だと断言できるんだけど、三本の指に入るかと言われると、無理ですとも断言できる。


 なぜなら、この国の貴族には所謂別格が存在するのだ。


 それが“ベアクロー・ホークアイ・レオンハート”の動物の名になぞられて興された通称、御三家である。


 この御三家は勇者ロイ直系、つまり初代国王の直系にあたり。ロイ本人自ら、王位を嗣げない息子達の為にそれぞれの息子の特徴から命名したという逸話の残る。やんごとなき家柄であるのだ。




 私は、そんな相手に喧嘩を売ってしまったのだ。


 しかし、後悔はしていない。


 目の前で女性が乱暴されていたら助けるのは当然だし、さっき勢いに任せて顔面をぶん殴ったのもあながち間違いでもなさそうだ。




 だって、ほら? 目の前で私を、まじまじと舐め回すように見つめているデブの卑しい顔を見てみろよ。野生のオークだって、こんないやらしい顔はしていないだろう。


 もしも、私がレオンハート家の威光に萎縮して自分の非を認めたら最後、どんな性的な要求をされるかわかったもんじゃない。


 よって、私は間違っていない。




 でも、どうしよう。


 待っていても事態は好転しないし、それどころかギャラリーが集まってきたら状況は悪化するばっかりだ。消し炭に変えてしまうわけにもいかないしなぁ……。


 よし、ここは偉大なる先人達の英知にあやかるとしようか。




 ズバリ、SEKKYUOUだ!




 抗いがたい正論のようで、実はそうでもない理不尽な理屈でもって、相手を全否定する事により相手の心をへし折り二度と悪行ができないように一発で調教してしまう魔法の説法、それがSEKKYOUである。




「レオンハートだと? ふざけるな、貴様に高潔な獅子の魂を名乗る資格などない!


 貴族とは民を守る盾にして、民の未来を切り開く矛である。貴族の存在とは前提に民が存在するのだ。


 民なくしては貴族は貴族にあらず。よって、民を蔑ろにする貴様は貴族失格だッ!」




 人差し指を突きつけながらの全否定、中々の好感触だ。


 私の勢いにジャック様は完全に言葉を失っている。


 このまま続けさせてもらおう。




「……おい、貴様はレオンハートの名の由来を知っているか? 知らんだろうな。知っていながらこのような悪行を犯せるはずがない。


 偉大なる初代国王、勇者ロイ・ベルフトは彼の次男であったジャンに獅子の魂の名を授けた。ソレは民のために我が身が犠牲になる事も厭わずに戦う勇姿と、ジャンの高潔な生き様を称えて与えたものだ。


 あろうことか、そのレオンハートの名を冠する貴様が恫喝の手助けをした挙句、善良な市民に斬りかかるなど言語道断である。恥を知れ!」




 どうだろう? 後一歩足らずってところだな。




 ええい、もうひと押し!


 赤髪もとい、ジャック様の手を取りギュッと握ると、その燃えるようなオレンジ色の双眸を真っ直ぐに見据えて懇願する。




「……今ならまだ間に合います。どうか今一度民を慈しむ御心を持ってください」




 割とマジでお願いします。


 そして、どうか私の狼藉も水に流してください。




 気まずい沈黙がその場を支配していると、人が集まって来る気配が感じられた。


 やばいな、ジャック様はまだご機嫌斜めのご様子である……とりあえず逃げるか!




