外伝 ・聖少女を想フ

※聖少女に関するエッセイに当たります。


物語の進行には基本的に関係のない話です。

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 世界的に有名。いや、有名などとうそぶくのはやめておこう。


 老若男女問わず、聖少女を知らぬ者などいないのだから。




 聖女少女メルルが世界を救ってから、既に五百年近くもの時が流れた。歴史上どこを見ても彼女ほど高潔で、尊く、侵し難い者はいなかったであろう。聖女や聖人の名を冠する者は数いれど、聖少女の名を冠するのは、唯一人、メルル・S・ヴェルロード以外にはいない。




 この名称は、彼女の存在が伝説へと昇華された時代から、現在に至るまでの少女の定義から来たものである。彼女の伝説は全て八歳~一八歳の十年間の間に起こされており、おおよそ少女と呼ばれる時期に当てはまる。


 そこから、聖少女教会で言うところの聖書に当たる書物『聖少女伝説』が出版され、一般的に聖少女=メルルと言う認識が世間に浸透したのだ。現在でこそ、彼女は聖少女という漠然とした物ではあるが、一つのイメージが出来上がっている。


 しかし、彼女の生きた当時は、そうではなかったようだ。




 彼女は聖女と崇められる反面、悪魔あるいは化物と蔑まれていた。




 彼女の伝説に於いて、特筆すべき点は当時の時代を生きた者による正反対の記録が混濁し、伝説の背景や彼女の人物像が曖昧で不鮮明な事である。一般的に聖人などの伝説は美化された物のみが残り、信者達の捏造により伝説へと昇華されている事も多い。




 しかし、聖メルルの残した伝説は情報の保存方法が確立した時代での出来事であり、その伝説の全てが事実であると証明されている。


 宗教学者アヒム・ブットが、聖少女伝説を世界最後の神話であると述べているとおり、彼女の存在は歴史上を見ても異様であり今後同様の存在が、現れる事はないだろう。




 その為、現在でも議論の余地が絶えず、あらゆる分野における権威者を巻き込み、日夜熱い議論が交わされている。これも、聖メルルの残した偉業の数々と、残された不揃いなピースを思えば無理なからぬ事と言えるだろう。




 彼女と同じ時間を生きた当時の人々は、彼女を愛し、恐れ、敬い、慈しみ、羨み、そして時に憎んだ。


 これは、彼女と多くの苦楽を共にした勇者を代表とする彼女の仲間達に於いても同じである。




 曰く、




 彼女は普通に悩み、必死に生きる女の子であった。だから、守ってやりたかった。


 彼女の魂は複雑にして奇怪、神聖にして語り難いものだ。よって、彼女を表すなどおこがましい。


 彼女は勝利に貪欲で、とても強い少女だった。しかし、導くべき子供の一人でもあった。


 彼女とは、絶対の主である。すなわち、己の生きる意味だ。




 このように、聖メルルについて最も深い理解を持つであろうと、思われる彼女の仲間達の評価すらも、不揃いでちぐはぐな見解が出ている。


 更に魔王戦役以降、彼女自身から当時の心境等を問うことが不可能であった為、事実は結局のところ不明であり、そのことからも彼女の人格や当時の心理状態にまで多くの考察がなされる事となった。






 ーーここで、今回の本題に入ろう。




 今回は聖少女伝説の始まり『祝福の儀』について、私見を交えつつ紹介していきたいと思う。




 聖メルルの祝福の儀は、無数の戯曲や詩、書物の題材に用いられ、広く一般にも親しまれている。


 この伝説一つをとっても、彼女の行動は不可解な点が見て取れる。




 彼女の八歳の誕生日に催されたこれは、当時にしても異例の出来事であった。神聖オリシオン教会が定める聖なる数字、八を数える日取りに祝福の儀が行われたのは、後にも先にもこの一度だけである。この時点で、彼女が如何に特別な存在であったかを物語る重要なエピソードであるが、当時は陰謀説などの誹謗中傷も飛び交ったそうだ。






 有名な逸話を一つ紹介しよう。


 彼女はあろうことか、神聖な儀式の最中に突如笑い出したのだ。


 これについて有力な説として、彼女は自分に避難の矛先を向けることにより擬似的ではあるが、場の空気を一つに纏めたのではないかとしたものがある。様々な欲望や、駆け引きに塗れた当時の腐敗した神聖オリシオン教会を憂い。それに対する皮肉として、この行動をとったのではないかという解釈だ。




