第十四話 ・主都ヴェツルヘム

 




 ベルフト王国西部最大の都市ヴェツルヘムへと私達は到着した。


 流石は我がヴェルロード領でも主都に当たる都市だ。街の規模も然ることながら、人々は活気にあふれている。




 それに何やら今日は、お祭りでもあるのだろうか至る所に装飾がなされ人々は旗のような物を手にし、私達が通る道はモーゼの海割のごとく人々が両側に別れ歓声を送ってくる。


 うむ、コレは明らかに私達に対する歓迎パレードのようだ。仏頂面で腰掛けていては失礼になると思った私は営業スマイルを浮かべながら、手を振り歓声に応える。




 きっとコレはお父様が企画したんだろう。


 本当にお父様は末娘が可愛くて仕方がないらしい、照れるじゃないか。


 よし、今度『将来はお父様のお嫁さんになる!』と、言ってみるか、きっと狂喜乱舞なされる事だろう。




 幸せな妄想も早々に、よく整備された小奇麗な車道を進んでいくと立派な家紋入りの門をくぐり、お父様の住まうお屋敷の敷地内へと入った。すると、庭先には色取り取りの花々が咲き誇り来客者の視覚を彩る。先程までの喧騒が嘘のように静かな空気が流れ、やがて馬車はゆっくりと停車した。




 私は長旅に凝り固まった体を伸ばし立ち上がると、セバスが馬車の扉を開き私を先導し、アクアが後ろに控えついてくる。悪くはないな、だが少し物足りない。




「ねぇ、アクア。隣に来てもいいのよ?」


「え、その……失礼します!」




 一瞬迷ったようだが、すぐに思い直したようで、いそいそと隣りに歩み寄ってきた。


 よく見てみれば彼女の頬は軽く紅潮している。どこに恥ずかしがるような要素があったかは悩みどころだが、その彼女の様子が普段のクールな彼女とはあまりに違ったものだったから、少しふきだしてしまった。そんな私に彼女は更に頬を上気させる。




 案外可愛らしいところがあるじゃないか、後はアクアももう少し柔らかく笑ってくれるようになったらいいんだけど……彼女の笑みは基本的に加虐的で少し怖い。




 どこまでもドSな印象の強いアクアと談笑をかわしつつ、お父様の執務室を目指す予定だったんだけど……玄関に入った瞬間自分の思い違いに気が付いた。


 扉を開けると、両脇には数十名のメイドが整列し頭を下げている。




 そして、その奥には、




「ーーお父様!」




 私はいつぞやの如くお父様に勢いよく抱きついた。


 これは最早恒例行事と言ってもいいだろう。少なくとも十歳になるまでは続けていこう。


 それで、私が自分の病気せいへきを克服してお嫁さんにジョブチェンジした暁には、結婚披露宴でセバスかアクアが涙ながらに『昔のお嬢様は、本当に甘えん坊で~』とか、このエピソードを語るんだ。現在も未来も私のビジョンは幸せいっぱいである。