「では、レオンハート様。病気の母が待っていますので、私はこのへんで失礼します!」






 それから私は走った。ひたすらに走った。


 やがて宿に到着すると、セバスと見知らぬ少女が宿の前に停めてある馬車の横で、談笑しているのを発見する。




「セーバースぅー! その馬車ウチのヤツ?」


「そうですけど、一体どうしたのですか!?」


「いいから、いいから! 早く乗り込むの」


「いや、私はこの街で……」


「いいからッ! 乗れ!」




 強引に馬車へとセバスを押し込むと、セバスと談笑を楽しんでいた少女も車内に乗り込んできた。




「えーと、貴女は?」


「お初にお目にかかります。


 私は、アクア・エクリプスと、申します。不束者ですが、どうかよろしくお願いしますよ?」


「えーと、エクリプスさん。すぐ出発しますけどいいんですか?」


「勿論ですよ。お嬢様の御心のままに」


「お嬢様って……。まぁ、詳しい話は馬車の中でお願いします。運転手さん、ヴェツルヘムまで!」




 こうして、セバスとのお別れとかレオンハートとか様々な問題は、おざなりに処理されたのである。願わくば、何のお咎めもありませんように。










ーーーー






 ーー敗北。




 ソレは深く深く、ジャック・J・レオンハートに刻みこまれた。




 ーー違う、俺はこんなもんじゃない! 本当は本当の俺はもっとできるんだ。




 ジャックは自分の肥えた腹に視線を落とすと、思考は暗い方へと流れていく。


 思えば本気で走ったのはいつぶりだったのだろう。剣を引き抜けば常に一撃の下に勝利を得てきた自分は、いつの間にこんなにも遅くなってしまっていたのか。




 後悔だろうか、自分の情けなさに嫌気が差した彼は、似合わない自己嫌悪から逃げるように、両手の掌に視線を移す。


 先程の少女に強く握られた手には、まだ彼女の暖か味が残っている気がして、ジャックはその温もりを逃すまいと強く拳を作った。




 思えば不思議な少女だった。




 ジャックはレオンハート家、それも跡取りにのみ許される『J』の名を剣聖の二つ名を持つ者である。生まれる前から聖剣に見出された彼を畏れぬ者等誰一人としていなかったのだ。


 そして、彼は生まれると同時に剣戟の神子として、神からの祝福を受けた。


 その彼を窘めれる者もおらず、少なくとも彼の記憶に他人から叱咤されたということはない。




 しかし、少女はそんなジャックに正面から向かい合い、勝利をおさめたのみならず、強く彼を糾弾したのである。




 その出来事は、ジャックに敗北以上の衝撃を与え、彼の自尊心を酷く傷つけたのだが。




『今ならまだ間に合います。どうか今一度民を慈しむ御心を持ってください』




 最後に、そう続けるものだからジャックは何も言えなくなってしまった。


 その言葉から、それまでの彼女の尊大さは欠片も感じられず、ただ純粋な必死さだけをジャックに伝えてきた。これもジャックにとっては初めての経験だった。


 衆人は彼を対等に、いや、同じ人間としてすら見ていていない。規格外の存在、ジャックという人間は所詮偶像のようなもので他人は彼を崇めるだけであり、彼の事を心配するなどありえないのだ。




 そのジャックに少女は真っ向から向き合ってきた。


 少女の紅い瞳は強い意志の力を湛えており、気を抜けば飲み込まれてしまうような錯覚を覚える程であった。




 ジャックは、もう一度少女の姿を頭の中に描き出す。




 あの、みすぼらしい身なりから察するに彼女は平民に間違いないだろう。それなのに、貴族が何たるかを説く姿は中々に様になっているように思えた。




 そして、非常に魅力的な少女だった。


 透き通るような美しい銀髪は風になびくと甘い香りを周囲に漂わせ。


 その髪に決して隠れてしまう事のない整った目鼻立ちは可憐とも美麗とも、表現できる魔性を秘めていた。




 その、美しい容貌を支える身体は、やはり華奢で、少し力を込めれば折れてしまうのではと思う程だ。


 自分を殴りつけた拳など、握りこめば丸々自分の掌に収まってしまうのではないかと思うほどに小さかったのにも関わらず、自分の手を包む小さな筈の彼女の手は、幼い記憶に残る優しい祖母のように大きく感じられた。


 本当に不思議な少女だった……。




 ふと、ジャックは気が付いた。


 今、自分が抱いている感情が他者への賛辞や、憧れに類するという事に。




 ーーらしくない、こんなの俺らしくねぇぞ!


 あまりに自分らしくない回想に、頭を振り一旦思考をリセットする。と、声を張り上げた。




「おい、お前ら! 見せもんじゃねぇんだ。散れ!」




 そう叫び、いつの間にか集まっていたギャラリーを追い払ったジャックは、痛む体に苦心しながらもなんとか立ち上がる。


 ジャックは、周囲に軽く視線をさまよわせたが、見知った顔はそこにはいなかった。どうにも、彼の取り巻きは早々に逃げ出してしまっているようである。しかし、今の彼にはそんな事はどうでもいい事であった。今は何より時間が惜しい。腑抜け、錆び付いてしまった自分を鍛え直す時間はいくらあっても足りそうにない。




 他人を評価するなど、傲慢で不遜なジャックらしくない事であるが、彼は一つ呟く。




「まぁ、対等ぐらいには思ってやってもいいか」




 そう言って不敵に笑う彼は、鼻血や土で酷く汚れているのにも関わらず不思議と、清々しい表情をしていた。






 今日出会った、二人の神子は今後幾度となく運命を交差させ続けて行く事となるのだが、ソレはまだ先のことである。

















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