第十一話 ・マジキチメルル

 




 次の日、セバスは昨日のことが嘘のようにスッキリした表情をしており、思考回路も至って正常であった。


 その冷静さたるや賢者タイムの如し、彼も悟りを開いた一人になったらしい。




 私はセバスを背負って、徒歩による脱出を検討していたのだが、セバス曰く下手に歩き回るのは危険だということなので、土の魔術で竪穴式住居のような物を作り救助を待つことにした。




 その間、狼煙を上げ続けたのが功を奏したか救助班を名乗る冒険者達が、およそ五日間後に到着し、私達は無事サバイバルを生き抜く事が出来たのであった。




 サバイバル生活中は色々と大変な事もあったが、それも今ではいい思い出だ。


 いつかまた、セバスと過ごした五日間を笑い合える日が来ればいいのだけど、難しいかも知れない……セバスぅ、せめて私がお嫁に行くまでは元気でいてね。


 私が、ややセンチメンタルな気分になっていると、冒険者の一人がマントを差し出してきつつ声をかけてきた。




「あの、大丈夫ですか?」


「大丈夫です。……それより、コレは一体何ですか?」




 その冒険者に短い返事を返すと、目の前にいる化物について説明を求めてみた。


 私の目の前には、やたらとでかいトンボが羽を休めているのだ。


 そりゃあ気にもなるだろう。




「ははは、そうゆうことですか。コイツの名前はドラゴンフライと言って、移動用に飼育されている魔物です。我々の業界では割と一般的な移動手段なのですが、確かに貴族の方にはあまり馴染みのない乗り物かもしれなせんね」


「えっと、噛んできたりしませよね?」




 私がそう言った瞬間、ドラゴンフライの鋭い複眼が一斉に私を睨みつけてきた気がした。


 なによッ、やる気か? でかいトンボなんかに絶対負けないんだからね! と、敵愾心を表わにして睨み返すと、あからさまに羽が垂れてしおらしくなってしまった。


 なるほど、畜生は畜生なりに知性を持っているらしい。(本能とも言う)




「そんな事しませんよ。でも、おかしいですね……ドラゴンフライが怯えているみたいです」


「そうなんですか、怯えてるのは不思議ですけど、ひとまず安心しました。


 ところで、問題がないようでしたら早々に出発したいんですけど、大丈夫でしょうか?」


「ええ、大丈夫ですよ。では早速出発しましょう」




 ドラゴンフライの乗り心地はあまり良いものではなかった。


 三半規管の弱い人なら嘔吐してしまうこと間違いないだろう。事実セバスは休憩の度に草陰に姿を消していた。






 快適とは言いがたい空の旅は途中で野営を挟み、二日間で終わりを迎えた。


 そして、到着したのがヴェルロード領と、レオンハート領の交易の要『アンドワープ』である。




 アンドワープは交易の要というだけのことがあり中々の活気ある街であった。


 私はいつもの如く観光衝動(?)に駆られるが一旦は自重して、冒険者等に案内されるまま宿に入る事にした。




「ふぅ、漸く落ち着けるわね」


「そうですね、今回は本当に申し訳ございませんでした」




 なんとなく漏らした私の呟きにセバスは深々と頭を下げてきた。


 別に彼を責めるつもりで言ったわけではないので少し困ってしまう。




「言っとくけど、別にあなたを責めるつもりで言ったわけじゃないからね。ほら、元気出して! これからもセバスにはお世話にならないといけないんだから」




 帰ったらセバスを、老人ホーム的な施設に預けようと思っていたが咄嗟にそんな言葉が私の口からは出ていた。それほどに彼の表情には悲痛な色が浮かんでいたのだ。


 しかし、これからもよろしく頼むという意を示した私に対して彼は否定の意を返してきた。




「いいえ、ここでお別れです。


 実は既にお嬢様の付き人は後任の者が決まっているのです。そして、その者も既にこの街に来ております」


「え、そんな事聞いてない……」


「当然でしょう。言ってませんからね」




 そう言うセバスの顔は珍しく悪戯気を含んだものであった。




「えっと、ちょっと急すぎるんじゃない?」


「ふふ、お嬢様からしたらそうかも知れませんね。でも、本当はあの祝福の儀の時から既に決まっていたんですよ」




 妙に清々しい笑顔なのに、セバスの頬を涙がつたうものだから、私まで目頭の辺が熱くなってきた。


 クソぉう、セバスのクセに生意気だぞ!