「ははは、メルルはいつもお転婆だな。君の将来が少し心配だよ」


「ご心配には及びません。私がこのような行動をとるのは、お父様にだけですから」


「まったく、嬉しい事を言ってくれる。嫁に出すのが惜しいぐらいさ」




 うううっと、目頭を抑えながらお父様は泣き出してしまった。にやける口元が隙間から見えているが、私は気にしない。泣いているお父様を早々に慰めなければいけないのでな。




「それも心配ご無用。私は将来、お父様のお嫁さんになります!」


「ふふ、本当にメルルは優しいな。私には勿体ないぐらい良くできた娘だよ」


「そんな事はありません。お父様あっての私です」




 こんなやり取りを暫く続けた後、立ち話もなんだからと、お父様の執務室まで私達は案内された。


 ここで、国啄みの件をお父様に説明する事になったのだが、どうやら時代の風は私に吹いているらしい。怖いぐらいに話がうまい方向へと進んでいく。




「国啄みの影響により土地は荒らされ、一刻も早い復興の手が……」


「それについては、メルルが心配することは一切ないよ。既に支援隊は現地へと到着している頃だろう」


「え、早くなっ……いいえ、流石はお父様です!」




 流石に早すぎるだろ! とは言わない。


 お父様は本当に出来る人のようである。そのお父様が問題ないと言ったのだ、これ以上私が口出しするのも失礼だろう。




「えっと、そういえばリッチロードの拠点から教皇冠のような物を発見したんですけど……」




 馬車から投げ出された時に無くしてしまいましたと、続けようとしたんだけど言わせてもらえなかった。




「それの名前は『不死王冠』リッチロードが持つ特殊な魔結晶だよ。魔結晶と言っても、もう完全に魔力は抜けているから、また込め直すといい」




 お父様がそう言って手を上げると、後ろに控えていたお父様の秘書らしき人が、なくしてしまった筈の不死王冠を差し出してきた。ソレをアクアが不思議空間に収納したあたりで、お父様が話を続ける。




「不死王冠は強力な魔導具の原材料になるから、メルルが持っておくといい。きっと君の役に立ってくれるはずさ」




 冒険者の方々が回収してくれていたのだろうか? だとしたら、想像以上に優秀な人達だったようだ。パーティー名ぐらいは聞いていたほうが良かったかも知れないな。まぁ、何はともあれ貴重そうなアイテムを紛失せずにすんだようでなりよりである。




「それにしても、よく国啄みをたった一人で討伐できたものだね。リッチロードも不死王冠を破壊せずに浄化によって滅ぼしたようだし、私はその話の方が気になるな。よかったら話してくれないかな?」


「勿論ですとも! 私の武勇伝を是非お聞きください。


 迫り来る不死の軍団を魔術で穿ち、切り裂き、焼き払い。獅子奮迅の活躍でもってーー」




 身振り手振りと、適度な脚色を以てお父様に私の活躍の程を伝えていく。


 その間、お父様は小粋なアルカイックスマイルを浮かべながら聞き入っている。




「ーーそして私は、悪魔の牙城を浄化の光を以て見事消滅させたのです」




 私が武勇伝を語り終えると、お父様とアクアが歓声の声を上げ、私を褒め称える。


 そうだ、私が求めていたのはコレなのだ。




「流石は最年少最上級魔術士と言ったところだね。メルルが私の娘である事を誇りに思うよ」


「流石はお嬢様です! お嬢様にお仕え出来る事が私の唯一の誇りですよ、つまり生きる意味ですッ!!」




 ハハハッ、すごいでしょー。もっと私を褒めて!


 アクアの発言は少し重い気がするが、気にしない気にしたら負けだ。(でも、愛に負けるって、ちょっといいかも)




 それから私が照れるな~と、後頭部を掻いていたら、お父様が重要なことを口にした。




「ところで、今回の事で、メルルの屋敷は消滅してしまったようだけど、コレを機会に一緒に暮らさないかい」




 それもそうだ、現在の私は住所不定であるのだ。


 早いうちに、次の住居を決めておかなければならないだろう。




 そこで私は、




「分かりました。一緒に暮らしましょうお父様」


「おお、良かった。それでは、今日からでも一緒に暮らそうか」




 嬉しそうに笑う、お父様。


 こんなことで、親孝行と言うのは少々おこがましいかもしれないが、嬉しそうで何よりだ。


 これで、私も頑張れそうな気がする。




「いいえ、申し訳ありませんが、もう少し待っていてくださいませんか?」


「ん、構わないけど、どうかしたのかい」


「ええ、実はある方との約束がありまして、そちらの用事を済ませた後に一緒に暮らしたいと思ったのです。我が儘を言って申し訳ないです。そして、お父様の寛大な御心に感謝します」






 村を離れる前に、先生は言っていた。


 少しばかりの暇が欲しいと、そして、次に会う時は真剣を用意しておいて欲しいと言っていたのだ。


 ええッ! 真剣なんて何に使うんだろう? メルルちゃん馬鹿だからわかんない。












 ーー嘘吐き。












 ……わからないわけが無い、先生が私に真剣を持てと言ったのだ。


 つまりは、そういうことなのだろう。


 先生はそういう人だ、近い内に誰かが死ぬかもしれない。


 それは一体誰になるのだろう? 




 神様、できることなら、私が求める幸福な結末をお与えください。
























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