 あるいは、ここで一度注目を集めながら、同時に作為的に評価を落とし、次へと繋ぐ布石にしたのではないかという見解もなされている。事実この後に控えた、御技の披露で彼女が与えたインパクトは大きく、聴衆が抱いた嫌悪感を完全に払拭することに成功している。この手法は現在でも講義の場で、使用される手法であり、正しくこの手法を成功させた人物は高い評価を受ける。




 余談ではあるが、筆者としては彼女の不可解な笑いは特に理由などなく、なんとなく可笑しかったから笑っただけではないのかと思っているのだが、あまり賛同は得られていない。




 しかしながら、考察の余地が多く残ると言うのは大変面白い事である。人それぞれの想像が存在し、議論を酌み交わす。すると、そこには新たな人の繋がりが出来上がり、互の考えが混ざり合い、無限の展開を見せる。勿論、時には亀裂が生じ、争いが起きる事もしばしばある。しかし、それもまた面白いと、考えるのは傲慢だろうか? 






 ここで、未だに多くの魔導関係者の心を、捉えて離さない二つ目のエピソードを紹介しよう。




 なんと彼女は、一個人が使う魔術で空を割ったというのだ。




 『空を割る』 酷く曖昧な表現であるが、この表現が一般的に語られ、彼女の伝説の中で常識となっているは、もう仕方がない事であろう。しかし、この曖昧な表現が多くの魔術研究家達を苦悩させた。




 幾人もの魔術士達が“神意示す神光の標オラクルレイ”の再現に心血を注ぎ、失敗に終わっているのだ。何しろ空とは何であるかが既に曖昧である。例えば、雲を切り裂けば空を割ったと言っていいのだろうか? はたまた空の外側、宇宙空間まで閃光を届かせればいいのか? 人によって解釈はいくらでも分かれることとなる。




 当時の記述を参考にしようにも、多くの者はあまりの衝撃に具体的な表現が出来ないでいる。


 オラクルレイについて、最も壮大な表現を用いている人物と言えば、時の教皇クレリヒト二世の記録が有名だ。『奇跡の神子より放たれし閃光は、天をなぞり空間を裂き開き神々の世界を我々に垣間見せた』と、言うものがある。




 この表現は、教皇と言う信用足る人物が残した言葉であり。本来ならこれが、定説となるのが順当に思われるもののクレリヒト二世の表現は、あまりにも異彩を放っている為いまいち説得力に欠けるとされている。




 それでも、魔術学会の見解に於いて、オラクルレイの出力は少なくとも超級魔術クラスであるとされており、正に途方のない出力である。




 そして、聖メルルの死後幾人もの魔術師が彼女の後を追った結果。オラクルレイの発動にまで、こぎつけた者もいたのだが、その全ては、伝説の生き証人であり現在でも世界最高の権力を誇るエルフの女帝、シェプラ・プフにまがい物以下であると否定されてしまっている。彼女に否定されてしまえば、文句の言える人物等いるはずも無かった。




 何しろ女帝シェプラは、権力者である以前に最強の魔法使いでもあるのだ。


 そして、聖メルルの一番の信徒であると言って憚らない彼女も、オラクルレイに挑んだ一人であった。オラクルレイを真似た再現魔術(魔法)は“敬愛示す信仰の標”リスペクトレイと名付けられ、超級魔術クラスの出力を見せたのにも関わらずオラクルレイの足元にも及ばないと、彼女が断じた結果オラクルレイの完全再現と言う面では、一用の収束を迎える事となった。


 誰しも、オラクルレイの完全再現は最早不可能であると諦めが付いたのであろう。




 しかし、現在でも再現魔術の開発は進んでいる。現在では、あくまでオラクルレイとは別の魔術として発表がなされて、女帝シェプラのお眼鏡に叶えば彼女から、その魔術の命名を賜れると言う制度が作られたのだ。光系統の素養を持つ者なら一度は夢見る名誉であり、今日も多くの魔術士達に希望と絶望と、栄光と挫折を与えている。




 もし、オラクルレイが地上に放たれ、その爪痕を現在にまで残す形だったのら、挫折し絶望に暮れる者の不幸は無かっただろう。しかし、希望を抱き努力の末、栄光を掴む者もいなかっただろう。何が正しく何が悪いなど、誰にも分からない。正悪など所詮は人の自己満足でしかないのだから。






 ーー結局のところ同じ時間を生きようと、同じ出来事を体験しようと、人によって見え方は変わってくるものだ。クレリヒト二世にしろ女帝シェプラにしろ、誰であろうと、全く同じ世界を見ているわけでは無いと筆者は思うのだ。




 『自分の信じる世界を信じる』




 今回のところは、聖メルルの残したこの言葉を持って締めくくらせて貰いたい。 


 この言葉にしろ、解釈の仕方は人それぞれだ。
















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