 とりあえず、このままセバスにいいようにされるのは気に食わない。


 私は意地でも泣かないし、この感動的な空気なんて台無しにしてやるんだから。




「ふふん、甘いわねセバス! この街でお別れだって? この街の滞在期間がそう簡単に終わると思うなよ。じっくり一ヶ月ぐらい滞在してやるんだから」


「そうは言われましても、お嬢様はお急ぎの様子でしたし馬車等の手配は既に出来ておりますのに」


「すまんなセバス、私は気が変わりやすいのだ。では、私は観光に行ってくるので馬車はキャンセルしておいてくれたまえ」




 そう宣言して、私は窓から外へと飛び出した。


 その時のセバスの間抜け顔ったらなかった。なんだか聖都へと向かう道中を思い出して、思わず笑みが零れる。


 またセバスには迷惑をかけることになるけど、最後ぐらい我慢してもらいたい。本当は私だって、セバスとのお別れは仕方ない(老化的な意味で)と思っているのだ。でも、あまりに急すぎるじゃないか、もう少しだけ待って欲しかった。もう少し落ち着いてから、今度は真剣に向き合おうと思う。






ーーーー






 勢いよく宿を飛び出したまでは良かったんだけど、ぶっちゃけ行くあてがない。


 お金はないし、私の格好はボロっちいドレスに厚手のマントを羽織ったままのみすぼらしいものだ。もしここが、法治国家日本なら補導は免れないだろう。




 まぁ、ここは安定の異世界、エルズランド。そこらへんを歩いている冒険者と思われる方々も、似たような格好をしているので目立ってはいないだろう。いや、どうだろ? 何か不安になってきたので、一応気配遮断を使っておこうかな。




 気配遮断を発動し気配を絶って、悪目立ちは防止したものの、現状はあまり変わらない。


 何しろ現在の私は、住所不定無職、無一文の家出少女である。


 特にすることもないのに街をほっつき歩いているのだ。私はいつの間にか非行少女になってしまったらしい。


 いや私の場合、人類に早すぎる移動法があるので、さしずめ飛行少女といったところか。


 ふふん、我ながらうまい事言った。




 ーーさてと、ここは一体どこなのだろう。




 いつの間にか人通りの少ない裏路地の方に来てしまったようだ。


 こんなところに私のような美少女が歩いているとエロ同人誌のような展開が……。




「おい、嬢ちゃん。ちょっと待てよォ! 人にぶつかっておいて素通りはねえんじゃねえのか!?」




 ほぉら、きたきた。


 チンピラ共が私の美貌に釣られて集まって来よったわ。と、後ろに振り向いたところ、どうやらターゲットは私じゃないらしい。自意識過剰恥ずかしいです。


 しかし、私の目の前には女性が三人組のチンピラから恫喝されているわけでして、ほおっておくわけにもいかんのですよ。




「すいません。ですが、病気の母が……」


「っんなこと知るかよ! さっさと、出すもん出しやがれてんだ」




 おおう、少々テンプレすぎやしませんかね?(チラチラ)


 ここまでテンプレ過ぎると、ドッキリとかじゃないかと疑ってしまうのが、私の捻くれた日本人らしいところか。まぁ、当然カメラなんてありませんけどね。




「ええい、待ちなさい悪党ども。今すぐその女性から離れなさい!」




「ぐへへへ、金がないならその体で払ってもらうしかねぇな」


「いやぁぁー! やめてぇ!」




 こいつら、私を無視しやがった。


 いや、これはアレだ。気配遮断の影響に違いない。それに先程は少々恥じらいが残っていたためか声量が足りていなかったかも知れないな。テイク2だ、テイク2行くぞ!




「待ちなさい! 悪党ども。その薄汚い手を今すぐ女性から放しなさい!」


「ん? なんだテメェ! ガキは引っ込んでろ!」


「ガキではない魔術少女だ! 問答無用、くらえミラクルコークスクリュー!」




 やべ、勢いでぶん殴ってしまった。


 本当はもう少し説教を楽しむつもりだったんだけど、チンピラAは既に失神してしまっている。


 まあいいや、このまま勢いで追い払ってしまおう。




「どうだ! これが私の魔術の力よ」


「ヤベェ、キ○ガイだ!」




 な、キ○ガイだと! 失礼な、私はちょっとだけテンプレとかに憧れる普通の女の子だというのに。


 残り二人もたたんでやろうか。




「おい、ジャック様は今どこにいるんだ?」


「知るかよ! とにかく一旦ずらかるぞ。コイツはまともじゃねぇ」




 あら? キ○ガイ呼ばわりされたのは非常に遺憾ではあるが、案外潔いい奴らだ。もう少し粘って来るかと思ってたんだけど……別に物足りないとか思ってないんだからね!


 私は早々に気持ちを入れ替え、女性に手を差し伸べた。




「大丈夫でしたか?」


「ええ、本当に助かりました。ありがとうございます」


「どういたしまして。ところで、随分と急いでたようですが早く行かなくていいんですか」


「ああ、いけない。すいません! 今は時間がないので失礼します。お礼はまた後ほど」


「いえいえ、お礼なんて必要ありませんよ。別に見返りが欲しくて助けたわけじゃありませんので」




 やだ、私ったらカッコいいかも。


 私が久々に巡ってきたカタルシスに、恍惚の表情を浮かべていると女性は最後に深々と頭を下げながら走り去って行った。




 慌ただしい女性だったが、純朴そうで可愛らしい雰囲気の人であった。もう少し年齢が若かったら連絡先ぐらい聞いてたんだけど……いやいや、私は別に下心があって人助けをしてるわけじゃないのでして。


 頭を軽く振って、邪な考えを振り払おうとしたんだけど、どうやら厄介事はまだ終わりではなかったらしい。




 そういえば先生が言ってたっけな。


 厄介事に首を突っ込むのなら皆殺しにしろって。













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